2010年05月21日

廃墟のように美しく

テーマ:東京秘境

これまた1か月も前の話になりますが…(書きかけで放置しているテキストの多いこと!)。


放浪乙女えくすとら-RIMG0037


歴史ブームとともに周期的に自分の中にやってくる廃墟ブーム。
かなりしばらく落ちついていましたが、先だって有志で集まりニッチツ鉱山の廃墟ツアーに出かけたことで、第?次廃墟ブームが静かに湧きあがっております。
やはりこういうものは、ナマで見ると写真などで見るとでは、受ける感情の質量がぜんぜん違いますね。「百聞は一見にしかず」という言葉をしみじみと噛みしめています(モノによっては逆のこともありますが…)。


振り返ってみれば、遺跡でない廃墟を訪問するのは初めてです。
昔、神戸に住んでいる友人と「摩耶観光ホテルに行こう」という話をしたことはあったけれど、実現には至っていません。
廃墟本も数冊持っているし、昨年は「HPが終わったら軍艦島に行く!」と公言もしていたにも係わらず、これまで、廃墟らしい廃墟に行ったことがなかったのです。


面白半分に行くことに微かに気が咎めはするものの、やはり廃墟には抗いがたい魅力があります。
今回の物件「ニッチツ鉱山」は秩父の山奥にあります。
うねうねと山道を走ったあと、鉱山村の手前で現れるのは、長い手掘りのトンネル。トンネルの出口は、肉眼だと5センチにも満たないような大きさで、小さく白く光っていて、本当にこの先には何があるのだろう、と思わせます。『千と千尋の神隠し』の冒頭で登場する、異世界につながるトンネルのような果てしなさです。宮崎アニメで喩えるなんて、わたしらしくないですね☆


そしてトンネルを抜けると(ああ、この『雪国』的なトンネルの抜け方など、なかなか出来るものではない)、いよいよ廃墟集落の始まり。工場の建物が要塞のように、山の斜面にへばりつくようにして建っています。
ここは厳密には廃村ではなく、小規模に稼働しており、入口にある郵便局は今でも現役です。この日は土曜日のため閉局していたので、うっかり廃墟かと思ってしまいましたが…。
郵便局の隣には、石灰の大きな山が築かれていて、まだこの村が動いていることを知らされます。


先に進むと、小学校、社宅、共同浴場、食料雑貨店、病院、講堂……などが次々と現れます。軍艦島同様、ここが1つの“世界”だったことを如実に物語っています。
小学校や浴場は閉鎖されているものの、社宅の廃墟群は管理が甘いのか、けっこう気軽に侵入することができます。
なんというか…圧巻です。木造建築の社宅は、内部はともかく、外観はかなりキレイにかたちを留めていて、手を入れれば映画のセットになりそうなくらい。雨風くらいなら凌げるんじゃないかと思いますが、なにぶん木造なので、階段なんかはちょっと危なそう(でも上った)。
社宅のほとんどが、下から見ると「どうやって家に帰るねん!」的なすごい斜面に建っていて、中には切り立った岩の上にせり出しているような社宅もあります。「玄関開けたら2分で断崖♪」ってか…。メテオラ(@ギリシャ)じゃないんだからさ。
社宅の廃墟は、さすがに時が経っているのと、ある程度の取り壊しも進んでいるようで、そこまで生々しさはありません。死体だとビビるけど、ミイラだとそうでもないように、この廃墟もわりとミイラ寄り(って何だよ!)の、静かに風化したような雰囲気が味わい深い(動物のコロコロしたフンが散乱しているのがちとビミョーですが…)。
それでも時折、道ばたに懐かしの「はちみつレモン」の缶が転がっていたり、玄関先にヤクルトのポストがかかっていたり、はたまた日付の入った新聞や「小学5年生」なんかの雑誌がガラクタの中から現れたり……、時の経過を明確にする“固有名詞”が現れると、妙にドキッとします。
あと、何故か陶器製の便器がそこここに埋まっていました…。
そんな、点在する“忘れ物”からは、物言わぬ廃墟の無言のメッセージが聞こえてきそうです(ポエマー的表現)。
ちなみに、ニッチツ鉱山は、昭和40~50年代が最盛期だったそうです。当時は3000人近くが住んでいたのが、今では何人になったのでしょうか…。


