2008年07月30日

6月のかわいいものBEST3

テーマ:かわいいもの

今月はえらくブログをさぼってしまったなー(飲み会でも云われた)。
なんか、珍しく仕事もバタバタしたりして、生活の渦にもみくちゃに…いや、それとあれだな、バーゲンの渦。
バーゲンの成果(?)がですね、いつにも増してすごいことになっているみたいで、バーゲンの大トリであるラフォーレバーゲンの中途でなんとっ!カードが使えなくなるという事態が……あれ、この感触はまさか……
限度額を越えたってことですかい???
まあ、カードが切れないということは非常事態でなくてもありえるし、マイルを貯めるためにちょっとした買い物もカードで済ませていたためであろう…とは云え、さすがに血の気が引きましたわい。
にも係わらず、その後は、もう1枚のカードで着々と買い物を続行するわたくし。。。いっぺん病院で診てもらった方がいいかも;


今回は、恐怖のバーゲンの回ではなく、先月6月の可愛いものたち。
嵐の前の静けさ的な、実に可愛らしい買い物たちです(笑)。


【第1位】
ミルクのカップケーキ柄Tシャツ



milk-cupcake-Tshirts


例によってアトリエセールで予約購入です。
Tシャツのクセに11,340円という強気すぎる定価(笑)。さすがはミルク様。
これもいつも通り7掛けで買っていますが、それでも8,000円弱しますからね!わたしの持っているTシャツの中でも、1、2を争う高値です。
それでも黙々と貢ぎ続けるわたくしは、そろそろミルク様から表彰されてもいいのではないでしょうか。。。


まあしかし、アトリエセールのときって、30分くらいの間に一気に決めてしまうので、バーゲン時にも似た微興奮状態になり、後になって「あれ?どれ予約したっけ?」となることもしばしば。ぶっちゃけこれ買ったのも忘れてました(笑)。
今思えば、このシリーズのチューブトップ の方が可愛かったんですけどねー(胸のところで水玉の布と切り替えになっているの)。
2週間前に行ったバーゲンでは半額になってたから、まだ残ってたら買おうかなー(←やめとけって)。


【第2位】
ビスケットキーホルダー



biscuit-keyholder


スイーツものが続きますが…。
原宿にある「Jet Set Blue」というお店で買いました。
『sweet』や『vivi』を読む女子向けのセレクトショップで、「see by chloe」なんかを扱っていたりとわたしのストライクゾーンからは外れるものの(値段も高いしさー)、会社に近いのでときどき覗きます。
で、こちらのキーホルダー、3,990円と、たかがキーホルダーに出すにはためらう値段なので、1週間くらい寝かせた末(珍しい)に購入しました。


スイーツモチーフのアクセサリーは、「Q-pot」みたいなお高いブランドものから、その辺の雑貨屋で買える安価なものまで今年大流行りですが、やっぱり安物はいかにも安いプラスチック感がアリアリで、出来の悪いおもちゃみたいに見えちゃうんですよね。
このキーホルダーの惚れポイントは、何と云ってもビスケットの形状&触感のリアルさに尽きます。しかも、ビスケットの表面にラインストーンが散りばめられているという、乙女ゴコロをくすぐるあしらい。


毎日でも持ち歩きたかったのですが、普段使うカギ類に付けるにはデカすぎるので、休日散歩用のLOUIS VUITTONのショルダーバッグ(←いろんな人に「あんたがヴィトン?」と驚かれます…)に飾りとして付けています。


【第3位】
猫耳&しっぽ



nekomimi


バンドの仲間たち+αと、中野&秋葉原ヲタクツアーに出かけた際、「ASOBIT CITY」のコスプレコーナーで購入したもの。セットで(笑)1,575円。
いやー、前から若干頭のおかしい服装が目に付く娘だったけど、ついにこの領域に手を出したかと(笑)。
本当は、中野ブロードウェイで見つけたバレッタ式の猫耳の方がおとなしめで、普段着にも取り入れられるのではないか(られるかいっ!)と思ったのですけど、1つ1200円で2つ買ったら2400円という、1年に数回も着用しない猫耳に出すには少々お高いお値段。
あーでも気になるなー、また個人的に来ようかなー、なんて後ろ髪を引かれながら中野を後にして秋葉原に向かい、ヲタクショップをうろうろしているうちに「やっぱり猫が好き!」(@フジTV)と思い直し、みんなを無理やりコスプレコーナーに連れ回したのでした。
黒猫とピンク猫と迷った結果、「やっぱ男子は黒よりも白い下着に惹かれるって云うしね☆」と、白猫に決定。男が出来た暁には、ぜひ着用したいと思います(ウソ)。


