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2005年12月27日

えむわんのはなしなど

テーマ:帰国後

昨日(25日)は、たまたま予定のなかった友人と焼肉を食べに行きまして、結局クリスマス総合得点は70点くらいには跳ね上がったのですが、最後の最後で、ベトナム以来のナゾの奇病?に襲われ、店の座席(ソファ)で1時間以上も突っ伏して、「アカン、もうマジで死ぬかも…救急車呼んでくれ…」などと云って、友人に多大なメーワクをかけておりました。。。友人の「救急車呼んだらどんだけ金かかると思ってんの?」という冷静な意見のおかげで、思いとどまりましたが、いやーほんとヤバい苦しさだった…。


ベトナム以来と書いたんですが、前もね、家族で焼肉食べに行ったときに、同じような症状に襲われたんですよ。そのときはもっと短時間で済んだんですが…。
焼肉とアルコールっていう組み合わせがよくないのか、単に食べ過ぎて気持ち悪くなったのか…。


さて、本当はM-1のことを書きたかったんですよ。
焼肉屋でのたうち回っていたときは、とても帰宅後のM-1ビデオ鑑賞はムリかと思ったのですが、友人に引きずられながら何とか焼肉屋を出ると、油のにおいが回らなくなったおかげか、徐々に人心地がついてきました。
一時はもう、1万円払ってタクシーで帰るか?なんて話にもなっていましたが、何とか自分の足で歩いて帰ることができ、家に着いたときには、ビデオを見る元気も回復していました。友人には、「これでもし帰って何食わぬ顔してM-1観てたら怒るで!」と云われていたので、大変申し訳ないです;


今さら書くのも遅いんですが、何といったってアナタ、今年のM-1鑑賞は、わたしにとって2001年以来4年ぶりなのですよ。しかも今回は好きなコンビが出場し、大阪でなじみ深いコンビも多く、さらには島田紳助と松ちゃんも審査員に復帰…と、見ごたえ充分な要素がてんこもり。
あんまりしつこく書くと、まるで”ワタシお笑いを分かっています”的な悪臭を出してしまいそうなので、さらっとね、さらっと。


夢の話があまりにもバカバカしかったので、あえてコンビ名を書かずにいたのですが、わたしの好きなコンビっつうのは、チュートリアルです。
BBQのネタを見るのは3回目くらいなので、出来れば他のネタ見たかったですが…ああ、それも決勝に進んでくれていれば叶ったのになあぁ…結果は5位。○庄よりは上なんじゃないかと思ったんですけどね…。松ちゃんにも「おもろいな」って云われてましたし(←結局M-1で最も値打ちのある評価って、この人のこの一言なんだよね)。


BBQネタか~…と最初はちょっと萎えたんですが、結局、笑わせられましたね。徳井様のキモさ爆発キャラと(目がヤバかったね)、それに若干怯みつつも(笑)鋭くツッコむ福ちゃん。いや~素晴らしいコンビネーションですな。さすがは幼馴染。
同じネタでも、練られたものって何回見ても笑えるんだな~と思いました。「うめだ花月」で見たバッファロー吾郎のキャプつばネタも、オチとか分かっていながらやっぱり爆笑したもんなぁ。
これで全国区になったりするんでしょうか?もちろん、ファンとしてはうれしいことですが、一抹の寂しさも覚えますね…。


んで、優勝したブラマヨは、やっぱ一番面白かったですわね。
やることきっちりやってる人は、日の目を見られるんだなあってことが証明されたみたいで、ひとごとなのに、何だかすごくうれしかったです。
”関西の若手~中堅コンビでは1、2を争う実力”と、わたしが旅に出るずっと前から評されていながら、ルックスのせいか?(笑)、なかなかメジャーになれず、過小評価されている感アリアリなコンビでしたが、昨日の舞台は、見事に力で勝った!文句ナシの勝利だと思いました。紳助が最後「感動した」って云ってたけど、わたしも同感です。


あとは、オールザッツ漫才の観覧が当たれば、最高なんですけどね。まだハガキ来てないなぁ…(泣)。

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2005年12月23日

はっぴーくりすます☆

テーマ:帰国後

kaiyukan 大阪・海遊館のクリスマスツリー(※バイト帰り、一人で見に行きました)


今さらな話ですが、明日はクリスマス・イブということで、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
何と今年は三連休、しかも雪まで降りそうな雰囲気じゃないですか。カップルにとってはこの上なくウハウハな状況ですよねえ。ケッコウケッコウ。


そんなわたくしも、明日のイブは、とある年配の男性とフランス料理を食しに参りますの(はぁと)。
彼の名前はトシちゃん、小泉純一郎から髪の毛を80%くらいカットしたような細身のナイスミドルで…ってそれ、実のおとんやないかい!別にナイスでもなんでもない、普通のおっさんや!


とゆーわけで、イブの夜は、父ちゃんとご飯を食べに行くのです(涙)。
恋人、もしくは恋人候補のいい感じの男性とイブを過ごす予定がないことは、元禄時代から決まっていたのです。で、たまたま24日の晩が空いている父ちゃんに、半ば強引につきあってもらうことにしたんだよ。
「29歳のクリスマス」ってドラマが、昔あったような気がするけど、ほんと、何だこの”29歳のクリスマス”は…。
そして、食事から帰ってきたら、好きな芸人さんのラジオを聴く。なんて素敵なイブの過ごし方でせうか(涙×2)。


思い起こせばこの29年、恋人とのラブラブクリスマスなど、一切記憶にございません。
神戸のルミナリエも2回行ったけど、何故か2回とも女と一緒!わたしはレズかい?
旅の間(3年分)はともかく、思春期からこっち、毎年毎年クリスマスの時期になると、「何でキリストの生誕日にラブホが満員になっとんねんボケ!」とツッコミ、というか呪詛の言葉を吐かずにはいられない、哀れなわたくしでありました。
先日も、1つ年上の女性の友人(彼氏なし)と、「クリスマスクリスマスって、ちょっと町が浮かれすぎですよね!」などと愚痴り合っていましたが、そんなことやっているうちは、永久に”クリスマスなど関係ない人種”になってしまいそうですね…。


でもね、クリスマスは好きなんだよ。
別に、「キリスト教国でもないのに、何がクリスマスや!」とは、ちょっとは思うけど、それはどっちでもいいんです。祭り事はないよりあった方がいいじゃないですか。
クリスマスの電飾とか、デパートのディスプレーとか、キラキラしていて見ていると心が弾みますもん。テレビや雑誌、音楽シーンも賑わうしね。
もし日本にクリスマスがなかったら、冬はかなり地味~な季節になると思うのです。ただでさえ寒くてしょうがないんですから…。