さらに進み、集落の終わりあたりに来ると、今も稼働している工場勤務者の居住区エリアにたどり着きます。さすがにここは生きている場所なので、侵入は自重しました。
それにしても、このような人里離れた場所で働き、暮らすという心情は、どのようなものなのでしょうか…と、失礼な好奇心を働かせてしまいます。
しかも、単に田舎であるという類いの場所ではなく、周りは8割方廃墟。物好きや人目を避けて暮らす人ならいざ知らず、普通に働いて暮らしているなんて…。想像しようにもあまりに遠く及びません。


どうせなら、集落の中ほどにある病院の廃墟にも侵入したかったのですが、道路から病院へ架かっている鉄橋がかなり錆びており、万一落ちた場合は半身不随になることも覚悟せねばならない高さでしたので、断念。
いちおうしてある柵は簡単に越えられるようなシロモノで、「ここからは責任は持てませんけどまあ行きたい方はどうぞ」といった感じだったので、本音を云えばかなり行きたかった…。でもま、病院の廃墟というと、どうしても心霊スポット的なものとリンクしがちなので、やっぱ行かなくてよかった…かな?


何ともはや、詩的とでも評したいような廃墟でした。
こういう場所を見ると、日本(の観光)の美しさは廃墟にあるのではないか?などと思ってしまいます。
日本の国道・県道沿いはどこも、うんざりするほど同じような風景ばかりですが、もしあれらの量販店やアミューズメント施設が廃墟群だったら……と考えると、ちょっとぞわぞわしてきます(変態?)。
かつて在ったものが、今はない。でも、確かにそこには在った…。
生身の人間を含め、そんな、どこででも絶えず繰り返されている営みに、今さらながら強烈なノスタルジーを掻き立てられます。そして、ノスタルジーとは何と美しい感情なのだろう、と。


ところで「廃墟」とくれば「工場」「秘宝館」「見世物小屋」…などのキーワードが芋づる式に繋がっていくのが面白いですね。
多分、旅好きと廃墟好きの人口はかぶっているし、廃墟好きは自ずと工場萌えにもなりそうな気がする。
とりあえず廃墟ツアーは定期開催したいですね(笑)。東京の秘境ツアーも1年くらいご無沙汰しているので…(←誰かが引っ張ってくれないとやらない子)。次回は足尾銅山でどうでしょうか。
かねてよりの軍艦島訪問計画も再燃してきました。
ぶっちゃけ、今年も旅行するんなら海外かなーと横にうっちゃっていましたが(え?海外行ける??)、ここはワンピースの1枚や2枚、いや10枚くらい削ってでも行かねばなるまいて…。


【プチ写真館】※この日、運悪くメモリーカードがいっぱいで、いつものように狂ったように撮影できず、不満が残ってます(笑)。


放浪乙女えくすとら-RIMG0018

まずはこのトンネル。ちなみにこの白い泡、よく「コダマが映ってる」とか云われますが、わたしは信じません…。



放浪乙女えくすとら-RIMG0027

本日は休業。ゆうパックの旗の色鮮やかさが、現役の建物らしい感じ。



放浪乙女えくすとら-RIMG0047

圧巻の木造社宅!遺跡認定したいくらいだ~。


放浪乙女えくすとら-RIMG0042

日中国交回復1周年間近!…ということは1973年。にしては色鮮やかに残っているなあ…。



放浪乙女えくすとら-RIMG0064

写真で見るとそうでもなさそうですが、けっこうな崖の上に建ってます…。


放浪乙女えくすとら-RIMG0045

社宅の内部はこんな感じ。2階建ての長屋が多かったです。


放浪乙女えくすとら-RIMG0080

ここはかなりモノが残っている廃屋でした。

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2010年05月18日

3月のかわいいものBEST3

テーマ:かわいいもの

テンションの低い記事が続きましたので、ここらでひと息、ブレーク(“話をぶった切る”とも云う)を。
一部、ご心配をおかけした方々には申し訳ない…。でも、何だかんだでしぶとく生活しているのがわたしという俗物…なんか狼少年みたいでイヤらしいんですが;(すみません、コメントのレスは後ほど…)


