2013年09月30日

運命の岐路(ってほどのことじゃないですよ☆)

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いちおうこれまでの数か月、月に4回更新で進んでいるので、せめてそれくらいは守ろうと思い、月末の今日、慌ててキーボードを叩いております…って、別に、誰に強制されているわけでもないんですけど(笑)。

本当は、「かわいいもの」の蔵出しでもやろうかと思っていましたが、写真の整理が追い付かず、今日は、一瞬で書ける内容…というか、書きながら考えたいことがあるので、それでお茶を濁します;
いや、今ですね、今年の旅行先について、ハムレットのように(ウソ)悩んでいるのですよ。それも、明日の朝には決めないと間に合わないという、綱渡り状態で。
昨年秋、わたしは日食を見に、オーストラリアへ行ってきました。しかし、ここを時々覗いてくれている方はご存知のように、日本発の飛行機に乗り遅れるという、旅人としてあるまじき失敗を犯しまして、その際の亡霊が、未だにわたしに取りついているのです。
…って、抽象的な云い方はやめましょう。成田→シドニー便を乗り過ごして、当初組んでいた、シドニー→エアーズロック→ケアンズ…という旅程は脆くも崩れ去り、成田→シドニー便は海の(空の?)藻屑と消えたわけですが、シドニー→エアーズロック→ケアンズと乗り継ぐ予定にしていたカンタス航空の便は、何故か1年オープンだったのですね。慌ててキャンセルし、辛くも1年の命をつなぐことになったこの航空券を、今こそ使う時がやってきたというわけです。

本当は、さっさと使って、今年のメイン旅はオーストラリアとはぜんぜん関係ない場所に行こうと思っていたんですよ。前回の禍根はエアーズロックを見逃したことだし、5日くらいでさくっとエアーズロックだけ見に行く旅をして、夏休み(※夏じゃないけど)は、アイスランド?プリンスエドワード島?なんて身の程知らずな行き先を夢想していました。
しかし、休みがうまく取れずに、ずるずるずるずると持ち越して、気がつけばオープンチケットの期限が明日で切れてしまうというね!そんで結局、いつものように、夏休み(今回は8日間)を利用して行くしかなくなったんですよ。
とりあえず、ギリギリ貯まったJALのマイルでシドニー往復便は押さえたのですが、肝心のカンタス航空の方が決まっていません。この航空券、日本発オーストラリア着では使えないものの(オーストラリア発じゃないと使えないのだ)、オーストラリアからなら、国内も海外も行けます。まあでも、当初の目的だったエアーズロックに行くつもりにしていたんです、ほんの3日前までは…。

この期に及んで、「シドニー発なら、何もオーストラリア国内じゃなくても、行けるじゃん!」と思ってしまったのがいけませんでした。
わたしは基本的に、常に新しい国に行きたい、非リピーター体質の旅人です。それゆえ、己のミスとは云え、今年もまたオーストラリアに行くことに、うっすらとした残念感を抱いているのです。広い国ですから、ケアンズに行ったくらいでオーストラリアを制覇した気にはもちろんなっていませんし、エアーズロックは、行けば間違いなく、鉄板で感動することも容易に予想できるのですが…。
分かっていながら、わたしは…よく知りもしない、バヌアツという国へ行こうかどうか、悩んでいるのです。

シドニーからバヌアツの首都ポートヴィラまでは、約3時間半のフライト。アクセス時間の少なさに加えて、エアーズロック往復よりも100ドル近く安い。
にわか勉強にて、海がめちゃめちゃ綺麗で、ダイビングも楽しそうだし、海中郵便局なるものがあることくらいまでは分かりましたが、「どうしてもこれが見たい!」という何かがあるわけではありません。昨年、諸事情でダイビングの免許を取り直すことになり、せっかく取ったんだから今年もどこかで使いたいという気持ちはけっこう強いですけど…。
ただ、「どこやねんそれ?」なバヌアツの秘境感、もうこの機会を逃したらわざわざ行くこともなさそうな遠い国に、何がそこにあろうとなかろうと見てみたい、行ってみたい、という謎の衝動がわき起こっているのです。