ただ、カップルのためのイベントみたいな、正しいクリスマスの過ごし方の第一位が”彼(彼女)と過ごす”みたいな認識が気に入らないんですよ。
カップルじゃなかったらクリスマスに参加でけへんのかい?と思うワケですよ。
でもな…やっぱり素敵な彼と、夜景とかイルミネーションとか見に行って、あらかじめ予約してあるクリスマスディナーを食べながら、「はい、これプレゼント…」なんつってハニカミつつ渡したいというのが、本当のところです(泣)。いやほんと、そういうベタなクリスマスって、過ごしたことないんだもん…。


とは云いましても、まあ、誰もがクリスマスを享受しているワケじゃありませんからね。
飲食・店舗関係の人なんかはイブはかきいれ時だし、「イブの予定?仕事ですよ仕事!」って人も、かなりの数存在すると思います。
あれだけ町がクリスマス色で賑わっている影には、それを働いて支えている人たちがいるわけですからね。テレビとか雑誌とか広告が、必要以上にカップルクリスマスを推奨しているだけで、わたしの周りでも”恋人と過ごす”ベタな人は、そんなに多くはありません(でもいるけど)。


ま、わたしも、工場のシフトが入らなかっただけでも、よかったと思います(笑)。
妙齢の女子がクリスマスイブに、一日中ベルトコンベアーに張り付いているなんて、考えただけで悲しすぎるもん…。


ということで、みなさんもそれぞれのクリスマスを楽しんで下さいね☆

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2005年12月19日

ほんまにどういうことやねん(怒)

テーマ:帰国後

ちょっと気を抜くと、更新が滞りますね。。。


先々週から、バイトしているんです。
先週は週6で仕事に入るという、これまでのわたしからは考えられない働きぶりでございました。
やっぱ、働くと時間ってなくなるね…あと、体力も。帰ってきたらもう疲れちゃって、PC立ち上げるのもめんどいんだもの。
旅行記が完成するまでは、無職でいたい…(あと何年かかるんだ;)。


何のバイトしているのかというと、割烹と工場です。
…って、どんな組み合わせやねんな!
年末限定のバイトをしようと思ったんですよ。そんで、フリーの求人誌をあれこれ見ていて、悩んだ結果、工場のバイトに申し込むことにしたの。


その仕事は、派遣会社が間に入っていたので、次の日の朝、ミナミまで登録に行ったんですよ。
そしたらいきなり、「あのー…今日早速なんですが、夕方からの仕事があるんですけど、いかがでしょうか?」って云われて、何の仕事だと思ったら割烹の配膳だというんです。
翌日から工場で働くと思っていたわたしは、その日一日はゆっくりする気満々で、久々にミナミに出てきたからウインドウショッピングでもして帰ろう…なんて暢気に考えていたのです。
しんどいなー、やりたくねーなー…と思いましたが、数千円が欲しさに、やることにしました。


ところがねー、この派遣会社ってのがもう、ダメダメなんですよねー…。
って、ニートのわたしが云うのもおこがましいとは思うんですが、昔、ア○コとかパ○ナの派遣も行ったことあるので、それと比較するとんもう、全然なってないんだよ。
いきなりその日に仕事が入ったのはともかくとしても、肝心の工場は「工場の方のシフトがまだ分からなくて…あの、また後ほどご連絡します」っつって、それが水曜日かなんかだったんだけど、その後週末まで連絡ないんだよ?
仕方ないので、わたしの方から連絡して、やっとシフトを告げられたってわけさ。
わたしの見た求人誌って、もう1週間以上も前に配布されてるなんだけどなー…応募を予想してなかったのかよ?


しかし、そのとき告げられたのは、一週間分(先週分)のシフトのみでした。
次の週のシフトについては、またも週末になっても一切連絡がありません。
工場の方が知ってんのかな?と思って、土曜日に仕事が終わって聞いてみたら、「いや、こちらもよく分からないんですよ。○○さん(派遣会社)って、急にコロコロ変えてきたりするんで、こちらとしても把握できてなくて;」…なんつーいい加減な…。

とりあえず○○から渡されたという来週のシフト表を見せてもらい、そこにわたしの名前がないことを確認して、工場を辞してから派遣先に電話しました。が、土曜日なので誰も出ません。……。


翌日、日曜日は、友人の結婚式でした。
結婚式の最中、不意に見知らぬ電話番号からの着信が2度入りました。1回目は不在着信で、2回目分に留守電が入っていたので、式の後で聞いてみると、○○の人から「お仕事の件でお電話させていただきました。折り返し06-0000-0000にお電話下さい」とのメッセージ。
その電話番号にかけてみると、「本日の業務時間は終了しました」…って、そりゃそうだろうな。そもそも日曜なんだから。留守電にメッセージを残し、1回目の着信で残っていた携帯電話の番号が社員の人のものではないかと思い電話しましたが、出ません。
わたしに出来ることはとりあえずやりました。シフトが分からない以上、明日は行かないことに決定です。式で酒を飲み過ぎて疲れたし。。。


翌日。月曜日(今日ですね)。
昨日、留守電に「お電話いただいたようなのでご連絡しました。これを聞かれましたら折り返しお電話下さい」とメッセージを残しておいたし、急ぎであれば派遣先から朝にでも電話があるだろうと思いました。が、電話はかかってこず、わたしは昼近くまで眠りました。
昼過ぎになっても何の連絡もないので、これは一度こっちから電話をした方がよいのか?と電話したところ…。


わたしは、昨日電話があったので折り返し電話したことと、工場のシフトがまだ決まっていないことを告げました。
すると、この担当者が放ったセリフは、
「あの…今日は(工場に)行かれてますか?」


行ってるわけないやろーーーこのドアホがあーーー!!!

ていうかもう、昼過ぎとんねんぞ!!!
今の今までほったらかしといて、何を抜かしとんのじゃい!!!
こっちから連絡せーへんかったら、どうするつもりやったんじゃ!!!


…と怒鳴り散らしたい気持ちを何とか抑えて、
「今日は行ってません。何故なら、工場でシフト表を見せてもらったら、わたしの名前はどこにもなかったからです。ところで、今週わたしは工場に入るんですか?」
と云うと、
「では明日から金曜日まで入っていただきたいんですが」


…もうほんと、旅先だったらとっくにブチ切れボーダー決壊してました。
何でもっと早く云われへんのやあんさんは!?
大体、連絡が日曜日っていう時点でおかしいやろ!?
この日本でそんな仕事ぶりが許されていいのか!?


