2013年07月31日

ありふれた、意味のない旅

テーマ:

わたしはよく、Amazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」に踊らされて、気がつくと1時間くらい巡回していることがあります。
その際に、とある旅の本(?)にたどり着いたのですが、内容紹介の冒頭がこんな文章でした。

ありふれた観光旅行、意味のない自分探し、あてのない放浪はもう終わり。どうせなら、「キャリアにつながる旅」をしよう。



わたしは、一昨年『女ひとり旅読本』に、これとほぼ正反対のことを書き綴った人間として看過できず(笑)、にわかにテキストエディタを立ち上げ、更新激遅のブログをアップする気にまでなったのでした。
(※書評であれば本をきちんと読むべきですが、これはあくまでも、このコピーに対する感想ということなので、本のタイトルは明記しません。)
ほとんどの人は「ありふれた観光旅行」をしており、バックパッカーたちは「意味のない自分探し」をしていることもよくあり(まあちょっと恥ずかしいのであえて喧伝はしないでしょうが…)、「あてのない放浪」をしたくて旅に出るわたしのような人間も少なからずいると思うのです。
宣伝コピーは煽ってナンボでしょうし、実際に本を読んでみれば、別にそういう旅を否定してはいないのかもしれませんが、「ありふれた」「意味のない」「もう終わり」と並べられると、「何もそこまで云わんでもええやん!?」と、急に関西弁になって身を乗り出したくもなるというもの。



さらに読み進めると、「履歴書に書ける旅」をしようと書かれています。
なんというか……かつては“つるセコ”(分からない人はwikipediaで『つるピカはげ丸』を検索のこと)とまで呼ばれたわたしも吃驚のセコさではないですか。冒頭コピーの「どうせなら」っていう言葉も、わたしがよく使う「せっかくだから」と同じ意味の、必殺つるセコワードですよ。
最も、わたしもだいぶセコいので履歴書に書いちゃったけど、まあここで云われているような“履歴書に書ける旅”ではないですね。もっとあれでしょ、フィールドワーク的な成果のある旅ってことでしょ。大学のレポートで提出できそうなやつ。
でもそれってもう、旅というか、仕事なんじゃないの? ま、出張だって旅の一種ですからそういう旅もあるというのは分かるけれど、“何の役にも立たない旅”を否定するような言論を見聞きすると、己の存在を全否定されているかのような被害妄想に陥ってしまうのですよ。な、何でもかんでも役に立てなくては気が済みませんか…? と、弱弱しく震え声で質問したくなる。



“履歴書にぽっかり穴を開けないために”――こういう焦りがあるのも分かるんです。無駄を過敏に恐れる気持ちも。就職活動のときは、自分の空っぽさに嫌気がさしたし、今だって、旅が具体的に何かの役には立っていないことについて、いや、そもそも己の存在自体が役に立っていないことについて、後ろめたさがないとは云えない。
誰だって、分かりやすい魅力や技能を欲していて、それはすごく便利で、履歴書にも書けて、それらのどこが、何が悪いのか?と云われたら、特に反論はありません。このテの前のめり感とは、そもそもノリが合わない(笑)ってだけで、成果主義に骨の髄まで浸かっているのはわたしも同じです。
だって、成果を求めないなら、わざわざホームページやブログなんか持たないですよね。自分ひとりの思ひ出にしていればいいものを、露出狂のように発信するのも、うっかり世界一周バイヤーとかに応募してしまうのも、声をかけられればホイホイとイベントに出てしまうのも、旅するだけでは完結できていないってことの何よりの証左。ていうかまあ、セコいんですよ、わたしもね。


ただ、こういう風な旅がよしとされ、旅さえも前向きな成果主義を大っぴらに求められるようになってしまったら、何とも肩身の狭いことよなあ、と思うのです。
旅はもともと目的と成果を求めがち・求められがちな行為ではあるのですが、この本のコピーのように無目的でありふれた旅をバッサリ斬られちゃうと、「いいじゃん、旅くらい、企画書なしでやらせてくれよな」とふて腐れてしまいたくなる。
旅に出て自分を探しても見つからない、観光地に行ってもスタンプラリーにしかならない……かどうかは、旅してみないと分からない。旅の目的、ではなく、旅が目的、なんです。
そんなわけで、わたしはこれからも、ありふれた観光地をめぐり、時には意味のない自問自答を繰り返す、履歴書には書けない旅を続けることでしょう。ま、就職活動の面接ではそんなふうに云わない方がいいでしょうけどね~(苦笑)。

