2011年03月28日

お詫びです

テーマ:上京後

前回の記事のコメント欄が途中から妙なことになっているなあ…と呑気に思っていたら、文中に出した「人からもらったメール」について、そのご本人がとてもイヤな思いをれたという旨のブログがアップされていたわけですね…。
休日はネットをあまり繋がないので、友達からのメールで気がつきました(鈍感ですみません)。
こんな災害時に人を非難しなくても、などと書いたわたしが、他人を傷つけている矛盾にちょっと頭がおかしくなりそうですが…まずは、謝らないといけません。ごめんなさい。いかに不愉快なことをしでかしたのかと思うと…今日は仕事になりません(ってそれはただの怠惰)。


まず何を反省しているって、メールを文章に使ったことです。
誰それからの、どんな経緯の…という部分には触れずに書いたつもりでしたが、ご本人が読めばすぐに分かるわけで、本当に申し訳なかったです。
言い訳がましいのを百も承知で、何故引き合いに出したのか? を説明しますと、
「首都圏にいること(被災地にいないこと)が悪いわけではないと頭では分かっているけれど、どうにも拭いきれない後ろめたさや罪悪感のようなもの」を表したかったのでした。そして、その罪悪感の正体って何なのか? それを、被災地以外の全員が抱くことで、被災地と差別化する必要があるのか? という疑問についても。
わたしにとって、自分の抱いているその気持ちに、ストレートに刺さったのが彼女の言葉だったため、ぼんやりではなく具体的に表した方が、読む人に伝わるのではと思ってのことでしたが、彼女のメールの中からそのまま抜きだす必要はなかったわけで、書くならせめて自分なりの表現でコーティングするべきだったのに、それを怠ってしまったことは本当に浅はかでした。


考えてみれば、何年も会っていない人にわたしの方からお見舞いのメールを勝手に出しておいて、その返信を引き合いに出すなんて、ほんと、ただでさえ大変なときに余計なことすんなよボケ!と普通は思いますよね…。何から何までわたしのせいでこうなったわけで…ほんとに罪深いことをしました。
ご本人にもお詫びのメールを送りましたが、もう二度とわたしの顔なんか見たくないだろうなあ…。自分で自分の手を汚すってこういうことか。きっついですね。犯罪者の気分というのは、こんな感じなんでしょうか。


ちなみに、自分が主催になりそうな飲み会、というのは何のことかというと、mixiのコミュで、前々から会員の方が「オフ会しませんか?」と提案してくれていたのでした。
3月末~4月頭で…と云いながら何となく日にちが決まらずにいたところで地震が起きたわけですが、しばらくして、提案者の方から、どうしましょうか?とメッセージをいただいたのです。
ちょうど、何もかも不謹慎という規制はいかがなものか…云々という記事を書いたあとでした。
飲み会を今すぐやらないまでも、中止にするのでは結局、誰よりも己が不謹慎だと思っている証拠じゃないか、それに囚われるのはよくないと書いたはずなのに…と葛藤して、決行の返事を先延ばしにしていました。
でも、そのオフ会のお金を被災地に回せばどうよ? という気持ちがどうしても拭えず、まあわたしごときのオフ会がなくなったところで誰かに多大なダメージがあるわけでもなかろう…ということで、無期延期にしたという経緯です。
でもたぶん、結局は「不謹慎だ」って云われるのが、人一倍怖かっただけなんだろうと思いますが。


今、災害関連の本などを読みながら思うのは、そういう罪悪感は多くの人が抱くもので、比べる次元が違いますが、特に身内が亡くなって自分が生き残った場合「サバイーバーズ・ギルト」という“生き残ったことへの罪悪感”に苛まれるのは、日本人特有の性質なわけではなく、どんな災害でも見られるということでした。
東京にいて、そこまで深い傷を負うことはないまでも、何かしらの後ろめたさがあるのはごく自然なことなんだと思えば、罪悪感を抱くことを良い/悪いで判断して、無理に抑え込んだり過剰に増幅させたりすることもないのかな…。