(前回までのあらすじ)
クレジットカードの負債による苦しみから逃れられない野ぎく。そこに、展示会予約商品の到着のお知らせが…(涙目)。
再び厳格な(?)弁当生活に切り換え、とりあえず「クレジットカードで新しい服を買わない」決まりを遵守する野ぎくの未来やいかに!?まさかリストラ!?(爆)


えーと、、、3月て! い~ま~さ~ら~、という声が聞こえてきそうで恐縮なこのコーナー。
もういい加減、浪費はやめなければ…と、4月に再び(いや、もう百万回目)決意して、ゆるやかにカードの支払額は収まりつつありますが、あくまでもそれは前回比であって、世間比からすると「アホかおまえは!」なレベルです…。
それが証拠に、未だにこの時期(つまり給料日前)になると、困窮が甚だしく、先日も、福ちゃん(懐かしい)に「手取りで云ったらオレよりもらってるはずなのに、なんでそんな金がないの??」と、本気で不思議がられておりました。
昔は給料日前、彼に「(週刊)ジャンプ代、貸してくんない?」と云われて、「はあ!? そんな数百円すら持ってないなんてどうかしてる!」などとエラソーにほざいていたわたしは、いったいどこへ行ってしまったのでせうか…。


気を取り直して、3月はエミキュmonth!
そしてちょこっとH&Mも…。


【第1位】
エミキュのストライプパンプリントスカート
リボン&パンプリントTシャツ
(15540円/9240円)



放浪乙女えくすとら-Emily-pan-Tshirts


放浪乙女えくすとら-Emily-pan-skirt


エミキュで定価で買い物したのは実に半年ぶりです(ポイントカードの最後の日付が8月だった)。
ま、冬のバーゲンでそこそこ散財したのでそんなに久々とも思えないのだけどね…。
ビスケットやらチョコレートやら、エミキュのスイーツ柄はひと通り持っておりますが、今回はパンですよ(笑)。
パン柄と云えば、以前ミルクで購入したトースト柄を思い出します。あれは大変に着こなしが難しく、一度もしっくり合わせられてないのよねー;パーカーじゃなくていっそワンピースにすればよかったかも、などと未だに思っているくらいです。


にも係わらず、またパン柄て!
実は、下で登場するお花のネックレスを買いたいがためにお店に行ったのに、何故かこの上下までもお買い上げしているという…なんというか、いつもどおりな無計画散財!
でもさー、久々にお店で物色していたら、目に入って来たんだもの! そんですかさず店員のおねーさんに薦められたんだもの!
ひそかに来ていたパリブーム(?)にも遠因があったかもしれん…。こういう鮮やかなブルーとか、夏のバカンスっぽい明るさとか、パンもクロワッサンにバゲットにブリオッシュだし~。


だからってTシャツまで買うことはなかったのですが、マクド並みのセット売りについ、心が動いてしまったんだよな~;
Tシャツはウラが水玉になっていて、「う~ん、水玉のトップスにストライプのスカートか…しかもパンついてるし;」と柄のかぶり具合に躊躇っていたら、エミキュのおねーさんが、
「うちでは水玉とストライプは柄のうちに入らないですから~♪」
…目からウロコが落ちました(笑)。
そ、そうだよね。そもそもエミキュに無地の服なんか、売ってないもんね(※無地だとしてもレースかフリルは必ず付いてます)。
柄×柄を恐れない、過剰さをものともしない姿勢はさすがと云うほかありません。結局はシンプルがいちばん、というひとつの真理に真っ向から勝負する勇敢さ(?)。
それを人は悪趣味と云うのかも知れませんが、わたしはこれからもついて行きます!(あ、ほどほどにね…)



放浪乙女えくすとら-Emily-pan-Tshirts-ura ちなみにこれがウラ。


【第2位】
Q-Pot.のプチマンゴケーキネックレス(9975円)



放浪乙女えくすとら-Q-pot.-necklace


敷居が高くてなかなか買い物できなかったQ-Pot.で初めてお買い物いたしました。
何でもかんでもお菓子の形をしていて可愛いことこの上ないQ-Pot.ですが、値段は可愛くもなんともなく、これまでは店で物色することすらなかったのです(オンラインショップのみ、指をくわえて閲覧)。
でもこれは、昨年なにかの雑誌で見てひと目惚れし、まあアクセサリーにしては高いけど買えない値段ではない…ということで、「心の欲しい物リスト」に常に鎮座しておりました。


