1 | 2 次ページ >> ▼ /
2005年10月31日

続・居候ト云フ事

テーマ:帰国後

さて、今日は珍しく2本やります。
昨日のさぼった?分ということで、東京居候話をば、書かせていただきます。

そしてできれば、放浪乙女本編の旅行記も、今日中に何とか一本…。


結局、東京での2週間、ずっと居候の身で暮らしていたわたくしでありました。
いやー、ほんといい迷惑ですねえ(笑)。


まず最初に居候したのは、所沢の友人宅。
2LDKのアパートで一人暮らしをしていて、家で仕事しているためか、生活は完全夜型。起床は11時~12時くらいで、就寝は明け方近くという感じです。


家に着くと、朝ごはんとともに、わたし用の洗顔セットや歯ブラシやパジャマやバスローブ(!)…etcがしっかり用意されていて、ホテルなみの好待遇で迎えられました(笑)。


彼女の家の特徴…それは、何と云っても、恐るべき”物の多さ”です。
一人暮らしとしてはかなり広い住空間だと思うのですが、それを上回る物量が、家中を埋め尽くしているのです(笑)。本人も困り果てているようで、「野ぎく~、こっちで就職活動するなら、ウチで居候してさあ、この辺の物どもを、ヤフオクで売るバイトしてくれないか~?」なんて云っているくらいです。
また、近々ネットショップを立ち上げようというので、その商品素材がまるでT細胞のように増殖しており、昔テレビで見た、中村うさぎ女王様の部屋もかくやというありさま(笑)。
あくまでも客人のわたしとしては、あちこちに可愛いものや不思議なものがあるので、楽しいんですけどね。面白そうな本や漫画もいっぱいあるし、まるで図書館か博物館状態です。


所沢を4日で辞したあと、今度は世田谷にある、世界一周デート・吉田夫婦宅で居候することに。
こちらは一軒家です。隣に公園、家の裏手に日当たりのすこぶるよい庭(エリさんいわく「荒れ果てた庭」だそーですが…)があり、何だかとても環境がよさそうです。
個室を与えられ、ネットは無線LANでつないでもらい、食事も時々食わせてもらっていました。何て恵まれた生活なんだろう(笑)。


こちらも、二人とも編集者なので生活は夜型です。家にお邪魔する前、「ウチでは夕食を22時以前に食べることはないけど、大丈夫?」なんて云われていましたが、夕食はたいてい23時~0時。それで、寝るのが大体3時4時といった感じです。
しかし、エライのは、エリさんが毎日欠かさずご飯を作っていることですね。それも、一汁三菜は当たり前。平均5~6皿は並んでいたなよあ…。ウチなんか、白飯入れても3皿以上になることは、まずないです(笑)。
「掃除や洗濯は好きじゃないけど、料理は全然苦にならないのよねー」と云うだけあって、実に鮮やかにパパっと作ってしまうのです。しかも美味しい!


二人が「カサ吉田」(※カサとは、スペイン語で家の意味で、ゲストハウスの名前などによく使われる)なんて冗談で云うだけあって、時々、わたしのような旅人がふらりと泊まりに来るそうな。
最高で、2ヶ月居候していたという人がいるらしく、それを聞いてわたしも「じゃあ、1週間くらいは置いてもらえるかな…」と思い、気がついたら10日もいてしまった…(笑)。
二人とも旅人ゆえ、勝手気ままな旅人のココロをよく分かっているというか何というか、テキトーに放っておいてくれるんですよね。でも完全に放置でもなくて、ご飯やコーヒータイムには声をかけてくれたり、時々遊びに誘ってくれたり。本も漫画もたくさんあって、まさに小さなゲストハウスにいるような感じでした。


しかし、何なんだろう居候って…。お客さん、とはちょっと違うよな。

帰る家があって、でもそれは自分の家ではなくて、家族ではなく他人だけど、一緒に暮らしていて、それも恋人とか親戚ではなくて…。
居候って、ペットみたいなもんなのかな?いや、それもちょっと違うか…。少なくとも、ペットほどは可愛くないし、そんなに手はかからないし(笑)。
でも、友達と外で遊んでいて、「家から駅まで徒歩○分でね…」とか「そろそろ家に連絡しないと」なんて、ことあるごとに”家”を連発している自分が、実に図々しくて笑えます(笑)。


まあでも、2週間の居候生活では、居候を語るまでには及びませぬ。
そこで、居候のプロ(?)を、勝手にご紹介したいと思いまふ。


みなさんは、『居候ライフ』というミニコミ誌をご存知でしょうか?
小川てつオさんというアーティストが出しているミニコミで、文字通り、彼の居候生活が綴られています。
冊子自体は一冊も持っていないのですが、この人の行動自体は、非常に興味深いなと思って、旅の前からわりと気にしていました。
彼は、たまたま居候生活が長くなっているわけではなく、あくまでも”居候ライフ”を始めるために居候を始めた人です。つまり、アーティストとしての活動の一環なのです。


