2014年06月28日

消費を控える

テーマ:上京後
…今日みたいな雨の日は、家で静かに読書したり空想に耽ったりするのがいちばんいいですよね☆

わたしは、表面上はわりと真面目に働く人間で、きっと両親の勤勉な遺伝子を受け継いでいるのだろうなあと他人事のように思うのですが、自分の心の蓋を開けてみれば、常に「休みたい」「ダラダラしたい」という叫びが跋扈しており、勤労仮面、あるいは仮面の勤労とでも名乗りたいような心持です。でも、たまに気を抜くとそういうやる気のなさがチラ見えして、鋭いツッコミを受けることもあります(苦笑)。
ふと見ると、わたしの本棚には、ポール・ラファルグの『怠ける権利』を筆頭に、『働かない』『働かないってワクワクしない?』『これでいいのだ怠けの哲学』『減速して生きる』などといった本が並ぶ一角があり、そこには、荻原魚雷さんやエノアールのミニコミなんかもあったりして、百歩譲っても『定時に帰る仕事術』といった具合で、己の仕事に対する姿勢がよく分かります。過労死関係の本も何故かやたらとあります…。
『怠ける権利』は、Amazonの履歴によると2008年度に購入しているようで、かなり昔からわたしは働くことに対して懐疑的であったことが伺えます。確かに、2006年に就職した当初は、線路に飛び込まないまでも失踪したいと思ったことは何度かありましたので、その後いくらかマシになったとは云え、労働に対する抵抗感は続いていたのでしょう。
ある程度まで労働生活に慣れてくると、単に自分の時間の使い方が下手なだけでは…と、歩み寄る気持ちも湧いてきて、いじましい時短術・時間管理術を学んでは失敗することを繰り返していましたが、昨今はもはや、仕事法の改善などでは埒があかぬので、抜本的に時間が欲しいという思いに駆られてしょうがない。単純に、家に積んである本を死ぬまでに読了することを考えただけでも、今のままではとても時間が足りそうになく、「もしかして、労働こそが時間の無駄なのではないだろうか…」などと、若干倒錯的な疑念まで浮かび上がってくる始末です(何のために転職したんだ…)。

でも、労働時間を減らすのは今の業界ではなかなかに難しく、仮に労働時間の少ない仕事に鞍替えする場合は、必然的に収入も減らすことになりますので(今だってそれほど多くもらっているわけではありません、念のため…)、そのためにはまず、これまでの暴力的な浪費活動から1日も早く足を洗うことが不可欠になります。
……おおおーーい! どの口が云うとんねん!?!?!…と、消費の権化のようなここ数年来の自分自身を顧みると、ハリセンで百発殴ってもなお白々しい気持ちを拭えませんが、貯金をしたいというよりは、金をあまり使わなくても楽しくやっていける体質になろうと、目下、試験運転中なのです(6月から)。
何しろ、不安定な職業という意味ではわたしの100倍危ういはずのさくら剛さんに、「あんたの貯金額は少なすぎ!30代半ばの女性の平均貯金額を見てみい!」と説教されるくらいですから、これまでの己の浪費体質を治すには相応の努力が必要なのは重々承知です。
来月(7月)は、買い物中毒者にとって魔の月ですから、早速挫折する可能性も大いにありますけどね…。今だって、ちょっとでも油断したら財布のチャックを開けそうになる自分がいますからね。もし、奇特な方から「100万円あげます。ただし、今日1日で使い切ってください」という申し出があったら、使い切れる自信も十分ありますしね!
わたしの場合、みなさまもご存知のように浪費の原因は明白すぎるほど明白でして、服飾関係のものを一切やめることができれば8割がた解決すると思われます。書籍も、わりと見境なく買う方ではありますが、3万円も使えば「むむ、今月はだいぶ使ってしまったな…」と心理的に歯止めがかかります。これが、服の場合だと、3万円使っても「おお、今月はまだ大して使っていないぞ♪」となってしまうのですから、いかに服飾がわたしの財布を圧迫しているかが分かろうというもの。
…と思っていたけれど、6月の内訳をみるに、服飾代が珍しく2万円を切っているにも関わらず、劇的に出費が減った感じもないような…? 紛失したBOZEのイヤホンを買い直したせいか…?

