2013年05月31日

黄金週間西ひがし④

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朝8時53分の電車(ここは汽車と書く方がふさわしいでしょうか)で美作加茂を発った後、わたしはまたも、またしても、次の行き先について逡巡していました。
というのも、初めて会ったおじさんに、ああも親切にされてしまっては、己の家族をこそ省みて然るべきではないのか…という義務感が強く湧いてきたからです。
まあ、大阪は先月帰ってるから、徳島はどうだろう…こないだ生まれたばかりの甥とやらも徳島に里帰りしているらしいし。でもなあ、どの道今夜の夜行バスで東京には戻らなきゃ行けないし、そのチケットも取ってないし、向こうでの滞在なんてほんの数時間だとすると……。
途中から、昨夜の睡眠不足が祟ってか、コトリと入眠してしまい、結論が出ないまま岡山に着いていました。

 

岡山駅に降り立つと、その都会っぷりに一瞬立ちくらみがしました(笑)。
大きなJRの駅、人が行き交う駅前広場、立ち並ぶビルに量販店……最近になってコンビニができたという加茂に比べたら、いくらFちゃんがここで退屈していようとも、岡山はそれなりの“街”だと思わざるをえません。
なんか、夢から覚めたような気分だな…。

 

わたしはまず、路面電車に乗って(路面電車のある地方都市ってテンション上がるよね!)、靴を買いに行きました。
岡山に来て最初にやることが靴の購入とはこれいかに? ですが、岡山には知る人ぞ知る、乙女な靴を売る店があるんですよ。まあこれは、岡山出身の友人の受け売りですけどね。
その名も「文化人の靴 創美」。ネーミングからしてもう乙女すぎるう!
シャッターの閉まったお店が多い商店街で、小さいながらしっかり営業しており、ちょっとエキゾチックな顔立ちの年配の女性店主が一人で接客していました。
店内にびっしりと並んだ革製のフラットシューズ――お店のオリジナルで「カイロシューズ」というのですが、フロントに1つ1つ違う絵が描かれています。本を読んでいる女の子、インディアンの男女、パリのエッフェル塔、オランダの風車……こ、こんなラブリーで自由な靴、見たことないお!
絵はプリントではなく、焼きごてのようなもので革を焼くようにして描いているのだそうです。履き心地も気持ちいいし、職人さんの仕事だなあという丁寧さと温かさがびしばし伝わってきます。
ただ、惜しむらくは、わたしがフラットシューズをまるで履かないという点です。おい!履かねーのかよ!というツッコミが聞こえてきそうですが…でも、あんまり素敵なので、自分の分はもちろん、つい冥土のみやげ、じゃなかった姪へのみやげにも1足買ってしまった;
はっきり云って他人の子ども並に遠い存在の姪ですが、自分に子どもがいないこともあり、やや高額でかわいい子どもグッズを見つけたらとりあえず姪にプレゼントしてしまうのが、何とも複雑です。ああ、でも、子どものいない叔母(母の妹)も、こうやってわたしにいろんなものを買い与えてくれたんだもんなあ…そう考えると、改めて叔母には尊敬と感謝の念が湧いてきます。まあ、姪を他人としか思えないわたしの方が異常なのか(汗)? 姪だからかわいい、っていうのはあんまりないんだよなあ。友達の子どもとのかわいさの差が分からんっていうか…。

RIMG0454 あああかわいいい(涙)。


RIMG0656 わたしが買ったやつはこれ♪



RIMG0460 シャッター街がありつつも、けっこう商店街網は発達している印象。天井には気合の入ったステンドグラス。


カイロシューズ購入で、岡山での目的の7割くらいを果たした気分になり、またも進路の選択に迫られて(受験生かよ)、とりあえず前述の叔母(徳島在住)に電話してみましたが、3回かけ直してもつながりません。や、祖父母の家はお嫁さんもいるので、いきなり行くとやっぱ困るかな~と、叔母を介そうと思ったんですよね。
「電話がつながる」→徳島へ行く/「つながらない」→岡山に残る
という、人生ゲームのマスのような岐路は、ここで後者を選ぶことになりました。
慌てて本日の夜行バスをオンライン予約し(マギワすぎたおかげで安くなっていました)、岡山で次に思い浮かんだ場所、「夢二郷土記念館」へと足を向けました。

 

最近はいつでも行けると思い上がって行かなくなりましたが、かつて、まだ東京に来る機会が少なかった頃、必ず立ち寄っていたのが根津の「弥生美術館」と併設の「竹久夢二美術館」でした。
竹久夢二ファンとまでは行かないものの、作品を見るとえもいわれぬときめきが湧き上がってきます。そして、お葉さん(2番目の恋人)の写真を見るたびに、ああ、エロイ顔だな…とドギマギします。
夢二作品の絶妙な通俗性って、画家というより、デザイナーの仕事に近いなあと思います。大作よりも、何気なく手遊びみたいに描いたものや、ハガキサイズくらいの小さな作品にこそ、夢二の粋と美しさが詰まっているような気がする。
昔から何となく、わたしの中では彼と太宰治のイメージがかぶっており、それは、二人とも女たらしだからってのもありますが、どちらの作品も通俗でありながら下品ではないっていう、奇跡的なバランスを保っているところに共通点があるのではなかろうか、 と勝手な認識を新たにした次第です。

 

RIMG0464 併設カフェの店名は、夢二姉の名前から。でも、ぶっちゃけ名前と外観から期待して行くとそうでもなかったりして(ボソッ)。

 

正直、後楽園にさほど興味が湧かなかったのですが、目の前にある有名観光地を敢えてスルーできるほど心が強くないわたしは、半ば義務的に訪問しました。
どんな場所も、期待せずに行くとそれなりの見返りはあるもので、観光としてはともかく、ここはのんびりするには非常によいスポットでした。もう少し具体的に云うと、芝生でゴロゴロしたり、花を愛でたりと、新宿御苑のような使い方ができる場所。
最も、旅行中にのんびりすることがあまりできない性質のため、10分も寝転がっているとそわそわしてしまい、無駄に庭園中を歩き回ってしまうのですがね…。



RIMG0473 れんげ畑の前は、寝転がり芝生スポット。


その間、カメラが突然イカレ狂って(砂丘で砂でも入ったか…?)30分近くロスしたのち、微妙な時間だなと思いながらも、倉敷へ移動することにしました。
岡山→倉敷間はJR快速で20分ほどです。子どもの頃に一度行った記憶はありますが、あまり思い出に残っているとは云いがたく、これまた多くを期待せずにいました。
申しわけ程度の規模かなと失礼な予想をしていた美観地区は、よくも悪くも人気観光地然として蔵屋敷は軒並みみやげもの屋になっているものの、こういった歴史地区としてはかなり大きく、純度も高めに感じました。地区内には、景観を損なうような建物はほとんどなく、京都よりも徹底しているのではないかという印象です。
これは後で知りましたが、美観地区は、電柱を地中に埋めてあるのだそうです。ああ、京都との差ってそれなのかも。電柱があるとないとで、タイムスリップしたくらい歴史的な雰囲気が出るもんねえ。や、けっこうレベルが高くてびっくり。ナメてました、すみません;

