2008年04月30日

3月のかわいいものBEST3

テーマ:かわいいもの

だんだんと馬鹿馬鹿しくなって、更新が遅れがちなこのコーナーですが…ルーティン的に。


3月は、買い物狂にとって、魔の月と云えましょう。
黒やグレー、紺などがメインの冬服が店内から一掃され、途端にパステルカラーや原色が並ぶあのさまは、まさに春の訪れ。
俳句の季語に加えてもいいほど、季節感のある光景です。
その目も綾なる変化に、抗える乙女がいるでしょうか?否!否なのです!!


【第1位】
エミキュの春服あれこれ


春はあけぼの、と記した清少納言に倣って、わたくしもこう云いましょう、「春はエミキュ」。
ジェーン・マープルもミルクも勿論素敵だけど、春物に関してはエミキュが頭ひとつ抜きん出ているという感じがします。
ただでさえキラキラした店内が、春になると完全にお花畑状態。白やピンクは通年ありますが、レモンイエロー、ミントグリーン、サックスブルーといった春ならではの明るくてやわらかな色がバンバン登場して、んもう店ごと買い占めたくなります。
また、モチーフも、お花にスイーツ、遊園地、宝石、人形…と乙女のツボをくすぐるものだらけ。ヤバすぎです。


てことで、手始めに買いましたのが、こちら。


emily-Tshirts&skirt


Tシャツのモチーフは、ラッピングされたマカロンです。
Tシャツになれば、スイーツ柄もわりと普通に着られますよね。
そして、スカートはピンクの5段?6段フリル。フリル大爆発。お前はバレリーナなのか!?でも春だからこれくらいフリフリでちょうどよいのはないかと思います☆


emily-neckress(rose)


ついでにこれも買っちゃった。アクリルのバラです。ひと目惚れでした。


emily-novelty


さらに、2万6千円以上お買い上げするともらえるノヴェルティも、しっかりいただきました。
時計とブレスレッド。所詮おまけなので、つくりはおもちゃみたいですが、時計は意外と活躍しています。


【第2位】
ナイルパーチのボーダーTシャツ


nile-cat-Tshrits


初登場のナイルパーチ。これまた原宿にある、ちょっと変わったお店です。
ロリータというわけではないんですが、フリルやレース、バービーやケアベアといった乙女好みなモチーフのお洋服が満載。
しかし、さすがに10代、甘く見積もっても20代前半までしか似合わなそうなポップさなので、アイテム選びには注意を要します。
で、とりあえずおとなしめのものを…と買ったのがこのロンT。


“プリント付きボーダーT”って考えれば、まあ普通だと思うんですよ。
しかも、上に黒いジャケットとか羽織れば、このブリブリさ加減といい具合に調和するんじゃないかって、思ってたんですよね。
ところが、仕事場にこれを着て行ったところ、予想外に弄られてしまいまして…。
まあ、服装に関してあれこれ云われることにはとっくに慣れたのですが、このTシャツは、どうやらわたしの認識をはるかに超えたインパクトがあるらしく、「すごいね、これ」「こんなの君しか着れないよね」と、とても誉め言葉とは思えないコメント続出。
果ては、黄色のハート型のヘアピンを付けていることに着目され(いちおう、ネコ周りのフリルとおそろいにしていたのよ)、「このヘアピンを押したら、このネコ鳴くんでしょ?」などと無茶ぶりされて、アドリブにめちゃくちゃ弱いわたしはしどろもどろに……そんな、いきなり鳴けるかいっ!しかもこのフリだったら、ただのネコの鳴き真似じゃ許されないでしょ。せめて猫ひろしの物真似くらいしないと…。


どんなにフリフリの服を着て哂われても、大概は動じなくなったわたくしですが(苦笑)、このTシャツだけは、あれ以来会社に着て行っていません…。かわいいんだけどなぁ(涙)。


【第3位】
ジェーン・マープル&ハートEの靴下


jane-socks


heartE-socks


春になってから急に“靴下熱”が湧いてしまい、4月に入ってからも着々と(ブリブリの)靴下が増殖しております。
バンドの練習に行くと、スタジオのドアを開けた途端、まずは靴下に注目されるようになりました。そのため、同じ柄の靴下を二度履くのが、何やら敗北のようにさえ思える昨今です。


膝上のミニスカートを履く以上、膝下の処理をどうするかというのは、かなり重要な命題です。
夏は素足でもいいのでしょうが(いや、そろそろ歳を考えた方がいいと思うが…)、この時期はさすがに寒いのでムリ。
となると、パンストか靴下を履くしかないのですが、わたしはパンストが大嫌い。まず、下半身を全部覆う圧迫感がダメだし、あの肉色具合にも購買意欲をそそられません(黒や柄物、カラーのタイツは、100歩譲ってOK)。


そこで靴下なのです。
ハイソックスは足が短く見えるので出来れば避けたく、理想はやはりオーバーニーです。
太ももが太いので、入り口が肉に食い込むのがいただけませんが、膝下を長く見せる=足長効果は抜群。日本短足協会副理事のわたしが、長年研究を重ねた結果申し上げるのですから、間違いございません。
しかも、柄で遊べるので、洋服を変えずとも靴下をちこっと変えるだけで、違う雰囲気を作り出せるというメリットもあります。