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2013年07月18日

片づけと人生のリンク

テーマ:上京後
分かってはいました、ずっと前、それこそ幼少のみぎりから。
わたしは、片づけられない女です。レベルは中の上くらいだと思います。

テレビで取り上げられるような凄まじい汚部屋までは堕ちていないけれど、理性のタガがちょっとでも緩んだらそっちに雪崩込む可能性を大いに秘めた部屋。
これまでの買い物歴からも容易に想像できるように、わたしの部屋は大量の服(小物・アクセサリー含む)で埋め尽くされております。そして、本の量も生き物かと思うほど凄まじい増殖を続けているので、部屋に物が多いを通り越して、書庫兼クローゼットの中に住んでいるような感覚です。そんな肩身の狭さを苦にしつつも、人にはやせ我慢して「コックピットに住んでいると思えば便利なもんですよ」などとうそぶいておりますが…。


しかし!このままでいいと思っているわけではなく、もう少し快適に暮らせる方法はないものかと、じめじめ考え続けてはいるのです。“部屋の乱れは心の乱れ”という格言(?)は、確かに間違っていません。
例えば、毎朝わたしは基礎体温を測っているのですが、ある朝、どこにも見当たらなくて、発狂寸前に陥りました。そんなことで?!と呆れられそうですが、そんなことすら管理できない自分が心の底からイヤになって、絶望感を抱いたのです。翌日、体温計は、ティッシュ箱の中から出てきて、ますます情けなくなった次第です。
これまでにも、こういうことは時々あったのです。物につまづく、つまづいて飲み物をこぼして服にシミがつく、読もうと思って買い置きした本が見つからない…しょっちゅうではないにしろ、そういう事件が起こるたびに、己の人格と心の状態について見直しを迫られ、片づけ本や片づけブログを読むのですが、今の部屋を見る限り、役に立ったとは云いがたく…。
おそらく、最も手っ取り早いのは“広い部屋に引越す”なんですけど、“引っ越し”と“収納家具”では、おそらく根本的解決には至らないことも、薄々分かってはいます(そもそも今、引越資金もないし…)。


片づけ本の多くの主張は、とにかく「物を捨ててスッキリさせること」に集約されるように思います。
ベストセラー『ガラクタ捨てれば未来が見える』もずいぶん前に読みましたが、読んだ直後は大いに納得するものの、どうしても物を捨てることができません。
そりゃ、捨てられるものが皆無というわけではないですよ。ボロボロの下着とか、DMやとっくに情報の終わったフリーペーパーの類とか、比較的ゴミに近いものならまあ捨てようかという気にはなる。でも、気に入って買った服やアクセサリー、本や雑貨を捨てるのは、心から血を流すに等しいの。もちろん、捨てれば一気にリセットできてスッキリするんだろうけど、「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」的に乱暴に感じて、なかなか実行できません。
捨てることができないなら、売るという選択肢もあるわけですが、これはこれでまたハードルが高い。一昨年、本当にお金に困って服を大量に売ったことがあって、結果的にはクローゼットも片づいてさほど後悔はしていないんですけど、服にしろ本にしろ、どれを売ってどれを残すかの選別には、たいへんな労苦を伴います。


だから、「捨てて(売って)スッキリ」系の片づけは続きませんでした…というのはいかにも言い訳くさいのですが、最近、『片づけの女神』という本を読みまして、久々に部屋を根本から片づける気になりました。
片づけ本のセオリーとして、この本ももちろん物を減らすことを推奨してはいるものの、“捨てる”以前に“物と真剣に向き合う”ことを説いているのが、わたしの心にフィットしたようです。
わたしはわたしなりに、物を大切にしており、それゆえに簡単に捨てられない(売れない)んだ、と頑なに思っていましたが、現在のぎゅうぎゅうの収納っぷりや散らかり具合を見ると、本当の意味で大切にしていると云えるのかどうか…。少なくとも、初めてその“物”が家に来た日の喜びを持続できているとは云えまい。いや、むしろ前述のように探し物がなかなか見つからないときなどは、「何でこんなに物があんねん!」と逆恨みしかねない勢いです。ああ、ごめんね、かわいいMILKやJaneの服たち、TM NETWORKの絶版本たち、遠いロシアから連れられてきたマトリョーシカさん…(>_<)


