2012年07月31日

続々・短いボランティアの旅②

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その日の午後は、女性も鎌を持ち、全員総出でさらに大々的に草刈りが行われました。
公道から家に至る未舗装の小道、その脇の草を刈ったのですが、梅雨時期ということでカタツムリさんたちが大増殖。紫陽花の葉の裏にペトペトくっついていて、名前もよく知らない虫さんたちもちょろちょろいらっしゃいます。うへえ…。なるべく、目をマクロモードにしないよう気をつけないと、虫嫌いのわたしにとってはなかなか怯む光景です。ゴーグルが汗で曇るのがむしろ幸いしました。
うーん、でも何だかんだできれいになると達成感がありますね。夜中に靴を修理する小人さんのような気分です(笑)。

放浪乙女えくすとら-20120715123317 咲き誇る紫陽花。



放浪乙女えくすとら-20120715142002 その裏で暮らすヌメヌメした生き物(苦手な人すみません;)。


活動は15時半頃に終了。いったんボラセンに戻って、この日のチームリーダーおすすめの「ユッサ」という温泉センターに向かいます(正式名称は「新田川温泉はらまちユッサ」)。
向かいますったって、公共交通機関は走っていませんので、そこはあれですよ、車を持っているボランティアさんのご厚意というわけです。「せっかくですからみんなで行きましょうよ」と、わたし以外にも車のない面々を乗せて連れて行ってくれたうえ、今日その足で帰る女性を原ノ町駅まで送り、無料宿泊所に泊まるわたしと他男女各1名を、宿泊所まで送り届けてくれまして、本当にもう何とお礼を申してよいやら…と云いつつちゃっかり頼るところが、旅人らしくて苦笑します。


風呂に入れるという期待は極めて薄かったので、これはうれしすぎるボーナスでした。
ボラセンでは、ボランティアのための「ユッサ」割引券も完備されており、通常700円のところを400円で入れる特典が受けられます。
夕方まだ早い時間ですが、「ユッサ」は地元の人たちでたいそう賑わっていました。
もう、湯量たっぷりのシャワーで汗と汚れを除去できただけでもむせび泣きそうなのに、温泉がまた気持ちいいことこの上ない。ベテランボラの人が「あそこのお湯はめちゃくちゃ肌がツルツルになるんだよ~」と話していたとおり、しばらく浸かって肌をさわると、キュッキュッと音がしそうなほどです。解説を読むと、何でも、“石鹸いらずの湯”と呼ばれているそうで、ナトリウムイオンと皮脂が化学反応して脂肪酸ナトリウム=石鹸ができて汚れを落としてくれるらしいです。
塩サウナや露天風呂もひととおり堪能して、外に出ると、最終のバスで福島に戻る、今日一緒に作業したおねえさんが、今まさに出発するところでした。わたしと、もう1人の女性にコーヒー牛乳を置き土産にして。なんかみんなやさしいな・・・。嗚呼、そして、コーヒー牛乳と温泉の相性はなんて素晴らしいんだろうか。


放浪乙女えくすとら-20120715174436 みんな大好き、はらまちユッサ♡


宿泊所は思った以上にボラセンと離れており、これは車がないとどうにもたどり着けませんでした。
周辺には店もないため、夕食を確保するためにまたしても車のある人に便乗です。ちょうどコンビニに行くというおじさまがいらっしゃったので(←うやうやしい)、ハイエナのようなわたしは無論、彼を逃しませんでした。宿泊所には何台か自転車があるので、もう少し明るい時間であればそれでのんびり出かけてもよかったんですが…日の落ちた田舎道を迷子になるのは怖いので、やめておきました。


夕食を終えても、まだ8時前です。
朝が異様に早かったことを思えば、もう寝たっていいくらいですが、消灯の10時までは何となく起きていたくて、同室になった若い、それこそ20歳くらいの女の子と話し始めたら、なんだかダラダラとおしゃべりが続いて、人見知りかつ軽度の女性恐怖症のわたしにしては珍しい交流っぷりを発揮しておりました。話題の大半は他愛ない、東京で目撃した芸能人とか(笑)、原宿でよく行くお店とか、そんなことでしたが。
彼女は、お母さんと2人で3日間のボランティアに来ていました。持ち場の隣家のおじさんに福島のことをいろいろ話してもらえて、「来てよかった」と云っていました。
前途ある若い娘っこでさえここに来ているのに、大して生存価値のなさそうなわたしが「将来、子どもを産む可能性がないとは云えんし」と放射能にビビっていたとか、我ながら失笑してしまうな…でも、そーゆーやつに限って命根性が汚いんだよねえ(苦笑)。