とはいえ、これでまたエアーズロックを見逃すことになるのも、ホントにそれでいいのかよ!? と、結局それでまた、エアーズロックを見たくてオーストラリアに再訪することになるくらいなら、今回行けよ!と、もう一人のわたしが胸倉をつかんできます。
あーもう、この期に及んで、別の行き先を探すなんて、ひねくれた性格の為せる業としか思えん!(苦笑)
旅の神様、どうかわたしに天啓をお与えください(ただし、明日の朝までに…)。
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2013年09月26日

Pigs Of The Empire

テーマ:読書

またまたご無沙汰しておりました。
ご無沙汰と云えば、昨日の朝は久々に低血糖症状に襲われ、駅のトイレで嘔吐と下痢を繰り返し、1時間近くのたうちまわっておりました。数年前、横浜駅のトイレで救急車を呼んでしまったときときわめてよく似たシチュエーションだったので、今回は何とか歯を食いしばって耐え、救急車のお世話にはならずに済みました。
前回と違うのは、満員電車に乗っていたため、嘔吐と下痢のプレッシャーが倍増してしまったこと。嘔吐ならまだしも(?)、車内で下痢を出した日には、その後の人生に影響が出てしまいます。1時間弱とはいえ、生き地獄に叩き込まれた気分でした。。。

 

さて、前回の話題から、うっすらと続きの内容です。
シリアのことをいろいろ検索しているうちに、藤永茂さんという物理学者の、『私の「闇の奥」』というブログに行き当たりました。
ブログというにはあまりにも長い内容なので、電子書籍としてまとめた同名タイトル本を買うことにしたのですが、これがkindleでたったの100円でした。紙の本にして1062ページ(推定値)。紙ではとても出版できないボリュームです。
量も凄いのですが、内容は輪をかけて凄まじく、というかむちゃくちゃ濃く、このような本がたったの100円で読めるということに対して、わたしは、金銭の使い方を見直さざるを得ません。100円ショップであっさり消えていく100円という金。いや、MILKであればその300倍くらいの金が一瞬で飛んでいくこともあるわけで(苦笑)、いったい“値段”とは何なのか? と軽く混乱をきたしてしまいます。

 

最初、ブログに行き当たってさらっと読んだ時点では、これはいわゆる陰謀論系のブログなのかなと、半ば訝しんでいました。
何しろ、激烈なほどのアメリカ批判がなされており、めちゃめちゃざっくり説明すると、「全ては欧米が悪い」というスタンスなのです。わたしも反米バイアスがかかっている方なので、こういう意見に接する際には、その自覚を手放さないよう疑り深く読もうと努めるのですが、読み進めていくうちに、これは陰謀論にありがちな暴論やオカルティックな見解ではなく、膨大な量の資料(英文・日文両方)を丹念に読みこなし、検証した上での思考だということが分かってきました。
藤永先生(と呼ばせていただきましょう)は、本職は物理学者ですので、国際情勢の専門家でもジャーナリストでもなく、あくまでも市井の一老人という立場から思索を発信されています。最も、その方面の著作も何冊かあるので完全に素人ということでもないでしょうが…。
では、欧米の悪とは何なのか? わたしは、「根深い人種差別主義」というふうに捉えました(「白人絶対主義」と言い換えることもできそうです)。歴史の事実として、つい簡単に「植民地政策」と云ってしまいますが、これがどこまで闇の深い問題であるのか、もっと勉強する必要があると感じました。「アフリカは「白人の重荷」ではありません。真実はその逆で、白人こそ「黒人の重荷」です。」という一節が、頭の中で答えを求めて鳴り響いていますよ…。

 