今すぐ物を捨てられないなら、せめて早急に解決すべきは、物を大切に管理し、有効に使うことができるよう、整理を徹底すること。物が多ければ多いで、管理しやすいシステムを構築することが、わたしには向いている…ような気がする。
それでここ3日ほど、本の教えのとおり、毎日1~2ジャンルに絞って、「アイテム別に仕分ける」片づけをちみちみとやっております。これは分かりやすくて捗るし、子どもの遊びみたいでわりと楽しいです(人間は本能的に分類が好きですよね)。漏れた物や受け皿がない物に関しては、保留箱に一時避難。ま、これはいずれ選別しなければなりません…。
狭い部屋なのである程度は「「何が」「どこに」あるかは把握できているつもりでしたが、やってみると、けっこう余計な物が、いつの間にか紛れ込んでいるもんですね…。 貴重品の引き出しに、何故か「水中花」や「三陸鉄道ピンバッジ」が混じっていたり、タイツ箱の中に靴下が紛れ込んでいたり…と、なんつうか、全体的に“とりあえず”感がすごい(苦笑)。


この“とりあえず”感って、わたしの人生や暮らし全般、人間関係においても同じことが云えそうです。
ありふれた気づきだけど、部屋と人生・人格って、想像以上にリンクしているのかもしれません。本にも「混乱した部屋は混乱した人生を呼び込む」「『片づけ』は完了させること」って書いてありました。混乱した人生、完了できていないあれこれ…ものすごく耳が痛いですう;
確かに、今の部屋ってダラけるにはいいのですが、何かをしようとしたときにどうもやる気が起こらなかった。そして、好きなものがこんなにもたくさんあるのに、部屋自体は好きになれなかった。それって、自分を今いち肯定できないことにも繋がっていそうです。
今まで、片づけというものを甘く見ており、「森茉莉だって汚部屋に住んでたけど優れた作品を残しているんだし…」などと言い訳しておりましたが、わたしは凡人なので、普通にちゃんと片づけた方がいいですね(苦笑)。


今の片づけを毎日コツコツやっているうちに、「これはもう充分使ったから捨ててもいいかな…」「これは売って手放してもいいかな…」と思えるものが自然に出てくれば、“部屋のスペースを広くする”という次のステージにも進めることでしょう。あとは買い物のペースを今以上にダウンさせることが必須ですけども!
理想を云えば、2部屋あって、1つは本棚とクローゼット、もう1つは寺のようにガラーンとした部屋にしてみたいのです。ま、今はひと部屋しかないので“ガラーン”は当分難しいか…。


余談ですが、次引っ越すなら、こういう部屋に住みたいですね~。
これを見つけたときは、無理矢理でも引越ししたい衝動に駆られたわあ。でも、見つけた時点で成約済だった…。
http://tokyo-style.cc/2012/09/entry915-more.php#more
書斎&壁面本棚っていいですよね! 本棚の本をストーリー性のある並べ方にしたい(例えば恵文社の本棚のように)というのが長年の夢想なので、これくらい本棚の容量があると、7割くらいは実現できそうです。
いつかこんな部屋を見つけたときに、すぐにでも引っ越せるように、普段から整理整頓しておきたいものです。今の状態だと、引越しのための物の整理だけで半年くらいかかってしまいそうだから…(汗)。