RIMG0536 いやほんと、よくできた街並みであります。


ただし…着いた時間が遅かった(4時半)のと、学習しないわたしの重たすぎる荷物のせいで、店を冷やかしたり、茶を飲み歩いたりする余裕がありません。
本来なら大原美術館あたりから攻めるべきところを、何故かわたしが選んだのは、いがらしゆみこ美術館でした…。くっ、ここだってもっと早く来ていれば、幻の『キャンディ・キャンディ』(※原作者と漫画家が揉めたとかで現在絶版になっており、Amazonではものすごい高値がついている)を全巻読破することも、「お姫さま体験広場」でお姫さまに変身することもできたのに!…え、後者はやらなくてよかったですか…?
しかし何で倉敷にいがらしゆみこ…?と思ったら、倉敷を舞台にしたドラマの原作をいがらし先生が書いたとかなんとか。規模は小さいですが、美しい原画がたくさん見られます。なんていうか、王道にかわいいですよね、この人の描く女の子って。目のキラキラに、愛と夢と希望がぎゅうぎゅう詰まっているよね。


RIMG0577 アコーディオン式キャンディ。


美術館を出ると、いよいよ美観地区は実質クローズ状態になり(地区は開放されているけれど、ショップやミュージアムはほとんど閉まっちゃうのです)、ああ、夜行バスの時間まであと…5時間もあるじゃねーかよ!と困惑しながら夕暮れの美観地区を幽霊のようにさまよい歩いていると、地区の外れの方で、軒先に椅子をいくつか出している町屋を見つけました。わたしは椅子取りゲームばりの速さでその椅子に腰かけて、しばし足を休めました。
…ふと、椅子の後ろ、窓越しに中を覗いてみると、「無料休憩所です。ご自由にお入りください」という手書きの看板がひっそりと佇んでいます。
え、何、ここって勝手に入っていいんですか? わたしは、3回くらい文面を読んだ後、確かに開いている玄関から、そろりと中に入りました。
入口には、「NPO法人 倉敷町家トラスト」と書かれたのれんが下がっていました。なるほど、NPOだから非営利で町家を開放しているってことか? しかし、中は誰もいません。人の気配もないのですが、土間と居間の明かりはついています。
と、とりあえずお邪魔しますね…と、靴を脱ぎ、座布団の上に座ります。人様の家に勝手に上がり込んだような気分満載でどうも落ち着かない反面、この立派な町家を目下わたし一人で独占しているなんて、なんて贅沢なのかとゾクゾクしてきます。畳の部屋に、古い木の机、箪笥に屏風に古いラジオ。調子に乗って、奥の方へ足を進めると、トイレまでもが「ご自由にどうぞ」となっていました。
な、なんか、山をさ迷い歩いていた旅人が、突如目の前に現れた立派な屋敷に吸い寄せられるように入ると、誰もいないんだけど誰かが自分をもてなしている――そんなシチュエーションのおとぎ話を思い出す。思い出すったって、具体的に何の話だか分からないけれど…。

RIMG0608 誰か…いませんか…?


居間の机に肘をついてぼんやりしていると、向かいの家から40代後半くらいの飄飄とした雰囲気の男性が出て来て、この町家に入ってきました。
「あっ、あのっ…」って、別にやましいことは何もないのですが不意をつかれて焦ってしまうわたしに、その人は、「休憩所ですから、どうぞごゆっくり」とニコニコしながら云いました。
ここはいつまでオープンしているんでしょうかと尋ねると、さあ、いつまで開けておきましょうかね?と謎かけのような答え。何だかますますおとぎ話チックだぞ…。
実際はもちろんおとぎ話ではなく、この男性は件のNPOの代表をしている人でした。「いいでしょ、ここ」。
確かに、こういう町家の使い方は、あくせくしていなくて、わたしみたいなケチの旅人にもたいへんありがたい。NPOでは他にも、廃屋になりかけた空き町家を改装して素泊まり宿にしたり、この町家も時々は1日カフェやワークショップに開放しているそう。
「台所にお茶もあるから、勝手に飲んでね~」と、どこまでも自由な代表氏。お言葉に甘えて湯を沸かし、お茶を飲ませていただきました。
美観地区の感想を述べたり、歴史を聞いたり、しばらくとりとめのないおしゃべりをしていると、代表氏の知り合いらしき女性がやって来て、わたしにコーヒーを淹れてくれました。
この女性は2年前、福島から倉敷へ移住してきて、月に1回ここで「みちのくカフェ」という1日カフェを開いているそう。西に住んでみてどうですか?と尋ねると、こっちは人同士の距離が近くて、目上や年上関係なくフランクですよね、と云っていました。西で育ったわたしには、どうも西のそういう側面をはっきりとは認識できないのですが、今まさにわたしが置かれているこの状況が、それなのかもしれません。

 

いつまで居てもよさそうではありましたが、疲れも取れたことだし、お腹もすいてきたので、8時過ぎに町家を出ました。
女性に、最近オープンして人気があるというラーメン屋に案内してもらって、そこで別れました。「また倉敷にいらしてくださいね。そのときは、(先に話題に出た)玉島も案内します」
…昨日ほどの衝撃ではないにしろ、何やら不思議な展開。すべては何の意図もない偶然の賜物。一瞬で結ばれ、また解けていく旅先の縁に温かさと寂しさを交互に感じつつ、夜行バスまでの時間を潰すために、夜の美観地区を歩きました。
人がほとんどいなくなった美観地区は、曲がり角の先に異世界が待っているような、独特の妖しい雰囲気に包まれていました。土産物屋ばかりだなと思った蔵屋敷群も、聞けば単なる店舗利用ではなく、ちゃんと人が住んでいるそうですが、今この時間においては、魑魅魍魎が建物の影をかすめていてもおかしくないような風情…。まあその一方で、ものすごく車高の低いヤンキー車も爆音立てて走っておりましたがね(苦笑)。
昼のにぎわいも楽しいですが、夜も味わうとさらにお得な気分になれること請け合いです。実に贅沢な時間潰しになりました。
そして、9時過ぎ、倉敷駅へと続く商店街のゴーストタウン具合を旅の余韻として味わい歩き、ひっそりと倉敷を去りました。

 

というわけで、たった3日間の短い旅にしては出会いネタが多めで、ずいぶんはりきった内容というか、いかにもわたしらしくないというか(苦笑)。
これはスペシャル番組のようなものなのであり、後編はまあ、いつものローテンションでだらだら旅しておりますが、気が向いたらお付き合いくださいませ☆


RIMG0633 美観地区の本領は夜かも…?