というわけで、前置きが長くなりましたが(前置きやったんかい!)、3月に買った靴下ちゃんです。
ハート柄はジェーン・マープル、トランプ柄はハートE(ロリ系ブランド)。
ハート柄の方は、本当はトリコロールが欲しかったのですが、売り切れだったのでこの色に。服に合わせるのがヒジョーに難しい配色なので、なかなか頻繁に活躍できないのが悩みです。
トランプ柄も単体で見るとインパクトがありますが、真っ赤や真っ黒の無地のワンピースなんぞに合わせれば、けっこうしっくり馴染みます。
今後も、素敵靴下をストイックに(?)探求していく所存でございます。

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2008年04月23日

そんなこともあるんかい

テーマ:上京後

先日、同僚たちと「浅草花月」にお笑いを観に行ってきました。
誰やねん?な若手から超ベテランまで、とりどりな、ある意味かなりバラつきのある内容でしたが、ひさびさに見る生のお笑いは楽しく、やっぱりライブはええの~と堪能した次第です。


…しかし、そんなことくらいなら、わざわざブログに書くほどでもありません。
本題はここから。


花月の劇場に入る前、エレベーターの中で、われわれは浅草花月のポスターを見ながら、あーでもないこーでもないとおしゃべりしていました。花月のポスターは、出演する芸人さんすべての宣材写真が、有名どころからマニアック芸人までモザイクのように細かく掲載されているのです。
そんな中、明らかにふざけた仮装で異彩を放っている芸人さんが、2組ほどおりました。お笑いにむちゃくちゃ詳しい大阪人の同僚その1も、それなりに詳しいわたしも、見たことのない人です。
「何これ~!こんな人いるの~?」と、あまりお笑いに詳しくない方の同僚その2。しかも、今日のプログラムを見ると、2組とも出演するらしいではないですか。


舞台が始まって間もなく、そのうちの1組、ピン芸人の方が登場しました。
先ほど見たポスターの写真どおりの出で立ち=白塗りの平安貴族、を見た瞬間、わたしは思わず噴いてしまいました。
こんな子供だましのビジュアルで笑っていては大阪人としてどうなのか…と懸念しつつも、いったんスイッチが入ってしまうと笑いが止まらない病気なので、ネタが始まってからも、ほとんどネタとカンケーなく1人でしつこく笑っておりました。


さて…ようやくそれも落ち着いて、ネタを見ているうちに、わたしの心にはある疑惑が芽生えてきました。
それは、ほとんど直感のようなものでしたので、普通に考えればそんなはずはありません。
何でそんなことがよぎったのかと、自分でも不思議に思いつつ、その日は劇場を後にしました。


翌日の夜、わたしはふと思い出して、ネットでその芸人さんについて調べてみました。


…したら。
わたしの疑惑がビンゴだったことが判明。


何と彼は、高校のクラスメートだったのです。
大阪府立某高校3年2組の。


うっそーーーーー!?!?
卒業以来、一度も会ったことがないけれど、まさか、まさかまさかまさか、芸人になっていたとは……。
こう見えても(?)わが母校は学区内トップの進学校で、入学したら全員、目指すは旧帝大or有名私大というような高校だったのです。
それが、いったい何をまかり間違って、そこの卒業生が「浅草花月」の舞台に立っているのでせうか…しかも、ロザンみたいに高学歴をウリにしているならまだしも、こんな変なビジュアル(笑)で…。そもそも彼って、そんなキャラの人だったっけ???
まあ、わたしだってそんな学校を出ていながら、3年半も海外でふらふらしていたわけですし、今も親交のある別のクラスメートは未だにプロのミュージシャン目指してバイト暮らしですけど…。
ということは、あのクラスがそもそも、変態の巣窟だったってことなのかしら?(苦笑)


しかし…人生の綾とは、何という奇妙なものでせうか。
だって、卒業して13年後、たまたま観に行ったお笑いの舞台に同級生が立っているなんて、誰も予想しえないでしょう!!!まあ、彼の方でも、クラスメートが観客にいるとは思ってもみないだろーけど…。
♪人生いろいろ~、なんて歌のフレーズが、やけにリアルに響きます。


ただ、惜しむらくは…肝心のネタが、なかなかビミョーだったんだよなあ。。。
文句なしにおもしろかったら、ブログで大々的に宣伝するんだけどさっ。
大阪人の同僚1によれば、「なんもおもろいこと云うてないやん!」「キャラ設定が甘いわっ!」とさんざんな評価でしたが、まあ、その指摘は残念ながら当た…(以下自粛)。
「エンタの神様」とかにも出てたみたいですけどねえ…伸び悩んでいそうだわあ…。