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2013年07月11日

黄金週間西ひがし⑧

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隣の部屋から盛大な鼾が響くので、ティッシュで耳栓をして寝床についたら、予定よりも寝坊してしまいました。
外は……また雨か(涙)。
広間に降りて朝食を食べながら、おかみさんと少しお話ししました。
この辺も、震災後はめっきり観光客が減ったとかで、今は大間原発の飯場的な営業になっているそう。昨日は、宿を確保できたのは奇跡、と思っていたけれど、確かに部屋はけっこう空いていた。隣の人の鼾は、肉体労働で疲れた人のそれと云われれば納得できる(何となく)。
佐井は何もないところだからねえ、とため息をつくように云うおかみさん。
皆、恐山までは行ってもここまではなかなか来ないんだそうで、「勇気あるわねえ」と云われてしまいました。や、そんな、アフリカの凶悪都市じゃあるまいし、大した勇気は必要なかったですよ…。路線バスの距離にはちょっとビビりましたけどね。
つい最近まで、神奈川に住む息子さんのところに1ヶ月ほど遊びに行っていたという話を楽しそうにするおかみさんを見て、でも田舎もいいですよね、なんてのは旅行者の甘っちろい感想に過ぎないなと思うのでした。


昨夜、「ぐるりんしもきた」を手に、今日のルートを模索したところ、昨日、観光案内所で聞いた感じだと、佐井⇔仏ヶ浦の船は1日3便しか出ていないような話でしたが、船会社は2つあり、便の数もその分、倍くらいは出ていました。
しかも、佐井港から青森までの船が出ていることも判明。それなら、あの長距離路線バスで同じルートを戻らなくてもいいうえに、それより1時間は早く青森に到着できそうです。
新たなルートを見出したことに、まるで新大陸でも発見したような大げさな心でうれしくなりました。
仏ヶ浦は店とか何もないから、とおかみさんが持たせてくれたおにぎりにしみじみ感じ入りながら、いざ出発。
バスに乗っていたときは、いったいどんな最果ての村にたどり着くのかと思ったけれど、曇天の下の佐井村は、よくある小さな田舎の港町でした。五島や、屋久島あたりの風景と既視感があります。

RIMG0204 佐井港「アルサス」を臨む。


観光センターを兼ねた佐井港から、仏ヶ浦までは船で30分弱のショートトリップ。わたしが乗ったのは、仏ヶ浦海上観光の「ニューしもきた」号でした。
恐山の奥ノ院と呼ばれる理由は、ここがちょうど恐山の真西、つまり極楽浄土に位置しているから。確かに、ここにだけ仏のような形をした奇岩が集中しているのは不思議だけど、実際に恐山との関係性は薄いような気がしないでもなく(汗)。
でも、そんなものがなくてもここは純粋に景観としてかなり面白い。申しわけ程度にちょろっと奇岩があるだけだったらどうしよう、下北駅から2時間もかけてここまでやって来た意味はあるのだろうか……など、疑い深く悶々と考えていましたが、その対価は十分にありました。
まず、船を降りると、透き通ったエメラルドグリーンの海が広がっています。正直、下北でこんなに美しい海の色を見られると思っていなかったので(国内でエメラルドグリーンの海が見られるのは離島と沖縄だけという偏見による)、一気にテンションが上がります。朝から降っていた小雨は上がり、晴れ間まで広がって、ああ、今日はなんて奇岩日和!
如来の首、五百羅漢、ふくろう岩など名前がついており、そう云われればそんなかたちに見えてくる不思議。やっぱ奇岩には名前をつけたくなりますよね!
しかし、上陸時間が30分足らずと短く、全貌を俯瞰して記念写真を撮るのが精一杯で、マイフェイバリット奇岩を探して愛でたおすということもできませんでした。ああ、もっとここは探索を重ねたかった、そして、疲れたら岩場に腰かけてぼんやり海を見たかった、おにぎりでも頬ばりながら…。まあ、次の観光船が来るのを待つという選択肢もないではなかったのですが、今度は青森行きのフェリーに乗り継げなくなるというマイナスが生じるので、致し方ない。
佐井港に戻って、あまり休む間もなく次の青森行き「ポーラスター」号に乗り込みます。結局、佐井村は港の周辺と物産館しか見ていないなあ…。おかみさんが云っていたように、取り立てて何もないのかもしれないけれど、ないなりに楽しみたいというか、いや、むしろない場所で宝石を見つけるという少々歪んだ楽しさもあるんですよね。