そういえば、2001年くらいにMBSの深夜番組でシャンプーハットがやっていた「寄生ップー」という企画が、これと同じような、ていうかパクリっぽい企画でしたね。まあ、芸人さんがいきなり一般人の家に居候ってのは、なかなか笑えましたが。
実はわたくしめも、帰国したら居候生活をやって、HP上で公開しようかなと思ったことがありました。
東京で知り合いの家に寄生しながら就職活動をして、その様子を「放浪乙女」の続きとして書いていこうかな、と。
小川さんとの違いは、わたしのはあまり純粋な動機ではなくて、宿代の高い東京で職を見つけるまでの居候という、きわめて即物的な(笑)理由ですけどね。


「定住でもなければ、放浪でもない」とは、居候ライフHP の”居候哲学”に書かれている言葉ですが、ああ、なるほどなあ…って思います。
居候という生き方は、実はとても深~いんではないか。だから、小川さんが意図的に、実験的に居候を始めたというのは、何だか納得できるし、興味深くもあります。

居候。いつかはいなくなる存在。そういう意味では、人はみな、人生の居候なのではないかとも思います(なんちゃって)。


今のところ、まだ帰ってきたばかりなので分かりませんが、また年内くらいに東京に上陸するかも知れません(今度はもうちょい真面目に就職活動をば)。
そのときは、どこで”居候ライフ”を送らせてもらおうかな(笑)。

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2005年10月31日

帰国後2ヶ月

テーマ:就職活動

ああ、気がつくともう帰国後2ヶ月も経ってしまっている…。
『思いっきりテレビ』でみのもんたの顔をぼんやり眺めながら、しみじみとため息をついていると、主婦の友人からメールが来た。


何と、教員採用試験に受かったそうな。


まだ1歳にもならない子供を抱えている身としては、あまり素直には喜べないといった風ではあったが、教師になるのは、彼女の長年の夢だったのである。めでたいことではないか。
にしても、論文が半分しか書けていない状態で、何で受かったのか…まじで疑問だ。もう1回問い合わせした方がいいんじゃないか?


そして、わが身を振り返る…相変わらず無職である。面接の予定もない。
昨日、またもギリギリになって、何とか○島社への履歴書を出した。
しかし、毎度ながら、ロクな履歴書が書けない。今回はそれでも、『スカウト』なる雑誌を買って、転職のためのレジュメ書きについて読んだりしたのだが、あまり効果はないようだ;
とにかく出すだけは出したけど…もうそろそろ、出すだけは出すという懸賞応募的な出し方はやめた方がいいような気がしてきた。


友人に云われてしまった。「とにかく、一歩を踏み出さなあかん!」と。
…アンタは熱血教師か、とツッコミたくなりつつも、確かにそうだろうなと思う。
うだうだ考えているよりは、何か行動はした方がいい。こういうときこそ、書を捨てて街に出なければならぬのだ。
ライターで働く口がないわけではない。頼めば仕事をくれそうな人はいる。
そう話すと、「何でそれに食いつかへんの!?あんた、ゼータクやで!」とさらに叱責が飛んで来る。ただ、ライターで食っていけるとは思えないからなあ…。


何だかんだ云って、わたしは今のゆるい生活が気に入っているんだろうな。
父は大してうるさいことを云わないし、伯母が家事をしてくれるし、弟は家にはいないから、ネットその他何もかもが使い放題。
ダメ娘として父に養われている感じは、子供時代に戻ったようで、そんなに悪くない。もちろん、子供の頃とは違って、非常に感謝しているけれども。


大体、仕事をしなくても生きていける状態っていうのはいいよ、うん。なかなか手放せるもんじゃない。
朝何時に起きたっていいし、通勤もしなくていいし、ムカつく上司や顧客の顔色を伺う必要もないし…ある意味、旅のときよりも自由で気ままな生活だ。
ままならないのはお金だけ。でも、ご飯は食べていけるし、東京⇔大阪間の交通費くらいは出せる。新しい服や本は欲しいけれど、別になくても生きていける。家には山のように服があって、まだ読んでいない本もいっぱいあるんだから。


マスコミじゃ、「ニート対策」だなんて、まるで害虫のように云われている。
わたしは、ニートほど割り切って依存生活をしているわけじゃないけど、”対策”なんて云われると何だか腹立つよ。うん。
高度成長期ならともかく、前進前進ひたすら前進、っていう、エンドレスに成長しなきゃいけない風潮には、うっすら疑問を感じるのさ。
靴を履いたら最後、死ぬまで踊り続けなきゃいけないバレリーナみたいなの、もうしんどくないですか?