慣れない鎌使いと、長時間のしゃがみ姿勢は、1日経つまでもなく激しい筋肉痛を引き起こし、朝起きるとまるで動きがロボットになっていました。ううっ、今日使い物になるのかこれ…。
寝坊したつもりはないのですが、いざ出かけようと思ったらもう誰の車も出払っていてめちゃくちゃ焦りました。うわ、昨夜のうちから“拾う神”を探しておくべきだった…!
幸い、今日帰るという同室の母&娘さんが少し手伝いにボラセンに向かうというので、見苦しく泣きついて便乗させていただきました。足のないハンデは、コミュニケーションでカバーしなければいけません…。


マッチングまでは少し時間があったので、ボラセンの周辺を歩いてみました。
この辺りももちろん、人がいません。この静けさを、いったい何に例えればいいのでしょうか。音が静かというよりは(車の音は絶えずしている)、風景が異様に静かなのです。建物はほとんど崩れていないし、玄関や庭先は、さっきまで人がいてもおかしくないほど整っているので、余計に沈黙の重さを感じてしまいます。
ただ、植物だけが、図々しいほどに成長しまくっており、特に雑草は、道路のひび割れ、歩道の隙間、屋根の上…ありとあらゆるところから伸びています。おい、ちょっとは遠慮しろよ! モノホンの雑草魂を目の当たりにする気分だわ…。ここでのニーズの多くが草刈りなのも当然と思えます。


というわけで、今日もわたくしは草刈り班に配属です。
1人足りないチームがあったので、そこに入りました。メンバーがどうも、屈強なおじさまばかりに見えるのですが、わたしで役に立つのでしょうか。
本日のミッションは、とある畑にこんもりと生い茂った竹やぶの伐採です。竹はとてつもなく成長が早く、2、3ヶ月もあれば立派に成竹になっているという、伐採側としては厄介な植物。昨年、除草剤で一挙に枯らしたそうですが、すでにひと山という量の竹やぶになっているではないですか。何やら、竹が怪物のように思えてきますよ…。
伐採は、手のこを使って行います。竹の直径は、一番太いもので4~5cmというところでしょうか。「なるべく水平に、低く切ってくださいね。斜めの断面が地面から飛び出していると、後で歩く人の靴や衣服を切ってしまいますから」という指導があったので、なるべく忠実に伐採を始めます。
例によって、手のことか初めてなんですが、やってみるとなかなか楽しい。特に、いい感じで刃が入ってすっぱり切れたときは最高です。自分の身長の2倍くらいはある竹を「やったった!」という爽快感(笑)。逆に、刃がめり込んで進まないときは、ブチ切れそうにイライラします。手でへし折れる細さならいいのですが、太いものはきっちり刃で切らないと厳しい。



放浪乙女えくすとら-20120716092903 もっさもさ。


淡々と、それなりに楽しく伐採作業を行っていましたが、この後、恐るべき猛暑に見舞われることになろうとは、朝の段階ではまだ、特に気にもしていなかったのでした…。

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2012年07月26日

続々・短いボランティアの旅①

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最後のエントリーが男闘呼組のまま、しばし放置してしまいました。
相変わらずわたしの脳内では、男闘呼組専門チャンネルは絶賛放映中であり、ライブDVDの入手とグループの再結成を静かに祈る日々ではございますが、ここらでちょっと話題を変えまして、先日行って参りましたボランティアの話など差し込ませていただきます。

今年初、というか前に大船渡に行ってからずいぶん間が空いてしまいました。
ずっと心に引っかかってはいたんですよね、次、いつ行くの? って。それがいったい、どういう声なのか、どういう気持ちなのか、義務感なのか、結局は東京で震災前と変わらぬ生活を送っていることの罪の意識なのか…自分でもはっきりとは分かりませんが、ただ、宮城、岩手と行って、福島だけ行かないのは不公平だろうということで、今回は南相馬市へ行ってきました。
いや、不公平という以前に、大したことないボランティア経験から判断するのも浅はかではありますが、わたしはガチンコ肉体労働系ボランティアの方が向いているという結論に達したのです。
しかし、現段階でそっち系のボランティアの募集は少なくなっており(こんなのいつ終わるんだと思っていたけれど、どこも収束はしつつあるのか)、あちこち探した結果、原発事故の影響で1年以上ボランティア活動のスタートが遅れた南相馬が、わたしの希望に最も合う場所だった、というわけです。