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2013年05月23日

黄金週間西ひがし③

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何か、何か食べる物を…という期待は見事に外れ、地図やパンフレットが置いてあるほかは、開店休業的雰囲気の観光センター。
えーっと、、、もう帰る段になって地図を物色してもしょうがないしなあ…。でも入っちゃって10秒で出るってのもなんか気まずいしなあ…。
奥にいる、管理者らしきおじさんが怪訝そうな顔でこちらを見ているので、間を埋めるべく、「すっ、すみません、この辺で食事できるところありますか?」と尋ねました。ま、歩いてきた道を見れば明白ではあったのですが、少なくともここから徒歩圏内でそういった場所はないそう。
分かった途端、急にフッと力が抜けて、「あのー、ちょっとこちらで休ませていただいてもよいでしょうか」と、昔話の行き倒れの旅人のように、目の前にあったベンチにへたり込みました。
おじさんは、その哀れそうな姿(苦笑)を気の毒に思ったのか、「インスタントしかないですけど」とコーヒーを淹れてくれました。

RIMG0419


どこから来ました? 東京です。東京のどこですか? 新宿区です。そうですか、うちの兄も新宿区で飲食店をやっておりましてねえ。えっどの辺りですか? ●●町というところでね、鍋の店なんです。●●町だったらうちから歩いて10分くらいです、 なんていうお店なんですか?
果たして、そのお店をわたしは知らなかったのですが(あんまり家の近所で外食しないもので…)、テレビや雑誌でもよく紹介されていたお店で、しかしオーナーをしていたお兄さんは半年前に病気で亡くなり、今は別の方がオーナーをしているそう。
東京の方のお葬式には行けなかったんですよ…と寂しそうに話すおじさんには、いつしかわたしが、“新宿区●●町からの使い”に見えたのでしょうか。そして、わたしがこの後の旅程をあまり決めていないと話したことも、おじさんの心に作用したのでしょうか。
おじさんは、やや唐突に、わたしに云いました。
「よかったら、家に泊まって行きませんか?」


わたしはこの時点まで、昨日にもまして、行き先の選択に迫られていました。

まず、次の電車で
①津山に戻る
②鳥取県智頭町へ行く

という選択があり、さらに①の場合、道は3又に分かれ、

①-A:岡山まで行き、泊まる
①-B:岡山まで行き、電車で大阪or徳島へ
①-C:津山に泊まる

という選択肢から回答せねばなりません。まあ、Cはないか…と思いつつも、Aも何だかなあ、ついFちゃんに電話して「泊めて~」とか云っちゃいそうだしな、でもBならやっぱ1本早い電車に乗るべきだったよなあ!
いっそ、②という選択もあるわけだけど、また鳥取に戻るというのもシャクにさわる(笑)し…。


しかし、ここへ来て急に

③加茂に泊まる

という新たな道がわたしの前に現れたのです。


社交辞令として受け取るべきなのかどうか悩んでいると、おじさんはそのうち家に電話をかけ始め、本当にわたしを泊める段取りをつけ始めました。電話口の奥さんが、混乱しているらしいことが間接的にも伝わってくる中、「兄貴がこの人を連れて来てくれたような気がしてなあ」というひと言を聞いて、わたしの目から咄嗟に大粒の涙が噴き出してきました。
●●町の近くに住んでいるというだけの見知らぬわたし、ぐだぐだな旅をしている怪しい女を、おじさんがそんなふうに思ったなんて…。さらに云うなら、ここに来たのは不謹慎な理由だったりするわけで、とてもじゃないけど天国のお兄さんの使いとしてはふさわしくない……なんて、もちろん云えないんだけどさ。



そんなわたしの思惑をよそに、奥さんも宿泊を承諾してくれたらしく、晴れてわたしは家に招かれることになりました。
まさか、日本の短期旅行で民泊することになろうとは。テレ東の「田舎に泊まろう!」まんまの展開が、現実に起ころうとは。ああいうの、日本じゃ完全にフィクションだと思ってたんですけど。
何度もしつこく云うように、わたしは、ナオト・インティライミのような並外れたコミュニケーション能力を持ち合わせていない旅人なので、こういうことがたまに、突然降って湧いてくるともう神の計らいとしか思えず、まして昨日Fちゃんに捨てられた身(ウソです笑)としては、これこそ“捨てる神あれば拾う神あり”ではないか!! と、目からぼろぼろとウロコが落ちるのを止めることができません。ていうか、もうこの文章以降、おじさんではなく神様って呼ばなきゃダメなんじゃないですか…? 地神様ならぬ旅神様ですよ。
「でも、ウチは本当に何もないですよ~」
「いやいやいやいやいや!! とんでもないですよ!! もう一体何とお礼を申し上げたらいいのか分からなくて混乱しているんです!! ていうかホントにいいんですかこんな展開…」
と云いつつ、これは実際、ありがたいお申し出だったのです。前述のように行き先の定まらぬ身で、予定の電車にも乗り遅れ、軌道修正するにもどう立て直せばいいか、途方に暮れていたわけで…。



その後も、観光センターの閉館までおしゃべりしていたのですが、話の中に今日寄ったお寺に関連して、美作一揆の話題が出た流れで、「この辺りはね、昔、いろいろあったんですよ…」と云ったのは、津山事件のことだったのか否か。
さらに、津山と美作加茂間にある美作滝尾駅で『男はつらいよ』のロケがあったという話から、「あとは、『犬神家の一族』の撮影も来てたねえ」と云うのでビクッとしてしまいました。そ、それは犬神家じゃなくて、八つ墓村の方ですかもしや…(汗)。しかしながら、後で調べたところ、どちらの作品もロケをしたというソースは見当たりませんでした。これは未だに謎なのですが、あまり突っ込むと津山事件の周辺に迫ることになりそうなので、そのときはそれ以上訊きませんでした…。
日が傾き始め、閉館の時間となりました。結局、わたしの他には誰も旅行者は来ませんでした。問い合わせのほとんどは黒木キャンプ場の予約だそうで、加茂町に観光に来る人はいないそうです。だとすると、やっぱわたしはだいぶ怪しい旅人なんじゃなかろーか…。