就職も、結婚も…がむしゃらに手に入れる気が、あまりない。
特に結婚。友達には、「見合いでもすれば?29歳と30歳じゃ、選ぶ幅が全然違うよ!」なんて説教される(笑)けれど、結婚のために誰かと知り合うなんて、今はどうしても考えられない。
そんなゼータクを云っていられるのも、今のうちなんだろうけど…。わたしは、結婚にいまだに夢を抱きすぎているのかも知れない。結婚は、生活と将来の保障のためと、割り切った方がいいのかな?


いや、とりあえず、結婚は置いておいて、就職が当面の問題。
まあ、働くだけならどこでも働けると思う。昨日、帰国して初めて無料の求人情報誌をもらってきたけど、働き口ならほんと、いくらでもあるんだな。景気が回復しつつあるってのは、本当なんだな。まあ、30歳越えると少し厳しくなりそうだけど。
でも…今少しのお金が欲しいために、自分の目指す道と何の関係もない仕事をするのは、時間がもったいない気がするのだ。これまたゼータクな話だけど…。
そりゃ、土日だけの単発の仕事とかならいいけど、働くとなったら、最低でも1ヶ月は勤めないといけないだろうから、あんまりいい加減に選ぶわけにもいかない。


退職してから旅に出るまでの間も、こんな時期がちょくちょくあった。
学校に行ったり、家でメシを作ったり、バイトしたり派遣で働いたりしていた。その間ずっと、旅に出たい出たいと思いながら、本当に出られるのだろうかと思いながら…。まるで、長い長いトンネルの中にいるようだった。


でも結局、旅に出られた。しかも、こんなにも長く(笑)。
退職してすぐ出なかったことは正解だった。お金を貯められたし。
まあ、その間フル回転だったわけでもないけれど、結果的には何ということはない。

そうやって何とかなっていくんだろうとは思う。
「3ヶ月目くらいになると、そろそろ何とかしなきゃって思い始めるんだよねー」とは、やはり長旅に出ていた世界一周デート妻・エリさんの言だが、多分そうやって焦る気持ちが、状況をちりちりと動かしていくのだろう。
だから、もうちょっと停滞しつつ、適度に焦りながら、自分のペースで少しずつ前に進もうと思う。

AD
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)
2005年10月29日

AK社を偲ぶ会

テーマ:帰国後

昨日の朝、大阪に帰ってきました。
何やかんやでまる2週間も東京にいましたね~。所沢のおねえさん、吉田夫婦をはじめ、上京中にお会いしたみなさん、どうもありがとうございました!


この日大阪に帰ったのには理由があって、それは”飲み会”
そんな理由で帰って来たんかよ!?と思われそうですが、ノンノン、これはただの飲み会じゃないんですよ。
この飲み会は、その名も
”AK社を偲ぶ会”つまり、わたしが昔働いていた某出版社のみなさんとの集まりなのでした。
ちなみに何故”偲ぶ会”なのかというと、今はとっくに亡き会社だからです(笑)。


集まったのは、2年先輩のWさん、1年先輩のYさん、同期のOくん(3ヶ月で辞めたけど(笑))、後輩のUくんとKくん、カメラマンのFさん、わたしの計7名。本当はあと3~4人来るはずだったんですけどね。

Oくんとは、帰国してしばらく後に会ったけれど、あとのみなさんは4年~5年ぶりくらい。


しかし…誰一人変わってないです(笑)。もちろん、ちょっと太ったとか、ヒゲを生やしているとか、髪型の変化くらいはあるけれど、ほんと、みんなで働いていた頃とほとんど、いや全く変わってない。
わたしも、3年半も旅してさぞかし変化したのでは?と予想されていたようですが、「ぜんぜん変わってないなー」……うむむ。一体どんな変化を期待されていたのだろうか?


あまりにみんな変わっていないので、働いていた時のことがまざまざとよみがえってきて、まるで仕事帰りの飲み会みたいなんですよ(笑)。
一応”偲ぶ会”なので、話は8割がた、AK社のことになります。これが、やや手前味噌っぽいけど、とにかく面白いの。
わたしの記憶は風化しつつあるけれど、みんなで記憶のピースを持ち寄れば、だんだんその当時のことが形になって浮かび上がって来る。そしてしみじみ思うのは、「何というムチャクチャな会社だったんだ!?」ってこと(笑)。