藤永先生はコンラッドの『闇の奥』の新訳を出版しており、主眼は常にコンゴに置かれています。次によく取り上げられているのがハイチ、そしてアフリカ全般です。
コンゴとハイチには行ったことがなく、日本人として生きているとどうしてもマイナー国扱いをしてしまいますが、日本の報道では省みられないような小国の問題にこそ、世界で起きている大きな出来事のヒントがある、と藤永先生は書いています。
アフリカについては、一部地域とはいえ曲がりなりにも半年近い月日を費やして旅してきたわけですが、そのことを踏まえて読むと、わたしはいったい、アフリカの何を見ていたのだろう…と、呆然としてしまいました。
当時はただただ、「飯が微妙」だの「観光地が今イチ」だの「どこもかしこも危険」だのと文句ばかり垂れておりましたが、そのようなペラペラの表層的視点ですらも、アフリカの“闇の奥”に繋がっているのではないかと、今さらながらに考える次第です。
例えば、ルワンダの虐殺について、わたしは現地で大量の白骨死体を見たにも関わらず、何も知らないに等しい。「多数派であるフツ族出身の大統領の飛行機事故をきっかけに、少数民族のツチ族に対して、フツ族が大量虐殺を始めた」その程度の認識に留まったままでした。そして、あまりにも悲惨な事件ではあるけれど、ともかくも収束して、今のルワンダは“アフリカの奇跡”と呼ばれる経済発展をしている…と。その裏にある、アメリカとの関わり、ポール・カガメ大統領の政治姿勢、などまで思いが及ぶことさえありませんでした。
ひどい目に遭ったジンバブエのことも、何故あんな気の狂ったようなインフレが起こっているのか、独裁者と云われるムガベが全て悪いのか…当時はおろか、今に至るまで真面目に考えたことはなく、「いろいろ危ない国」という認識から発展せずにいました。いつも、ジンバブエの話題になると、強盗の話をして、それで「うわー怖い目に遭ったんだね」という反応が返ってきて終わり。まあ、旅の雑談レベルでいきなり、ジンバブエの農地改革にまで話を広げられても困るでしょうが…。
自分の世界認識は、実に簡単な思い込みで出来上がっているのだな…ということを厳しく痛感します。実地に行ってすらこれですからね。旅行というのはその程度の関わりしか持たない行為であるとも云えますし、好意的に考えれば、曇りのない目で本当の姿を見ることもできる…のかも知れません。いずれにしても、ジャーナリストでもない、一旅行者に、世界を正しく理解しろと云っても無理な話ではあるのですが、余命いくばくもないと自覚している藤永先生が、「けれども、やはり、私は真実を知りたい。生半可な絶望の中に没するよりも、絶望を確認してから死ぬほうが、日本人らしい選択だと思いませんか?」と訴えるように書いているのを読むと、そういう理解への努力を放棄してはいけないなと反省します。
ブルキナファソという名前に「高貴な人々の国」という意味があることも、トーマス・サンカラという人物のことも知らなかった。ハイチの元大統領、ジャン・ベルトラン・アリスティドのことも、エリトリアの大統領、イサイアス・アフェウェルキのことも知らなかった。そういや、旅行当時のケニアで人気のあったキバキ大統領も、その先どうなったかなんてまったく追っていなかった。ま、その名前も存在も、行くまで知らなかったんだけど。
でも、アウンサンスーチーのことは昔から何故か知っていて、何となくすごい人というイメージを持っている。そういう自分の認識は、単に日本での露出度の高さに依拠しているだけかも、ということに気がついて、愕然としたりして。

 

ようやく8割がた読破したという状態ですが、本当に、いろいろな気づきを与えてくれる本です。人は、それが直接役に立とうが立ちまいが、一生勉強し続けなければいけないですね。だって、外国の大学で物理を教えていたようなえらい先生が、80を過ぎてもこうして専門外の勉強をし、思考を重ね、それを伝えて行こうと努めておられるのに! 最も、膨大な量の参考文献を見ただけで、「わたしの脳みそだと一生かけても読めんわ…」と速攻で怯んでしまいましたが、それを先生が代わりに(?)読んで編集してくださっているので、せめてこの1000ページに書かれていることくらいは、血肉にしたいものです。
英文記事の抜粋がふんだんに載っているので、無理やり英語の勉強をさせられる、という特典もあります(笑)。先生曰く、単語の意味が分からなくても、とにかく読み進めることで鍛えられる、のだそうです。筋トレみたいなもんでしょうか。英語も、真面目に勉強しなくなって久しいですが、もう少し、頑張ってみようかな…。

 

※今回のタイトルは、ROSENFELDのアルバムタイトルから拝借しました。何となく、帝国主義批判ぽい意味を込めて…。

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2013年09月14日

中近東の血祭り

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シリアへの軍事介入、とりあえずは回避の方向に進んでいると考えていいのでしょうか…。
アラブの春から2年が過ぎ、シリアが内戦状態になっていることを知りながら詳細を追いきれずにいましたが、軍事介入のニュースには胸の奥が冷え冷えとし、ここしばらく、ニュースを追いつつ本を読んだりしています。