本当は、雑誌で見た紫(ブルーベリーケーキ)の方がよかったのですが、すでに売り切れでした。大体、雑誌に載っていたのが半年以上も前なので仕方ないですね。。。
しかしまあ、こういう明るい色の方がこれからの季節には合うかも、と気を取り直して購入。
それにしてもこれ、本当にリアルに作ってあります! さすが、その辺のスイーツ雑貨の数倍、値段が張るだけのことはあるわ。
至近距離で見ても美味しそうだもんねー。スポンジのあたりとか、ゼリーの質感とかうっとりする…。子どもだったら間違いなく食べる。


ちなみに、次回のQ-Pot.では「チョコレートフレームのメガネ」を狙っているのですが、このままの財務状況だと一生買えないかもしれません;



放浪乙女えくすとら-Q-pot.-necklace-package パッケージもお菓子仕様!


【第3位】
H&Mのガーデンプリントワンピース(2990円)



放浪乙女えくすとら-H&M-flower-onepiece


H&Mのオーガニックコットンシリーズ「The Garden Series」のワンピース。
これで2990円だからもう、笑いが止まりませんな。実はもう1枚、無地のワンピースを買っていますが、それと合わせても6000円行かないんだもんね。エミキュだったらTシャツしか買えない値段!!(泣)
値段が安いだけあって、すんごく薄いです(笑)が、まっ夏だからいいか。


【次点】
エミキュのジョーゼットコサージュアクセサリー(7980円)



放浪乙女えくすとら-Emily-chiffon-necklace


はい、またエミキュです。
春になるとこういうのが無性に欲しくなる。
ただ、繊細な素材のため(?)糸が出まくって大変です…;

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2010年05月13日

心が疲れるってこんな感じか

テーマ:上京後

長らくご無沙汰しておりました。
何というか、これはちょっと、心の風邪を引いているのではないかというダウナー状態でして、なかなかブログに手をつける気力が湧きませなんだ…。
とは云え別に、ついに鬱病を患ったわけでもなく、人はこれを単に「五月病」と呼ぶのかも知れません。新しい環境でもないのに五月病、ってのもヘンな話だけどな…(→と思ってちょっと調べてみたら、今は「五月病」よりも「新型うつ病」が多いらしい。「新型」は好きなことをしているときは問題なく、嫌なこと(例えば仕事)をしていると激しい抑うつ症状が現れるのだそう)
前回の記事がアレなだけに(苦笑)失踪したのかと思われたでしょうか…て、んなワケないか;


疲れすぎてる。と思う。
なにもこれは今に始まったことじゃなく、これは1年前?いやもうちょっと前から慢性的に続いている。どこを歩いているのかよくわからない感じ。
や、もちろん日々のちょっとした慰みはいろいろあるのだけど…やっぱ直接的には仕事様wだなこの疲れの原因は…。
肉体的な疲れよりも、心が疲れてる。自分の状態を喩えると“鳥ガラ”ってとこだろうか(どんなんやねん)。はたから見れば、わたしの体は透けて見えるのではないだろうか…。
昨日も、これは仕事が深夜に及んだせいもあってかあまりにも心が疲弊し、このままでは他人を傷つけかねないと思ったので、家に帰って、ノートを開いてそこに呪詛…いや、愚痴を書きつづった。
「たったひとつの解放区さえあればロボットのように生きていけるのに」そう書いたのは大島弓子だっけか…。
しかし、もうちょっと建設的になろうと思い、いま自分がイライラしていることを具体的に挙げてみた。
そしたら、6つあった(おお、具体的)。
難易度はさまざまだけど、多分、どれにも逃げ道や努力の方法はあると思い直し、なんとなく安心したので寝た。


********************


どんなところでも幸せな状態でいられることが最強だろうし、多くの人がそのように説いている。
だけど、わたしにその才能は少ないし、そもそも最強である必要はないのか…と思う。
常にハッピーオーラを放っていないといけない、ってほうがよほどプレッシャーだ。自分もそうだけど、他人に対して過度に「常に明るく幸福な状態でいること」を求め、それ以外の状態を許せなくなるきらいがある。
“不幸がうつる”とはよく聞かれる表現だが、それでいくと、ちょっとでも不幸そうな顔をしたら伝染病患者の如く忌み嫌われるってことになりそうだ(実際そうなってるか…)。しんどいもんはしんどいねん!と云ったらダメですか?