「営業回りなんて、広告もらうよりも見本誌を捨てて(※渡して)くることが仕事って感じだったもんなー」


「○×(スポンサー)に配本に行くと、必ずコワい顔して云われるんですよねー、『…今日は何日や?この本は何月号や?』って」


「毎月20日くらいになると、”たん○ぽ”とかいうファンシーな名前の会社(※高利貸し)からFAX流れて来てたよねー」


「『ワッショ○2000(※とある市のイベント)』のガイドブック、屋台で手売りしたもんなー。その屋台の横断幕が、前日にマジックで書いたやつで、しかも、編集長が『これを売りさばいたら、即アナタたちの給料になるのよ!』とか云ってたよな(※この当時、すでに給料が遅配されていたの)」


わたしは他の出版社をよく知りませんが、AK社は本当にムチャな会社でした。
まず、発行日(毎月1日)に月刊誌が出ません。10月号は10月末に出るんですよ(笑)。それすらも怪しくなると、いきなり10/11合併号とか、下手したら10月号はなくなって11月号になってたりする(笑)。
別にわたしたちがサボっていたワケじゃないの。広告が出ないから、発行出来ないのです。でも、何故広告が出ないかというと、発行日にきちんと出ないから…っていう、まさにいたちごっこ状態。
少なくとも、わたしが入社したときにはすでに、発行日なんかあってないようなものでした。


そのうち、雑誌が出ないどころか、給料が出なくなり(笑)、毎月末の給料日なんて、社長からひっそり手渡して1万円(金一封かよ;)もらって、「の、残りはもうちょっと待ってくれ…」なんて云われたものでした。後輩2人は結局、”残り”をもらってないからなー…。


最後の方は皆、沈没する船から脱出するように退社したものです。
このメンバーではわたしが一番最後だったのだけど、その後、入社?したばっかりのバイト君だけが一人取り残され(笑)、しかも編集長に請われて「むじんくん」で○十万借金したとかいうウワサが…。
わたしはなかったけれど、〆日になって支払いがキツくなると、誰かが「△○さん、免許証持ってる?」と聞かれることがあったんですよねー。でその後、むじんくんに行ってくれないかという頼みが続くわけです。あな恐ろし…。


AK社の話を書き出すと、本当にキリがないのですが、5年近くを経た今、みんなそれぞれに別の仕事に就いて、しっかり生活しているようでした。無職はおいらだけっす…。
家業を継いだ同期のOくんを除いて、あとは全員、やっぱり出版業界にいます。


だからこそ云えるのかも知れないけれど、あの当時のことを振り返って、みんな「面白かったなー」と云うのです。
もちろん、当時はつらかった。ムチャな状況を楽しむ余裕なんてなかった。
でも、今こうしてみんなで集まって、当時の話をすると、実に爆笑ものの面白さなのです。小さな会社ゆえ、業務内容はかなり濃厚だったし、でっかい版下を持って製版屋に走ったりという原始的な(笑)行為も、今はよき思い出。青春の一ページ。
何よりも、今だにこうして集まれるよい仲間に恵まれたことを、しみじみありがたく思ふ、秋の夜長でありました。


明日は、時をさかのぼって、上京のときのお話を書きますね。
(今日はまた履歴書書きの一日なのさ;)

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年10月26日

居候ト云フ事

テーマ:帰国後

東京に来たらブログ書かなくなるだろーなーと思っていたら…やっぱりな;
ていうか、連絡事項以外のメールも書いていませんな…。
もう間もなく大阪に帰りますが、その前に何とか一本だけ…。

(でもほんとは今から『電車男』の続きが読みたひ…)


上京して…今日何日目だっけ?軽く10日くらい経過?
最初の4日間は所沢の友人宅で、その後現在にいたるまで、「世界一周デート」 の吉田夫婦宅に住み着いています。
いわゆる居候というやつですね。
居候…何ていうかこの、いかにもゆるい、ダメな響き。
旅人やニートと同列か、それ以下で役に立たない存在。


でも、居候って、何て素敵な身分なのでしょう(笑)。
ある日突然(でもないが)人ん家にやって来て、のらくら暮らすというこの快楽。
家主が仕事に出かけたり(或いは家で仕事していたり)する傍らで、「さて今日は何をしようかな♪」と遊んでいるのです。
まあ、今は誰かしら人と毎日会っていますが、んなもん仕事でも何でもないしよ(苦笑)。


旅で宿を転々とする感じとはまた違いますね。
それに、旅先でも、何日も人の家に住み着くということはあまりなかったので(ちょっとあるけど)、今の居候状態ってのは、妙に新鮮です。


とは云え、居候は居候なりの葛藤が、少しはあるんですよ。
やっぱり居候というのは、なーんもその家なり人なりに貢献せず、単なるゴクツブシであるわけです。
基本的に、人を楽しませることができない人間だし、いてくれてよかったと思われる存在でもないしで、「ああ、何でわたしなんか置いてくれているんだろう…もうしわけないな」という気持ちは、常に心の片隅に座っているのです。