おじさん、もとい神様の家は町の中心部にありました。
夕飯の前にお風呂でも行って来られては?と、「百々温泉 めぐみ荘」のチケットをくれて、1時間ほどたっぷりと温泉に浸かってまいりました。
湯に入った瞬間のなんという至福。歩きすぎて疲れきった体が、どんどんほぐれていく開放感。すべてがこうして丸く収まったんだ…と、実に都合のよい解釈にて、わたしは幸福に浸っていました。湯上りに飲む白バラコーヒー牛乳の美味さにまた幸せが倍増します。
帰宅すると、奥さんがわたしのために夕飯を……うっうっ(嗚咽)。感激でテンションが上がっていたせいもあり、普段は少食気味なのに、育ち盛りの子どものようにもりもり食べました。この辺は、あまり知られていないけれど米どころだそうで、近隣の美咲町では卵かけご飯を名物として売り出しているみたいです。
神様は、自分でも珍客を迎えたことに戸惑っているのか(笑)、近所に住む娘さんとお孫さんに電話をかけ、「今なあ、東京から珍しいお客さん来てるんよ。もしよかったら家に遊びに来たらどう」と誘っていました。あっあの、わたし、著名人とかじゃなく名もない、そして得体の知れない旅人なので、わざわざそのためには来ないんじゃないかと(汗)。

RIMG0420 東京に戻ってからも、白バラコーヒー牛乳がやめられず、微妙に家計を圧迫。。。


夕食を終え、奥さんと加茂郷フルマラソン(夫婦で運営の手伝いをしていたらしい)の話をしているうちにいい時間になり、いつまでも居間に居座っているのもアレなので、寝かせていただくことにしました。
案内された客間は、我がアパートの部屋の軽く倍以上はあろうかという広さで、真ん中にポツンとわたし用の布団が敷かれ、その向こうの床の間には神様(※おじさんのことではありません)が祀ってありました。
床の間に思わず注目するわたしに奥さんは、「土地の因縁というか、地縛霊を鎮めるためにね、祀ってあるんよ。でも、年に1回法要するだけだから、ほっとけさん(仏さん)やねえ」と笑っていましたが、わたしは“土地の因縁”という言葉に、例の集落のことを思い出して奇妙に合点がいき、ドキッとするのでした。
「行列のできる法律相談所」と「情熱大陸」をBGMにして日記をしたためているうちに、時刻は12時前になっていました。
やばい、もう寝なきゃ。明日は8時過ぎに家を出るって云ってたし。
明かりを消した部屋の闇は、予想以上に濃く、部屋の広さもあって、自分がどこにいるのか分からない感覚に陥りました。
あれだけ歩き通せばすぐに眠りに落ちるだろうと思っていたら、昼間に歩いた集落の風景がにわかにまざまざと蘇ってきて、急激に恐怖が襲ってきました。現地にいたときは、そこまで怖い場所とも思っていなかったはずなのに、夜の闇が、イメージの怪物を増幅させ、わたしは何故か「絶対に目を開けたらダメだ」という強迫観念に囚われ、ぎゅっと目を瞑り続けました。



それからどのくらいなのか――夢と現の間を彷徨い、時に金縛りに遭いかけながら、夜は寒いくらいの気温なのに何故か体が熱くて目が覚める――を繰り返しました。
金縛りは単なる身体現象だし、そもそもわたしは霊的体質ではないし、床の間に神様もいることだし、すべてはただの思い込みなんだ……けど、この寝つけなさは何。
何度も違う夢を見る中で、ある友達が出てきて、怪訝な面持ちで「…あんた、いろいろ後ろに連れて来たんとちゃうか」と告げるので、夢の中でも怯える羽目になり、今さら集落に行ったことを後悔するけれどもう遅い。
朝の光の中で目覚めた瞬間、わたしはようやく妄想という名の妖魔の暗躍から逃れたことを確認し、下に降りておじさんと奥さんの顔を見て、ようやく人心地をつけたのでした。。。
実は、寝る前、kindle paperwhiteで『八つ墓村』をダウンロードして読もうかと考えたのですが、wi-fiが繋がらず断念したのです。よ、読まなくて本当によかったです(泣)。



朝食もご馳走になり、家の前で記念写真を撮って(必ず記念撮影をするのがわたしのミーハーな癖)、奥さんにお礼を云って、おじさんと共に家を出ました。
途中、娘さん宅にわざわざ寄り(笑)、「昨日は行けなくてすみません~」「いえそんなっ、急におじゃましてこちらこそすみません!」と会話を交わして、観光センターへ。
電車が来るまでの30分弱ほど、センターで待たせてもらいました。10分くらい前になって、おじさんが「コーヒーでも飲みますか?」と訊いてくれたのを、時間が心配になって遠慮したのですが、その瞬間、云いようのない寂しさが襲ってきました。
「体に気をつけて、結婚も早よして(笑)」と、まるで父親か祖父のように云い残すおじさん。外国よりは言葉の通じる分、もっとうまく感謝を伝えられると思ったけれど、結局、別れ際にはみっともなく泣くばかりのわたしでした。。。
ああ、わたしはおじさんと奥さんに何かをもたらすことができたのだろうか…奇妙な体験という以上のことを。そして、またいつか、この土地を訪れることがあるだろうか…って、毎回そんなこと思ってるな(苦笑)。せめて、お兄さんが生きていたら、東京に戻ってすぐにでもお店に食事に行くのに。いや、でも海外と違ってその気になればすぐに来られる距離だから、また会いに来ることだってできるはず。問題はひとえに、己の非リピーター体質だけさ…。



駅までは、田んぼ道を歩いて行くので、観光センターから駅まではすっかり見渡せます。わたしの姿が見えなくなるまで、おじさんはずっと見送ってくれて、それこそ電車が出る瞬間まで、何度も何度も手を振り合ったのでした。

RIMG0435 さようなら加茂町…またいつか。


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2013年05月17日

黄金週間西ひがし②

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RIMG0255 いきなり写真から始めてみてもいいじゃない。津山の商店街の河童。


好奇心が人生を滅ぼす…ようなことは、小心者のわたしには起こらないでしょうが、好奇心が良心を凌駕することはたまに(?)あります。まあ簡単に云うと“怖いもの見たさ”ってやつですね。
新潮45の殺人事件シリーズや「無限回廊」を読んでは一人震え上がるという変態性癖をやめることができませんし、未だに廃墟の本を買い眺めては暗い愉悦を感じております。
そして、犯罪史の中には、何故か異常に心に引っかかる事件というのがいくつかありまして、「東電OL事件」「狭山事件」など挙げればさまざまですが、そのうちのひとつが、「津山事件」です。