消費は楽しいけれど、消費すればするほど労働からの解放には遠ざかる一方だと、頭では分かっていながら、麻薬のような消費の快楽から逃れられずに何年も過ごしてしまいました。
しかし、今こそ、思い立ったが吉日、バックパッカー時代の10円を争うみみちさを取り戻さねばなりません…って、こういうのを後退的人生と云うのでしょうか…(苦笑)。
こんなことを書いておいて、早速バーゲンで大爆発していたら洒落になりませんが、ここに書くことで何かしらの抑止力になればと思う次第です。。。

都築響一の『賃貸宇宙』に、何度も見返してしまう理想の部屋があります。
それは、モデルルームのように整理整頓された部屋でもなく、かわいいものに囲まれた趣味の部屋でもなく、壁一面の本棚と、作業机と、寝転がって本を読むための布団だけがある2DKのマンションの一室。
その人の暮らしは、「週に2日ほどフランス文化の広報関係の仕事をして、後の5日は家で読書三昧。時々、友達が心配して家に様子を見に来る」といったもので、うひゃあ、なんてうらやましい生活だろうか、これこそわたしの目指している姿なんじゃなかろうかと思うのです。
完全にニートになりたいという贅沢(?)は云いませんので、労働時間とそうでない時間(睡眠を除く)が、せめて半々くらいにできたらいいなと思いますし、もっと云うならそうでない時間をもっと増やしたい。昨今ですと集団的自衛権云々みたいな、国体に関わるようなニュースが入って来ても、それについて調べたり考えたりする時間もないなんて、やっぱりちょっと、健全ではないような気がします。
まあ読書ばかりでも飽きるでしょうから、何らかのアウトプットは心の健康のためにもあった方がよく、それがイコール仕事で生活費を稼げるのならよい循環ということにはなりそうです。それが、今の仕事で実現できるに越したことはないのですがね…。

それにしても、技術の進歩でこれほどさまざまなことが便利になった(わたしが再就職した後の数年ですらも!)にも関わらず、労働時間だけは一向に減らないというのが、この世の恐ろしい謎のひとつです。
「働け、働け、プロレタリアート諸君。社会の富と、君たち個人の悲惨を大きくするために。働け、働け、もっと貧乏になって、さらに働き、惨めになる理由を増やすために。」(『怠ける権利』より)
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2014年06月20日

無為こそが過激

テーマ:上京後

みなさま…と呼びかけながらも、もはや誰が読んでいるのかと首をひねってしまいますが、たいへんご無沙汰しております。
新しい国を旅するのは楽しいけれど、新しい労働環境に慣れるのは骨が折れますね……という一文にて、昨今の状況を察していただければと思います(笑)。

 

ひょっとすると、表題の言葉にぴんときた方がいるかもしれませんが、まずは前置きから。
もう昨年10月のことなので半年以上も前ですか、このブログにもたまに登場する旅友・福ちゃんが、突然マレーシアに赴任することが決まり、出発3日前というギリギリのタイミングで、テレサハウス(ブダペストの安宿)仲間のアクセルとタケシさんを呼んでささやかな宴会を行いました。
アクセルやタケシさんとはすでに年単位で会っておらず、2人ともとっくに結婚もしていて、すっかり様変わりしているんじゃないだろうか、未だ独身で浪費が生きがいみたいなわたしなんて、虫けらのような目で見られるんじゃなかろうか…などと余計な被害妄想を抱いていましたが、いざ顔をつき合わせれば、福ちゃんも含め誰一人として変わった様子もなく、瞬く間に10年以上前のテレサハウスでの、素晴らしくくだらない夜に戻っていました。全員、翌日は仕事だというのに、あっさりと終電を見送ったときは、興奮にも似た幸福感に満たされたものでした。
その2軒目で、アクセルとタケシさんが口をそろえて「バックパッカーなら絶対に読むべき! 福ちゃんも、マレーシアに送るから読んで!」と猛プッシュした漫画があります。わたしはそれを聞いて、ああ、みんな立派な社会人なのにバックパッカーの心は捨てられないのね…と半ば呆れつつもうれしくなり、その直後に、kindleで1巻だけを買って読んだのですが、続刊を買うにあたって、紙の本で揃えるか電子で続けて読むか、はたまた古本を揃えた方が安いのか…などと迷っているうちに、すっかり時が過ぎてしまいました。