もっとも、それとは裏腹に、態度は相当でかいというか、図々しいんじゃないかと思いますけどね(苦笑)。
一応、出かけるときは出かけると云って出て、今日の晩飯がいるかいらないかという業務連絡くらいはしますが、あとは実に勝手気ままなものです。家にある漫画とかも読み放題状態だし(笑)。
さすがに冷蔵庫の中のものを勝手に食べたりはしないけど(テキトーに食べてくれていいよとは云ってくれますが、まだそこまでになれない)、「ご飯食べる?」とか「コーヒー淹れようか?」と云われたら、まず断りません。100パーセント。「じゃあ下さい」といただいてしまう。
じゃ、せめて皿くらいは洗おうと思うのですが、これも「あ、いいよ置いといて」と云われたら置いておく、とっても素直なわたくし。
ううむ、これでは、「ぶぶ漬けでもどうどすえ?」の京都人とは付き合えないことになってしまふな…。


ということで、次回は上京&居候生活のさらに詳しい話をば(しかしこのブログ、書くテーマがバラバラすぎる…)。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2005年10月18日

大阪びと

テーマ:帰国後

こんにちはみなさん。

こちらは、上京後、早四日が過ぎようとしています。。

これまでの、家⇔最寄駅周辺という行動範囲からは考えられないほど、毎日何やかんやと出歩いております。


なんか…人ん家でだらだらしていると、とてもブログなど書こうという気にならないのですが(笑)、現在居候している家のおねーさんから、「ブログ書かないの?」と云われて、何となく書いています。


初日は、カイラス旅をともにしたSさん宅で一日中だらだらとしゃべって終了。

二日目は、「どこやねんグアテマラ」のきょきーとさんが管理人をしている(た)「テンテンゲストハウス」(@高田馬場)に遊びに行ったのち、日暮里のペルシャ料理屋にて、総勢13名の旅人の集いに参加。

三日目は、現在の居候先で、何故か小林旭をBGMに、やはりだらだらとしゃべり、四日目の今日は、夕方から神保町で某ガイドブックの取材のギャラをいただき、居酒屋でおごってもらって終電で帰って来ました。


うーん、帰国後こんなに立て続けに人に会うの、初めてだな。わたしは、あゆにでもなったのだろうか?


さて、今回は主に、旅で知り合った友人たちを訪ね歩いているのですが、何故かわたしはこの旅で、関西よりも関東方面の旅人によく会っていたのです。

ほんとに不思議なんですが、関東の旅人に会うでしょ、すると「いやー、関西人多いですよねー。ボクが会う旅人って、ほとんど関西人ですよ」なんて、けっこうな確率で云われるのです。

ところが、こちらは関東の人にばかり会うので、いったいどこにそんなに関西人の旅人がいるのかと訝しく思うのです。


関西人にあまり会わないせいか、旅の間、わたしはすっかり大阪弁が抜けてしまい、しばらく話していてもわたしが大阪の人間だと分からない人がほとんどでした。

で、生れも育ちも大阪だというと、たいがい驚かれる。「全然大阪弁じゃないですよねー!」と。

そのたびに、「いやほら、初対面の人と話すとき、敬語になるでしょ。そうすると、何か大阪弁が引っ込んでしまうんですよね。敬語の大阪弁って難しくって…」

と、自分でもちょっとよく分からないイイワケをこいています。


でも、大阪弁だから敬語が話せないということは、ないハズなのです。

だって、大阪で働いているときは、きっと大阪弁の敬語を話していたのですから。はっきり覚えていないけど…。

なのにいったい、何故旅先では大阪弁が話せないのでしょう???

大阪、とりわけ大阪弁をこよなく愛しているのに、何を気取って標準語なんか喋っているのでしょう?

わたしは魂を売ってしまったのでしょうか?


…と、自分の大阪人としてのアイデンティティを、時々疑っていましたが、どうやらこれは、わたしだけの症状ではないようです。

関西の旅友に聞くと、けっこうこの症状に冒されている人がいるのです。そして、「うん分かる!めっちゃよく分かるで!」と、ものすごく共感し合うのでありました(笑)。


大阪の言葉はキツイとよく云われます。

わたしも、大阪弁はどこの言葉にも負けない強さ(図々しさ)があると思っています。

それが、こんな風に”大阪弁が引っ込む”のは、何だか不思議です。

もちろん、中には東京だろうかアフリカだろうが、どこにいても大阪弁(関西弁)の人がいます。

そういう人にわたしはなりたい、のですが…。


あまりに標準語を崩さないもので、時々「関西弁で喋ってよー」なんて云われることもあります。

しかし、許可(?)を出されれば出されるほど、出てこないのですよねー…。

何とか大阪人らしさを出そうと、せめてアクセントだけでも大阪風に…なんて意識しだすと、ますます変になって、まるでエセ大阪人が喋っているように聞こえてしまうのが、実に情けない限り。