しかしまあ、コスプレはアツイ世界だよねー。
わたしが普段着ている服は決してコスプレではないし、コスプレと一緒くたに見られては困るのですが、コスプレはまた別のジャンルとして、けっこう興味アリなのです。旅行中も、服の安いアジアではよく現地人になりすましていたし(なりきれてなかったけど(笑))。
思い入れのあるアニメや漫画のコスとか、きっと楽しいんだろーなー。今はそういうのがないから、今いち食指が動かないけれども。
看護婦とか社長秘書とかも別に…だし、何だかんだで(?)やっぱ、やるならメイド系ですよね!「ぴなふぉあ」の制服がかわゆいんですよ☆


その後、秋葉原の「HUB」で、完全に酔ったイキオイでこいつらを着用。
酔っているから恥ずかしくも何ともなく、むしろ似合っているのではないかと調子に乗って、ずっとそのまま酒を飲み続けていたら、帰りの地下鉄のホームでゲロ吐きました。。。


次回はいよいよ、汗と涙の2008夏・バーゲン総決算スペシャル(何だそりゃ)。

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2008年07月16日

人の死(走り書き)

テーマ:上京後

ドラマなどで人が病院で死んでいくシーンを見ると、ストーリーの出来不出来に係わらず、泣いてしまう。
先日も、同僚から借りたビデオの中に『ホームレス中学生』が入っていたので思わず見てしまったのだが、お母さんが病院で死んでいくシーンで完全にボロ泣きだった。
例えば、心電図の数値がどんどん下がって最後0になるというのはよくある場面だ。しかし、わたしにとっては、母親の死の瞬間まさに目にした光景なので、あまりにリアルに迫ってくる。
(しかし、田村役の少年が田村に激似だったのもさることながら、田中圭のお兄ちゃん役がよかったなー。最近、自分の見るドラマに出てくることが多いせいか、妙に気になる役者さん)


普段は、母親とのあれこれを思い出すことはあまりない。人との会話で、母親が故人だと話す機会があっても、それはごく淡々としたものだ。
日々上書きされていく記憶の中で、母親との思い出はずいぶん遠くへ遠くへと追いやられ、自分に母親というものが本当に存在していたのか?とすら思えることもある。そんな自分の感情の希薄さにぞっとしたりもするのだが…。
ただ、死の日、その日のことだけは心にずっと突き刺さっていて、ドラマの病院臨終シーンを見るとそれが引っこ抜かれてしまって、血が噴き出るように涙が出るのだろうと思う。“パブロフの犬”的な条件反射に近いのかも。


亡くなったその瞬間や、お通夜やお葬式では、わたしは泣かなかった。
それまでに味わったことのない衝撃に、心が安全停止をしたというのもあるだろう。
しかし、いちばんの理由は、田村少年と同じく、母親が死んだという現実を受け入れられなかったんだと思う。死ぬということと、(一時的に)いなくなることの差が分からなかった。さすがにそれなりに大人の年齢だったから、頭では、もう二度と帰ってこないと分かっていたけれど、感情の方では「ひょっこり帰ってくるんじゃないか」という思いをどうしても拭えなかった。だから、周りのみんなが泣いていることに、違和感すら覚えたくらいだった。
それでも、葬礼会館から友人に電話したときに、何故かわたしは「親のこと、大切にしぃなあ」なんてエラソーに云ったのだが(苦笑)、その瞬間、涙がぶわっと溢れてきて、慌てて電話を切った覚えがある。


あれ以来、人が永遠に失われるということに対する免疫と恐怖がない交ぜになって、わたしの中に巣食っているという感じだ。
人はいずれ死ぬものだし、死んだらあきらめるしかないけれど、“その日”のことを思い出したり、誰かの死を想像したり、フィクションでもその場面を見てしまうと、どうしても、必要以上に感情的になってしまう。

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2008年07月14日

細切れ近況ブログ

テーマ:上京後

7月に入ってから1回も更新していないですね。。。
特別忙しいわけでもないのですが、何だかブログに割く心の余裕がなく、放置してしまいました。
今回は、いつもそういうときに使う手段、必殺・細切れ近況ブログでごまかそうと思います。ま、更新しなければそのうち誰も来なくなるって、それだけの話なんですけどね。