昭和13年、岡山北部の山村で、結核キャリアを持つ22歳の青年が村人30人を皆殺しにしたという、前代未聞の凶悪事件です。ここでは事件のあらましは割愛しますので、よく知らないんだけどという方は、Wikipediaなどで読んでみてください。
わたしがこの事件を知ったのはもうずいぶん前、山岸凉子大先生の『負の暗示』によってでした。
いや、おそらくはそれ以前に『八つ墓村』を読んでいて、「モデルになった事件があるらしい」くらいのことは知っていたのでしょうが、それ以上の知識には至りませんでした。
山岸凉子の漫画は、霊的なものや怪奇現象が頻繁に出てくるにも係わらず、どれもこれも結局は“現実にある恐怖”と“冷酷な教訓”を提示しているため、吐き気がするほど怖いのですが(でも読んじゃうんだよなあ)、この作品は実話がモデルだけに、リアリティの重さは段違いでした。
今でも、主人公が凶行に及ぶ直前のアップの表情を、瞬時に思い出すことができます。血走った目で一点を見つめているあの絵……。
類を見ないような事件でありながら、主人公の心の流れは、誰にでも――とまでは言い過ぎとしても、身に覚えのある、他人事ではない何かを感じさせはしないでしょうか?
劣等感、被害妄想、現実逃避、自己愛、疎外感、無力感……鳴呼、身に覚えどころか親近感ありまくりの地雷ばかりですよ。そうしたものはきちんと乗り越えなければならないのですが、乗り越えられなかった弱さというのもまた、わりと容易に理解できてしまうから怖い。こんな形が許されるはずもないけれど、バカにされた人間の絶望というのはこうまで深いのかと、たまらない気持ちになります。決して加害者に同情するわけではなく…。


それとは別に、やはり昔の一時期、横溝正史の本を読み漁っていたことがありました。表紙のイラストが異常に薄気味悪い角川文庫のシリーズが、今も実家の本棚にずらっと並んでいます…。
人生で最初に触れた横溝作品は、ドラマ『獄門岩の首』でした(小説では単に『首』というタイトルです)。確か深夜にテレビを点けていたらたまたまやっていたのです。タイトルからして異常な禍々しさを放っていたのですが、子どもが深夜に一人で観るには若干トラウマが残りそうな怖さでした。
その後、再放送なども含めて『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』『三つ首塔』『獄門島』『悪魔が来りて笛を吹く』あたりはテレビで観たでしょうか。ドラマで映し出される岡山の鄙びた村の絵はいずれも、因習や閉塞が生み出す田舎特有の妖気を放ち、わたしの脳裏にまざまざと印象づけたのです、「岡山(の田舎)はミステリアスな場所」だと。
ちなみに、わたしの記憶にこびりついている多治見要蔵のイメージは山崎努、金田一耕助は古谷一行です。


はい、前置きが異常に長くなりましたが、今回わたしが訪れたのは、津山事件の起こった村です。
津山で降ろしてもらったのは、「つやま自然のふしぎ館」に行きたいからではなく、B'zのファンだからでもなく、ひとえに、この事件のことが頭にあったから。
横溝的世界を味わうのみなら新見など他のロケ地にでも行けばいいようなものを、わざわざここを選ぶところがわたしの不健全さと云えましょう…。
でも、わたしは見てみたかったのです。そういう事件の起きた山間の小さな村、むき出しの田舎というものがどんな場所なのか。わたしの中では横溝正史の世界にしか存在しない、古い因習の残る(と思われる)土地というものを。
俗に津山事件とは云いますが、場所は津山市中心部よりもずっと北、鳥取方面へ向かう山あいの田舎。2005年の合併前は津山市ではありませんでした。
津山駅からは因美線という、1日6本しかない電車に揺られて4駅、美作加茂駅で降ります。東津山駅を出たあたりから、車窓風景はタイムスリップしたかのような田舎の田園地帯になり、途中の駅もおもちゃのように小さく、これは鉄道ファンにはたまらんだろうな…と思ったら、案の定、乗り鉄っぽい方々が数人乗っていました(笑)。車掌室にへばりついている男性を見て、地元の女子高生たちがくすくす笑っておりました…。


RIMG0295 そうは云いつつ、「自然のふしぎ館」にも行って来た(笑)。臨場感あふれる剥製たち。


RIMG0265 創設者の先生が、展示資料として死後提供した自らの臓器。※小さめサイズで貼り付けました



美作加茂駅は、小さいながら新しくきれいな駅舎です。しかし、駅の窓口は閉まっており、わたしの他には誰も降りませんでした。
駅前の通りには店もなく、見事なほどに人影がありません。わたしはグーグルの地図と個人ブログなどの少ない情報を頼りに、おぼつかない足取りで歩き出しました。駅に荷物を預けられる場所でもあれば…なんて期待はあっけなく砕け散ったので、昨日買った皿やコーヒーを満載したリュック、まあつまり全荷物を持って歩く羽目になりました。いつものことながら、わたしの旅は常に重い荷物によって、要らぬ負担(まさに負担!)を抱え込むのです…。

RIMG0334 駅前の通り。人っ子一人いません。

昨夜、ネットでありったけの情報を集めて何となく把握できたのは、国道68号線をひたすら西へ進んで行くということでした。
山間部の1本道で人も住んでいるのだから、バスくらい走っているだろうと淡い期待を抱き、実際、町の中心部らしきところに差し掛かる手前に、ローカルバスのターミナル(?)も見つかったのですが、「休日は運休してるんですよ」ということで、あえなく玉砕。。。
事務所にいた人に、まさか××集落に行きますとも云えないので、その近くにあると思しきお寺の名前を告げると、ここから歩いて30分くらいだと思う、と教えてくれました。
30分なら2キロ……荷物が厄介だけど、歩けなくはない。ネットで地図を見ていたときは、車がないときつい距離なのではと不安を感じていたから、むしろ2キロくらいで済んで御の字です。
しかし、歩いても歩いても、人の姿が見えません。たいそう天気がよいので怖くはないものの、こんなに人がいないなんて、何だか分からないけれど「わたし、ここにいて大丈夫なのかな…」と不安になってしまいます。やっと見かけた人を逃してなるものかとばかり道を尋ね直し、晴れて国道へ出ることができました。


RIMG0341 ここまで来れば、もう大丈夫。


そこからはもう、日差しを遮るものもない緩やかな上り道を、ひたすら歩いて行きます。
運動場を過ぎたあたりに寺の看板が出ており、ここから2キロと案内していました。すでにここまでも1キロ以上は歩いてきた気がするので、うへえ、ってことは少なくとも全行程で4キロはあるんじゃないのかと思いましたが、1時間なら…うん、許容範囲っす(涙)。
田園に次ぐ田園、所々に立派な民家。人は相変わらずいないものの、車は時折、横を通り過ぎて行きます。山と田畑の織り成す美しい風景の中をとことこ歩いていると、拍子抜けするほど長閑で、横溝的な暗さは特に感じられません。