RIMG0223 確かに、遠目には石仏っぽい。


RIMG0232 佇む奇岩。


RIMG0031 迫り来る奇岩。


青森までの船は、ほとんど乗客はなく、そう遠くないうちに廃路になるのでは…と心配になってきます。ゴールデンウィークでこの状態は、観光地としては少々やばいのではないでしょうか…。
青森は、人が多く活気にあふれ、よくも悪くも俗世に戻ってきたという実感をひしと味わいました。「AーFACTORY」というおしゃれな物産館でみやげを物色していると、冒険感は飲み残しの酒のように薄まっていきます。
青森県立美術館は、路線バスの時間がうまく合わず、さりとてタクシーで駆けつけても滞在時間がそんなに取れなさそうだったので、諦めました。リピートできない体質のわたしにとって、このような取りこぼしはたいへん不本意なのですが、いつかねぶた祭りを見に来ることもあろうと、自分に云い聞かせることにします。

RIMG0104 おしゃれおみやげスポット「A-FACTORY」。中で食事もできます。


この後は、桜まつり真っ最中の弘前へと向かうのですが、実は弘前には彼氏が先に到着しておりまして――このへんの事情を語るのはちょっと面倒なのですが、まあかいつまんで説明しますと、彼は昔、弘前にしばらく住んでいたことがあり、このゴールデンウィーク中は、そのときの知り合いのところに遊びに来ていたのです。ま、それで合流したんですが、その後はもう、旅っつうかただのデートじゃねえかよこのやろー、というような内容になりそうなので、ここまでの執拗な内容はいったい何だったのかというくらい、ざっくり端折りたいと思います(笑)。彼氏の方の予定があるときは、一人で桜の写真を撮りに行ったり、雑貨屋をめぐったりしていたんですけどね。

RIMG0097 やっぱりモーリーが好き☆彡



で、でもそれじゃあ弘前があまりに不憫か…。
桜まつり期間中でにぎわっていることもあってか、弘前は観光地としてのポテンシャルがめちゃくちゃ高いなあ、という印象でした。
「フレンチの街」であり「珈琲の街」でもあり、桜あり林檎あり、洋館あり、ねぷたあり……と、ただでさえ“持っている”ところを、最大限にアピールして活かしている。例えば倉敷ほどの統一された景観はないし、京都や神戸ほどのブランド感は薄いように思えるけれど、この上品にまとまった感じは、乙女好みだなあと思います。太宰治が行きつけにしていた喫茶店とかあるしね!
そんな中でも、個人的に印象深かったのが弘前昇天教会。雨宿りも兼ねて何気なく入ったのでしたが、ドアを開けるでしょ、するとフローリングの控え室が広がっている……のはいいんだけど、その奥に何とふすまが! レンガ造りの外観からはとてもそのような和風テイストが入っていることは想像できないのですが、そのふすまを開けると礼拝堂が広がっているという造りなんですねえ。
五島の旅でも思ったけれど、日本の教会のこういうところがたまらないです。誰もいない教会の中、一人でゾクゾク興奮してしまいました。

RIMG0384 とにかくソソる喫茶店&カフェが至るところにあります。

RIMG0428 昇天教会。ふすまの向こうの天国…。


桜は、例年に比べると開花が遅れに遅れており、わたしが到着した5日の夜で、やっと外堀がそれらしく咲いてきたような状態でした。そ、それはさすがにわたしのせいじゃないよね、と思いましたが、翌6日の昼から土砂降りになったのにはもう、己の宿命を呪わざるをえませんでした。。。
それでもまあ、わたし自身は夜桜と昼桜を両方味わうことができたので、よしとしよう。来る前は、桜なんて東京でもどこでも見られるでしょ、と若干侮っていたけれど、歩けども歩けども桜に満たされている巨大な空間は、ひれ伏したくなるほど圧倒的でした。
黒い夜空に敷き詰められる白い桜の妖艶な美しさと、昼間の空に溶けそうな淡いピンクの桜は、“昼は貞女、夜は娼婦”という言葉を思い出させ(下世話ですまん)、ああ、だから桜はこんなにも多くの人に愛されるのだろうか…と思いました。

RIMG0104 モネの絵のようにブレてしまいました。

RIMG0152 夜の顔と


RIMG0313 昼の顔(この辺りはまだ五分咲きくらい…)