同時に、こちらにいると、被災者の気持ちの何分の1も代弁できないことも痛感しています。
だから、プレッシャーと書いたのはよくなかったですが、わたしにそれが代弁できるのか? という重荷は確かに感じてしまいました。
彼女の、「現状を知ってほしい」という気持ちを否定する意味でなかったことだけは、分かってもらえるといいのですが、分かってもらうには、かなりお粗末な表現でしたね…。。
まあ別に、誰も代弁してほしいとまでは求めてなかったでしょうに、勝手な思い込みでプレッシャーを感じるのも、己のよくない性質(よくない性質だらけですが…)が全面に出てしまったわけで、とにかく今回のことはすべてが自業自得、身から出たサビということで、本当にお恥ずかしい限りです。


その罪滅ぼしということでもありませんが、先週末、初めて参加したボランティアに、週末だけではあるけれど出来るだけ長く、手伝いに行くことにしました。なんという偽善者!(苦笑)
そんなことで許してもらえるとは思わないものの、少しでも何かすることで、償っていければと思います。
ただ、ブログを閉鎖するということは考えていません。他人を傷つけるような記事を書くわたしのようなブロガー(ブロガーというにはちょっと違和感あるけど)はこの世に必要ないのかもしれないんですが、何しろ図々しい性格なので、なかなか閉鎖とまで思いきったことはできず…。自戒はしつつ、続けさせていただければさいわいです。


なお、くらげさん関連のコメントに関しては、自戒の念を込めて残しますが、もうひと方、名指しになっているコメントについては、削除させていただきました。
ご意見そのものにケチをつけたいわけではないので削除というかたちは多少心苦しいものの(関連コメントもあることですし)、その方のブログが公開記事をやめてしまったことを思うと、その精神的ダメージを思うと、わたしも苦しいのです…。


いただいたコメントのレスは、もう少しお待ちください。
またロクでもないことを書きかねないので(苦笑)、慎重になるべく時間をいただければと思います。

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2011年03月24日

避難を非難することについて

テーマ:上京後

少しずつ、表面的には日常に戻っていく過程で、小さな差別や憎しみがにじみ出している悪寒がする。
被災地の人と、被災地以外の人。関東と、関西の人。
支援できる(している)人と、できない(していない)人。
募金の額が少ない人と、多い人。
疎開(避難)する人と、しない人。
被災地でも、電気が通っている地域の人と、まだインフラが整わない地域の人。

わたしはいま、どっちのどこらへんにいるんだ?と気にしてしまう。

「この東北の現状を身近な人、一人でも多くの人に伝えてください。その人たちが節約してくれたり、募金してくれたら、被災者にその分届きます。」
なんてメールをもらったら、それがずっとトゲみたいに心に刺さっていて苦しい(それで、自分主催になりそうな飲み会を延期してしまった…)。
そして、そんなことを書いているそばから、
「駄文書いてるヒマがあったら、ボランティアでも行けよ!」
と怒鳴られそうな恐怖に怯えるチキンなわたくし(苦笑)。怖い。誰かの怒り、プレッシャー、得体の知れない罪悪感に潰されそう…と云いつつブログを書くわたしはただの変態か。


首都圏に対して、憎悪のような感情を抱いている被災地の人もいるようですよね…。
「福島原発は、東京のために電力を供給し続けてきたのに!」
誰にでも明確にわかる敵のいる戦争と違って、やり場のない悲しさを特定のものにぶつけにくい今、どこかに敵を作らないと感情を吐き出せないのかもしれない。それくらい、受けた痛みが酷すぎるのだとは思う。