関西圏でない人が、嬉しがって関西弁を喋っているのを聞くと、「何も無理せんでも…」とげんなりしてしまうのですが、自分がまさにそれみたい…って、本当に関西人なのに(涙)。


しかし、地元に帰って、大阪および周辺の友達と話すと、ちゃんと関西弁になるんですよね。

(もっとも、帰国直後は、ちょっと怪しいと指摘されたこともありますが(苦笑)。)

スイッチが切り替わるというのかなあ。

そして、やっぱり関西弁を喋っている自分は、より素の自分になれるというか、すごく素直に話せる。

ああ、これこれ、この感じ、って思うのです。たかが標準語と関西弁の差なのにねえ。


うーん、上京後のあれこれを書こうと思ったのに、何でこんな話になってるんだろ?

まあいいや。

え?就職?…その話はまた来世紀。

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)
2005年10月11日

いやはや…

テーマ:就職活動

今月はもう就職活動は休止かな…と思っていたのですが、往生際の悪いわたしは、気がつくと、ネットでしこしこと採用情報をチェックしておりました。
そうしたら、今度は○島社の募集がかかっているではないですか。しかも正社員募集が。
意外とちょこちょことあるもんなのね…。マメなチェックは必要だな。せっかく家にいるんだし。
締め切りは10月末日必着。まだまだ時間があるので、これは必ず仕上げて出します。
っても、東京でふらふらしてたらあっという間かな…。


さて、前回のアップで、「ムカついた」ってコメントをいただいてしまいました。
これまでも、HPのBBSにビミョーな書き込みをもらったことはありましたが、真剣にムカついたって云われたのは初めてだなー。しばらく「ムカついた」が脳内リフレインして、自分のブログを開けるのもびびってました(笑)。同じような書き込みが、どどどーっと並んでいたらイヤだなあ、って。
まあでも、こうやって駄文を不特定多数に向けて発表している以上は、ある程度仕方ないことなので、反省しつつ、慣れていかないといけませんね。


と殊勝なことを云いながらも、反論めいたイイワケをしたくなる、弱い犬なわたしなのでした(笑)。


わたしはごく普通の家庭で恵まれて育ち、あんまり必死で生きてこなかったので、他人の心や状況が解らない無神経な人間であるとは思います。それは反省します(こんなもん書いている時点で、反省してないよーに見えるかも知れませんが…)。


ただ、あれはネタで書いているわけじゃないです。
客観的に見れば、わたしよりイケてない奴はいっぱいいるかも知れません。
ただ、自分の下の人(かどうか分かりませんけど)を見て、「ああ、わたしってイケてるじゃん」とはどうしても思えないんですよ。
ていうか、収入はないし、無職だし(面接の予定すらないしな)、美貌もないし、親のスネかじってるし、彼氏もいないし、1日中家にいるし…少なくともイケてはいないと思いますが…。


インドやエチオピアやその他発展途上国の乞食は、生きているだけで精一杯だろうし、身体の悪い人はわたしの1億倍大変な人生だろうし、健康で、住むところと食べるものがあって、ぬくぬくと生きているわたしは、世界ランキングで見れば、相当恵まれているでしょう。
世界ランキングを常に考えて生きていけるなら、毎日無事に生きているだけで幸せだろうと思います。最も、人の不幸と比較して、自分は幸福だと思う考え方は、あまり好きではないですけど…。


これだけは云いたいのですが、自分は不幸だと書いているんじゃないです。
そんなことは全然思っていません。
ただ、自分が決して誉められた人間ではなく、なのにこんな風に恵まれて生きていていいのだろうか?と不安と疑問を持っているだけです。
そして、その恵まれた環境を潔く手放して生きていけるほど強くもなく、今のままで完全な満足が得られるほど無欲でもない自分が、この先生きていけるのかと不安なだけです。


「好き勝手やってたんだから…」
って、これもいずれ絶対云われることだと思ってました(笑)。
優しい読者のみなさんは、あえて書かなかったんだろうけど、内心では、多かれ少なかれ思っていらっしゃるかもですね。
まあ、人生のどこかでツケは払いますよ。人生はプラスマイナスゼロであるという説が真実なら、運命が自動的にツケを払わせるでしょう。
だから、すぐに就職が決まらないのも、仕方ないと思っています。だから、これからも、もがけるところまでもがきます。


あと、「(出版社で働きたいという)方向性が決まってるからいいよね」
と友人などにも云われるのですが、何もそんな、確固たるものがあって目指しているワケじゃないのですよ。
それだけの自信があれば、もっとまともな履歴書を書けているだろうし、もっとがむしゃらに、猪突猛進で就職活動しているでしょうね…。
編集にこだわっている(ように見える)のは、今から他のことを始めるとなると、何をしていいのか、何ができるのかも思いつかないからです。というか、そこにしがみついていないと、怖いのかも知れません。