帰国して3ヶ月以上経ったとはいえ、まだまだ日本の常識に慣れていない部分もあるわたくしですので、この怒りはもしかすると、正当さを欠いているのかも知れませんが…。


今回は、キーボードを叩く手に、やたら力が入ってしまいました;
瀕死のPCをそんなに酷使しちゃダメだよ…。


ということで、明日も朝から工場に行ってきますー…。
バイト話は色々あるんですが、また一段落してから書きまする。

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2005年12月12日

授賞式

テーマ:帰国後

M-1グランプリ決勝進出者が発表されましたねえ~。
わたしの好きな芸人さんも入っていて、かなりテンション上がりました。
何せ、2001年以来の4年越しのM-1ですから!今年はM-1とオールザッツ漫才(やるのかな?)で、正しい関西人の年末を過ごしたいと思います。


さて、バイト疲れで死んでしまう前に、少々古いですが、今回は、「旅のノンフィクション大賞」授賞式の話を書きます。


”黒装束を着るか否か?それが問題だ。”
授賞式前日、東北在住の友人と電話で話していて、わたしがこのことを話すと、
「うーん…大阪ならそういうノリもありなのかも知れないけど、東北ではまず考えられないねー。しかも、○売新聞でしょ?カタいと思うよー、そういうの」
と云われ、電話を切ったあともご丁寧に、
「パペットマペットで授賞式に臨まないように」
というメールが来ていました。


父ちゃんも父ちゃんで、彼はその日から1泊2日でゴルフ旅行だったので、朝方出かけるときに、「お前、ちゃんとした格好で行けよ~」と釘を刺されてしまい、「いや~実は黒装束でね…」とはとても云えませんでした。


懊悩したあげく…わたしは、黒装束を着ることに決めました。
とは云え、小心者で姑息な性格なので、万一周囲の冷たい目に晒されたときのために、ツッコミ要員としての友人を一人、あらかじめ用意していたのです。
しかし、その友人には当日まで、何の用事かは告げず、ただ「12月4日の午後から夕方までつきあってほしーところがあるねん」と云っただけでした。いや、何かその方が楽しいかなと思って;


当日は土砂降りでした。くそっ、テンション下がるのう…。
さすがに電車で黒装束はマズイので、一応スーツを着て出かけ、会場で着替えるつもりで黒装束をかばんに忍ばせておきました。
それでも、いざ会場前まで来ても、友人に「どーしよどーしよ…やっぱスーツのままがええかなあ…」と泣きつくわたし。友人からすればヒトゴトなので、「ええやん。黒いの着たら」とさらっと云って下さいます。
そうは云うけどさあ…次々と会場に入っていく面々を見ると、誰もがごくごく普通の格好なのです。スーツか、大人しめカジュアルみたいなの。


まあでも…連れている友人からして、男なのに頭をお団子ヘアーにしているよーな奴なので、今さらわたしがスーツで改まることもあるまい…でも受付だけはスーツで済まそう。過激派と間違えられて尋問されても困るし。


ということで、何食わぬ顔で受付を済ませたあと、会場の様子をうかがいつつ、おもむろに女子トイレに駆け込み、着替えて出て来ました。
一人なら相当な勇気を要するけれども、一応外には友人が待っていてくれていると思うと、だいぶ心の余裕がありました。
ああ、しかし…激しく浮きまくっとる(よーな気がする)…。さすがに覆面はしなかったけれど、それでも充分ヘンやぞ、オレ…。味方であるはずの友達までが失笑しとるやないかい。
誰かがサリーとかアオザイを着ているとか、そういうのがあれば…いや、せめてヒッピーっぽいのとかがいれば…。


式は、わりに淡々と進んでいきました。
写真とエッセイの各佳作、高校生部門賞、各優秀賞、各大賞の順で表彰があり、その後審査員講評。
今回は、エッセイの応募は882通あったそうで、そのうち佳作が5本、優秀賞が2本、大賞が1本ということで、一応それなりの競争をくぐり抜けて選ばれたらしいです(うわ、自慢しとるな~)。


あ、ちなみに、皆さんが期待しておられた○名誠さん、○田荘子さんの出席はありませんでした。思ったよりも、かなりこじんまりした式だったのですよ。
式の中で一番印象に残っているのは、司会の女性(未知やすえを一回り小さくしたよーな風貌)が妙にハイテンションで、エッセイ大賞の女の子にインタビューを迫って女の子がビビっていたのが笑えました。


そういえば、優秀賞を取った人は、「世界一周新婚旅行の記録」 というモバイル旅行記をやっていらしたご夫婦の旦那さんでした。
サイトは知っていたのですが、会場で奥さんから「もしかして野ぎくさん?」と声をかけていただいて、「え?どちらさまですか?」と尋ね返すと、実は…というわけ。いやー、旅人の世界はやっぱ狭いっす。
でもあちらさんは優秀賞で15万円…同業者(?)としては、やっぱ悔しいですね。


さて、式のあとはさっさと着替えて退散しようかと思っていたら、審査員と受賞者との懇親会みたいなのがありました。
審査員の人(○売新聞のえらい?人と、○南大学の教授)が、満べんなく話を振っていくのですが…何かもう、悲しいくらい盛り上がらない(笑)。


そして何よりも悲しかったのは、わたしの黒装束について、一言も触れられなかったということ。
わたしだって何も、ふざけて黒装束を着ているワケではなく(いや、半分ふざけてるけど)、今回の作品の舞台がイランなので、イランの正装をしてきた、という大義名分がちゃんとあるのよ。
それくらい、旅のノンフィクションエッセイを審査する人なら、気づきそうなもんなんだけど…完全にスルーですか!!!はああ…何か「こいつ、ヘンに目立とうとしてあんなカッコして来て、寒いよな~。こういうやつ、いるんだよね毎回…」とか思われてそう…。それか、意外と普通のスーツか何かに見えてたとか??(どんな目をしとんねん)


ああ、でもよかった…友達連れて来といて。
「なんか全然反応がなかったよ~;_;」
「まあ新聞社なんてそんなもんやろ。結局は無難なものが喜ばれるんやって」
と慰めてもらいながら帰路につき、つきあってもらったお礼に、今日の賞金でしゃぶしゃぶの食べ放題をごちそうしました。帰って来てから、人におごったのなんて、これが初めてだ(泣)。


jusho 友人が撮った写真。ていうか何でこんな角度で撮るんだ;