そんなわけで、ちょっと痛々しくもあったのですが(苦笑)、好きな道を選んだ人にはみんな、等しく頑張ってほしいものです☆
わたしも頑張ろうっと、あれやこれや…。

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2008年04月22日

弟の結婚式③

テーマ:上京後

式後、弟夫婦は友人たちと飲みに行き、わたしは父ちゃん+母方の祖父母&親戚たちと、2次会的な感じで焼肉を食べに行きました。
さっきたらふく食べたばっかりやんけ!と思いましたが、まあ一種の儀式のようなものなので、強制参加です。主役がいないので、特に盛り上がるわけでもなかったのですが(笑)。
それも終わると、父ちゃんは自分の兄弟の家に行きました。そちらの親戚たちとしこたま飲むつもりらしい。
わたしはそれには付いて行かず、祖父母の家でだらだらテレビを見ながら過ごしていました。
祭りの後なんてこんなもんだな…と、何とも云えぬ侘しさを覚えつつも、せっかく帰省しているので、ふと、祖父の昔の話などを聞いてみたくなりました。
昔はしゃきしゃきしていた祖父も、さすがに86歳になって、病院のお世話になることも増えました。いつまでも元気で、四国に行けば必ず待っていてくれると思っていたし、思いたいけれど、こうして祖父のことを知る機会も、あとわずかしかないかもと思ったのです。
個人的には戦時中ネタを掘り下げたかったのですが、そこはあまりうまく行きませんでした…。


祖父が眠り、酔っ払った父が帰宅してやはり即就寝した後、わたしは手紙を書くことにしました。弟と、従妹に。
わたしは、話すのが苦手な上に口も悪いので、真面目な話は文面にした方がよいのです。
まずはパソコンで下書きを練り始めるのですが、これがなかなか進みません。
普段、ブログのような駄文をしたためているせいもあり、どうしても文字や表現などに手を加えたくなってしまうのです。弟以外に見せるものでもないのに、「後世に公開されても恥ずかしくないように…」みたいなヘンな意気込みが…どこの文豪やねんオマエ(苦笑)。


しかし、わたしが弟くんに伝えたかったことは、何だかんだでひとつしかない、と思い至りました。
つまり、弟くんはわたしのたった1人の兄弟で、家族はわたしの生きる支えであり、かけがえのない存在だということ。
わたしと弟くんは、突っ込んだプライベートのことはほとんど話さないし、弟くんと2人で遊びに出かけたことすらありません。ある女友達が弟ととても仲良しで、一緒に映画を観に行ったりするのを、うらやましく思ったこともありましたっけ。
何しろ、旅に出る相談すら出来なかった、そして未だに隠している(ま、バレてるっぽいけど)弟くんですから。
でも…前々から思っていたのですが、愛と理解って、必ずしもセットではないんじゃないかって。
そりゃあ、自分が愛する人には自分を理解してほしいと思う。でも、理解してもらえないから愛情も持てないかというと、それは違うような気がするのです。
理解できなくても、愛することは出来る。
少なくともわたしにとって、家族とはそのような存在です。特に、母親が欠けてからは、より自覚的にそう思うようになりました。昔は、何を云っても理解してもらえなかったり、衝突したりで、家族のことをあんまり好きになれなかったのですけどね。
弟くんとわたしは、姉弟という結びつきでなければ、交わることすらなかった人種かも知れない。でも、弟くんがどんな人間でも、わたしは弟くんのことを大切に思っているし、これからもそうでありたいと思うのです(もちろん、父ちゃんもね)。


従妹には、元旦に取った心無い態度の弁明とお詫びを綴りました。
この結婚が、疎遠になっていた親戚同士を再び結びつけるよいきっかけになったこと、それから、うちにお嫁に来てくれてありがとう、弟くんと父ちゃんのこと、どうぞよろしく、と。
我ながらキレイごとを書きすぎなのではないかと不安になりつつも、やっと胸のつかえが取れたような気がしました。キレイごとだろうが何だろうが、今それを云わなければ、ダメだと思ったんだよ。


大阪に戻る道すがら、わたしは隙間を縫うようにして友人と飲みに行き、終電まで飲んで帰宅しました(しかもおでん屋)。
うーむ、まるで、娘を持って行かれた父親のよーな行動ですが…決してそういう意図ではなく、せっかく大阪に帰ってきたから約束したまでのことなのですよ。ええ、そうなんですってば。


帰りの電車で携帯をチェックすると、弟と従妹からメールが来ていました。
弟くんからは、手紙うんぬんよりもむしろ、わたしが10万円包んだことについての驚きが綴られておりました(わたしだって驚いたわい!)。そして文面の最後に、従妹のことを「今日付けで(名前が)●●××になりましたので、よろしく」と書いてあったのが、何やら印象的でした。
そして、従妹からは、元旦の出来事はショックだったけど手紙をもらって安心しました、との旨が。「これからは野ぎくちゃんではなくてお義姉ちゃんと呼ばせてもらわないとですね」と書いてあったので、さすがにそれはこっ恥ずかしく、今までどおりにして下さいと返信。
弟の言葉も含め、新しい家族という少々慣れない枠組みに、何ともくすぐったいものを感じたことでした。


こうして結婚式は名実ともに終了したわけですが、終わってみれば、その後はいつもと何~んも変わらないんだよねえ。少なくともわたしは、怖いくらいに通常営業。
もともとそんなに連絡を取り合う姉弟じゃないし、住処も離れているしで、従妹と家族らしくなったかと云われると、そうでもなかったりして。
でもそりゃそうだよねー。わたしが結婚したんじゃないんだし。兄弟とは云え、所詮は他人の結婚式なんてそんなものさ(笑)。
ま、無事に終わってめでたしめでたし、ってことで、予定調和的に終わります。