その延長で、前回も触れた「疎開」なんですけど、これまた憎しみの対象になるみたいで、知らないうちにムギさんのブログがえらいことになっていてビックリ。
すでに削除済みだという、地震当初に書かれたブログをわたしは未見なのだけれども、なんですか、「日本から出ていけ!」てなコメントもあったとか…。
うーん、なんというか…凄まじいな。非常事態の日本から出られる人には、罵詈雑言を浴びせてもいいことになってるんだっけ?
疎開のこと、関西や外国に避難することをみんな一緒くたに「逃げる」って言葉を使うみたいですが、逃げるという表現は、間違いなくマイナスの意味で使っていますよね。それも、物理的にではなく、あくまで感情的なマイナスで(物理的に考えたら、人口の移動はそんなにマイナスでないと思える)。
「自分は逃げないよ!」っていう表明にしても、心意気は立派だと思うけれども「逃げんじゃないよ!」という怒りが裏に透けて見えるよーな、そしてその怒りは、何に根差しているのかと考えるに「あんただけズルい」って感情なんじゃないのかなぁ、なんて勘ぐってしまうよ…。“大変な人たちがいるのに”→“君だけ安全なところに行くなんてダメだ”という論理の正当性は、大変な人たちへの心的配慮ということはあるにしても、釈然としないものがあります。
そして、そういう言葉や態度で以て、戦時中は「非国民」というレッテルを貼っていたんじゃないかって想像したら(「兵隊さんは戦地でお国のために戦ってるのに!」)、だんだん怖くなってくる。言論統制とか、連帯責任とか、いわゆる“同調圧力”ってやつが…。
自衛隊や消防庁やいろんな人たちが、決死の覚悟で働いていることは知ってる。それに対しては、どんな正義も及ばないほど尊いことだと感じてもいる。
だけど、彼らと、避難する人たちとを同じ俎上に並べて糾弾するのは、なんか、違うんじゃないの…?
自分自身が今も東京にいるのは、突き詰めれば、1に惰性(7割)、2に金欠(1割)、3に好奇心(1割)、あとはやっぱ、なんとなく微妙に刺さる罪の意識的なもの?…と考えると別に、東京にいる=勇気がある、ってことではなかったりして。ここにしかいられない人、勇気を振り絞って在京している人には失礼だけども。


スリランカで津波に遭ったゲストハウスのオーナーが云ってましたっけ。
「動物たちはとっくに高い場所に避難してたんだ。でも人間は気づけなかった」って。
だから、分かんないのですよ。いち早く避難したことが英断になるかもしれない。ならないかもしれない。ならない方がいいに決まっているけれど、今は、誰にも分かりません(一部のエライ人たちは分かっているかもしれませんね)。
そうこうしているうちに、東京の水道水で放射能物質が発見ですって?……平常心を保ち続けるには、けっこうな努力or鈍感力が必要そうです。


前に書いた『夜』の冒頭内容つーのがよく分からん、とのご指摘を受けたので、ざっとあらすじを書きます。
主人公のエリエゼル少年(ユダヤ人)が住む、東欧の田舎町シゲト。そこに、<堂守りのモシェ>と呼ばれている何でも屋の男がいました。
ある日、モシェは“外国から来たユダヤ人”であるために、移送囚としてどこかへ連れて行かれます。それから数ヵ月後、不意に戻って来た彼が町民に話したのは、地獄のような収容所での体験談(彼は脱走してきたのです)。でも、誰もが「そんなことがあるわけがない」と云って一笑に付します。
やがて、戦争の影が色濃くなり、ユダヤ人たちはゲットーに移転させられます。エリエゼルは父親に、その頃にはまだ買えたという「パレスチナ行きの通行証」を手に入れて家族で引っ越さないかと提案しますが、父親は、もう自分は老いていて、今さら新しい土地での生活をするのはつらいから、と反対します。
<以下引用>
翌日、もうひとつの憂慮すべきニュースが届いた。(中略)そこかしこで不安が目ざめかけていた。(中略)こうしたニュースが燎原の火のようにシゲトの町に広がっていった。やがて、いたるところでその噂をするようになった。しかし、長くは続かなかった。楽天論がすぐに息を吹き返したのである。
「ドイツ軍はここまでは来ないだろう。ブダペストに留まっているだろう。戦略的理由からいっても、政治的理由からいっても……。」
三日とたたぬうちに、ドイツ軍の車両は私たちの町の通りに姿を現わした。