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2005年12月11日

素晴らしき生活

テーマ:帰国後

はっきり云って、実家でのうのうと暮らしている今の生活というのは、わが人生において最高に恵まれたひとときなのではないかと思っております。
まあ、パソコンはしょっちゅう動かなくなるし、プレステもDVDも持っていないしで、家での娯楽はほぼ読書とテレビとネットサーフィンに限られてはいるものの、冷蔵庫は勝手に開けてよいし、湯船には浸かり放題だし、ネットはつなぎっぱなし…と、これまでの旅の生活からは考えられないほど恵まれまくっているのです。
これで、欲しい服や本、新しい電化製品などを買うための余分な金、そして彼氏がいれば、本当に最高としか云いようがありません。


昔は、実家というものが嫌いでした。大嫌いまではいかずとも、出来ることなら一人暮らしをしたかった。一人暮らしに、とても憧れていました。
それというのも、両親が本当にうるさく、特に夜の外出や外泊については、どんな箱入り娘なんだ?と訝しく思うくらいでした。だから、夜遊びするときは毎回、帰って来てからの落雷を覚悟して出なければいけなかったのです。
また、弟と仲の悪かったわたしは、弟の立てるさまざまな生活音(鼻をすする音など)がムカついてしょうがなく、部屋に殴り込みをかけたことも何度もありました。兄弟ゲンカお約束の”テレビのチャンネル争い”もしょっちゅうやっていました。


ところが今は、母が死に、弟が家を出て、父とわたしと時々家に来てくれる伯母との2~3人生活。
父は、母の死後から人生に対する考え方が変わったのか、しょっちゅう出歩くようになりました。週の半分以上は飲み会とゴルフとダンスで埋められ、金のないわたしより、よっぽど遊んでいます。
まあ今でも、わたしが夜遅く帰って来るとあまりいい顔はしませんが、何しろ自分が夜遊びしているのだし、わたしももういい歳だしで、昔のようにわたしが帰るまで起きて待っていたりすることはありません。


つまり、現在の実家は、「食うに困らない」+「風通しがよい」という、ある意味最強の生活環境であるわけです。
まあ、生活に張り合いがないというマイナス点はありますけど、張り合いのない生活よりも、食料とこたつのない生活の方が1000倍しんどいもんね。
ほんと、金持ちでも何でもない普通の家で暮らしててこんだけ恵まれてるんですから、そらニートもパラサイトも増えるわの~。
人間誰しも、わざわざ自分を厳しい状況に追い込みたくないでしょ?そんな人は、大志を抱いているか、マゾかのどっちかです。


だからこれでいいのだ!今がよければすべてよし!楽しくなければ人生の意味なし!VIVAキリギリス!


…と完全に開き直れない気の弱いわたしは、年末限定のド短期バイトを始めているのでした。。。♪やっぱマゾやね~ん(@たかじん)

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2005年12月10日

スピッツ☆ライブ

テーマ:帰国後

数日前からバイトしてます。ド短期ですが。
その話はまたいずれ書くとしまして…。


昨日、「どこやねんグアテマラ」 のきょきーとさんに誘われ、スピッツのライブに行って来ました。
実はライブはこれが初めてではなく、10月に上京した際にもやはりきょきーとさんと横浜のコンサートに行ってきまして(※彼女はスピッツ狂)、今回は2回目。
前回は1曲目に「空も飛べるはず」が来て、マサムネさんの歌の第一声を聴いたときは、つま先から脳天まで電気が走るような感動を覚えたものでした。


今明かされるわたくしのどーでもいい過去、それは、ファーストアルバムから9枚目(多分)の「隼」までを全部持っているスピッツファンだったということ。まあ、きょきーとさんほどの熱烈なファンではありませんでしたが、スピッツの曲は、10代の終わりから20代前半までのわたしの人生を、時々に彩ってくれたものでした。


今回の会場はZepp大阪。
場所は、大阪南港エリアということで、めちゃめちゃ寒いーーーーーっ!!!そして、家から遠い…。
東京でいうお台場みたいなもんでしょうか。デートでもなければ絶対来ないエリアです(Zepp東京もお台場だそーで)。


待ち合わせが17時15分だったんですが、会場に入れたのはそれから1時間以上後。
前半3分の2くらいは、どうにか風をしのげる所にいたものの、その後は完全吹きっさらし。ものの1分で地蔵になりました。
いや、ほんっっっとに寒いんですって!どれくらい寒いかというと、水瓶座の黄金聖闘士カミュにオーロラエクスキューションをかけられたくらいです。指とかちぎれるかと思いました。


Zepp大阪はオールスタンディング。番号が後ろの方なので、見えるんかなあと心配でしたが、どーにかこーにかマサムネさんの顔は見える位置でした。
1曲目は「ティタム・オニール」…って知らん曲です。今のアルバムの曲?
それよりも、わたしの横にいたイガ栗坊やが邪魔で邪魔で…。最初っから飛んだり跳ねたりしてるのはいいとしても、いつの間にかわたしの前に立ちふさがり、メトロノームのように揺れるので、マサムネ→イガ栗→マサムネ→イガ栗→マサムネ……って、マサムネさんの顔がこいつの頭で見え隠れして、めちゃめちゃイライラするーーーっ!!!わたしよりちっこいきょきーとさんは、もっと見えなかっただろうな…。


この会場、オールスタンディングとは云えキャパが2000人、せめて前と後ろの段差をつけるとか、傾斜にするとか、後ろの人にも優しい造りにするべきではないのかと思いました。


今回は、知っている曲が半分くらい?でした。
「ロビンソン」「チェリー」「スピカ」あたりが演奏されると、何かもう、心臓をぎゅうっとつかまれるような切ない気持ちになりますねえ。ライブ中なのに、泣けて来ますもん。例え知らない曲でも、やっぱりその”切ない”感じはあって、何だかあれこれと昔のことを思い出したりしてしまいます。

あと、スピッツのMCは、18年選手とは思えないくらい素人くさい(笑。いつもそんな感じなのだそうです)。マサムネさんはいつまでも少年のよーな風貌ですし、つくづく不思議なバンドだよなあと思います。


後半、「甘ったれクリーチャー」→「メモリーズ・カスタム」→「俺のすべて」と続く下りは一番盛り上がるところで、前も同じだったので、「来た来た来たーーー!」って感じでわたしもかなりテンション上がって、飛んだり跳ねたりしてました。こういう感じって、やっぱりライブならではでいいですよねー。


にしても、きょきーとさんは、わたしが昔ファンだったと云うのもはばかられるほどの熱狂ファンっぷり。翌日の同じZepp大阪のライブも行くというので、「明日はがらっと違う曲目なんですかね」と云うと、「まあほとんど同じやろな」。それでも、ライブだから日によって声の調子とかも違うし…って、まあそらそーなんですが、それだけで全国20本も行けませんよ、普通は。