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2008年04月16日

弟の結婚式②

テーマ:上京後

朝、目覚まし時計よりしつこい祖父の声で、6時半に起床させられました。
何でこんなに早起きなのかと云いますと、着物を着るので頭のセットも含めあれこれ準備があるから。
友人の結婚式なら、どこぞの民族衣装あるいはブリブリのロリータで参列したいところですが、いちおう第二親等なのでそういうわけにもいきません。


叔母の車でホテルの美容室へ行くと、朝も早よから、美容室は大賑わい。土曜日なのでほかの結婚式も何件かあるみたいです。
年明けくらいからずっと、パフィーみたいな綿菓子パーマをかけるかスキンヘッドにするかくらいの激的な髪形チェンジをしたかったのをガマンして、ここまで平凡なストレートロングに甘んじてきたのも、ひとえに本日、着物を着るためです。
しかし、31歳の着物(正装の場合特に)というのはビミョーな難しさがありますね。大人っぽくしすぎると一気に老けて見えそうだし、さりとて成人式のようなキラキラした感じにすると見苦しそうだし…。


着物を着付け、メークも大急ぎで終了し、控え室に行くと親戚たちが入れ替わり立ち代わり出入りしていました。
半分くらいの親戚は気安い間柄なので、堅苦しい挨拶も照れくさいのですけど、“三十路を過ぎた姉”というわたしの存在は母親の代わりみたいな位置づけもあるのかと思い、「本日はありがとうございます」としおらしく頭を下げてみます。
何だかわらわらする中で、本日の主役である弟くんが、白いタキシード姿(爆)で現れました。
…うーん、何というかまあ…コスプレだなこりゃ…。
似合っているのか似合っていないのか判断に苦しみましたが、身長があるのでそれなりにはさまになっています。地方周りの演歌歌手か、中堅ホストといったところでしょうか。弟くんを囲む伯母たちが、心なしか取り巻きに見えます…。


そんな弟くんを取り囲む親戚たちと記念撮影大会に励んでいると、今度は花嫁である従妹が現れました。
従妹―いや、今日から義妹か―と顔を合わせるのは元旦以来です。ふわふわのウェディングドレスに身を包んだ従妹は、まあもともと持田香織似の可愛いめのビジュアルではあるのですが、まるで精巧なセルロイド人形のようでした。さすがにちょっと気後れして、伯母とともに近づいていくと、従妹は、飛び出しそうなデカい瞳をこちらに向けて「東京からわざわざ来てくれて、ありがとう。これからお世話になります」と云いました。
わたしは不覚にも、そのありきたりとも云える挨拶にほろっと来てしまい、慌てて後ろを向きました(チュートリアルの福田風)。
わたしはまだ彼女に、おめでとうも云っていないのです。そしてこのときも、つい云いそびれてしまいました。


式の前に、列席者一同の集合写真がありました。最近の結婚式事情をよく知らないので何とも云えませんが、何だかとても昭和の匂いのするイベントですな…さすがは四国。
「ここはお父様、ここはおじい様…」などと係りの人が配置していくのを見ていると、(ああ、一族なんだなあ…)と、普段はほとんど気にしたこともない血のつながりという関係性について、妙な感慨が湧いて来ます。


そしていよいよ結婚式。ホテルの併設のチャペルで執り行われました。
わたしは常日頃より、キリスト教徒でもないのにチャペル婚はありえないと思っている人間なので、やや納得いかないものを感じつつ、まあ弟とは云え他人の結婚式なので、空気を読まない発言は控えました。


リハーサルのためにチャペルへ向かうと、前方に弟くんの後ろ姿が見えました。
その、白いタキシードの大きな背中を見たとたん、わたしの脳裏には、昨日アルバムを見ていたときに父ちゃんがふと洩らした話が蘇ってきました。
それは、弟くんがまだ赤ちゃんの頃、頑張って寝返りを打とうとする弟をくん、起き上がりこぼしのように何回もこづいて転がしてたという、チョーどうでもいい話です。「いや~なんか、ポンって押したらゴロンって転がってこいつ(弟)がバタバタするのがおもしろくてな~」。
思わず、弟と2人で「虐待やんけっ!」とツッコミましたが、今この瞬間に思い出すと、それは何と微笑ましくて切ない過去の断片でありましょうか…。
ああ…弟くんは、そんなに小さかったのだ。父ちゃんが軽く突いただけで転がってしまうほどに、無力で小さい子どもだったのだね…。


しかし、いざ式になると、感慨に耽る間もそこそこに、撮影隊として独楽鼠のように動き回るわたくし。着物なんだから、もうちょっと大人しくしてればいいのに…。
だってさー、従妹の兄・つまりわたしの従兄(ああっ、ややこしい!)が張り切ってちょこまか撮影しまくってるんだもの。負けてられないじゃん?同い年だし(しかもそんなに仲良くないし)。わたしだけ済ました顔して座っているわけにはいかないのです。
でもまあそれも、下手に感慨に呑まれたくないという思いによるものだったのかも。
だって、結婚式って、どっぷり陶酔しようと思えばいくらでも出来る仕掛けになっているわけですから。だから、賛美歌を歌わされたり、ライスシャワーを撒かされたりしているベタさ加減を、遠目から観察しているくらいが、わたしみたいなひねくれ者にはちょうどいいのです。