 

それが、今になって急に、紙か電子かどっちが安いかなどどうでもよくなり、とにかく続きを読みたい! という衝動が湧いて来たのは、ひとえに昨今、労働(仕事)と人生の関係について考えることが多くなったからです(結局kindleで揃えました)。
ともかく、その漫画の名は『ボーダー 迷走王』。
時はバブル全盛期。10年以上大陸を放浪していた男・蜂須賀と、旅先のパキスタンで遭遇した男・久保田は、ともにオンボロアパート「月光荘」の住人。蜂須賀にいたっては元共同便所の家賃3000円の部屋で、ホームレスすれすれの暮らしぶり。東大を目指して2浪中の木村を加え、気ままな貧乏暮らしの中、大小さまざまのハプニングに巻き込まれる…というような筋書きです。
思えば、これまで旅関係の友人の誰からも、この漫画を薦められなかったことが、不思議と云えば不思議です。まあ、わたしも昨年までは存在も知らなかったのですけど…。
彼らは今で云うところのニートのような存在ですが、21世紀のニートほど悲愴な雰囲気はなく、やたらと元気です。しかし、今の世であれば不景気ゆえニートもやむを得ない感があるところ、世の中が上昇気流に乗りまくっていた時代に、働かずに貧乏を選ぶというのは相当に風変わりで理解できない生き方であったことでしょう。
ある子どもが蜂須賀を指して、「オジサン 何してるヒト?」と尋ね、久保田が「このオジサンはなんにもしないヒトなんだ」と答える場面があります。
貧乏でも決して定職につかない蜂須賀は、「無為こそが過激」という哲学の持ち主です。この言葉は、わたしが常々(?)「何の役にも立たない旅でもいいですよね…?」と震え声で主張している件を、この上なく単純明快に、かつ生き方のレベルで表していて、目からウロコがボロボロと落ちました。
それは、人間の価値が生産性で決まってしまう世界に対する挑戦であり、「何もしねえでブラブラしてるのがホントは一番<力業>なのさ」(蜂須賀)というのは、生産性から自由になるためには相当の胆力が必要であるということなのでしょう。実際、骨の髄まで生産性に冒されていると、貴重な余暇まで使って“自分を高めるための”習い事に行ってしまったり、健康のためにせっせとヨガに通ったりしてしまうわけです。何かに追われるように、何かをして時間を埋めてしまう。

 

働きだしてからというもの、この世のあらゆることが壮大なゲームに過ぎないような感覚に囚われることがよくありまして、いったんそういう疑念が芽生えると生きづらくなるので見なかったことにしてゲームに乗っかり続けているのですが、最近は、過労気味なせいもあって、また疑いの気持ちがフツフツと…。
長い旅が終わればモラトリアムも終わって、社会復帰もして、そのうち収まるべきところに収まるのだろう…と思いながら8年も会社員をやっているけれど、どうも青臭さが抜けません。でも、『ボーダー』を読んで、無理に何者かになろうとしなくても、陳腐でも自分なりの自由やロマンを求めて迷走し続けてもいいのかなあ…っていうか、何もせずにブラブラするのもいいかなあ(笑)…などと、大人気なく夢想してしまいました。ホントはもっと若い頃に読んで、道を踏み外しそうになりつつもまともな大人になって、「あれは青春のバイブルでした」と遠い目をして云うべきなんでしょうけどね。

 

「愛しの”ボーダー”たちよ 俺の分まで自由を探す旅を続けたまえ……」
(1巻の途中に出てくる、ある登場人物のセリフ)

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