幸せについて語られるとき、どんな意見も結局は、“(常に、どんな状況下でも)幸せであらねばならない”という視点から語られていると感じるのは、単にわたしの目にバイアスがかかっているからだろうか?
だから、こういう落ち込み状態のときでも常に「あ、別に不幸ってわけじゃないですからね♪」というイイワケを用意しておく心が働くのも何だか滑稽である。
幸せと不幸せって、ものすごく主観的で、一時的で、流動的で、環境や心の状態に左右されて一瞬たりとも同じかたちを留めないものだと思うんだけど、「ヨソの国に比べたら日本は安全で平和で清潔。それで幸せだと思えない方がおかしい」みたいに幸せをあくまで固定的なものとしている意見を聞くと、ヨソの国のあからさまな貧困や不平等について目を逸らすつもりはないけれど、幸せ度を比べることがそもそも失礼なのではないかという気持ちも手伝って、うすく違和感を覚えるのである。
だからと云って、「幸せを目指す」タイプや「幸せを見つける」タイプのもろもろの試みについても、ゴールが1つしかないんかいな~と、ちょっと宗教的な怖さを感じたりもするので、どっちにしても違和感はある。無論、“幸せ”の持つ素晴らしさを否定するつもりはないし、自ら進んで不幸になりたくはないが、どんな状況でも幸せを探求し、見い出さねばならないという義務のレベルにまで持ってこられると(もっと簡単に云うと、「常に笑顔でいなければならない」)、頭の中で「?」がちらつき始めるのである。


例えば、深夜に一人でパソコンと向き合い苦手なことをちくちくやっている時間は紛れもなく不幸な気分だし、それが終わって帰る道のりは不幸でも幸せでもないし、家に帰って布団に寝転がる瞬間はまあまあ幸せだし、その日買った本を開く瞬間は、これまた紛れもなく幸せである。
でもこの一連の流れを、「でも結局は(アフリカの貧しい農村にいる人よりは)幸せだ」というふうにひとまとめにして考えねばならないもんだろうか?
何でもかんでも“幸せ”を基準にして物事を図りだすと、いろいろ間違うこともありそうだなと思う。そもそも、基準足りえないんじゃないのか…。幸せか否かは別にして、貧困や理不尽な不平等は解消されてしかるべきだし、過酷な労働環境は改善されるべきだろう。


……なんか話がえらく脱線してしまいましたが、今、ここまで書いて思ったのは、「とりあえず、自分が疲れているということをはっきり認めよう」ということでした。
無理やり鞭打つでもなく、自暴自棄になるでもなく…(←ちょっとなりかけてた)。

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2010年05月01日

失踪は甘美な妄想

テーマ:上京後

5月1日、世間的にはゴールデンウィークと云われていますが、わたくしはめでたく休日出勤とあいなりました。
4月30日の夕方に、もともと残っている作業に加えて、急に新たなラフを2本出してデザインに回せという方がどだい無理な話なんですよ。少なくとも、わたしにとっては…。
それでも、休日出勤はプライドが許さないので何としても終わらせて帰ろうと思ったのですが、ネットの回線が急に激遅くなるわ、イライラして脳は働かないわで体内の活性酸素がどんどん産出され、こんな状態ではとても作業にならないので、日付が変わる前に帰宅しました。
何よりも、徹夜なんかしたって代休にはなりませんが、休日に出た方が代休が取れますからね(←こういうところだけ冷静)。
で、五月晴れの気持ちのいい天気の中、仕事様wのために一人、しゃこしゃこと自転車を漕いで出勤。
締めきった部屋に入ると、埃と汗が混じった何とも云えない饐えた臭いがし、思わず感情が爆発しそうに…(苦笑)。


こういうとき、「あ、もうダメだ」と精神の糸が切れてしまったらいいのに、と思います。
旅の当時はブチキレ名人として名を馳せていたわたくしですが(猛省)、堪忍袋の尾は切れても、精神の太い糸は切れそうでなかなか切れないもんですよね。
で、本当に切れてしまった人は自殺したり、精神を病んだり、或いは行方をくらましたりするのでしょう。
ただわたしは、自殺はカンベンだし(線路に飛び込みたい気持ちは分からんこともないですが…)、精神のボーダーを越えるのも恐ろしいので、そうなると「失踪」がいちばんしっくりくるような気がします。