この『夜』という小説は、いろんなマニュアル書を読むよりも示唆に富んでいて、身につまされます。手に入る方は、ぜひご一読をおすすめします(野ぎく堂Online でどうぞ(笑))。
まあ、そこまで大げさな話はないとしても(いろいろ戦時下っぽいけど、戦争ではないしね…)、守らなきゃいけない人が身近にいて、守るという選択が物理的に許されているなら、守ってあげた方がいいんじゃないかな…。「私」ではなく「公」を選ばざるを得ない自衛隊や消防庁や"現場の人たち”は、本当に、本当につらいと思う。


避難すること=被災地や日本を見捨てることではないし、募金や、何かしらの支援をしたいという気持ちは、たとえここにいなくても、海外の、日本と何の関係もなく暮らしている現地の人ですらも…持っているわけで、そうでなければ、どうしてアフガニスタンのような情勢不安を抱える国から、あれだけの募金が集まるでしょうか? アフガニスタンのことを憂い、募金をした人が、日本にどれだけいるというんです?
程度の差はあれ、どこにいても被災地の味方でありたくて、少なくとも敵になるつもりなんか、誰にもないはず。というか、こんなときだからこそ、(たとえ心理的なものとしても)内戦状態にならないようにしたいものです…。


ちなみに、わたしの募金先はここです~。赤十字もいいけれど、お金を渡す先が限られている身としては、こういう団体もいいのかと。
CODE(海外災害援助市民センター)

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2011年03月18日

焦燥

テーマ:上京後

地震当日と、それからのことをまとめようと思ったけれど、まとめるのが追いつかないうちに、事態は毎日のように変わっていて、今日考えたことが、明日は間違っているかもしれない。


今、3人くらいの人格が、代わる代わる自分の中にいるような感じ。
順不同で書くと、
・会社員として東京で働き、暮らす人(冷静さとルーティーン)
・被災地へ募金をしたり、モノを送ったり、何らかのヘルプをしたい人(なけなしの良心)
・原発事故の恐怖に怯える人(本能的な恐怖)

そしてふと、ごくたまにだが、中東の騒乱やニュージーランドの地震はどうなったのだろう…という思いがよぎる。
わたしの正義ってどこにあるんだろうか…。


原発事故のレベル5上げが発表され、2~3日くらい前に聞いた「疎開」という懐かしすぎる言葉が、急にイヤな現実味を帯びてくる。
買占めは正直、心情としては分かるがやってもほとんど意味がないと思う。それどころか、被災地に余計な迷惑をかけるだけだろう。
だけど、疎開はどうだろう…? 少なくとも、関東にいないことで、節電には貢献できるかもしれない…?
わたしは、実家が大阪にあるために、よけいに心が揺れる。まあ、関西はあまり緊迫していないだろうから、親からそんな話は云って来ないけれども。
自分をここに踏みとどまらせているものが何なのかは、正直よくわからない。たぶん、半ば無意識的に、空気を読んでいるのだろう。


原発のことを、たった数日のにわか知識で判断できるはずがない。少なくともわたしの乏しい理系知能ではムリだ。
危なくないという意見の方が、今は多数なのだろう。わたしの不安感は、ただの情弱(苦笑)のパニックかもしれない。
しかし、せめて被害の大きい場所の人たちや、いま屋内退避している人たちを、関西に、無理にでも移動させることはできないものだろうか…? ただでさえ避難所生活を強いられるのなら、より安全な場所の方が精神衛生的にもいいと思うのだけど…まだ家族を探したりしているような人には、それも酷なのか。
だったらお前の実家を開放してやれよって? そうね…、少なくとも、仙台の友達が疎開してくるというなら、それもいいかもしれない。