★バンド★

2月の記事以来、一度も書いたことがなかったですね、この話。
実は早々と脱退しているので触れられないネタなのか?と思いきや、これが意外と続いておりまして、最近は隔週ペースですが一時期は毎週のように練習に行っていたこともありました。
それまでは、年に2回くらいの飲み会でしか会わなかった面子なのに、今やプライベートで最も顔を合わせる機会の多いメンバーとなり、縁って不思議だなあとしみじみ思います。


ベースも、いちおう格好だけはつくようになったかと。
「えーと、まず“ド”が3フレット3弦だから…」なんていちいち探していたことからすれば、だいぶ進歩しました(笑)。
しかし、一朝一夕に上手くはなれないのが楽器というもの(子どもにピアノを習わせる理由として、一歩一歩の積み重ねが大切だということを教える意義があるのだそうな)。相変わらずベースに関しては2軍なので、キーボードに転向しました。
8年のピアノキャリア(笑)を買われたかどうかは分かりませんが、中途半端に歌ったりするよりはちゃんと定職についた方がいいんじゃないか?ってことで(違うか)、空席になっているキーボードを自ら買って出たわけです。常に隙間産業狙いの姑息な女、それがわたしです(苦笑)。


しかし、なまじ“ピアノをやっていた”という実績…いや、もはやただの記憶ですが、それに縛られてしまって、素直に上達できません。
「こんなはずじゃないのに…昔はもっと上手く弾けたはずなのに…」という思いがどうしても先行してしまうのです。
ベースは完全に初心者だから、下手で当然という前提で練習できるのですが、8年もやってたのに(15年も前だけどねー)このザマかよ!と自分にイライラする(笑)。
ま、今や『エリーゼのために』すらまともに弾けるかどうか怪しいくらいの腕なので、もう初心者と割りきった方がいいのかも知れませんが…。
また、ピアノとキーボードって、似ているようで違うし、違うようで似ていて、戸惑ってしまうのです。
バッキングに徹するのか、もっとガンガン弾くのか、要所要所でうまく味付け的に入れるのか、その辺の見極めが難しいし、あとは、譜面なしで耳コピするのが、ベース以上にきつい。しかも、ギターやベースはネット上にいくらでもTAB譜が落ちているけど、キーボードは全然ないんだよねえ。
多分、本当に弾ける人は、ピアノでもキーボードでもきちんと応用が利くんでしょうけどね。


でも、究極の(?)理想を云えば、地鳴りみたいなゴリゴリの低音ベースを弾けるようになりたいです。ブリブリのロリータな格好で。ゴリゴリ&ブリブリです(略してゴキブリ)。


★チャリ通★

と『ファミ通』って似てますね。
それはさておき、先月、梅雨の真っ只中に自転車を購入したことはちらっと書きました。
買った翌日に土砂降りの雨という絶妙なタイミングに見舞われたわたくしでしたが、その後は雨天の日も少なくなり、ここぞとばかりに自転車を漕ぎまくり、ついには通勤にも導入し始めました(毎日ではないですが)。


よほど意識しないと運動なんてやらない生活なので、自転車通勤は、定期代を浮かすとかよりは健康面のメリット重視です。都内は坂が多いから、脚力も鍛えられそうですし。
あと、都会の真ん中をチャリンコですいすい走るのって、ちょっとした優越感があったりして。なんて云うか、人力でどこへでも行けるんだぜ!みたいな、くだらないプライドなんですが(笑)。
でもさすがに浅草は遠かったけどね~;


通勤はいつも、明治通りを走ることが多いのですが、今日初めて、転倒という憂き目に遭ってしまいました(前から2人連れで来る歩行者をよけきれなかったの)久々に、すり傷で流血したわ。。。
通勤に限らず、都内を走る=大通りを走ることが多いので(道を知らないとどうしてもそうなるよね)、いつか大事故になるのでは…と、ちょっと不安になりました。
また、排気ガスもすごいので、健康のために乗っているはずの自転車が、かえって体を蝕むことにならないかと少し心配です。あと日焼けもね…。


★エノアール★

もうずいぶん長く、「エノアール」には行っていませんでした。
会社から歩いて行ける距離にありながらも、昼休みは同僚とご飯を食べに行くことが習慣化しており、なかなか足を延ばす機会もありません。
主催者の小川さんからは、一斉メールで「エノアール」関連のイベント情報が、時たま送られてきて、それだけがかろうじてエノアールとわたしをつなぐ細い糸。
花見や将棋大会、展覧会などいろいろなことが行われているのですが、それもことごとく、行きそびれておりました。