このあたりはいくつかの集落に分かれていて、入口ごとに青い看板が立っています。歩けども歩けども清々しいほどに田舎、風景もほとんど変わらぬ一本道では、それだけが目安です。
30分はゆうに歩いたでしょうか…2つの集落を抜けたところで、道が二手に分かれました。親切にもそこに寺への矢印が出ていましたが、これが間違っていました…。グーグルマップと見比べて、どうもマップの方が正しそうだと思ったら案の定そっちかい! 危ねえとこだった。。。
果たしてその先にお寺はありました。予測では、さらにこの奥が目的の集落です。寺の前を通り過ぎると、再び青い看板が2つ現れます。その文字にちょっと怯みましたが、ここまで来て帰るという選択肢も選べない。

 

RIMG0358 ああ、田舎だ~。


左手に進み、坂を上がって行くと、数軒の民家がありました…が、すぐに途絶え、田畑が続きます。そこでまた二股に分かれ、右は行き止まりの看板があるので左へ。
大きなカーブの手前に、木々の陰になった古い祠があり、横溝的な雰囲気を盛り上げます。すぐ先には、公会堂と書かれた木造の平屋。その裏手が、どうやら集落のようでした。
傍らには3つの墓石と石碑があり、そのうちの1つに大きく「地神」と刻まれています。別に珍しくはないのでしょうが、いかにも土着のにおいを感じてドキッとします(後で調べたところ、どうやら岡山の土着信仰のようです。『岡山の地神様』という研究書もありました)。
集落の入口すぐに「加茂郷八十八ヶ所霊場」の第64番札所があり、民家が軒を並べています。どこがどの家だとか、そんなところまで下調べはしていないので、ただ集落の雰囲気を味わうべく、ぶらぶらと歩きます。
第一印象は、「ここまでの道のりもずいぶんと田舎だったけれど、ここはまた、えらく純度の高い田舎だわ」。まるで、日本昔ばなしにでも登場しそうな小さな農村です。


 

RIMG0376 右手に見えますのが村の公会堂。


事件当時は22戸の家があったそうですが、今もそう変わらないか、やや少ないか……。
集落の中心部は、あっという間に歩き終わりました。店の1軒あるわけではなく、家と田畑が寄り添いあった、村という単位にも満たないような、まさに“集落”。これくらい田舎だと帰省のしがいもありそうです。
ちょうど、庭先で何か作業している女性がいたので、話しかけてみました。もちろん、事件の話ではありませんよ。
これまでの集落では見かけなかった、白銀色の板で覆われた屋根が目につきまして、「もしやこの集落では、世間に先駆けて太陽発電を取り入れているとか?」と素朴な疑問が湧いてきたのです。尋ねてみると、そうではなくて、茅葺きの屋根を保護するためのものということでした。なるほど…。
しかし、茅葺きの家がいくつも残っているということは、昔からこの集落の風景はほとんど変わっていないのでしょうか。

 

RIMG0382 こういう屋根。


先の分岐点に戻ってきたので、もう一度公会堂まで上がって、軒先のベンチで休憩を取ります。正面の崖の上に建っている民家から、何故だか大音量のオーケストラが流れて来るほかは、音らしい音もしません。
誰も来なさそうなので、背中の荷物をベンチに置いて、もうしばらく別の道を歩いてみることにしました。
坂の上の方にも、墓地や民家がポツポツと点在しており、明らかな廃屋もあれば、まだきれいなのに空家になっている家もあります。途中の民家の前で犬に激しく吠えられながら、さらに上っていくと、集落の行き止まりまで来ました。行き止まりと云っても、「(この先)天狗寺山登山道」という小さな案内板が出ており、徒歩ならまだ先へ進めそうです。しかし、放置した荷物と電車の時間が気になってやめておきました。

RIMG0392 集落の行き止まりから眼下に集落を臨む。

どこまで歩いても長閑な田舎村なのですが、それでも次第に、この集落の、他の集落に比べてやや奥まったところにある立地が、うっすらと“横溝正史的岡山の村”っぽいような気もしてきます。
登山道へと続く集落の行き止まりの道は、ひょっこり金田一耕助が歩いて来そうでもあるし、山を背景に古い石塔が並んでいる様子は、“三つ首塔”に見えないこともない。
しかし、そんな呑気な感想は、石塔の傍にある墓石の文字が目に入った瞬間に吹っ飛びました。
日付が…事件の日ではないか…。いや、その墓があることは知っていましたが、さっきまでは、どの墓地を見てもその文字は確認できなかったのです。意識的に見ないようにしていたせいもありますが…。さらに、札所の傍に広がっている墓地でも、立て続けに例の日付が、近寄らなくてもしかと確認できました。


RIMG0386 三つ首塔…ではありません;


ここに来て初めて、戦慄を覚えました。あまりに平和な風景に「なあんだ。普通の田舎じゃないか」と肩透かしに合ったような感想を抱くことで、わたしは納得しようとしていたのです。あれは遠い昔の話なんだと…。実際、墓の文字を見なければ、実感もないまま帰っていたかもしれません。でも、この光り輝く田園風景の中で、事件を想像しろと云われても、やっぱり難しい。
「虐殺博物館」のあるルワンダのキゴンゴロに行ったときのことを思い出しました。あちらでは実際の死体をいくつも見たので純粋な比較にはなりませんが、周りがあまりにも素朴な田舎の村だったので、そのギャップにかなり戸惑いを覚えましたっけ…。

RIMG0398 集落の入口付近にある、第64番札所。


帰り道、仮の目的地であったお寺にも寄って、お参りしました。入口から想像するよりもこじんまりとしたお寺でしたが、己の不純な好奇心を洗い流したいという気持ちを救っていだきました…。
予定では、この後、15:53の津山行き電車に乗るつもりでした。寺を出たのが3時すぎ、ここから駅まではざっと4キロ。写真などいちいち撮らなければ、行きよりは早く戻れるだろうと踏んでいましたが…甘かった。
足にできた豆が歩くたびにしくしく痛み、荷物は別に増えてもいないけれど己の疲労に比例して重くなる。同じ道を戻る時って行きよりも短く感じるものだけど、やっぱ長い(苦笑)。
建物がなく見晴らしのいい風景の中に、いつしか駅は現れましたが、蜃気楼かと思うほどになかなか近づきません。ああ、そこに駅があるのに、間に合わない……でももう、これ以上歩くには、疲れたな……ていうかお腹すいたな……。

 

