2011年10月11日

永遠のパスポート

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先日、パスポートの更新をしました。
長旅の1年前に作った10年パスポートが、もう更新の年だなんて信じられない思いです。というか、時の流れが早すぎて、いろいろ考えたくないことがいっぱいです…。


思えば、病めるときも健やかなるときも……苦楽をともにしたパスポートでした。
君は、誰よりもわたしの近くにいてくれたね。なぜなら、腹巻き式の貴重品袋に入れて肌身離さず持っていたから。何しろ、君がいないことには旅ができないからね。いつぞやはインドのゴアで行方不明になって焦ったけど、近くの草むらで発見されて本当にうれしかったよ(号泣)。
汗を吸収しまくったせいでページの端がしみのやうなもので茶色くなっており、他人様にはとても触らせられない汚さですが、ついでながら24歳当時のパスポート写真もなかなかのブサイク具合ですが、それでもこれ以上に大切なパスポートを持つことは、もうない気がします。出来ることなら、永遠にこれを所持して旅をしたいくらいだった……。
しかし来月、恒例の夏休み旅行でブータンに行くことになりまして(相変わらず夏休みが激遅)、そんなことでゴネている場合ではなくなってしまいました。
あーあ、せっかく増補したページも、10ページぐらい余っているなあ。どうせなら全部埋めたかったけど、帰国後は旅行より買い物に金遣っちゃったからなあ。。。


ま、そのパスポートは墓まで持って行くつもりなので、穴を開けて返していただきましたけどね。
穴の空いた旧パスポートはただの思ヒ出スタンプ帳になり、まっさらの新パスポートは、手触りもまるで他人のように感じられました。IDチップとか入っちゃってさあ、堅いんだよ! 腹巻き貴重品袋にフィットしにくいじゃないかっ。
旅に出たらブログを開設するのはもはや常識ですし、iPhoneなどを持って旅行するのがスタンダードになっているようですし、旅行界の変わりゆくさまを老人のようにただ見送るばかりです。そりゃ猿岩石の有吉氏だって、毒舌芸人として再ブレイクするわけですよ(カンケーないか?)。
全国各地のネットカフェで、フロッピーディスクでホームページを更新していた日々が、懐かしすぎて笑えます。1.33MBとか!ありえないよね!!


先日、年下の友人がかねてより計画していた世界一周(半周?)の旅に出ました。
見送りの飲み会に参加して、自分はこんなに華々しく温かく送り出されることもなかったなあと友達の少なさを嘆きつつ……、それはさておいてもうらやましい、これから旅に出るというのは本当にうらやましい、そのはち切れそうな自由さがまぶしい、期待と興奮と、それと同じだけの不安にもみくちゃにされる感覚……ああ、なんてキラキラしているんでしょ。
そして、見送る立場というのはいつもどこか切ないですね。背中にべったりと日常が貼りついているからかしら。
なんかこんなこと、旅の最中ですら云ってたっけ……。旅に出たての旅人はいいなあとかなんとか(苦笑)。どんだけ他人の芝生が青く見える人間なんでしょうか。


パスポートほどではないにしろ、旅の思ヒ出の品でもうひとつ、悲しい出来事がありました。
ロンドンの「ワールズ・エンド」で購入したヴィヴィアン・ウエストウッドのピアスを片耳失くしてしまったのです。
おそらく自転車通勤中、1ミリも気づかぬうちに落としていたようで……帰宅してピアスを外そうとしたら、ナゼか裏の留め具だけが耳たぶに貼りついていました。そっちだけ残るんかい!!
他のピアスならいざ知らず、どーしてこれを失くす!? かわいいかかわいくないかが問題ではない、値段が問題なのでもない(や、ちょっと高くて惜しいけど)、このピアスは大切な旅のかけらだったのに。

こんなふうにして少しずつ、あの旅から自分が引き離されていくんだなあと、寂寥感でいっぱいになります。
そんなふうに書くと、過去にしがみついてみっともないわねーなどと嘲笑されそうですけど、人生、前しか向いちゃいけないってことはないと思うんですよ。いつもいつも、今がいちばんステキでなきゃ駄目なんて、それは時々、無理な相談というものです。ほら、わたし歴女だし☆ 思い出は、ダイヤモンドと同じく永遠の輝きなのです。黒光りって話もありますけど。


※タイトルは、TMの往年の名曲からいただきました。歌詞の内容とはぜーんぜん関係ないけど!