わたしも最近、好きな芸人さんのライブのチケットを取るのに必死になったりしてましたが、彼女を見ているとまだまだ根性入ってないわ~と思います。さすがに、チケ取れなくてもヤフオクまで探したりしませんしねー。

ま、その熱狂ぶりのおかげで、わたくしも、取り難いと云われているスピッツのライブを2回も観ることが出来たんですけどね♪ありがたいことですなあ。

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2005年12月08日

齢弐拾九にしてヒッチハイクを試みるの記③

テーマ:帰国後

4時半。雨のせいもあって、外はかなり暗くなっていました。
暖かいパーキング内から動くのが、億劫になりつつあったので、これではイカンと意を決して、雨の中、再び車探しです。これで何とか大阪まで一気に行ければ…。


ここまで来ると、関西ナンバーが多くなりますが、ど・れ・に・し・よ・う・か・なっ…なんて、暢気に選んでいる場合ではありません。雨が止まんのだ!持参していたラクダ革のカバンは、水に弱いのです。早いとこ車を見つけなければ。


しかし、ここでひとつ問題が(ってほどでもないが)。
大阪まで、と一口に云っても、大阪にも東西南北、色んな場所があります。わたしが住んでいるN市は、かなり京都寄りにあるのですが、さて、いったいどの辺りで下ろしてもらうのがよいのか…。まあ、電車で帰れる範囲ならどこでもいいのだけれど、出来ればなるべく近くまで帰りたい…。


というわけで、まずは京都ナンバーのトラック、「うる星やつら」のチェリー似の運転手さんに声をかけましたが、方向違いで断られました。
うーん、普段車に乗らないから、今いちうまく地理を説明できないんだよなぁ…。


二台目は、大阪ナンバーの中型トラックです。運転手は、色の浅黒い眼鏡のおじさん(とお兄さんの中間くらいの人)。ちょっと怖そうな感じだったのと、「乗せてくれませんか」と云ったときの反応が鈍かったのとで、これは相手を間違えたか…と思いましたが、返事はOKでした。今日は何だか二台目にツキがあるみたいです。しかも、トラックに書いてある会社の住所を見れば、わたしの地元の隣の市!


運ちゃんは、長距離の専門ドライバーではなく、たまたま仕事でこっちに来ていた人でした。「いつもは設計なんだけど、今日は人の代わりに運転することになったので、運転は下手ですよ;」
普段運転しない人なので当然ですが、ヒッチハイカーを乗せたのは、これが初めて。
最初声をかけられたとき、わたしのことを男だと思ったらしい。。。確かにセクハラ対策&防寒のために、かなり女子らしくない格好(アーミージャケットに黒いズボン、ニット帽を目深にかぶっていた)ではありましたが…。


そうでなくとも、妙齢の女子がヒッチハイクをするなんてことが信じられないらしく(乗せてくれているのにね(笑))、「女の子一人でヒッチハイクなんて、よく思いついたよねえ…。何でまたやろうと思ったの?」と、宇宙人を見るような目で聞かれてしまいました。
そこでまた、例によって、わたしの旅話に持ち込んでいくワケですが(笑。困ったときの旅だのみ)、運ちゃんはひたすら感心…というより半ば呆れておりました。ますます宇宙人だと思われたっぽい…。


彼の会社が、わたしの地元の隣の市で、そこにはわたしの母校(高校)もあるので、地元ネタでしばし話ははずみました。地元ネタはやっぱ強い。場が和む(笑)。


その後、前職が雑誌の編集だったという話になり、編集の仕事はどんな感じだったかと聞かれたので、「色んな人に会えるのが楽しかったですね。旅もそうなんですけど、人に会って話すのが好きなんですよ♪」なんてテキトー(というかウソに近い…)なことを云ったために、話は意外な展開に…。


わたしが現在、旅を終えて求職中であることを話すと、
「仕事探してるなら、うちも今女の子の募集かけてるから、興味があったら面接来てみる?」とおっしゃって、名刺まで下さるではありませんか。
えええっ、そんなあなた、見ず知らずの人の車に乗っているわたしもわたしですが、見ず知らずのヒッチハイカーに自分の会社への就職を斡旋していいのかっ!?


「人に会うのが好きだって云ってたし、喋るの得意そうだし、営業なんか向いてると思うよ」
いやっ、これはヒッチハイク限定で作られたキャラなんですよ!本当のわたしは、電気も点けずに部屋で森田童子を聴いているような、暗い子なんですよ!(前半はウソ)
編集職時代は確かに色んな人に会えて面白かったけれど、基本的には新しい人に会うのは苦手なの!インタビューは好きだったけれど、毎回毎回、めちゃめちゃ緊張してたの!
営業なんて、わたしの最も苦手とする職種なの(あと接客)。本当は、営業よりも編集よりも、ベルトコンベアー作業が一番向いているの(別に好きじゃないけど)。


まあそれはともかく、この人の会社の業種というのが、これまでのわたしの職歴とまったく関係のない”和菓子の製造機械の開発”なので、ありがたいお話とは云え、すぐに飛びつくわけにもいきません。年末までのバイトとかなら即お願いしたいところですが…。


名阪国道を西にどんどん走っていき、空が完全に暗くなった頃、奈良に入りました。
一般道になったので、進み具合はぐっと遅くなりました。奈良公園、春日大社前などを通って、生駒へと向かいます。
生駒まで来れば、大阪はもう目の前。山を越えれば、わたしの住むN市までは、ものの30分もかかりません。
生駒の山道を走りながら、「この辺はバイク事故の幽霊が出るらしいよ~」なんて話をしている間に、運ちゃんの会社のある某市まで来ました。


会社近くのJR線の駅で下ろしてもらって、そこからバスで帰るつもりでしたが、「まあ、ここまで来たらついでだから」と、N市駅まで送ってもらえることに!今日はツキまくってるなーーー!