今、ナチス政権下のユダヤ人のことを思い出すのはどうかと思うけれども、地震が起こってからたびたび頭をよぎるのはそのことだ。
エリ・ヴィーゼルの『夜』の冒頭、彼ら一家が不穏な風評に包まれながらも平穏な日常を送るうち、ある日突然、強制収容所に連行されるまでの流れを、今の状況に重ね合わせてしまうのは、やりすぎなのだろうか…。
『アドルフに告ぐ』ではこんな場面があった。(※非常時ですからネタバレはお許しください(笑))
主人公の一人、ヒトラー・ユーゲントにぞくするアドルフ・カウフマンは、ユダヤ人の娘エリザに恋をする。エリザだけはどうしても助けたいと、ユダヤ人狩りが行われる前に、家族ごと日本へ逃す手筈を整え、いよいよ逃亡の日がやってくる。ドイツの国境まで先に向かったエリザは、後から来るはずの家族を待つが、亡命を拒み家に戻った家族たちは逮捕されてしまう…。


たぶん、大げさだよね。そんな話。
それに今、目の前に命の危険が迫っている人たちが多数いる状況で、そんなことはどうでもいいことであり、失礼な発言だとも思う。
とにかく思うのは、どんな非常事態のなかでも、人は日常をギリギリまで保とうとするものであり、わたしだってそうだ。心の中にどれだけ不安が巣食っていても。戦争の時も、こんなふうだったのではないかと、ふと想像する。
だから、会社に行くし、募金もする。
仕事を今すぐ止められないのも事実だし、被災地の苦しさが尋常でないこともわたしなりに痛感する。現場の人たちは命がけで最悪の事態を阻止しようとしている。そんなことが一緒くたになって、日々はとにかく進行している。
せめて自分の命の危険が及ばない間は、被災者に可能な限り、お金や物資を送ってあげたい。別に、いい人ぶっているわけではなく(いや、ちょっとぶってるかも)、そうしないとたぶん、自分が安心できないのだ。
結局、今やらなきゃいけないことはそれかと思う。ただ、お金が本当にないから(単に自分の浪費のせいだってことは知ってます☆)、仕事も続けざるを得ない。


地震が起こって3日くらいは、正直、どのくらい大変なことが起こっているのか、実感として分からなかった。
本当にショックな出来事が起こった瞬間って、感覚がマヒするせいか、妙に冷静だ。そういうのは、母親が死んだときの経験くらいしかないけれども…。
でも、被災者はどんどん増えて、原発はどんどん危なくなってきて、ただでさえ頼りなかった自分の中の支柱がどんどんおかしくなって、混乱をきたす。
つい数日前には、冷静でいた方がいいと書いたはずなのにな…(苦笑)。いや、生きている以上、冷静さをかなぐり捨てるわけにもいかないのだが! たぶん、本気で命の危険が迫ったら、冷静どころか冷酷にもなれるであろう自分というものも、どこかで自覚している。
もう、給料日までに募金できる金はすべてしてしまったので(※クレカでの飲食や買い物はできるが、現金はもうない…服を売るか)、あとは人力で何かするしかないか。物資ならなんとか寄付できるか。明日は物資をまとめて持って行こう。


明日は何が、どうなるんだろう。
戦争とは違うかもしれないが、本当に非常事態なのだという実感が、日に日に迫って来る。それでも、わたしの人生の時計はあっけないほどあっさりと進んでいる。
いつ、何が起こってもおかしくないということだけは、少しでも心のどこかに留めておこうと思う。起こる前に、できるヘルプは惜しまないつもりだけれども。

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2011年03月15日

無題(うまくまとまらないなりに)

テーマ:上京後

ここを読んでくださっている皆さま、たまたまこちらに行き着いた皆さま、このたびはご無事でしたでしょうか?
毎日、信じられないような単位で死傷者が増えているなか、これを読まれている方だけでなくその家族や恋人、友人までを考えただけでも、もしかして? という不安は拭えませんが…。
当たり前すぎるけど、一人でも多くの人に助かってほしい。早くインフラが戻りますように。そして、亡くなられた方には…もう声もかけられないのか。