正直なところ、原発30km圏内の放射線量が不安でなかったわけではありません。
空気を吸うだけならともかく、泥出しや草刈りなどが必要な場所はピンポイントで線量が高いのではないかとビビってもいました。今さら簡易測定器を購入したのも、半ばお守りのような気持ちからでした。
それでも、今年の5月からボランティアが立ち入れるようになったということは、一般人でも作業が可能という判断がベースになっているはず。であれば、過剰に恐れることもあるまい。それも、たった2日のこと。
だいたい、あれほどあちこちでうるさかった線量のことを、普段の生活で正確に判断できているだろうか? 去年の梅雨あたりは、自転車通勤中に雨が降ってくるといつにも増して過敏になっていたけれど、それも今はなし崩し。世田谷の家屋で放射性物質が発見されたときくらいから、放射能のことを考えるのを放棄し始めたような気がします。あの時、世田谷に住んでいる知り合いのお母さんは、真面目に疎開を考えていたっけか…。

さて、週末や3連休程度のボランティアなど、1週間以上海外に行くことを思えば楽勝のように思えますが、アクセスを調べたり、作業内容を把握したり、保険に入り直したり、ボランティア用の持ち物や装備もあったりで、海外旅行と同程度の準備はかかるような気がします。
少なくとも、「そうだ、京都行こう」的な気軽なノリで、トートバッグひとつで行っても何とかなるだろうという感じではない。それもあって、ついずるずると“次回”が伸びたってのもあります。旅人としてけしからん腰の重さです。

時間的にもたいそう熟睡しづらい夜行バスで、福島駅に到着したのはなんと朝の4時半でした。予定時刻の5時でもうへぁと思っていたのに、何で30分も早く着くの!
このように、夜行バス明けは毎回つらい思いをするのですが、それでもこの安さと時間短縮から逃れられないわたしです。いい加減、新幹線を使えるようになれよ…。
まあ、夏のことなので空がそこそこ明るいだけでも救いです。とりあえず駅前広場に座ってみるものの、やることがないので測定器で線量を図ってみました。ちなみに前夜、自宅アパートで測ったときは0.05マイクロシーベルトでした。※以下、線量の単位はマイクロシーベルトでお読みください
えーと、0.55…東京の10倍ですか! いや、10倍ったって、もとの単位が小さいからそんなにおののくこともないんだろうけど…。ただ、線量が高いと云われている福島は、本当に東京よりも高いんだ…と、別に信じていなかったわけでもないけれど、はっきりと認識したことは確かです。西口から東口に移動しただけで、0.3とか0.4とかに下がったりして、なんとも曖昧でしたけどね。
週末の明け方だからか、この時間でも若い男女の集団がちらほら練り歩いており、別にヤンキーでもないのですが、長靴にザックというわたしの姿がみすぼらしすぎて絡まれないだろうか…と、線量よりそっちの方が不安になってきます(苦笑)。

放浪乙女えくすとら-RIMG0009 旅人の大先輩・松尾芭蕉先生と河合曾良先生。

コンビニのはしごで時間を潰し(スタバやドトールは7時からなのだ)、6時半のバスで南相馬へ。約2時間の旅路です。
途中、飯舘村も通ったようですが、寝ていたので気がつきませんでした。というか、ここに来るまで、ニュースで聞いた近隣市町村の位置関係すらきちんと把握できていませんでした。どこが何km圏内で、どこが警戒区域で、といったことも…。
事前に調べたところでは、南相馬市は福島市よりも線量が低いのです。原発の風上に位置するためでしょう。それでも、4月までは立ち入りできなかった地域です。
原ノ町駅に着くと、ボランティアセンターからの送迎車が停っていました。送迎といっても、もちろんボランティアの有志が車を出してくれているのです。今回は、わたしと同じルートで来たらしいボランティアの人が、他に3人いました。
ボランティアセンターがあるのは小高区です。ボランティアを調べていた段階でちょっとややこしいなーと思っていたのですが、現在、南相馬には2つのボランティアセンターがあり、ひとつは社協が運営している鹿島のボラセン、もうひとつは松本さんという有志が中心となっている小高のボラセンです。ボラセン同士でHPのリンクも貼られているので、余計に混乱、というか実際、現地に来るまで区別はついていませんでした。地区も、原ノ町駅を挟んで東西に真逆なのですね。