夢に向かってまっしぐらな、迷いのない人生を送っているわけじゃないです。
自分が本当に進むべき道なんて、わたしだって分からん。分かっていたら、もっと効率いい人生送れていると思う。
こないだ友達から借りた『ご近所物語』という少女漫画に書いてあったセリフ、
「みんなそれなりに夢や目標があって それを当然のことみたいに思ってる(中略)
 そんなやつらの中で 自分見失って置いていかれるやつの気持ちがお前わかる?
 置いてかれないように 必死になってるやつの気持ちがわかる?」
これ、よく分かるなー。わたしはあんまり必死でもないし、置いてかれてもしゃーないかと思ってるけど(笑)。


ということで、ますますムカつかせてしまったかも知れませんが、さらに批判・反論がありましたら、わたしが自殺しない程度でお願いしますね(笑)。
それより、早く旅行記を仕上げないと、優しい読者さんたちにも見放されるわね…(と思ったので、今日アップしました。また見てね)。

いいね!した人  |  コメント(13)  |  リブログ(0)
2005年10月09日

土曜の夜、29歳(三文小説風タイトル)

テーマ:就職活動

昨夜、つまりそれは土曜の夜なのですが、わたしは、父と伯母と3人で、駅前のお好み焼き屋で食事をし、その後カラオケで2時間ほど歌って帰りました。
ポケットに手を突っ込んで、背を丸めて夜道を歩いていると、自分はもしかして、日本で一番イケてない29歳なんではないかという不安に駆られます。


妙齢の女子が、こんな週末の夜の過ごし方でいいのだろうか。
普通は(いや、この際「普通って何ですか?」っていうツッコミはなしで)、彼氏とドライブや買い物に行ったり、あんなことやこんなことをしているんじゃないのか?あるいは、真面目に仕事や育児に励んでいるのでは?
なのにわたしは…家族の前で「夢芝居」(by梅沢富美男)なんか熱唱している場合なのか?


○学館から、書類の不合格通知が来やがりました。
ダメなことくらい分かっちゃいたけれど、やっぱり気分がいいハズはありません。
あれだけの量のエントリーシートを必死こいて埋めたことが、今さらながらアホらしくなってきます。ま、二度と見返したくないような、しょーもない内容だけどよ。
今回、上京する際に、「スーツも持って行かなアカンやろか…」と一瞬でも考えたオノレを殺したいです。荷物が軽くなってよかったよ、けっ。


まあ、大手をたった2社落ちただけで、人生を悲観する必要はないのですが、実はわたしは、○売新聞の不合格を知ったその日、異常に気持ちが焦って、急にリクナビに登録して、ちょうど募集のかかっていた出版社、○イド社(『ゴ○ゴ13』の出版社)と、○西ウォーカーに、応募フォームを送っていたのです。
が、○イド社は、24時間も経たないうちに不合格を通知して下さいまして、○西ウォーカーも、正社員募集ではないのに落ちたもよう(連絡がないの)。
手書きの履歴書に比べて手を抜いたような気は、自分でもしていたので、まあ仕方ない結果とは思いますが…。これで、成績としては4戦4敗、○日新聞もどうぜ落ちているだろうから、5戦5敗というわけです。
何やってんだろ、オレ…。


しかし、人生のうちで、周りのみんなに置いて行かれて、ボーゼンと立ち尽くしているような時間があってもいいのではないか、なんて思ったりもします。
この何者でもなさ加減、社会とつながっていないことの不安、落ちこぼれの孤独な気持ち、そういうのもまた、味わい深いよーな気もするんだけど……そうでもないですね(笑)。わたしゃマゾかよ。


とりあえず、今月はもう、就職活動に重点を置かずに、旅行記を進めることにします。

いや、これは何もすねているワケではなく、月の初めから決めていたことなので、「現実から逃げてんじゃねーよ!!」なんて思わないでね☆
でも、そのわりに更新がないって?いや、しばし待て…しばし…。

いいね!した人  |  コメント(11)  |  リブログ(0)
2005年10月08日

おみやげブログ第一回(やや試験版)

テーマ:旅みやげ

一応このブログは、[旅・アウトドア]カテゴリーに属しておりまして、みなさまのおかげで図々しくも5位に君臨している手前、たまには旅らしいことを書かねばと思い立ち、今回から、旅のおみやげ話を書き綴っていくことにしました。