RIMG0406 回すごとに罪過が浄化されりという「後生車」。ぐるぐる回してきました。。。


RIMG0412 こういう札所が点在しているのも、田舎の古い土地ならではという感じがします。


目の前には、「加茂町観光センター」と書かれた看板と、新しい山小屋チックなデザインの建物がありました。ああ、観光センター、こんなところにあったんだ。最初に発見していたら、荷物預かってもらえたかもだけど、もう帰ろうという段になって出会ってしまうとは、残念すぎる。
しかし、次の電車までは1時間以上もある。レストランとは云わないまでも、道の駅のように何かおみやげや食べ物を売っていないだろうか…と期待して中に入りました。そこには、まるで予想もしなかった展開が待ち受けていたのですが、そのお話はまた次回。
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2013年05月15日

黄金週間西ひがし①

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やはりゴールデンウィークの海外旅行というのは、怠惰・間際・無計画人間のわたしにとって相当にハードルが高く、昨年に引き続き、今年もまた国内旅行でお茶を濁すことにしました。
元々は、昨年一緒に五島列島へ行った友人とどこかに行く計画でしたが、友人の家庭と職場の事情で難しくなりまして、さてどうしたものか…と一人旅を画策し始めたのが、連休に入る10日前くらいだったでしょうか。
五島列島ほどには旅行を切望する場所が思い当たらず、『SHIMADAS』や『完全永久保存版 日本の廃墟廃墟本』をぼんやりめくっては、「まあいいか、明日決めよう…」とうだうだしているうちに休みはもう目前に迫り、追い詰められたわたしが選んだのは、前半3日→鳥取・岡山、後半4日→青森という、まるで脈絡のない行き先。
心のノートにいつか書いたかもしれない“国内で行ってみたい場所”を何とかあぶり出した結果、「鳥取砂丘」と「恐山」という文字が浮かび上がってきたのです。


青森の話は後に回して、旅の順番どおりに、まずは鳥取・岡山の旅から始めましょう。
山・海・森・草原・氷河……自然界にはさまざまなジャンルがありますが、最も萌えるのは砂漠です。砂漠に行く機会があった頃は、そのミニマルさ、清潔さと静謐さにいつも心が震えたものでしたが、日本にはない、今まで見たこともないような風景だったからというのもあるでしょう。
しかし、日本にも唯一、いちおう砂漠のような場所があるわけで、その鳥取砂丘を見ずに、砂漠好きは名乗れない。それに鳥取は、数年前に『山陰旅行』というニッチすぎるガイドブックを読んで以来、ほのかに気になる旅先でもあったのです。
そして何より決め手は、夜行バスが取れたこと。青森は1週間以上前だったので激戦ではあったものの何とか取れましたが、出発を目前にして、鳥取方面の席が確保できるのか?
果たして、鳥取は無理でしたが、岡山なら空席がありました。わたしはふと、岡山に転勤になった昔の旅友達・Fちゃんのことを思い出しました。ダメ元で「ゴールデンウィークって何してんの? 何もないなら鳥取に行かない?」とメールをしました。すると、「特に予定がないのでいいよ」という返事。しかもFちゃんは車を持っており、砂丘まで運転してくれるというではないですか。


Fちゃんは、昔の旅行記にも登場する元旅人で、わたしにとっては、弟のような、同性の友達のような、なんとも不思議な存在です。転勤前は、口を開けば「誰か女の子紹介してよ~」と、わたしの極狭な交友関係を駆使させられたものでしたが、さすがに向こうに行って大人しくなり、今では大人しいを通り越してなんだか枯れ始めている気がしないでもありません。
まあそれはいいとして、結論から云いますと、これは二人旅ではなく、旅人=わたし、運転手=Fちゃんという明確なる役割分担がなされた実質一人旅…だったと云えましょう。
足を兼ねて何となく旅に付き合ってくれれば、というつもりで声をかけたのですが、Fちゃん的には、旅とか観光に付き合わされるのは勘弁だけど足ならやってもいいよというスタンスだったのです。このへんのズレにしばらく気づかなかったわたしは、「なんか…こんな旅でいいのかしら? Fちゃんはぜんぜん楽しんでいないのでは?」という疑惑に苛まれておりました。
そりゃ車はホントにありがたいし、それに頼って遊びに来た部分は少なからずあるものの、どうせなら旅も一緒に楽しめればいいなあと思っていたんですよね。しかし、むしろ後者の方はありがた迷惑、いやむしろ大迷惑(笑)だったようで、ぶらり山陰の旅的な部分にはまったく興味がなく、特に行きたいところもなかったみたいなのよね。「次はどこに行けばいいの? 決めてくれないと分からないんだけど」って、もはや旅ではなく仕事のテンションじゃないっすか…;
でも、本当にお金を払って雇ったわけでもないので、何で付き合ってくれたんだろ? と不思議だけど、本人曰く「車の運転が好きだから、運転だけしててもまったく苦痛じゃないの」とのことなので、まあ、お互いの役割分担は適正だったのでしょうか。或いは、別れ際に「これでちょっとは恩返しできたかな?」と云っていたので、かつてのコンパや飲み会のお礼のつもりで付き合ってくれたのかもしれません。


などと云いつつも、ちゃっかりと行きたいところには行ってるんですけどね☆ こういうところが、ゴキブリよりも図々しい生き物と云われる所以です。
朝っぱらから車を出してもらって(考えてみれば、旅にやる気がなければこれだけでも拷問だよなあ)、まず向かったのは三徳山三佛寺投入堂。鳥取県西部、三朝温泉の近くにある修験道の行場です。岡山からは、人形峠を通って車で2時間くらいでした。
絶壁に建っている、いや張り付いている御堂は、そのありえない立地から「役行者が法力で崖に投げ入れた」という伝説が残っています。崖で寺と云えば、トラブゾンのスメラ僧院を思い出しますが、規模こそ劣るものの、崖の絶壁度と立地の難しさにおいてはこちらの方が上かもしれません。
さて、この時点(午前中)ではまだ、Fちゃんのやる気メーターに気づいていなかったわたし。「下から見れば充分じゃねーの?」というFちゃんに「ここまで来て行かないのはもったいないでしょ!」と叱咤して、チケット売り場まで引っ張って行きました。
これは正解でした、純粋に、わたしにとって。何故かというと、投入堂参拝は観光ではなくあくまでも修行の一環であり、道のりはれっきとした登山、下手をすると滑落する可能性もあるというので、一人での入山は禁止されているのです。うわー知らんかった……。
従って、ハンドバッグ、スカート、底に凹凸のない靴も禁止。どれもギリギリやばかったのですが、ハンドバッグは上でリュックを借りることでクリアし、スカート、というかワンピースはズボンに裾を入れて、厚底スニーカーも何とかOKをいただきました。ちなみに、ダメな靴を履いて来てしまった場合は、上で有料のわらじを借りることができます。