そして、19時過ぎ。わたしは無事に、地元まで帰って来ました。
「まさかここまで連れて来ていただけるなんて…何とお礼を申してよいのやら」
「いえいえ。でもね、僕がこんなことを云うのもなんだけども、ヒッチハイクはやっぱり危ないと思うから、あんまりやらない方がいいと思うよ~。僕がお父さんだったら、絶対止めてるよ
「は、はい…そーですね^^;お父さんには云いません」
「あ、就職も興味があったらぜひ。会社のHP、名刺に書いてあるから、また見てみて」
「はい、ありがとーございます;それでは、どうもありがとうございましたっ^^ゝ」


ははは、やっぱり「危ないよ」って云われてしまったか…。
そう云えば、エリさんが云ってましたっけ。
「みんな(運ちゃんたち)、『ヒッチハイクなんて危ないよお~』とか云うんだけど、そう云いながらもちゃんと乗せてくれるんだよね(笑)」。


というわけで、何かハプニングなど期待されておられた読者の方には、少々退屈だったかと思いますが、わたしにとっては、無事で帰って来られたことが一番なので、どうぞお許し下さいませ。
それにしても、初ヒッチなのに、本当に恵まれた道中でした。
何だかんだで、日本人という人たちは親切な人種なんだなーと思いましたね。まあ、一般の乗用車には声をかけなかったので、トラック運転手という人たちだけが優しいのかも知れませんが。


すっかりヒッチの味をしめてしまい、次回は九州あたり(別府温泉)にでも行こうかななどと、またよからぬ企みが沸沸と…;

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2005年12月05日

齢弐拾九にしてヒッチハイクを試みるの記②

テーマ:帰国後

足柄インターで下ろされたのは、10時30分。5分ほど椅子に座って一息ついたあと、二台目を探しに行きます。
大型トラックの駐車場をぐるぐる巡り、関西方面ナンバーに注目しつつ、運転手の人相などを見ながら物色。ヤンキー風の人は無意識に避けてしまいます(笑)。
奈良ナンバーの若い運転手に声をかけようと、トラックに寄っていくと、目が合った瞬間、手振りで断られました…ちっ。


次は、その隣の和歌山ナンバーに声をかけました。運転手は、まるっこい体型の、つぶらな瞳の(笑)おっちゃん。
「あのー、どちらまで行かれるんですか?名古屋方面へ行かれますか?」
「いや、三重や。どこ行くん?」
「実は名古屋ではなく大阪なのですが、名古屋くらいまで乗せていただければ、そこからまた車を拾って行こうかと…」
「大阪か。そうやなあ、それやったら亀山で下りてな、そこから道が二手に分かれてんねん。大阪行くのと、伊勢神宮に行くのとで。そこやったら、大阪行く車ナンボでもあるわ。君、時間ちょっと待てるか?」
「出発、遅いんですか?」
「いや、そんなことないねんけど、もう一台の車がこっちに着よるから、それと連絡が取れたらすぐ出るんやわ」
「ああ、それならぜひ待たせていただきます!」


というわけで、二台目確保!ありがとーおっちゃんっ!!!
なんや、かなり順調に進んでるやんか!!!
おっちゃんはバリバリの関西弁でノリがよさそうだし、ヒッチハイカーにも慣れていそうだし、これはまた気安い人に当たったかも?

「めし食うたか?」とおっちゃん。お、これはもしや噂に聞く「ヒッチしてたら、時々おごってくれたりするよ」というやつか?でも、さっき朝マック食ったばっかだからな…。
もう食べました、と云うと、おっちゃんは「ほな、ちょっと飯行って来るわ」と食堂へ行ったので、わたしは車に残って、文庫本を読んだりメールを書いたりしながら、30分ほど待機していました。


12時15分、足柄を出発しました。
足柄は、静岡の東の端、ここから三重の亀山までは、まだまだ長い道のりです。
おっちゃんの飯待ちのときに沈黙を補給したので、最初っから飛ばして喋り倒します。ほんとはそんなキャラじゃないんですけどね…。


何しろ長い道中なので、ランダムに話題が飛びまくりました。
わたしがアフリカを旅行していた話をすると、おっちゃんも、昔マグロ漁船で働いていて、ケープタウンにはよく行っていたそうな。まだアパルトヘイトが存在していた頃で、「完全に白人と有色人種は分けられとった。でも、あれがなくなって、治安は悪なったやろうな」と云っていました。


マグロ漁船もそうですが、このおっちゃんは、歳にしては結構”旅”とか”異文化”に親和性のある人で、家にカナダ人の女の子が数年ホームステイしていたり、10代の頃バイクで四国八十八箇所を回ったりと、旅人のわたしには、かなり取っかかりやすいネタの持ち主でした。四国のお遍路はわたしもやってみたいので、あれこれと聞いてみたり。


わたしが29歳で無職と云っても、おっちゃんは別にヘンな顔もせず、まして説教垂れたりすることもありませんでした。
それって特殊なことではないのかも知れないけど、先日東京で、道を尋ねた若い男性と少し道中をともにしていたとき、「君、パパとママに食わしてもらってんのお!?ぜーたくだねええー」と思いっきりイヤミを云われたばかりなので、一般市民に対してちょっと怯えているワケですよ(笑)。


その辺の流れから、わたしが、結婚してちゃんと落ち着いた方がいいんですかねぇ…と話を振ると、
「そうか?オレはなー、結婚せんかったらよかったと思ってるで」
「ええ?でも娘さんは可愛いでしょ?」
「そら可愛いけども、やっぱり自由は無くなるからなあ」
「確かに…どっちを取るかですよねー。家庭持ったら自由はなくなるけど、その代わり寂しくないでしょう」
「でもな、寂しいのはいずれ慣れるで。でも、いったん手放した自由を手に入れるんは難しい」


途中、どこぞのインターで休憩。もう一台のトラックと合流しました。
運転手はブラジルの日系人。昔ブラジルを旅行していたと云うと、「どこ行ったの?サンパウロ?」なんて話がつながって、旅の経験は思わぬところで役立つのねーと、しみじみうれしくなりました。
彼は温かいお茶をごちそうしてくれました。


愛知に入ってしばらくすると、急に天気が悪くなってきました。
「この辺は冬になるといつもそうや」とおっちゃん。「ここだけ天気が悪いんや」。
長島スパーランドを通過する頃には、すっかり空は雨雲で埋め尽くされ、ほどなくして強烈な雨脚が襲ってきました。


4時過ぎ、伊勢湾道の御在所インターに到着。おっちゃんとはここでお別れです。
最初は亀山ということでしたが、御在所なら店が24時間開いているというので、万一次の車が拾えなかったときのことを考えて、そっちで下ろしてもらうことにしたのです。
「ここからは、2時間もあれば充分、大阪に帰れるはずやで」
「本当にありがとうございました!いい人に当たってよかったです!」
そう挨拶して、車を降りました。


いやーしかし、ここまで4時間近く、前の1時間も足すと5時間、喋りまくったな…。
少なくとも、5時間中85パーセントは口を開いていたような気がします。
普段は、人と話すのはそんなに得意な方ではないんですが、必要に迫られれば何とかやるもんですね。かなり明るくてさばけたキャラに変身してたもん(笑)。