東京では余震が続き、緊急地震速報の不気味な音に怯えつつも、わたしは普通にご飯を食べ、シャワーも浴び、電気の通ったオフィスで仕事もしております。
阪神大震災当時は大阪在住でしたが、あのときも、家が多少激しく揺れただけで終わりました。こういうところだけは運がいいらしいな…。


それでも日々刻々、ありえないような悲惨なニュースが続々と入ってきて、戦慄が止まりません。
町1個が壊滅状態とか、遺体が多すぎて確認できないとか、原発が続々と停止・爆発するとか…ほんと、どこの国の話なんだよ!? え? 日本?? てかこれ、現実の話??
(停電や交通規制があるにせよ今のところ)安全な東京でニュースを観続けるだけでも、軽いPTSDになりそうじゃないですか…。
そんな東京も、新宿や渋谷ですら閑散としており、夕方以降は、文字通り火が消えた状態です。
わたしは自転車通勤、かつ停電の影響のない区域に住んでいるため、かなり恵まれた環境にはありますが、店の棚からカップラーメンや電池が消えているのを目の当たりにしたり、公共交通機関の長蛇の列や停電対象区域の映像を見たりすると、本当にこれがあの東京か、チャラ男の東京くんがどうしちゃったの…と、呆然とします。
大きな、目立った被害を受けていなくても、何かが変わってしまった、何かを失ってしまった…そんな空気が、濃厚に漂っているというんでしょうか。
今、東京を覆っている不安感には凄まじいものがあります。地震そのものの恐ろしさ以上に、わたしはそれが怖いです。


これで、共倒れになってしまったら元も子もありません。それこそ余計な2次災害…。
不安や悲しみに襲われるのは当然だし、映像であってもあんな光景を毎日見ていたら悲しくならないわけがないし、まして家族や友人が被災地にいる場合、胸をかきむしられるような思いでしょう…。
わたしも、15年来の友人が仙台市内に住んでおり、安否が確認できなかったときは苦しかったです(無事で生きていました)。
ただ、いちおう安全な場所で助かっている立場としては、どんだけ心を痛め、衝撃を受けたとしても、被災地と同じ分だけ苦しみ、悲しむことはできないと思うのですよ。極論を云えば、彼らと同じように悲しむ権利だってないのかもしれません(近しい人が被災している場合は別ですよ!)。
まったく関係ない顔をするのもいたたまれないですが、いかにも関係者面するのも控えたいもので、ここのところのバランスが非常に難しい…。
外野は、関心と元気を絶やさないように、元気な人はそれを維持した方がいいんじゃないでしょうか。元気のない人が止めようもなく増えている中、少しでも分けられるものを持っていた方がいいと思うのです。
まあ、東京は外野つっても、いつ関係者になってしまうかも分かりませんけどね…。今の不安は、被災地への思いというよりも自分の身の危険ってとこから来ているのかな。


今、比較的安全な東京にいて、気持ちの上で気をつけようと思うのは、
・不謹慎という言葉はなるべく使わない
・何かをせねばという義務感を逸らせすぎない
ということです。
まず前者ですが、今、ヘンな罪悪感や後ろめたさが全体を覆っていて、いろんなことに“不謹慎規制”がかかっているように思えるのです。
日本人は空気を読むことが得意すぎるので、自粛ムードに過敏に反応するのでしょう。それで、通常の生活や活動をすることにためらいを覚え、冗談を云ったり飲みに行ったりすることを“不謹慎だ”と目くじら立ててしまう。安全なところにいることが何か悪いことのような、一緒に不幸な気持ちに陥らないといけないような気がしてしまう…。
かく云うわたしも、なんだか深刻な顔をしていないといけないような(まあ、暗い顔はいつもだけど)、涙の量が足りていないような申しわけなさに囚われるし、こんなものを呑気に書いていたら電力のムダなのではないか…なんて気を揉んだりしてね。
無論、被災地の人たちを傷つけるような言動&行動は慎みたいものですが、それが過剰な言葉狩り・行動狩りに繋がってしまっては、要らぬ不幸を生みかねません。