仏のち 桜で終える 旅路かな


はい、これでダラダラと書き綴ってきたゴールデンウィーク(おい!いつの話だ!)の旅も終わりです。長らくお付き合いくださいまして、ありがとうございました!
次回は別のお話を挟み、その後はまたもや旅、ウラジオストクの記録を、1年くらいかけて更新したいと思います(ウソ。1ヶ月以内には終わりたいです…)。

RIMG0406 つい、小学生のように反応してしまいました;

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2013年07月02日

黄金週間西ひがし⑦

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シモキタと云えば下北沢? いやいやいや、下北半島でしょ!(林修先生の口調でお願いしますね)

RIMG0209 最果て感たっぷり。


昨日のてんこ盛りが応えて、早起きがとてつもなく辛いうえに、めちゃくちゃ体がだるい朝6時。でも、陸奥湊の朝市で朝ごはんを食べるには、今起きなければなりません。
そこまでしなくてもいいのに、と文句を垂れるもう一人のわたしの頭を押さえつけて、急いで荷物をまとめてチェックアウトしたのが7時すぎ。
そうまでしてたどり着いたのに、いざ市場に来ると、どうも体調が今いちで食欲がわいてこないという悲しさ…。
食堂では、白飯やせんべい汁(八戸名物)を格安で販売しており、それをベースにして、各々好きな海鮮や惣菜を買っておかずにするというシステムになっているようです。
昨夜、いちご煮汁を食して「もっとウニが食べたかった」思ったことから、脳みそのように固められたウニを1つ買いました。ウニ丼でしゃれこもうというわけです。

RIMG0170 こういうのを各自で買います。


食堂は盛況で、人が入れ替わり立ち代りで、空席を見つけるのもひと苦労ですが、二人組の女性の隣がぽかっと空いていたのでそこに座りました。
しばらくして、わたしの前の空席に、30代前半くらいのカメラ女子がやって来て、一眼レフでバシバシ写真を撮り始めました。タウン誌の取材かと思いましたが、その後間もなく、ひとり旅の女性だということが分かりました。
隣の二人組女子がその撮影っぷりに(?)好奇心をそそられたのか、カメラ女子に「どちらからいらしたんですか?」と声をかけました。カメラ女子(以下、カメ子)は、東京です、と答え、ええ~ひとり旅なんですかあカッコいいですね~と目を輝かせる女子二人。
わたしは――いちおうひとり旅中の女性であるわたしは、完全に透明人間と化して、その和気あいあいとした会話を耳に入れながら、黙々とウニ丼をかき込みました。
女子ひとり旅がもしカッコいいものだとするならば、お隣の女子二人にとって、わたしはいったい何者に映ったのか? いや、そもそも視界には入っていないのか?
何やら釈然としないものを感じるわたしをよそに、 「たくさん頼みすぎちゃったんで、よかったら食べてください☆」と、憧れの先輩に手作りのクッキーでも渡しているかのようなテンションの高さを以て女子二人はカメ子に絡み続け、カメ子も「猫の写真を撮りたいんですけど、この辺でたくさん撮れそうな場所って知りませんか?」と、もう予想をまるで裏切らない素敵女子っぷりを発揮(←完全なる偏見)。
ただでさえウニの量に参っているところに、本来ならまったく必要のない疎外感まで感じてしまうなんて、我ながらなんてし ょ う も な い……!!
「今日はいいことあるわよ」って、さっき、ホテルのおばさんに送り出されたところなのに、こんなことで簡単につまづく自分の心が恨めしい。。。
そうそう、昨日の一室は、本当に奇跡的に、当日の昼頃キャンセルが出たものだったのです。10人の団体だったのが急きょ9人になったというので偶然空いたらしい。そこで運を使い果たしていてもおかしくないような命拾いだったわけです。



まあしかし、旅のいいところは、移動することで強制的にチャンネルが切り替わる点。再び陸奥湊駅に返し、電車に乗り込んで、一路、下北半島を目指すうちに、車窓の風景とともに己の心情も刻々と移り変わっていきます。
陸奥湊→八戸→野辺地と乗り継いで、そこから下北へ。乗り換えの空き時間が長いので、少し野辺地駅の周辺を歩いてみました。曇天も相まって、半端ないうら寂しさが漂っているのですが、思えば、これを味わいたくてわざわざこんな遠くまで来ているのだとも云えます。
雨の交じる車窓風景は、いつぞやのダンジェネスへ向かう鉄道のそれにも似て、寂しさとともに、奇妙な明るさを感じさせます。それは、“果て”に向かう道に共通した、乾いた明るさです。