そんなある日、「渋谷サミットG∞開催のお知らせ」というメールが来ていました。
簡単に主旨を説明すると「洞爺湖サミットに反対するなら、いっそのこと自分たちでサミットやった方が早くない?G8の奴らが勝手にサミットやるんなら、自分たちも渋谷でサミットやればいいんじゃない?」てなことで、渋谷の路上を移動しながら、しゃべったり、キャンプしたりして、開かれたサミットを行おうといった企画です。
わたくしの職場は渋谷近辺ですので、もしかすると、久々に参加できるイベントなんじゃないか?と思い、仕事が終わってからひっそり行ってみました。
移動式のサミットなので、そのときの場所は渋谷の某公園でした。もう時間もそこそこ遅かったのですが、30人くらいが集まって、実際に洞爺湖サミットでデモに参加した人の話を中心に、集まった人たちが思い思いに意見を述べていました。
その“手づくり”な感じのする集会は、今のわたしの日常にはまるで存在していないもので、わたしはそういう場で云うべきどんな意見をも持ち合わせていないことに気づき、はっとしました。そして、ただ黙ってことの成り行きを傍観していました。


終電に間に合わなそうなので、途中で席(?)を立って帰ってしまったのですが、その帰り方には、その場にも違和感を与えたかも知れないし、自分でもしっくり来ない感じがしました。
例えば小川さんやいちむらさんたちは、終電とかそういうことには縛られていなくて、夜とか昼という意識も多分そんなになくて、どんな路上にも座ることができる人たちなのです。
それに引き換えわたしは、汚したらクリーニングに出さなきゃいけないパニエなんか着て、可愛いけれど足が痛くなるようなヒールの靴を履いて、明日は仕事だから終電に急がなきゃいけなくて。わたしは何と多くの事柄で、自分を縛っている人間なのでしょうか。
しかも、あの場で話されていたようなことが、わたしの日常から遠い問題となってしまっていることがショックでした。大体今回の洞爺湖サミットだって、行われることが当たり前の年中行事みたいな感覚しかなく、と云うか、勝手に行われている自分とは大してカンケーないものでしかなかったのです。
表現とは何か、運動とは何か、権力とは、経済とは、環境とはetc……そういうことを、わたしは何ひとつ考えずに生きてはいないか?何の問題意識も持たずに、世のシステムに盲目的に従いすぎているのではないか?何も考えられないほどに脳みそが、アイスクリームみたいに溶解しているんじゃないのか?
帰りの終電で、さまざまな苦い疑問が浮かんでは消えていきました。


エノアール(及びその周辺の世界)は、わたしにとって、小さなパンドラの箱のような存在かも知れません。
多分、それを開けると、“フツーのOLとして生活しているわたし”というものを根底から揺るがす何かがあるような気がして、だからなかなか足を運べないのかも知れない。
でも、そうした“価値観の揺らぎ”を恐れていてはダメなのだと思う。わたしはごく普通の人間だけど、ときどきは“普通”って何なのか?と疑った方がいいのだと思う。
この夏の間には、きっとお茶を飲みに行こう。


物を増やすことの功罪、というのを最近よく考えます。
日々出るゴミを見るにつけ、部屋に転がっている何かにつまづいてコケそうになるたび、鞄に入りきらないものをショップバッグに入れて持ち歩いたあげくどこかに置き忘れて来ることがあると、「何なんだ!持っていなければこんな憤りを感じることもないのに!」と苛立たしくなるのです。
そのわりには、バーゲンには嬉々として足を運び、着々と物を増やしている自分が、我ながらどうにも理解に苦しみます。まあ今期は、「安いから」という理由だけでは買わないように心がけていますが…。『DMC』のクラウザーさんのように引き裂かれた自己です(?)。


「コンビニに入って何か買おうとして、すごく心理的な抵抗感あり。この2日間の、タイム感とか持続する空気感などで、むしろ、いままで普通だった行動が、違和感のある行為になっていた。サミット中も、物を買うことに、違和感を感じた。ひどくそれが、つまんないことに思えた」
(小川さんのコメント)


★本当は★

そんなことがありつつ、本当にやんなきゃいけないことはどうなってんのよ?って自問自答してみると、ただただ生活に追われているかもなぁ。
仕事はそれなりに順調だけど(いち会社人としては、ってことね)、それは横に置いといて、“必ず欲しいもの”を例えば3つに絞ったとしたら、その肝心の3つにわたしは近づけているのか?と。
つい目の前の娯楽に引っ張られてしまう、その繰り返しをやめたい。
とか云いながら今日もまた、ミルクのバーゲンでワンピースを1着、買ってしまった。。。


……あれっ、けっこう長くなりましたねー。。。失礼いたしました;

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