誰もが、2002~2003年のイラクを思い出したことでしょう。
「大量破壊兵器保持疑惑」と、今回の「化学兵器使用疑惑」、双子のようにそっくりではありませんか。
さすがにアメリカ国民も過去の教訓からか、反対の声が多く上がっているのは結構なことです。戦場に行かされて、ダメージを受けるのは庶民ですからね、もういい加減うんざりという感じでしょう。
アラブの春も、チュニジア、エジプトまではある程度自発的な革命だったようにも思いますが、どうもリビアあたりから怪しさが霧のように漂い始め、とにかく独裁者を抹殺することに国際社会(という名の欧米)が血眼になっているように見えます。今回のシリアに至っては、革命というより、もはや外国勢力による侵略ではないのか…と。


さて、旅人にとって、シリアはかなり好感度の高い国だと思います。
とにかくやたらと人がフレンドリーで、道を歩いているだけで「シリアへようこそ♪」と声をかけられたり、お茶を飲ませてくれたりと、全体的に歓待ムード。不気味に感じる人もいるのか、「あれは政府に強要されているからだ」という話も聞いたことがあるくらいです(笑)。
ハマという水車のある町でハマムに行ったら、そこでご飯を食べている女性たちに「一緒に食べよう」と手招きされ、「うーん、ハマムの中でご飯って、衛生的に大丈夫か??」と思いつつもご相伴に預かったこともありましたっけ。
さすがに民泊などというウルルンボーナスはありませんでしたが、根暗な旅人のわたしにすらも声をかけてくれる陽気で優しい人たちでした。
イラクは、戦前と戦後でかなり印象が違うと思うので何とも云えませんが、わたしが行った戦前は、ツーリストが極少なせいもあってか、現地の人たちはこれまたえらく素朴で人懐っこかったですね。一緒のツアーに参加した男性メンバーたちが散歩していると、後ろにイラク人たちの大名行列ができていたという話を聞いたときは笑ってしまいました。
治安に関しては、中近東全般に云えることではありますが、シリアも、そしてイラクも、旅行する上ではほとんど問題のないレベルでした。どこででも遭遇する細かいボッタクリやセクハラも、他に比べればかなり少ない方だったと思います。
そうした平穏さは、独裁と秘密警察によって保たれているのだろうかと、意地悪な疑いも持ってはいました。イラクで「フセイン大統領は好き?」と聞くと市井のみなさんが概ね好意的な返事だったときも、秘密警察の目を恐れているのか…?という可能性も大いに考えました。でも、今にして振り返れば、あれはホントに単純な、素直な回答だったんじゃないかとも思うのです。
バグダットも、いったいどんな荒廃した街だろう…などと予想していたけれど、経済制裁を受けているわりには物もちゃんとあるし、街並みもきちんと整っていました。
リビアには行ったことがありませんが、インフラの圧倒的な充実ぶり――例えば教育費と医療費、電気代まで無料である、全国民に家を持たせる、車を買う時は政府が半額負担する、など――を見れば、ネズミの王国もびっくりの夢の国だと思ってしまいます。

 
そういう国々が、ことごとく「悪の枢軸」などと非難され、リーダーたちはみな冷酷で狂った独裁者だから一刻も早く倒して、国民を救わねばならない、 などと国際社会から思われているのは、旅人的には残念きわまりないのです。
日本では、アラブの春が起こる前から、“イスラム教の国は危険”というざっくりしたイメージが蔓延していますよね。わたしも、実際に行ってみるまではそうでした。エジプトみたいに有名な観光国ならまだしも、シリアだのヨルダンだの、ましてイランやイラクなんてのは行っちゃいけない場所なんだと。
確かに、イスラム教国が密集する中近東は昔から紛争の多い地域ではありましたし、見聞きする国際ニュースはどうしても欧米メディアによる情報が中心ですから、正しく判断することは難しい。でも、実際に行ってみれば、危険なイメージが払拭されたのみならず、少なくとも旅人にとっては“ムスリムの国=いい国”という印象にさえ塗り替えられたのです。ま、食べ物のバリエーションはもうちょい増やして欲しいところですけどね~。