「ここからが元警戒区域です」と運転手の男性が教えてくれます。
国道6号線の道路脇には草木がわんわんと生い茂り、歩道橋は錆び付いていました。
ガソリンスタンドやホームセンターの周りも、まさに手付かず状態で草が伸び放題。ガードレールは曲がったまま。それでも、遠目で見る住宅地は、何の予備知識もなければごく普通の町の風景に見えます。しかし、住人が町に入れるのは昼間のみ。夜になると仮設住宅や避難所に帰らなければならないそうです。

ボラセンには、すでに50~60名くらいのボランティアが集まっており、朝礼が始まっていました。
今回も側溝の泥かきかなと予想していたら、初の草刈りチームに配属されました。草刈正雄好きとしては喜ぶべきでしょうか。
1年以上も立ち入り禁止になっていたこの地域では、草が伸び放題に伸びているため、兎にも角にもそれらを除去することが火急の仕事のようです。
確かに…耕作放棄された田畑は、もはや田畑とも空き地ともつかない状態。ボラセン裏の公民館のような建物も、無精ひげのような雑草にうっすらと覆われていました。

今回のチームは13人。圧倒的多数の男性陣は、草刈機を使って田畑の草刈を、今日来たばかりの女性3人(わたし含む)は、依頼宅の家屋周りのゴミを拾ったり、たまった砂を掃いたり、ガレージの雑草を引っこ抜いたりといった雑用をこなしていました。
レインスーツの上下を着込み、マスクにゴーグルにゴム手袋と完全武装サウナ状態でしたが、曇天が幸いして、暑さでフラフラになるようなことはありませんでした。
この辺りは海から約2kmだそうで、津波の大きな被害は受けなかったようです。家のタイルは少し剥がれおちているものの、水に浸かった形跡はなさそうでした。

昼休憩の間、周辺を少し歩いてみました。
6号線を走る車の音だけが絶えず聞こえてきますが、人の姿はほぼ見えません。音が、というよりも風景が、異常に静かでした。
荒廃した家屋。津波で流された車。1年前に石巻で見た光景が、目の前でフラッシュバックするかのように広がっていました。過ぎた時間の分だけ、草木に覆われている分だけ、生々しさが幾分削がれているけれど、むき出しになった家の中には、きれいに吊るされたままのシャツがぶら下がっていたりして、火事場泥棒が未だに後を絶たないというのも、残念ながらうなづける様相です。
“1年遅れのスタート”と、ボランティアの誰かが云った言葉が、重たく響きます。
人の時間が止まっても、自然は淡々と着実に時計を進めていくようで、モノクロの写真に、そこだけ色がついたように鮮やかに咲く花が、目に突き刺さるようです。
反原発デモとか、夏の節電とか、オリンピック目前とか、話題の映画とか…この静かすぎる場所に立っていると、世の中で華やかに騒がれていることが、すべて幻のように思えてきます。と同時に、わたしもまた、いかに震災から遠ざかった思考と態度で暮らしていたかということを省みます。別に、わたしのせいで震災が起きたわけではないにしろ、なんかどうも、意識的に目を逸らして暮らしているようなところはあるなと、それって少し後ろめたいよなと、思うわけです。

ちなみに、散歩中、線量を測ってみましたが、確かに福島駅周辺の半分くらいでした。草が多いからもっと高いと思ってたな…。なんか、これならそんなにビビる必要もなかったのかも。だって、毎時0.25とすると、1日で6でしょ、東京-ニューヨーク間の飛行機に1回乗って200ってことを考えたら、週末にちょろっとボランティアに来るくらい、そんなに大したことないんじゃないの…ってのはちょっと安易すぎるのかしら?