後者は、何か行動を起こせる人とそうでない人、さらにはその行動の質量の差によって、おかしな優劣や差別意識を抱かないための戒めです。
それぞれの「少しでも役に立ちたい」という気持ちに温度差が生じ、争いを生みそうな気配がそこはかとなく、いろんなところで感じられるのは、わたしの穿った見方のせいでしょうか。特に、ネットを巡回しているとそんな空気を感じて、ちょっと疲弊してしまいます。
今、本当にそれどころでない人もいるかもしれないってことを、1センチ分くらい想像しても、罰は当たらないと思うのです(地震の影響の及ばない鹿児島県で、借金に苦しんで今にも首をくくりそうな人…だっているかもしれません)。
本当に苦しい経済状況で、募金ができない人だっているでしょうし(※わたしのことではありません)、ボランティアに行きたくても諸事情で行けない人だっているはず…。
それを例えば、個人の感想とは云え「わたしには募金くらいしかできない…」などと云ってしまうと、かえって多くの人を否定してしまうことになりはしないかと、懸念しています。
無力感を覚えるのは誰しも同じでしょうが、自己卑下の大家たるわたしでも、今、無力感を吐露したり自己卑下に走ったりすることは、余計な疲弊感をあおるばかりだと思えるのです。


で、こういったことをすべて引っくるめて、
「こんなときこそ、その人の資質が問われる!」
なんて議論もありそうですが、こういう非常事態だからこそ、人の資質が揺らいでしまうこともあるんじゃないのかな。火事場泥棒や買い占めだって早速起こっているわけでね…。
そこでモラルを保てる人たちは、確かに素晴らしいに違いないけれど、非常時に、人の人格をいちいち云々するのは、ちと悪趣味かもね。
とにかく…不謹慎、無神経、心が冷たい、感受性が低い、人間性を疑う、何もしてないじゃないか…などといった言葉や態度で、無暗に他人を責めないように気をつけたいということなのです。こんなときに、新たに人を傷つける必要もないじゃないですか。


もう、いろんな方向性の正しさが溢れまくっていて、それにわーっと同調する動きもあって混乱してしまいますけど、まあ、いいんじゃないですかね、この際、正しそうなことがインフレになっててもね…(デマには気をつけたいですが!)。
冷静さも大事、悲しむことも大事、関心を持つことも、時には鈍感になることも、援助することも、冗談を云うことも、日常を生きることも、店を営業することも、しないことも、テレビを見続けることも、日本の素晴らしさを称賛することも、被災者のために祈ることも、メディアやネット上で何かを表明することも、黙ってただ募金や援助をすることも…全部、どれもごもっともだからさ。


さて、わたしには正しい行動が何なのか分からないから、今は結局、しかるべき団体への募金かなあ。
自分なりに、それがいちばん適切な援助につながると思うし、何かしたい自分の気持ちも解消できるし。
ボランティア活動>募金、みたいな考えもちらほら見られますが、「>」でものごとを図るのは、なるべく、それこそ今は自粛したいものですね…。
あとは、ある程度の防災には励みつつ、自分の足場で冷静に、バランスを保って過ごしていきたいと思います。
「今こそ日常を生きるのが大事」みたいな話は、ちょっと胡散臭く思えるけれども、今はそういう類の正しさにすがりたい気分ですね。
東京の様子を見ていると、いくら暗い場所を好むナメクジのようなわたしでも、なんかちょっと、大丈夫か?! と心配になるくらいなんで…。