昨夜、フラフラになりながら(体がというより精神状態が、です)帰宅して、ふと思いました。
このままいくと、わたしはどうなるのだろうか? ほんまに。マジで。真剣に。
将来を不安に思うより目の前のことを精いっぱいやろうと生きてきたつもりが、どうやら、目の前のことに何となく目くらまされて享楽的に生きていただけのよーな気がしてきました。
先日、年の近い女性に「今年34だっけ? どうすんのこれから? 結婚とか子どもとかちゃんと考えてんの?」と云われて絶句ですよ。
うちのことはほっといてんか! で終了できればいいんですが、当のわたしがその辺をぼんやり不安に思っているので、イタイとこ突かれたなーというのと当時に、ハタからわたしは“ヤバイおばさん”にでも見えているのか…とかなりどんよりした気持ちになり、「人生も“ご利用は計画的に”ってことか…」なんて呟きが思わず洩れるのでした。将来は孤独死まっしぐらか…??


…なんてことを考えると気が滅入るばかりなので、いっそすべてを諦めきれたらいいのにと思う。そして、その気になればいつでも逃げられればいいのに。
山のように洋服の詰まったクローゼット、乱雑すぎる本棚、冷蔵庫の食材と調味料、生活に必要な家電……全部置き去りにしてどこかに行ってしまったらさぞかし気持ちがいいだろう。携帯電話は真ん中から真っ二つにたたき割って、部屋のすべての電源を抜く。カバン1個に財布だけ持って、いちばん気に入っている服を着て、まだ生活の臭いが濃く残る部屋を出る。
…そんなことを妄想すると、妙な興奮が襲ってくるわたしは病んでますか…?
でも、昨日まで隣の机でフツーに仕事なんかしていた人が、ある日突然いなくなる、っていう事件性って、何もそれが自分じゃなくても、なんだかちょっと甘美な響きがある。残された人はどうするんだ?とか、とりあえずそういう「他人の迷惑」ってやつは横に置いておいて…。いや、そういう「他人の迷惑」みたいな人としての良心やしがらみを無残に切り捨てるところに毒をあおるような甘美さがあるのかもな。
それが自殺になってしまうとあまりにつらいけれども、ただの逃亡ならこっそり小さくガッツポーズを送りたくなるだろう。義経じゃないけど「大逃げしてくれ。どこまでも」って。


無計画に逃げたところで、その先はさらなる後悔と絶望が待っている可能性が高いけれども(わりと昔、失踪したい…とブログに書いたら、あの作者さんに「『失踪日記』をプレゼントしますよ。あれを読んだらそんな気は起こらなくなります」と諭されたっけな)、逃げる瞬間だけは多分、至高の瞬間だと思う。
インドの輪廻思想じゃないけど、また新しい生をそこで始める、もし人生が本当に1回こっきりしかないなら、そんな機会が人生に何度かあってもいいんじゃないかと思うのです。
ああ、『人形の家』でも読みたくなってきたわ。……いや、その前に、そう云えば実家に『失踪マニュアル』があったはず(笑。昔から失踪願望あるのかよ)。


ま、わたしにそんな勇気(?)があれば、愚にもつかないブログなどじめじめ書いているワケもなく、結局は現状に「まあまあ。ほら、こんな楽しいこともあるよ」なんて目くらまされながら生きていくのだろうな…しばらくはね。
でも、実際の行動はともかく、心のどこかで「いざとなったら逃げる」「現状に縛られている必要はない」という気持ちだけは持っておこうと思う。それは云ってみれば、精神安定剤みたいなもんです。
あー、前にもこんなこと書いてたな(笑。いつでも旅に出れば…とかなんとか)。ほんと成長がなくて笑えるんだが…。
これじゃ家庭なんか持てなくて当然っすね。
しかも、こんなに大々的に(?)失踪願望を書いたら、もし失踪しても「あーホントにやっちゃったんだね」と思われるだけでなんかつまんないな(笑)。

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