まだ雨は降り続いていました。
とりあえずレストランに入り、雨宿りがてら、100円のチョコレートスナックを買って小腹を満たしました。ひと休みひと休み。

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2005年12月03日

齢弐拾九にしてヒッチハイクを試みるの記①

テーマ:帰国後

昨日、ヒッチハイクで大阪に帰ってきました。


…なんてさらっと書き流しそうになりましたが、わたしにとっては、旅後の生ぬるい生活の中、久々にして唯一のプチ冒険でありましたので、あと3回くらいにわたって(長えよ)、この話を書き綴りたいと思います。

何しろ、29年生きてきて、ヒッチハイクをしたことなんて、一度もないのです。ヨルダンの死海の帰りに、何人かでやったとかそれくらいのもんで、単独はまったくの初体験。


1週間ほど上京していたことは、前に書きましたが、いざ帰る段になって、かなり懐が寂しくなっていることに気づき(ううむ、大して出歩いていないのに…日本は恐ろしい国じゃ)、4000円の夜行バス代がたいそう惜しくなってしまいました。


そこでふと思い出したのが、「世界一周デート」 のエリさんが、昔よく、東京―京都間をヒッチハイクしていたという話でした。

早速メールを送り、東京からのヒッチはどこから始めればよいのかと尋ねると、世田谷区の用賀インターから東名高速道路に乗るとのこと。
「用賀なら、家の近くだから車で送るよ」という、ありがたい申し出をいただき、前日の晩、所沢の家を出て吉田家に転がり込み、何故かもう一泊した後、いよいよ決行の朝がやって来ました(新撰組の気分)。


朝9時50分、吉田家を出発。
エリさんに送ってもらって、東名高速の一番最初の港北インターへ到着(高速代かかるのに…どうもありがとう)。「検討を祈る!」とエリさんが帰ったあと、買ってもらった朝マックセットを食べながら、わたしは武者震いしていました。


本当は、ものすごーーーーく小心者のわたくし。
ヒッチで帰る!なんて云い放ったはいいものの、内心はドッキドキ…なんてもんじゃない、もう半分死ぬ覚悟(笑)。前日は、100円ショップで防犯ベルを買ったり(いつ役立つんだそれ…)、「今生の別れになるかも知れないから、○○さんにメールを書いておこう…」などと思ったり(思っただけ。実際は書いてない)と、まあとにかく、タダ事ではなくテンションが上がっていました。


ヒッチの先輩エリさんに、車の見つけ方や声のかけ方などを事細かに聞くのですが、聞いても聞いてもまだ足りなく、冷静に考えれば、「山道に連れ込まれて犯される」などの危険率は、高速に乗っている限りはかなり低い(むしろありえない)と思うのですが、それでも不安は解消されませんでした。


ま、しかし、こういうときは考えてもしょうがない。こればっかりは、やってみないと分からないのです。


さて…車を探すか。
エリさんは、大体は大型トラックに声をかけていたとのこと。「乗用車は難しい気がするんだよねー…何となく」。
確かに、乗用車だと近距離しか走らなそうだし、空間が狭いので話さなきゃ!というプレッシャーをより感じそうだし、何よりも、トラックの方がヒッチハイカーに慣れているような気がします。
あとは、ナンバーを見る。東京だの品川だの書いているのは、関西に行かない可能性が高いので外して、西の地名―大阪とか名古屋ナンバーにあたってみる、と。


うーん、しかし色んなナンバーがあるな…いったい何を基準に選べばいいのやら…春日井ってどこだ?おわ、岩手ナンバーまであるぞ、カンケーないけど…。
最初に選んだのは、ほとんど直感というか、何も考えずに、三重ナンバーのトラックでした(中途半端な選択)。
「すみません、名古屋方面に行かれますか?」
「いや、千葉に行くんだよねー」
そ、そうか、必ずしもナンバー通りの方面に行くとは限らないよね…。


気を取り直して、次の車に声をかけます。岡山ナンバーの大型トラック。
すると、静岡の清水に行くとのこと。「下道に下りるから、その前の適当なパーキングまでなら」。

おおおっ、二台目でトラックGETだあっ!!!
こんなあっさり乗せてくれるもんなの???
距離はそれほど稼げないものの、初めての車なら、それくらいの長さが適当でしょう。
「ありがとうございますーーー!!!助かりますーーー!!!」


truck1 このトラック。


運転手は岡山県人、37歳独身のお兄さん。ヒッチハイカーを乗せるのは、わたしで2回目だそうです。
とりあえず最初は、「清水まではどのくらいかかるんですか?」とか無難な会話(笑)。昔むかし、旅先のレバノンで、友達とヒッチしたとき、助手席に座って何も話せなかったという苦い思い出が、ふとよみがえってきます。
乗せてもらったからには、何か喋んないと…って、別にそうと決まっているわけでもないんだろうけれど、わたしのCPUはフル稼働し、とにかく口を開くことに専念しました。
お兄さんは、朴訥な感じの人で、最初の方は話が途切れがちになり、かなり焦りましたが、「大阪と云えば、ボクシングの亀田三兄弟って有名だよね」というフリから、強引にオノレの世界一周話につなげ、しばし外国ネタで場を持たせました。
お兄さんは、これまで海外旅行はしたことがないとのことでしたが、「いつかシベリア鉄道に乗ってみたい」と云っていました。


あとはもう適当。金の使い道の話とか。
結婚相談所に親のすすめで登録したけど、あれはほとんどサギだよ、39万も払わされてさあ、今もローンが残ってるんだよ、大体コンピューターで相手探すなんて信用できないよ、でもやっぱりいっぺんくらいは結婚してみたいよなあ、うちの会社の人でもう3回も結婚して離婚してる人がいるんだよね、よくそれだけの機会があるよね…。


なんて話の途中に、富士山が見えました。お兄さんに云われて右側を見ると、雲がかっているもののかなり間近に富士山がそびえています。富士山まで見られるなんて、何だかトクした気分です。


港北を出て約1時間後、トラックは足柄インターに入り、わたしはここで降りることになりました。
滑り出しは上々、「経過報告してね♪」というエリさんに早速メールを送ります。

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2005年12月02日

代々木公園のオープンカフェ

テーマ:帰国後

さて、せっかく上京したからには…と、わたしは、東京に住むある人に会いに行くことにしました。


みなさんは、わたしが以前ブログで書いた、フリーペーパー『居候ライフ』の作者・小川てつオさんという人を、覚えていらっしゃるでしょうか?
その回のブログに、何とご本人からのコメントをいただいて、かなりテンションが上がりまくったのですが、そのときはコメント返しもせずにいてしまいました。しかし、この上京の機会に、ぜひ直接会ってみたいと思ったのです。