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2011年10月07日

短いボランティアの旅(再)④

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大船渡から陸前高田までは、バスで1時間弱。バスは、サンビレッジ高田という高台に建つ体育館に停車しました。
本当なら、陸前高田でもボランティアをしようと思っていましたが、すべては台風のせいで、日程的にも天候的にも叶いませんでした。しかし、ここまで来たら目と鼻の先。立ち寄っておきたいと思ったのです。
折しも出発の1日前、NHKの番組に敬愛するやなせたかし先生が出演され、陸前高田の“奇跡の松”の歌を作詞されたというお話(及び先生による熱唱)があったことも作用したかもしれません。
それに、連れの方が昔、仕事で何度か、陸前高田に来たことがあったのも。
奇跡の松を見に来たなど、それこそ不謹慎な観光客と思われても反論できない部分はあります。しかしここは、言いわけを書くよりも先に進むことにします。


これから奇跡の松へ行こうと思うんですが、とサンビレッジの管理人の方に道を尋ねましたら、親切に教えていただいたうえ、なんと荷物を預かってくださりました。神様!!!
せめてものお返しに、奇跡の松バッヂとI LOVE RIKUZENTAKATAバッヂを買わせていただきました。
ボラセンのブログでは、すでにいくつか飲食店などもオープンしているということでしたが、管理人さんのお話では、「この近くにスーパーが1軒だけあるけど、あとは何もないよ」。
ということで、念のためスーパーで軽くお菓子と飲み物を買って、松を目指すことに。サンビレッジからは、ひたすら海の方へと道を下って行きます。
最初のうちこそ、リンゴ畑のどかな風景が続きましたが、程なくして風景が少しずつ荒れた様相を見せ始めます。側溝には乾いた泥がみっちりと溜まっており、思わず掘りたい衝動に駆られました。側溝ひとつ取ってもこれだもの、まだまだやることはいっぱいありますよね…。


津波で流された車、倒壊した電信柱、道の脇に突如現われる手づくりの仏壇、そういうものが頻繁に目に飛び込み始め、角を曲がって大通りに出るあたりになると、もはや風景とは云えない、風景としての形を成していない、何と云ったらいいのかこれは。
何もない。
どこまでも見渡せる広野と、重機と、鉄くずや木材の山と、少しだけ残っている家の枠組みと、崩れた大きな建物……初めてこの土地に来たわたしは、ここに街があったことを、その絵をひとつも思い浮かべられない。
大船渡は、一見、平穏に見えながらも震災の傷があちこちに潜んでいた。だけどここは、全部がむき出しで、見たら1秒で分かる。1秒見ただけで、心が折れる。
徹底的に破壊しつくされた町というのを、わたしは世界一周中にもほとんど見たことがない。思い出すのは、シリアのクネイトラくらいだ。
あまりの光景に、言葉どころか感情までも失いそうになる。


放浪乙女えくすとら-RIMG0769 半分も伝わりそうにないけれど…。


作業の車や人がパラパラといる他は人影もほとんどなく、終末的な荒野を歩いているわたしたちは、突然迷い込んだ場違いなエイリアンのような気がしてきます。
残った家の一部から、ちょうど食べ頃のようなミニトマトがなっていました。その鮮やかすぎるほど赤い色は、強烈に目に刺さりました。
海沿いにぽつんと残った観光ホテルは、建物の原型を留めているだけに、余計にその被害の大きさが刻まれているようで痛々しく見えました。
ところどころ、ひまわりが急に咲いているのは、自然現象なんでしょうか。
向こうが見えないほど大きな鉄の山。木材の山。木材の方からは雑草がにょきにょきと生えていました。
そんな風景を見ながら、松へと歩いていきました。


途中、現場作業のおじさんたちに松の場所を尋ねると「あーあの枯れ松? もう切ろうかって話もあんだけどなあ」と笑っていましたので、え! もう今にも折れそうになってるとか!? と心配でしたが、松は、確かに茶色くなって弱っていそうではあるものの、しっかり天に向かって伸びていました。灰色の空を貫く松には、確かに“奇跡”と呼びたい崇高な、そしてどこか悲壮な美しさがありました。
松のすぐ傍には、連れの方が以前泊まったことがあるというユースホステルが、被害を受けた状態で横たわっていました。それを見ながら、どんなことを思っていたかは敢えて聞きませんでしたが、以前の姿を知っているというのはどうにもやるせないだろうな…。
ちなみに、その近くにも松っぽい枯れ木が1本残っていましたが、それは特に奇跡の松というわけではないんでしょうか…。


放浪乙女えくすとら-RIMG0753 奇跡の松!