続く披露宴は、結婚式に3重くらいに輪をかけてベタな感じで進んでいきました。
生意気にも洋装2回、和装1回と3回もお色直ししやがったのもさることながら、60余名という妙に多い列席者に、ヘンなとこだけ形式にこだわるうちの父ちゃんの希望で、わざわざ来賓まで呼んでますからね。最近の潮流とは、間違いなく逆行している感じの古典っぷりです。
来賓挨拶、新郎新婦プロフィール紹介、ウェディングケーキ入刀(さらに、ケーキを互いに食べさせ合う「ファースト・バイト」なる儀式までも!)キャンドルサービス、友人たちの歌(しかも弟と肩組んじゃったり♪)…。
そして、これらイベントがあるごとに、記者会見のごとくカメラ部隊が動き回りシャッターを切りまくります(無論、わたくしめも)。
あああっ、何て、何てベタなんだ!キングオブベタウェディング!ここまで王道すぎると、かえって新鮮な気さえしてくるぞっ!
ちなみに、プロフィール紹介の中で、「おふたりは共通のご友人の紹介で知り合われ…」という一節が。
「ちょっとお父さん、あれはいったい…?」
「いや、来賓の先生とかにあんまり知られん方がいいかと…(汗)」
何を今さら、どんな見栄なわけ?!と呆れ返ってしまいました。


そして、キングオブベタの大トリとも云うべき、新婦の手紙→新郎挨拶→新郎の父挨拶というイベントがやって来ました。
新婦母&父・新郎父という並びで、普通なら父ちゃんの隣に並ぶべき人間はわたしではないのですが、母親の代わりにそこに立たされました。
弟くんの挨拶、まともな話が出来るんかいなと思いつつ聞いていると、奴は神妙な顔つきで、こう云いやがりました。
「まず、今はここにいないけど、お母さん。産んでくれてありがとう」
おーまーえーーー!!!どんだけベタな男なんじゃあ!!!今どき三文ドラマでもそんなこと云わへんぞっ!?しかも、伯父がすかさず横から、オカンの写真を弟くんに手渡しとるっ!(笑)
しかしわたくしときたら、そこで不覚にもちょっと心の汗…いや、鼻水を垂らしてしまいました。

母親を亡くしたときの感情を、わたしと弟くんは今まで共有し合ったことがなかったのだけど、そのひと言でふと、病院の非常階段で無言のまま2人で並んでいた、あの瞬間に引き戻されたような気がしたのさ。そして、弟くんは弟くんで、いろんなことを考え、人知れず消化していたんだろうなあ…と思ったりして。
「お父さん、いつもオレの味方でいてくれてありがとう…(中略)。それからねえちゃん。いつもオレを可愛がってくれてありがとう。ねえちゃんはオレの自慢です」。
……何やねん、ほんまに。ベタな奴っちゃのー。お前のことなんか、可愛がった記憶も無いっちゅうねん。むしろいじめてたし(←こら)。
でも、なんか…ちょっと。感動してしまった。わたしもベタな奴っちゃ。けっ。


そんな弟くんの後で、いよいよ父ちゃんの挨拶に移りましたが、残念ながらあまり泣き所のないフツーの挨拶でした。。。
さらに、そんなクライマックスな雰囲気の中で、新婦の甥っ子(5歳)が、
「にゃ~、にゃ~(←猫の鳴き真似)」
「じいちゃん、じいちゃーん\(^^)/(←手を振っている)」
などと、思いっきり空気をぶち壊す行動に出、じいちゃん(新婦の父)も、せっかく娘の手紙で涙しているそばから「こらっ、黙っとけっ」と小声で注意せねばならぬありさまは、人生の滑稽さといふものを目の当たりにした感じです。


そんなこんなで、披露宴は無事終了しました(長げー)。でもまだつづくのよ♪

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2008年04月15日

ご報告

テーマ:上京後

結婚式の話の続きの前に…。


アルファポリスの旅行記大賞が、本日発表されました。
ポイントが及ばなかった時点で終わった話と、誰もが思っていたでしょ?
ところがわたし自身は、「まだ大賞が残ってる…もしかしたらということもあるかも…」って、ほんのわずかながら、卑しく希望を抱いていたんですよねえ(笑)。セコくてしつこい性格と、歪んだプライドの持ち主なもので。


で、起床時からすでに若干緊張を抱きつつ(←卑しい)、フタを開けてみました。


アルファポリス・旅行記大賞発表
http://www.alphapolis.co.jp/citi_cont_prize/prize_kekka2008_4.php


読んでみると、箸にも棒にも引っかからなかったわけじゃないみたいだけど、ま、結局のところ何の結果も出せなかったことは厳然たる事実。
万年2位(或いは3位)。振り返ってみれば、いつも、何やっても1位になれない人生だったわ。賞与がもらえない、記録を残せない人生と云うか(笑)、何ごとも、どっか中途半端なんだよねえ。怠け者だから。自分に甘いから。
まあしかし、こんなことで人生を嘆く必要もないので、またコツコツと書き続けます。結局は、自己満足なのだし。