チケット売り場までは来たものの、「そこのベンチで休んでるわ」と登る気ゼロのFちゃんでしたが、そういうルールならしょうがないと諦め、渋々ながら付き合ってくれました。そして、登ってみて分かったのは、これは、付き合わされる身になった場合、苦行以外の何ものでもないということでした。口には出さないものの、きっとFちゃんは道中何度もキレていたと思います……。
トレッキングレベルの生易しいものではなく、傾斜はきついし、完全にクライミングじゃねーかこれ! というような危険ポイントも多数。確かに、いろいろ注意事項が多いのも当然と大いに納得のコースです。まあ、80歳のおばあちゃんでも登っているらしいですけど、これは滑落してもおかしくないよ、ホントに…。
木の根を引っつかみ、岩の窪みに張り付き、次の一手を誤らないよう、テトリスのように四肢を完璧に組み合わせて動かねばなりません。一歩々々、正解を考えながら進むので、体だけでなく頭脳も疲れてきます。
そして、やっとのことでたどり着いた投入堂は、まあ写真のまんまなんですが、改めて、「何でこんなところにあるんだよ!!」と半ば呆れるような山奥の絶壁にありました。これホント、どうやって建てたのか、肉眼で見てもよく分かりません!
古来、あらゆる宗教において、ストイックな僧侶たちは自ら過酷な環境に身を置いて修行に励んだわけですが、よりによってここに造っちゃうなんて、いったい何を考えているのかと(笑)。ある意味、変態チックというか、もう少しやんわり云うならマニアックというか……。

RIMG0046 これくらいの傾斜は普通。


RIMG0049 これも登山道って。。。写真撮るのもまあまあ命がけ(涙)。

RIMG0070 投入堂の直前にあるこの御堂も何気にすごい立地。

RIMG0083 投入堂。見れば見るほど不思議な建築です…。


次の目的地は鳥取砂丘です。
Fちゃんは一度行ったことがあるうえ、先ほどの登山で疲れきっているので、「車で休んでるわ~」とにべもなく、でも砂丘経験者として、「ビーチサンダルはあった方が絶対いいから!」と貸してくれるあたり、優しいっちゃ優しい(笑)。
さすがに鳥取随一の観光地、駐車場はほぼ満車です。“砂丘とわたし”の対話など望むべくもないほど観光客で溢れかえっていましたが、砂丘がでかいので、人の多さもそのうち気にならなくなりました。
ある程度の砂漠を想像していたのですが、名前のとおりここは“砂丘”なんですね。まあ、砂漠だったら“鳥取砂漠”って名付けるよね。
砂漠といえるほどの広大な砂地ではない代わりに(あくまでも砂漠比、です)、海岸からせり上がる砂丘は、砂でできているとは思えないほど巨大で、砂漠とはまた違った迫力と感動があります。
だって、海からのこの至近距離! 普通なら砂浜というのは平地なわけですよ。それがいきなり、海から数メートルのところで急に弧を描いて砂の巨山になるなんて、いったいどんな現象なの。案外、この光景ってかなり珍しいんじゃないでしょうか。砂漠の中で連なる砂丘ってのはいくらもあるけれど、このタイプは初めて見ました。
でっかい砂の丘を、海に向かってざくざくと、滑るように降りていく感覚が、やみつきになるほど気持ちいい。ビーチサンダル借りて大正解! スニーカーだったら逆に砂をうっとおしく感じたに違いない。砂に足を埋めるとほのかに温かくていい気持ちです。

RIMG0143 砂漠もいいけど砂丘もね♪


RIMG0124 日本海は初だったりする。もっと暗い海を想像していましたが、キレイなブルー!


砂丘でもそれなりにお腹いっぱいになれますが、ここまで来たらぜひ、隣接する「砂の博物館」も見ておくべきです。
砂丘がダイナミックさへの感動だとしたら、こちらに陳列されている砂の彫刻は緻密さへのそれ。だいたい、砂という不安定すぎるマテリアルで彫刻を作ろうというパンクな精神も凄いですが、こうまで精巧に形作られ、それをキープできていることに驚嘆しきりです。
今回の作品テーマは東南アジアということで、アンコール・ワットやホイアンの日本人橋などが砂アートになっていて、しばし懐かしさに浸ることができました。

RIMG0189 左のシュウマイの細かさに息を呑みました

RIMG0195 木の根の造形! ブロックの崩れ具合!


その後、鳥取市内にある鳥取民藝博物館に行ったのですがすでにクローズしており、隣接の店で中井窯の皿を買い、さらに商店街の方へ足を伸ばして、本好きにファンが多い「定有堂書店」にも立ち寄っている間、Fちゃんは何をしていたかというと、スーパーの駐車場に車を停めて、発売したばかりの「ジャンプ」を読んでいました…。
当初は鳥取で一泊しようかとも考えていましたが、何となくもう満足してしまって、運転手がいるうちに岡山方面に戻った方がいいような気がしてきました。
鳥取を出た以上、選択肢は自ずと岡山県内を拠点に考えることになりますが、①途中の津山で降りる ②大阪行きの終電に乗って実家に帰る③同じく終電で、徳島の祖父母を訪ねる……などと、煮え切らないまま車は進んで行きます。いっそ、今夜の夜行バスで東京に帰ろうか…って、それはいくらなんでも投げやりすぎるか。
一人ならいつまでも勝手に悩んでいればいいのですが、友達を付き合わせているので、あんまりフラフラと定まらないのはマズい。今日の一日でわたしは、「計画のない旅に、他人を巻き込むべからず」という教訓をひしと学んだはずです。


津山まであと40kmくらいのところで、やっと決心がつきました。「津山で降りる」。
幸いにも、駅前のビジネスホテルは空いていて、これで今日は終了…かと思いきや、宿代の6400円に一瞬怯んでしまい、
「ちょっと高いから岡山で泊めてくんない? 朝イチで大阪に帰るから」
「え、いくらなの?」
「6400円…」
「全っ然安いじゃんか、何云ってんの!」
というなんともブザマな会話が行われて、わたしはやっと冷静になりました。
いったい…何なんだわたしは。昔の旅中や東京で遊んでいた頃の面影で、Fちゃんはわたしのいい加減さに付き合ってくれる友達だと思い上がっていたのかもしれないな…。この旅路でわたしが感じていたモヤモヤは、友達を足として使ってしまった申しわけなさ以上に、昔みたいに一緒に行き当たりばったりのノリを楽しめないことに対する子どもっぽい不満と寂しさだったのかもしれません。
それにしても、わたしは一人旅だって決して上手くないけれど、誰かとの旅は本当に下手くそだなあと、去年のゴールデンウィークも振り返って痛感&反省しきりです;

RIMG0252 津山B級グルメ・ホルモンうどん。

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