小川さんの住処は、代々木公園のブルーテント村にあります。
文字通り、ブルーテントが立ち並ぶ一角、つまりはホームレスと呼ばれる人たちが住んでいる場所で、彼もまたテントで暮らしているのです。
テントの側に、絵のあるカフェ「エノアール」という野外カフェを開いて、来る人には無料(物々交換)でお茶をふるまっています。「営業時間 昼~日暮 雨天閉店」というのが、何とも優雅(笑)。


代々木公園は広く、また初めて来る場所なので、ちゃんと見つかるだろうかと心配でした。ネット上である程度は調べていましたが…。
その日は日曜日で、家族連れや団体が多く、その人たちに「テント村ってどこですか?」と聞くのも何だかためらわれ、とりあえず自力で公園を一周することにしました。
テント村はあっさり見つかったものの、さて、小川さんのテントは何処だろうか。カフェがあるから、他のテントとは一風変わった感じだろうか、と注意深く探していると…、おお、ありましたありました。ホームレスのテントと云うより、隠棲した芸術家が住んでいそうなテントが。外には、廃材を使ったオブジェや、絵が飾ってあります。


「こんにちは~」と、カフェらしきスペースに入っていくと、黄色いフリースを着た色白の若いお兄さんがテントから出て来ました。もしかしてこの人かな?
「あの、小川てつオさんですか?」「はい、そーです」
”飄々とした”という言葉が、今思いつく限りでは一番適切でしょうか…。まったく毒気を感じない、若い仙人(っているんだろうか?)みたいな印象を受けました。


いきなりの闖入を、どう説明したものかとしどろもどろになりつつ(ブログにコメントをいただいて…というのを上手く説明できなかった)も、何とかわたしが何者かを分かっていただきました。

「飲み物は何にしますか?」と聞かれてメニューを見ると、何と10種類くらいから選べるという、その辺のお高いカフェ顔負けの品揃え。わたしはそば茶を注文し、さらにはクッキーも出していただきました。


小川さんがブルーテント村にやって来たのは2003年のこと。
その理由を、ご本人のブログ から引用すると、


「ぼくが公園でホームレス生活を始めた最大の理由は、ここから新しい文化が生まれるかもしれない、と思ったからです。驚く人も呆れる人もいるでしょうが、そうとしか言えません。外からみていて、ホームレスの人たちには、自由に使える時間がたくさんあり、コミュニケーションがさかんであり(助けあっている)、また様々な人がいる、と思っていて、そういうところから(差別されているということも付け加えることもできます)、文化が生まれてくるはずだ、と思って、そして暮らすことにしたのです。だから、ぼくの立場からいうと、ホームレスをなくせばいい、という風には思わず、むしろ若い人は家賃を払うために賃労働をせずにホームレスになったらどうか、と提言したいほどです。(もちろん、そんな簡単に言えることではないのですが)。」


ということだそうです。


このテント村には、現在300人くらいが住んでいるそうですが、最近は東京都によるアパート移行事業によって、以前に比べると居住者はかなり減ったとか。ひと昔前までは、南米系の人が多かったり、欧米のパッカー崩れ的な人も住んでいたようです。
「本当に、おもしろい人、強烈な人が多かったですよ」
ホームレスという言葉にまつわる負のイメージは、彼からはまったく感じません。大体、単純に居住スペースを考えれば、アパートよりもずっと広いのです(笑)。それに、テントはれっきとした家というか生活の場であり、非定住者、例えば路上生活者などとはだいぶ様相が違います。


出されたそば茶をすすっていると、背の高い女性が自転車でやって来ました。
カフェのお客さんかな…と思ったら、何とこの人もテント生活者。しかもキャリア2年…とても信じられません。だって、あまりにも普通の、小奇麗な服装(休日のOLみたいな感じ)をしているのです。下手したら、その日のわたしよりもちゃんとした身なり…。

それを話したら、「でもね~、これ全部拾い物なんですよ」という驚愕の答えが返ってきました。

聞けば、この辺りは高級マンションが立ち並んでいるので、そこから出るゴミもやはり高級な、いい物なのだそうです。服、食器はもちろん、圧力釜、ソファ、テーブル、椅子…生活用品はすべて拾い物で賄えるとのこと。ひゃああ、まぢですかい…。
「物に対する愛着とかがなくなってしまって…例えば今このコップを落として割れるでしょう。でも、何とも思わない。もともとはゴミだったものを使っているだけだから。でも、お店で『これ可愛い!』っていう物を見つけたときの感動とかは素敵なものだと思うから、それがなくなっていくことが、ちょっと怖いかなあ」と、その女性―市村さんは云います。
わたしなんかは、物に対する愛着…というより執着を、もっと削減できたらいいのになと思うんですが、あまりにもそれがなくなるのもまた、確かに寂しいかも…。


しかし、女性でテント生活ってのはすごいよなー…。わたしには多分真似できない。世界中の安宿を泊まり歩いていたけれども、そっちの方がはるかにラクな気がします。
現在は、20人ほどの女性がここに住んでいるそうです。300人中20人ということは、テント村は完全な男社会。女性ゆえの大変さは、きっとあると思います。


来る前は、1時間くらいでおいとましようかと思っていたのが、気がつけば、その後の待ち合わせの寸前になっていて、えらいこと長居してしまいました。小川さん、夕食作り始めてるし。。。
最後の方は、すっかり辺りは暗くなって、かなり冷え込んでいたけれど、それでも何か、立ち去りがたい居心地のよさがあったのですね。何と云っても、2人の話が興味深すぎるし(笑)。
テント村は、もしかすると近々無くなってしまうかも知れないそうです。でも、小川さんも市村さんも、最後まで残って、結末までしっかり見届けたいということでした。


好きなマンガのひとつに、大島弓子の『ロスト・ハウス』という作品があります。
その中に、主人公の女の子の住むマンションの隣人というのがいて、その人はいつもカギを開けっ放して出かける新聞記者という設定でした。彼は最後、ホームレスになっているのですが、昔の知り合いがそれを見て「彼はすべてのドアを開け放したのだ」と人に話すのです。
カフェを後にしながら、ふとそのセリフを思い出しました。


※ブルーテント村と「エノアール」についての詳しい話は、小川さんのブログ「ホームレス文化」 をご参照下さい。大変興味深いので、ぜひご一読を。
あと、12月11日(日)に、「エノアール」でパーティをするそうなので、その頃東京近郊におられる方は、足を運んでみてはいかがでしょうか。

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