応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。大賞&読者賞作品じゃないと、投票しても1万円当たらないんですよね…すみません。
これからもHP&ブログともども、精進いたしますのでよろしくお願いいたします。

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2008年04月11日

弟の結婚式①

テーマ:上京後

正月早々、ごく狭い範囲で話題になったわが弟の突然の結婚宣言。
あれだけギャーギャー騒いだわりには、その後、弟くんの結婚に大して特に何を思うでもなく、と云うかむしろその件は頭からきれいサッパリ拭い去られていました。忘れすぎて、日程についても、4月の頭くらいというくらいにしか把握しておらず、3月も末になるまで正式な日取りを知りませんでした。連絡ないけどどうなってんのかいな…と心配になって実家に電話したら、父ちゃんも父ちゃんで、「あれ?もう知ってると思ってたけど?」などと超テキトー。


そんなわけで、結婚式のために休みを取ることも怠っていたわたくしでした。
式は土曜日の午前中開始で、ちょうど仕事の締め切り前だったこともあって「じゃ、金曜発土曜朝着の夜行バスで帰るわ」と云ったら、父ちゃんに「弟の結婚式に、そんなギリギリで到着するとはどういう了見なんじゃい!」と叱責されまして、仕方なく金曜日に休みを取りました。
まあ、仕方なくっていうのは“仕事的に”ってことで、会社を休めることじたいはうれしいのでいいんですけども(笑)。


休みの前日は当然仕事が凝縮されるので、帰宅も12時と遅くなり、帰省の準備をして床についたのは夜中の3時。
明らかに寝不足のまま8時に起床し、準備の続きをしてから9時に慌てて家を出ました。
まだラッシュの残滓がそこここにある時間帯、最寄り駅から羽田空港までは4回も電車を乗り換えねばならず(しかもチャージをしそびれたために何回も切符を買いなおし)、重い荷物を持って移動していると、軽く殺意すら芽生えてきます(←怖えよ)。
何ゆえここまで苦労(?)してわざわざ四国まで出向き、他人の結婚式に出席せねばならないのか、しかも莫大な金を持参し、頭を下げて会社を休み業務の尻拭いをお願いして…などと考え始めると止め処なく、そんなふうな思考がしぜんと駆け巡る己の人間性って、マジでどうなのよ?と思います。


しかし、浜松町で東京モノレールに乗り換えると、ようやく人心地がついてきました。
空港に向かう電車から見る風景は、大阪でも東京でも、共通した何かを感じます。風景そのものは荒野のように愛想のないものですが、何故だか妙に好ましく、電車はどこか明るい場所に向かって走っていくような気がするのです。


小1時間のフライトののち、伊丹空港に着くと、車で父ちゃんと弟くんが迎えに来ていました。
家には帰らず、このまま四国へ向かうのです。それならわたしは直接四国に飛べばよかったのでは?と思うのですが、まあ家族3人で四国に帰るのもこれが最後なのでよしとすべきでしょうか。
弟くんに、開口一番「どおですか、独身最後の気分は?」と云うと、「まあ…ねえ…」とまったく的を射ない返答。あんまり突っ込むのもめんどくさいので、ベースの話や映画業界のウラ話に終始することにしました。運転する父ちゃんも、「確実にヅラな芸能人は誰か?」といった話になるとたまに食いついてきます。
いつもの帰省と、何も変わらない車内の光景でした。


そしてこれまたいつものように、淡路島のインターで休憩。
ここは昨年末、弟から突如結婚の報告を受けた曰くの地でもあるわけですが(苦笑)、まあそんなことは口には出さずに、和やかに昼食を取ることにしました。
父ちゃんと弟くんが並んで玉ねぎラーメンをすすっている姿が妙に感慨深く、思わず写真を撮るわたし。何やねん急に、と苦笑しつつも、どうせやったら明石海峡大橋をバックにみんなで写真撮るか、と父ちゃん。
「完全に恥ずかしい観光客やな」と弟は苦笑しておりましたが(確かに。しかもいい歳した大人ばっかり)、まあ、今日くらいはいいんじゃないでしょうか。


夕方になる前に、四国の祖父母(母方)の家に到着しました。
わたしと父ちゃんが小1時間ほど仮眠を取っている間に、弟が別室で祖父母と話し込んでいるので、珍しいなあと思っていたら、昔のアルバムを見ていました。
そこには、まだ若くダンディだった頃の祖父や、ひなぎくのように楚々とした祖母や、わたしの記憶にもある若き日の伯父や叔母たち、それに母の写真が並んでおり、しばし昔の話題に花が咲きました。
そんな中、わたしたち家族の写真も出てきて、これがまあ、恥ずかしさ満開の過去のオンパレード。
まず驚いたのは、子供時代のわたしと弟がそっくりなこと。と云うのも、弟は昔からナゼか巷で「男前」として扱われており、まあ実際なかなかの見た目ではあるのですが(自慢)、それに対してわたくしは、基本同じつくりなのに「可愛い」「美人」といった形容詞を戴くことは一度もなく、むしろ「ブスの姉、美男の弟」みたいなイメージで見られてきたのです(怒)。
しかし、昔の写真を見たら…どこが男前やねんっ!
しかも、中学生時の写真など、だっさいアロハシャツにややケミーなGジャンを羽おり、さらに白いジーンズ(爆)をはいてイキっているのです。ぶははは!バカじゃねーの!でもわたしの昔の姿も思いっきりブスだったので、人のことは笑えません。
さらには父ちゃんの角刈り時代・パンチパーマ時代のお宝写真(笑。どこがお宝やねん)も出てきて、一同爆笑。パンチパーマの後遺症で髪が極少になっている現在の父の頭部と見較べると、おかしさ倍増です。