放浪乙女えくすとら-RIMG0746 謎の?松。

その後、ボラセンブログ情報を頼りに、数軒の飲食店が再開しているという鳴石団地方面を目指しました。
小学校の脇の坂道を上がると急に、普通の住宅地が連なっていて、さっきまで目にしていた光景とはまるで違うと云ってもいいくらいでした。つまりはここの辺りが津波の到達地だったのでしょうか。この辺りに被害がなかったわけではないだろうけれど、それにしても、こうも違うものなのか…。
坂を上り切ったあたりは閑静な住宅街で、なぜかわたしは、枚方の山ノ上という町を思い出しました。


すっかり暗くなった頃、ようやく1軒の居酒屋に辿りつきました。
「わいわい」という名前のそのお店の看板を見つけたときのうれしさは、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがありました。
何しろ空腹だったのと、雨がパラついて来たせいもありますが、闇夜にぼうっと浮かび上がる、お店の小さくて暖かい光に心を鷲掴みにされたのです。
ああ、この光。この灯りこそが、人の営みの美しさなんだと思える。居酒屋が乱立しネオンが氾濫する東京にいると分からなくなるけれども…。
いや、あのとき、地震の次の日、野暮用で夜の新宿に出かけて、愕然としたっけ。灯りの消えた東京の暗さに。
灯りとはなんて暖かいんだろう。そして、灯りの中に迎えられるのは何て幸せな感覚。


以前は、陸前高田駅の傍で営業していたそうですが、今はこの場所で、仮設のお店をオープンしたとのこと。
砂利の上に建てられたプレハブの小屋は、壁にディスプレイされたビール瓶と相まって、どこかアフリカの食堂のような味わいがありました。もちろん、仮設の状態がいいわけはないのでしょうが、素朴な美しさというか、人の息遣いのようなものを感じたのです。
料理もどれもおいしく、お酒もいい感じに酔いが回って、心身ともに癒されたひとときでした。


放浪乙女えくすとら-RIMG0784 この灯りに涙が出そうになる。

放浪乙女えくすとら-RIMG0776 めちゃウマだった大根サラダ。


そこからのんびり歩いて帰っていたのですが、途中から雨がすごいことになり、しばらくの間コインランドリーに避難していました。
週刊誌などを読みつつ時をやり過ごしていたものの雨はいっこうに止まず、観念してタクシーを呼ぶことに。
ほどなくしてやってきたタクシーの運転手さんは、若そうなお兄さんでした。初対面の相手でも黙っていられない連れの方が「地震、大丈夫でしたか?」と尋ねたところ、「や、大丈夫じゃなかったですね」と至極もっともな答えが返ってきて若干焦りました。そ、そうですよね…。
○○の前あたりに僕の家があったんですよね、と云ったそこは、まさに数時間前にわれわれが歩いてきた場所でした。そしてそこも、ほとんど何も残っていない場所でした。目の前に家を流された人がいるという事実を、わたしはすぐに消化しきることができませんでした…。


バスが来るまでの間、サンビレッジの閉館までは中で、その後は軒下のベンチで待たせてもらいました。雨は酷さを増すばかりで、とても身動きできるような状態ではなかったのです。
お世話になった管理人さんに、あいさつとお礼を述べました。
「また、来てください」
最後に管理人さんが云った言葉は、大船渡でも云われたっけ。こうして書き起こすと何でもないようだけれど、その響きにはやっぱり、何か特別なものを感じてしまいます。
そして彼は、仮設住宅に帰り、われわれは30分後、東京に帰るバスに乗りました。


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今回、代休を取って行ったので、会社にも堂々と(?)「かもめの玉子」(大船渡みやげ)を買って、ボランティアに行って来たことを表明しました。まあ、普段から口が重いので(でも余計なことはうっかり喋る、いちばん使えないタイプ…)、そうと聞かれた人にしか云ってないですけど…。
自慢げに、週末だけボランティアに行って来たとか云わなくていいよと思っていたんですけど、それは単に小さな自意識の問題でしかないのだと思い直したのです。
今はそんなプライド(?)はどうでもよくて、少しでも誰かの耳に入ることで、何かが変わったり、影響したりするかもしれない可能性の方が大事なんじゃないかと。わたし1人が掘った数メートルの泥よりも、もっと大きなことのできる人が現れるかもしれない…よね??
わたしは例えば、フクさんのブログを読み続けることで、喉に刺さっている魚の小骨のことを、忘れないようにしようと思っていたから。仕事がきっつくなるとやっぱり精神的に重くなって読めなくなることもあったけどさ…。


だからこうしてブログにも書きました。
まあブログの方はこれに限らず、頼まれなくてもベラベラ喋っちゃうんですけどね(笑)。
しかし、思った以上に現地ボランティアというのは「行くぞ!」という決意を要するので、こちらでもできるボランティアを新たに始めることにしました。
RQ市民災害センターが始めた「聞き書きボランティア」というものです。
http://www.rq-center.net/tag/%e8%81%9e%e3%81%8d%e6%9b%b8%e3%81%8d%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88
わたしがやることは、現地でまとめられたインタビューを、原稿として清書すること。これなら仕事柄、お役に立てそう!
…と思ったけどこれまたずいぶん、提出が遅くなっちゃいました; や、2回目からはもうちょっと早く出せるはず…頑張ろう…。


放浪乙女えくすとら-RIMG0774 陸前高田の町なかにあった、やなせ先生の詩(手書き?)。

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