RIMG0184 「青い森鉄道」のキャラ・モーリーがかわいい~☆ 青森→青い森で、別にひねってあるわけじゃないけど、ファンタジックでいいよね。


下北駅からはバスに乗って恐山へ。途中、「恐山冷水」というバス停に停車して、水を汲むことができます。若返りの水と呼ばれているそうですが、それもうなずけるほどに、めちゃくちゃ美味しい! そこらのミネラルウォーターなど比べ物にならない芳醇な味! ああ、ペットボトルを持ってくればよかった…。
山道を抜けると、視界がぱーっと開けて宇曽利山湖が現れ、ほどなく三途の川とそれに架かる赤い橋が見えてくると、ほどなくしてバスは終点の恐山にたどり着きます。
バスを降りて歩き、山門に差しかかる頃には雨が強くなってきました。ああ、昨日あんな目にあったけど、ビニール傘を買っておいてよかった…と、ドヤ顔で差したその瞬間、強風に煽られて傘はあっけなく折れました。。。
「………」(主に泣いてます)
どうせなら怪奇現象で折れて欲しかったです。壊れた傘を差して雨の中を観光するのは、どうにも気が散ってしょうがないです(苦笑)。

RIMG0224 恐山のおいしい水。


RIMG0231 山門をくぐったところ。


本堂にお参りしたあと、いよいよ恐山の核心とも云うべき岩山の一帯に足を踏み入れます。
怪我しそうなほどゴツゴツした岩肌を縫うように歩いていくと、そこら中に築かれた小石の山があり、その上に小さな仏像やお札がそっと添え置かれています。起伏の上に建てられる小さな仏像や、色のない荒涼とした風景の中でカラカラと回る原色の風車は、恐山に来ているのだという感慨を起こさせますが、天候は悪くてもゴールデンウィーク、観光客はそれなりにいて、想像していたような異界の雰囲気はやや薄い。もともと霊的なことに縁がないせいもあって、どうしても観光気分の方が優ってしまいます。ドコモの電波も入っているから、ツイッターでつぶやけちゃったりするし!(いや、電波が入るのはありがたいことです) 青森出身の友人が、「絶対に、人気のない時期に行った方がいいよ!」と力説していたっけな…。あの世と云うよりは、やや趣向の変わった墓地に紛れ込んだような感じです。
それでも、曇天の下、極楽浜の向こうに広がる宇曽利山湖は、確かに“彼岸”の眺めだと思えました。たった一機だけ浜辺の小山に刺さった風車は、違う時空の中で回っているように見え、波打ち際はまるで音が消えてしまったような静けさをたたえています。わたしは、母親の霊がいたら面白いなと思いましたが、その息吹を感じることはなく、またこの時期はイタコさんもいないので、そういう体験はできませんでした。
敷地内には“○○地獄”と名の付く地獄がいくつもありますが、まあこれは、登別温泉的なアレという感じでそんなに怖さはなく、どぎつい色をしたプラスチックの風車こそ、恐山の魂(ルビはウルトラソウルでお願いします)を象徴しているように思えます。荒涼とした自然そのものよりも、そこにかすかに人の手が加わった気配に、わたしの心は反応しやすいようです。