デジカメが主流になってからは、わざわざ写真をプリントする機会も減り、こうしてアルバムに過去を閉じることも少なくなりましたが、きちんとプリントされた写真って、こういうときに意外な威力を発揮するものなんですね。
しかし、急にこんなアルバムを祖父母に頼んで引っ張り出してくるなんて、弟も感傷的になっているのでしょうか。或いは、そのベタな行動ぶりは、演出部勤務ゆえのこしゃくな計算なのでしょうか。


その後家族3人で、県下一の繁華街(笑)へ夕食に出かけました。金曜日の晩というのに、レストラン街がまるでにぎわっておらず、入ったお店も客はわれわれ3人だけというのが、田舎のわびしさを顕著に物語っていてちょっと哀しくなりましたが、まあ最後の晩餐にはふさわしい静けさと云えるかも知れません。
弟くんは、「独身最後の日なので誰にも煩わされずに1人で迎えたい」などという実に生意気な動機から、明日の会場であるホテルの上にシングルの部屋を取っておりました。
「じゃ、また明日」と、愛想もなく1人ホテルに消えていく弟の背中は、別に何も語ってはいませんでしたが、居るべき人間が1人いない帰り道は、妙にしっくりこなくて、何とも不思議な心持になるのでした。普段は家族らしいことなんて、何もしていないのにね(笑)。

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2008年04月10日

時代の流れには勝てず…

テーマ:上京後

昨日、帰宅していつものように即行テレビを点けましたら(寂しい独女の悪習慣)、
「くいだおれ閉店」
というニュースが目に飛び込んできて、思わず釘付けに。
(最近ニュースの話が続いてますな)。


「くいだおれ人形」の引き受け手求む-「くいだおれ」閉店で会見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080409-00000002-hsk_nb-l27


先日、まりっぺさんのブログで戸塚市場の閉鎖 の話を読み、思わず仕事中に涙を流しそうになったところでしたが、まさかわが大阪のくいだおれまでも閉店になってしまうとは…。残念な気持ちでいっぱいです。


とか云うわりには、わたしは記憶にあるなかでは「くいだおれ」には1回しか行ったことがなく(幼少の頃に連れて行ってもらったことはあるかも知れませんが)、しかもそれは29歳になってからでした。さらに云うなら人のおごりでした。
しかし、「くいだおれ」と「くいだおれ人形」の前は何度も通っています。そこにあるのが当たり前すぎて、特に気にも留めないような存在でした。
もちろん、遠方から来た友人を案内して記念撮影することなどはありました。大阪は観光資源が極少なので、とりあえずビギナーを連れて行くのは道頓堀(そして通天閣)なのです。こんなジャンクな観光スポットしかないところが、大阪のイケてなさであり、愛すべきところです。


「時代の流れには勝てず…」
記者会見で社長がそのような言葉を云っていました。
わたしは、この言葉を聞くと、本当にやるせない気持ちになります。
「くいだおれ」は、和洋中なんでも食べられる、今のファミレスの走りのようなお店で、昔の映像を見ると、1949年オープンの際には「味のデパート」という微笑ましいコピーの垂れ幕が。当時はかなり画期的な存在だったのだと思います。
90年代まではけっこう繁盛していたみたいなんですが、やっぱり時代遅れな存在になりつつあったのは否めません。かく云うわたしだって、ミナミで遊んでいても「くいだおれ」でごはんを食べようという選択肢は頭になかったですし…。
そういう「昔はよかったけど今は…」という、時代の波に置いて行かれる存在を見るにつけ、時間というものの非情さを痛感します。結局のところ、すべての存在は滅びに向かって進んでいるのだなあ、と、ちょっと絶望的な気持ちにすらなります。そして、自分もいずれは、時代の波に取り残される“遺物”になっていくのかと…。


しかし、今は時代・時間のスピードは、不自然なほどに速くて、「何もそんなに速く廻さなくても…」って、いったい誰がこんなに速さを求めているんだろうって思うんですけどね。
古いものをどんどん壊し、新しいもので埋め尽くす街づくりをしなければ、経済は廻らないのかも知れません。でも、心斎橋そごうの中に「昔の街並」をわざわざ再現するくらいなら、今あるものを大切にすればいいのに。