 
2008年のアラブ連盟首脳会議での、カダフィ大佐の演説の映像を見ました。
彼は、「サダム・フセインの処刑について真相を調査しようとしないのは何故ですか? 次はあなたの番かも知れないんですよ!」と叫んでいました。
そのカダフィは自身の予言通り、殺害され、今はそれを聞いていたアサド大統領の“番”になっています。
仮にまた、同じパターンでシリアが崩壊したら、次はイランでも潰しますか? 欧米が、「民主主義という絶対正義」を大義名分にして、邪魔な国のリーダーたちを次々粛清し、崩壊した国の資源をハイエナみたいに漁るっていうシナリオ…じゃないことを祈るばかりですよ。
そんな風に、陰謀論的に考え始めると、今現在の、シリアに対する世の中の態度が、いや、これまでの一連のアフガン→イラク→リビア→シリア…という標的の流れが、気に入らない奴をあの手この手で貶める集団いじめのように見えてならないんです。今回はロシア君がいちおう庇ってあげているんでしょうけど…。
例えば、戦後のイラクからの難民を大量に受け入れているシリアが、アメリカから「どうしてイラク難民の雇用を増やさないのだ」と圧力をかけられている、という話を読みましたが、そんなニュースはなかなか伝わってこない。こんなの、完全にイチャモンじゃないですか? おいおいどの口がそれを云うんだよ? って。
アサド大統領のインタビューを読むと、独裁者というイメージはなく、むしろかなりまっとうな印象で、ここまでよく耐えているなと尊敬すら覚えます。シリアはシリアなりに、経済制裁などもある中で近代化、民主化を進めようとしていたのに、こんな形で欧米謹製民主化まんじゅうを無理やり食わされて、イラクやリビアの二の舞にならないといいんですけど…。
化学兵器の使用が、政府軍なのか反政府軍なのか、それともどちらも使用しているのか…が焦点になっていましたが、今日のニュースによれば、とにかくシリア政府が化学兵器を破棄するということで合意となったようです。しかしそれにしたって、「化学兵器の使用は人道的に許されない」とか云っている国がことごとく核保有国、かつ化学兵器もこれまでバリバリ使用してきた国だというのも、説得力がなさすぎて笑ってしまいますが。世の中おかしなことがいっぱいあるなあと、今更ながらため息が出るばかりです。

わたしはわたしで、偏った情報ばかり見て判断しているのかもしれません。そもそも、判官びいき体質ですし。
それでも、わずかな期間ながらシリアを訪れた者として、シリアだけが悪者みたいに扱われていることに、どうしても異議を唱えずにはいられないのです。
シリアの混沌が、どうか平和的に、これ以上血を流さずに解決されますように。
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2013年09月10日

人生の主役は誰か?

テーマ:読書
ああ、また間が空いてしまった。。。
かなり個人的なことに忙殺されてまして。。。
いや、忙殺されていなくても、いつも更新は遅いですね。。。


先日のブログで最後に少し触れた『最強伝説 黒沢』について、もう少し書こうと思います。
平凡な、いや、むしろうだつの上がらぬ44歳現場監督が、ある日何かに打たれたように、「人望が欲しい…!!」という欲望に打たれて、みっともなく這い回るお話です。
このマンガは最初から最後まで痛切ですが、まず冒頭のシーンで頭を殴られます。
職場の仲間たちと、サッカーの日本戦を観ている主人公・黒沢。周りが盛り上がり、自分も大騒ぎする中、唐突に心が冷え冷えとしていくのを感じます。
「感動などないっ…!」
「オレが求めているのは……(中略)オレのオレによる、オレだけの……感動だったはずだ…!」
画面に映っているのは、他人事、他人の祭りでしかない。それに熱狂しているだけの自分に気づいて、愕然とするのです。「いつまで続けるつもりなんだ…? こんな事を…!」


わたしはそれを読んで、いつも胸に刺さっている、テネシー・ウィリアムスの『ガラスの動物園』の一節を思い出しました。
映画が好きだったはずの主人公・トムが、もう映画は見飽きた、と云った後に続くセリフです。
「そう、映画! どうだい、あの――魅惑のスターたち――あの連中が冒険という冒険を――かっさらってるんだ――ひとり占めしてるんだ! その結果、どうなる? みんな自分で経験するかわりに、敬虔な面持ちで映画見ることになる! ハリウッドのスター連中がアメリカじゅうの人間になりかわって冒険をおこない、アメリカじゅうの人間は暗闇にすわってスター連中の冒険をじっと見つめる、ってわけだ!」
最近読んだ岡本太郎の『美しく怒れ』でも、同じようなことが云われていました。
「まったくチャンネルさえ切りかえれば、硬軟さまざま取揃え、あらゆる悲喜劇が展開する。適当な刺激で人生を代用してくれるのだ。そこで毎日毎日、○○がある、なんて自分自身の行動はやめてしまって、テレビの前に坐っている。だが、みんな出来あい。」