RIMG0048 風車は鮮やかな墓標にも似て。


RIMG0092 湧き出る硫黄。


RIMG0068 恐山の定番風景。


どうせなら宿坊に泊まって、より“素”の恐山を体験するのはどうだろう…という誘惑に駆られつつも、心はもう1つのプランへと傾き、バスで下北駅へ戻りました。
駅前の観光センターにてアクセスを尋ねると、思った以上にアクセスが悪く、かつ遠いことが分かり、わたしはまた、駅の待合室で思案に暮れる無駄な時間を過ごすことに…。
行き先は、〝恐山の奥ノ院″とも云われている仏ヶ浦という奇岩地帯。しかし、金毘羅の奥ノ院のように、恐山のついでに行けるような距離ではありません。明日の朝に出発して半日もあれば充分でしょ、という当初の考えは甘すぎたようで、こんなことならやっぱり宿坊に泊まった方がよかったのかと、しばし悶々。。。
ただ、今日の最終バスで、仏ヶ浦への船が出る佐井村に行くことはできるのです。明日は、青森県立美術館に寄ってから夕方には弘前に入る予定…だけど、県美か仏ヶ浦、どちらかを選ばないと厳しいスケジュールだなこりゃ…。
と、とりあえず、佐井村に泊まれるのかどうか? それをチェックしてから決めよう。もし、宿が空いているなら、仏ヶ浦に行けという神の思し召し。空いていなければ、大人しく今夜は下北に泊まるか、青森まで行ってしまうか…しかし、青森だとホテルがいっぱいだったりして(汗)。
観光センターでもらった案内本「ぐるりんしもきた」(無料とは思えないほど親切なガイドブック)によると、佐井村には9軒の宿があります。早速、部屋数などから判断して、4軒ほど電話をかけてみましたが、満室、もしくは港から車で30分も離れた(!)場所にあるとかでいずれも泊まれないことが判明しました。うっ、何だかんだでやっぱゴールデンウィークはどこもかしこも旅行客でいっぱいなのか…。
これでダメなら諦めよう…と、1軒、さっきは電話がつながらなかった宿に望みをかけて再び電話しました。
「何人ですか? …おひとり? 空いてますよ」
あった、あったよ! 部屋があった!(クララが立った!のノリで) 聞けば、港までも徒歩10分くらいとのこと。またしてもギリギリのところで宿が確保できてしまった…こうなってはもう行かざるを得まい。

RIMG0181 前の座席が女性の顔のイラストに見える。。。


16:55、最終のバスは佐井村へ向かって走り出しました。それは実に、果てしのないバス旅でありました。下風呂温泉(所要1時間)を過ぎたあたりで乗客はわたし1人になり、夕暮れとともに寂しくなっている車窓風景は、わたしを根拠のない不安に沈めていきます。金額は無情にもどんどん上がって行き、いったい、佐井村に着く頃にはいくらになっているんだ…と、そっちの不安でも心拍数が上昇します。
先日の加茂よりは民家の数は多いけれど、加茂にはない辺境感があるのは、海が近いせいでしょうか。下風呂を過ぎるとマグロで有名な大間崎。このルートこそレンタカーで回って、都度都度降りて、観光すると楽しかったかもなあ…。しかし、今バスを降りることは、死を意味します(ウソ)。
バスは延々と走り続け、そのうち銀河鉄道ならぬ銀河バスにでも変身するのではないかと思えてきます。完全に、わたしだけのために走っているこのバス…贅沢と云えば贅沢だけど、どうも当て所なくて落ち着きません。
しかし、どんなことにも終わりはあり、やがてバスは佐井村の停留所…ではなく、宿の目の前で停まってくれました。すでに日はとっぷりと暮れて、民家の明かりと街灯だけが魂のように光っていました。
結果、所要時間は2時間20分! 金額にして2380円! 路線バスにここまで長い時間乗ることになったのは初めての体験かも…。
宿の前に降り立つとすぐに、おかみさんが出てきてわたしを迎えてくれました。電話では、夕食は用意していないと云われていたけれど、「こんなのでよかったら…」と、大きなおにぎり2つと、これまた大きなハマグリがたくさん入った味噌汁を出してくれて、その素朴な食事は胃と心にきゅっと染みわたりました。
そして、風呂も普通の家風呂かと思いきや、青森ヒバでできた広い風呂だったりして! 風呂から上がって、暖房を炊いた部屋で寝転がる、ああ、なんという安堵感。
すべてから守られているような気持ちで布団にくるまり、今日を振り返ります。
またしても、行き当たりばったりだったな…。いつも、次の一手をギリギリまで決められない。というか決めたくなくて、わざとらしく保留している。行き当たりばったりは、効率という面で見れば愚かだし、いい大人がする旅じゃないってことは分かっているんだけど…。
それでも、こうやってどこか知らない場所へと流れ着くとき、わたしの幸福は自由の中にこそあるのだと、改めて感じるのです。

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