うちの地元の商店街も、帰省するたびに店が潰れて、新しい店になったり、空き店舗のままになったりしています。
昔よく行っていた本屋や文房具屋、おばちゃん向け洋品店、建物自体がアンティークでずっと中が気になっていた時計屋…やはり、今の時代に合わなそうな、その分味のあるお店たちは、すべてなくなりました。その代わりに入るのは、だいたいがチェーン店系。素敵カフェでもつくってくれれば地元に帰るテンションも少し上がるのですが…。
そんな中、何故か傘専門店の「かさかめ」だけは健在で、父ちゃんとそこを通るたびに「かさかめ」のすごさについてしばし話題になります。
あと、駅前のピンク店数店も、わたしが幼少の頃より未だ健在です。さすがはN市。


いずれにしても、この世は栄枯盛衰。変化しないものなんて、存在しないのだろうけれど。
それでもやっぱり、消えゆくものは哀しいですね(女将さんの笑顔がとても印象的でした)。そして、そうは思いながらも、つい便利で新しいものに食いついてしまう自分も…。
社長は「閉店までの3ヶ月を精一杯盛り上げたい」と話していましたっけ。心配しなくてもかなり客足があるのではないかと思いますが、わたしもGWにはぜひ、「くいだおれ」で食い倒れたいと思います。
(記事をあれこれ読んでいると、「くいだおれ」ってもともとは“伝統的な大阪料理”を出す店だったのねー。大阪に伝統料理があったことにびっくり(笑)。食べてみたい)。

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2008年04月03日

国が変わるということ

テーマ:上京後

何だかんだ云っても、結局日本は平和だと思うのは、こういうニュースを読むときです。


<ジンバブエ>残るのは絶望だけ…豊かな農業国一変
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080402-00000047-mai-int



ジンバブエと云えば、何を隠そう、わたしが人生で初めて強盗傷害に遭った、記念すべき国♪
あれは2003年のことでしたが、その時点ですでに、ジンバブエという国はかなりヤバいことになっていました。
凄まじいインフレは、わたしが居た頃も、闇両替で100ドル替えたら1センチくらいの札束が7~8個くらいになって返って来るような状態でした(確か200ドル両替して、ずた袋みたいなのに札束ドサドサ放り込んで運んだ記憶があるわ)。
ニュースによれば、インフレの年率が100000%だとか。いったいそれがどういうことなのか、フツーの頭では理解しがたいものがあります。
現在1円=約40万ジンバブエドル。物価例は、パン1斤が1500万ジンバブエドル。意味が分かりません。あれこれニュースを探してみると、電子レンジくらいの容積の札束を抱えてレストランの支払いをしている写真がありました。もはやコントです。


そんな世紀末的様相を呈しているジンバブエも、昔はそれなりに豊かな国だったというのですから、ただただ驚くしかありません。
国というのは、そんなふうに、激変してしまうものなのかと。
『ペルセポリス』じゃないけれど、ある日突然(?)革命が起きて、未婚の男子と女子が連れ立って歩けないような世界になったりね。あのアフガニスタンだって、70年代前半(旧ソ連侵攻前)は、ミニスカートを履いた女性がカブールの街を颯爽と歩いていたという話もあります。大正~昭和~太平洋戦争あたりの日本だって、それくらいの激変に次ぐ激変だったのではないでしょうか。


国という大きな機能に、自分の人生が巻き込まれていくという経験を、わたしはまだ味わったことがありません。
いや、今だってまさにわたしは日本で日本人として生きており、わたしの人生はいろんな面で日本の体制に影響されているのだろうと思いますが、日常生活でそれを肌身に感じることは、それほど多くはないのです。
今後の人生で、そういうことも起こりうるのでしょうか。チベットみたいに、国がなくなったり…。そのときわたしは、その状況に対応できるのでしょうか。まあ、人間ってやつは案外しぶといし適応力もあるから、いずれ順応していくのだとは思いますが、そこで希望を持ってちゃんと生きられるかどうかは…。


しかし何でジンバブエがニュースになっているのかと思ったら、今月29日が大統領選だそうで。
現大統領のムガベって、もうオン年84歳なんだね。後任の人材っていないわけ?とか思っちゃうんですが…。

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2008年04月02日

テーマ:上京後

仕事で出先に向かっている電車の中で、ふと窓の外を見ると、いつの間にか満開になっている、桜。
今年の桜の見初めはそんな感じでした。


桜を見ると、1年という月日がめぐったことを実感しますね。
わたしにとっては、3月末こそが年(度)末。4月から就職した関係で、手帳もずっと4月始まりにしているし、12月末よりも、区切り感が強いのです。


振り返ってみると、今年はあんまり…多くを語れない1年のように思えます。
労働と消費。以上。みたいな。まー別に、進歩するばっかりが能じゃないとは思うんだけどさ。
3月末で辞める人の送別会で、送る言葉や旅立つ言葉を聞いていると、自分のヴィジョンの無さにちょっとビビりました。
今あること、今目の前にあることに全力を注ぐ。そういうスタンスでやって来て(一応ね。全力は注げてないけど…)、その積み重ねが自然と未来を拓くって思ってやってきたけれど、その結果が今なのなら、是とも否とも云いがたい感じ。


ま、今年はとりあえず…なしくずしの浪費をやめようあせ金も、時間も。


とりあえず、花見だけは行っときました@代々木公園
hanami

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