つづく

放浪乙女えくすとら-RIMG0022
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2012年07月05日

精神の中毒者

テーマ:偏愛

ねえねえ、岡本健一くんって、美形なだけじゃなくて天才ミュージシャンだったの?
…と、毎回大して共感を呼ばない学説をぶちまけてすみません。
岡本くんが男闘呼組と並行してやっていたAddict of the trip mindsっていうバンドがあるんですけどね。これがけっこうツボってしまって、もう本当にどこにも同士を見つけられない孤独で死にそうなんです(泣)。


全曲自作になった4枚目のアルバムくらいから、彼の曲は異彩を放っていました。
もっとストレートにロッキンで熱い高橋くん&成田くんの曲や、アイドル歌謡っぽいポップさで別の意味で異彩を放っている耕陽くんの曲とは、明らかにベクトルが違っています。明らかに1人だけ負の方向へ突っ走っています。
アルバムの5シリーズ(3枚あります)は、そのバラバラっぷり、粗削りなカオスっぷりが何かを孕んだ夜明け前のような予感に満ちていて、これを聴いていなければ、今さら死んだ子の歳を数えるように「惜しいバンドが…」なんて歯噛みしなかったと思います。バラバラなんだけど、だからこそ4人組でやる意味がある、というパラドックス(っていうのかこれ?)。
その4人4様の中で岡本曲は、最初はどうも耳が受け付けなかったんですけど、奇妙にデロデロした音、日本語ギリギリな意味不明の歌詞、顔に似合わぬヌメヌメした低い声とが混然一体となって、だんだん中毒になってくる。さらにこれがライブになると、この頃のめちゃくちゃ色っぽいビジュアル(23、4才?)と妖しげな照明が合わさって、もうなんだか異様な迫力なのです。これでまたスーツなんか着ちゃうもんだから色気がたいへんなことに…。やっぱ男性はスーツ姿がいちばんエロいです(ジャケット無しのシャツ姿も可)。
というわけで、ヤフオクで躊躇していたVHS(泣)のライブビデオセットも落とすことにしたわ。一部ニコニコにも上がっているから、騙されたと思って観てほしいですわ。


Addict of the trip mindとは、精神の中毒者という意味だそうですが(英訳合ってるか…?)、この意味不明さこそが彼の魅力です。曲タイトルも「心の中の銃」「輝ける亡者」「無気力の精神力」「私と自分」などなど、独特すぎるセンス。天才とバカは紙一重的な危うさがたまりません。
結局バンドは、同名タイトルのアルバムを1枚出したっきりで解散してしまったんですが、このバンドが前身となってOblivion Dustという知る人ぞ知るオルタナバンドが生まれたらしいですから、どうせ男闘呼組でしょ…などと侮ってはいけないのです!
今はもう音楽はやってないよね…お芝居の人だもんね。Addict~の後は、floorってバンドを作ったらしいですが、そちらに至ってはアルバムも出ていないんですよねえ。少々マニアックだけど卓越した作曲センスをお持ちだと思うのでもったいない限りです。
ま、今年の10月に舞台があるようなので、それは観に行こうかな。


で、相変わらずそんなことやっているうちに、現実世界(って、お前はどこに生きているんだ!)では、お友達が次々と懐妊していました。。。
昨年末、ホテルマジョリカで乙女の集いを行ったという自慢話を書いたのを、覚えていらっしゃいますでしょうか?
集会の締めくくりに、どういうわけか「再来年の2月までに子どもをつくる」という謎の目標が立てられたこともちょろっと書きましたが、なんと、わたしを除く2人の乙女がマジで懐妊したんですよ。出産予定日もしっかり間に合ってるんだよこれが。マジョマジョの魔法すげえな…って、魔法で作ったわけじゃないと思いますが(笑)。まあ2人は既婚者ですからね。子どもができても何ら不可解ではありません。作ると決めたら作って然るべき状態にあるんですから。
え? わたしですか? わたしには魔法ではなく呪いがかかっているみたいで、彼氏に「ねえねえ、卵子が老化するって話をこないだNHKでやってたけど、どう思う?」と詰め寄ってはイヤな顔をされています。にゃは☆ やっぱ一足飛びに既婚者と同じことしようと思うのは、甘いか…。
なんか、“あらさーぱみゅぱみゅ”とかいう侮蔑語が新たに作られたみたいですけど、アラサーでバカにされるようでは、わたしみたいなあらふぉーぱみゅぱみゅは、もはや生存禁止レベルなんじゃないかと思うのですが(泣)。ああ、切ねえな。
だいたい、ぱみゅぱみゅ的な服が10代の小遣いで買えるわけねーだろうが! 6%DOKIDOKIの服なんか、今のわたしにとっても決して安くないんだぞ!
…って、なんか話がずれてますけど、身の振り方を真面目に考えねばいけないなあと思いつつ、今日も男闘呼組の動画を観て現実逃避しています。80年代色のネバーランドで暮らしたい…。

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