 
SNS全盛の現代、誰もが自己顕示欲まみれで生きているように見えるけれど、本当の意味で人生の主役になれているでしょうか?
…なんて、ずいぶん青臭い問いかけですね。自己啓発本かよと(笑)。
でも、世の中に『半沢直樹』を見て溜飲を下げている人がたくさんいるのを見るにつけ、架空の人物に代わりに生きてもらわなきゃいけないほどみんな疲れてんのかなあ、とか思ってしまったり…。
先日はまた、テレビである女芸人が「一般人のブログに自分の作った料理のレシピとか載ってるやん。誰も聞いてへんって」と皮肉っていまして、それを聞いて、情報や感動は、特定の人物しか生み出しちゃいけないことになっているんですか?と、思わず聞き返しそうになったり…。

 
そんなことをウダウダ云っているわたしも、別に世の中の大半の人と同じように、マンガや映画でしょっちゅう現実逃避しているので、何もそうしたものを批判したいわけではないんです。
他人の祭りだってもちろん面白いし、そこに乗っかる楽しさ、そこからもらえる喜びもたくさんあります。一人で出来ることは限界がありますしね。
ただ、特に昨今は、わたしなどは100回生まれ変わっても取得できないほどの情報量に取り囲まれ、情弱にならないためにもそれを適切に処理し、フィクションの感動にまみれているうちに、いつの間にか人生が終わってしまいそうです。
でも、ほどほどにして、もうちょっと、自分の可能性というものに、真剣に目を向けるべきではないのかなと思うんですよ。昔、カイラスを一緒に旅したSおねえさんは、「人生とは、可能性のことではないかしら」と云っていましたっけ。なかなか、あの人のような本物の自己肯定感を得るには相当の鍛錬が必要ですけどね…。


話は冒頭に戻りますが、黒沢はその後、おおよそマンガのヒーローとは思えないほどの無様さで、大して羨ましくも見えない人生の可能性を探り始めます。
人望が欲しいからと、部下たちの弁当にアジフライを1尾ずつこっそり入れるという短絡さ。しかも、まったく気づかれないという切なさ…!! こういう場面に涙を禁じえないわたしは、未来永劫、日陰側の人間のような気がしてきて、さらに切なくなります(苦笑)。
黒沢はカッコ悪いなりに、地道な行動改革で自信を取り戻しては調子に乗って、しばしば間違ったヒーロー像にたどり着きつつ、それなりの波乱万丈を繰り返して、いよいよ大舞台に立ちます。と云ってもそこは、傍から見れば決して華やかなステージなどではないのですが、ここで黒沢は、黒沢による感動を見事に生み出すのです。
この漫画で描かれる「オレが、オレの人生の主役である」というテーマですが、それは必ずしも自己顕示欲と同意語ではありません。自己顕示欲というのは他人が基準になっており、仮にどんなに注目されても自分が主体であるという実感がなければ、「オレが主役」ではないんだと思います。それよりも、“人生を賭けて己の理想を貫く”という信念、それに従って行動していれば、他人の評価がどうであっても、充分、主役として人生を歩んでいることになるでしょう。


最後に、前述の女芸人の発言に対して、もう少し補足を。
わたしは、HPやブログやツイッターというものが生まれて、本当によかったと思っています。声の小さい、無名の人々が、誰も聞いてなくてもとりあえず云いたいことを云ったり、いいなと思ったものを紹介したりできる。そういう権利が万人に等しく与えられるということは、何て素晴らしく、革命的なことか。
もちろん、弊害を数え上げればキリがないでしょう。なまじ自分から発信できるために、今度は自己顕示欲に囚われすぎて不自由になる、根拠薄弱でつまらぬ情報が蔓延する…など。それでも、特定の人間や集団の言動・行動だけが神託のようにありがたがられるばかりの状態よりは、自由なのではないでしょうか。
才能、金、美貌…そんなもの何もなくたって、自分を開示してはいけないという謂れはないはずです。
卑屈にならずに(これがとても難しいわけですが)、自分を粗略に扱わずに、精一杯、矜持を持って自分の人生を生きていきたいものです。
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