今回の災害に際して、転載推奨でよく出回っているブログ記事、ツイートや動画も多々あるかと思いますが、昔、昆明で会ってカンボジアで再会した旅人・Yさん、今は各地の震災ボランティアとして活躍されている吉椿さんのレポートにリンクを貼って終わりたいと思います。
警察や自衛隊、海外救助隊、発電所の方々、ボランティア団体、取材班etc…現地で、当事者としてそれこそ命がけで働いている人には、どのような言葉で敬意を表しても足りないくらいです。
http://miyagijishin.seesaa.net/
彼の活動拠点はこちら
http://www.code-jp.org/


次回は、自分の小規模な地震体験でも書きます。忘れないうちに。

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2011年03月09日

小っさいデフレの螺旋

テーマ:上京後

昨夜、TSUTAYAで借りた「真田太平記」のDVDが読み取りできなかったので、



会社の帰り、返却&クレームのため再度足を運ぶ(注:家から遠い)



途中で自転車のチェーンがバコーンと外れる



寒空の下で修理を試みる(15分)も失敗



手がものすごく油まみれになり、手袋がはめれなくなったので素手になったら手がめっちゃかじかむ



かじかんだ手でハンドルを握り…自転車を押して歩く



遠い、そして寒い



やっぱり直そう!と試みる(10分)が再び失敗



あきらめて歩き出す



やっとのことでTSUTAYA到着、手が汚れすぎているのでコートの袖口に手を隠した怪しい状態でDVDを渡す(無料券GET)



家まであと半分



垂れ下がったチェーンがクソ汚れており、ショートブーツのファーに当たってファーが黒ずむ



もしかして自転車を倒して修理に臨めばいけるかもしれん、と思いなおして試みる(5分)が失敗



手の感覚がなくなりつつ、打ちひしがれて歩く


…帰り道の間、不幸な気持ちがどんどん体内に充満する。また、せっかく早く仕事を上がれた日に限って早く帰れないことが、それに拍車をかける。
そんなことでいちいち塞ぎこむなよ、と人は思うかもしれない。頭の方ではわたしもそのように認識している。
しかし、こういう気分つまり幸福と感じるか不幸と感じるかは、痛みと同じでものすごく主観的なものなので、例えば中東の騒乱やニュージーランドの地震を想起したり、今にも死にかけている人よりは幸せといった比較では解消できない。また、解消するのは失礼であると思う。
「あいつも頑張っているんだからお前も頑張れ」みたいな理屈とか、わたしは一生、このテの相対性幸福論?とは相容れないであろうなあ。
なんていうか、幸せは人それぞれと思われているが、不幸は人それぞれとは思われていないような気がする。不幸は、一定の一般的な基準を満たさなければそうと見なしてはいけない…という不思議なルールがあるような。


いや、まあそもそも…この状態の原因を探るに、自転車のメンテを長年怠っていたわたしが悪いということになるのであるが、よく外れるので、前にパンクの修理に行った際、有料の全身?メンテをお願いしたのである。
すると、「この自転車は(安物なので)どうしてもチェーンが外れやすいんですよ」と云われたのみで、終了したのである。貴方のお店で買った自転車なんですけどね!
…といったことを思い出し、そこの店の前にこの自転車を放置して帰ってやろうかと幼稚なことを一瞬考えたが、新しい自転車を買うお金がないのでやめた。


そうだ、今後はこのような目に遭わないようにするには、
①自転車のチェーンを瞬時に直す術を体得する
②自転車を捨てる
のどちらかしかない。
自転車を持っているからこういう余計な事故が起こるねん、それにファーつきのブーツなんか履いとるからすぐ汚れてイヤな気持ちになるねん、モノがあるから、モノがいっぱいあるから……とダンシャリ的な思考に流れそうになったが、モノから受けた恩恵が間違いなくある以上、そんなふうに思ってはならない、むしろモノをいたわってあげなければいけないよなあ、と思い直していくらか気持ちがラクになったのであった。
それにしても、生活はこのようにして、ものすごく微細で誰も気に留めないような幸と不幸、感情の起伏の集積で成り立っているんだなあと思った。

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