と云っても、旅であんなことがあった、こんなものを食べた、こんな人とやった…といった旅の思い出話ではなく、文字通り”おみやげ”の話。
これは、いずれ本編でやろうと考えていたのですが、まずはブログで試験的に始めてみることにしました。
決して、就職活動に進展がなくて、何も書くことがないからではないのよ(滝汗)。ま、進展は何もないけど…。


さて、記念すべき一発目は、インド最南端の町、カーニャクマリで買ったサルの置物。
お値段は、70ルピー(約180円)。
最初100ルピーとか云われていたのを、30分くらいかけて値切って、やっとこの値段に。たいそう疲れる買い物でした。


coconut-monkey


ココナツの実を削って作られたものです。
目玉がビー玉なのが可愛いでしょ?
足と耳はココナツの皮を型取って、くっつけてあります。髪の毛は…タワシかな?(笑)


海辺のみやげもの屋に並んでいるのを見て、
「ああっ、これ、うちの死んだじいちゃんにソックリ!」
と思い、
「ってことは、じいちゃんにソックリな父ちゃんにもソックリ!」
と思い、どうしても父のみやげに欲しくなってしまいました。


それにしても…なんというマヌケ面のサルなのでしょうか…。
そして、そのマヌケ面のサルに似ているうちの父ちゃんって、一体…。


ちなみにこれ、”見ザル・聞カザル・言ワザル”バージョンてのも売られてました。
「キン肉マン」に出てくる悪魔超人・アシュラマンみたいに、3面になっているのです。


それまでの長い旅路で、このココナツ猿は見たことがなかったので、
「これはカーニャクマリにしかいないサルなんだわ!」と鼻息を荒くして、ついつい2つも買ってしまった(2体目は55ルピー…って、最初の店、100ルピーってボリすぎちゃうけ!?)のですが、後に東南アジアに行ったら、ちょこちょこ生息しておりました…ガックリ。


そして購入から7ヶ月後、わたしは帰国し、父に、
「ほら、このサル、お父さんにソックリやろ☆」
と云って渡したところ、まったくもって喜ばれませんでした(苦笑)。
仕方ないので、居間の棚にちんまり飾っておいたのですが、先日、父の来客のある前に、
「おい、そのサル片付けとけよ!」
と云われてしまった…。
あまりにサルが不憫なので、そのままにして外出したら…帰ってきたらサルがおらんやないか!
どこに行った?と思ったら、しっかりテレビの後ろに隠されとったわい…。そんなに毛嫌いせんでも…。それとも、あまりに自分に似すぎてキモイとか?(笑)


もう一体は、友人(男)にあげました。
この人はけっこう喜んでくれました(そういう人を選んであげたのだ)が、家に帰ったらその辺にテキトーに転がされてそーな気が…ちゃんと、テレビの上とかに飾ってやってくれよ(泣)。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2005年10月06日

ゆらゆら

テーマ:就職活動

先日、カラオケで「木綿のハンカチーフ」を歌ったら、不覚にも泣きそうになってしまった29歳になりたてのわたしです。ださっ。くさっ。
しかもカラオケ、73歳の伯母と2人で行ってます。昼間から。わたしは何者なんでしょうか…。


さて、帰国して早1ヶ月以上が過ぎて…この1ヶ月を思い起こすと…ほとんど記憶がないんだが!!
もちろん、選挙手伝ってたとか、田舎に帰ってたとか、誰と飲みに行ったかも、事実としてはちゃんと覚えているけれど、どうも実感がなく、まるでヒトゴトのように思えてしまうんだが…。
だいたい…この1ヶ月、わたしは何ら生産的なことをしていない。HPも進んでいない。メールも書き終わっていない。まして、金なんか1円も稼いでいない。
「社会に不必要な人ランキング」を行ったら、少なくとも地元N市では1位になれそうだ(あ、でも駅前にたまっているヤンキーも要らんかも)。そのうち戦場にでも送られるんじゃないだろうか…戦場でも使えないけど…。


そんな自分がとてもイヤなのですが、じゃあ今すぐ何でもいいから就職して働こう!とも思えないのです。我ながら、ナメくさってますね、世の中とか人生を…。


そうそう、何で大手ばっかり受けるんですか?という疑問が、特に殺到はしていませんけど、ちょこちょこコメント欄に書かれていますね。
大手にこだわらなくてもいいのに…と首を傾げておられる方、かなり多いと思います。
別にこだわっているわけではないんですよ。
大手は募集のかけ方がわかり易い(大々的)ですから、目に止まりやすい、というのが大きな要因のひとつかな。
あと、前に働いていた会社が中小企業でして、あまりにもまともでない部分が多かったので、小さな会社に対して潜在的な警戒心があるのです。


ただ…今の時点では、わたしの将来の目標はかなりふらついています。
大手の会社で安定した給料をもらいたい気持ち、会社にこだわらず好きな仕事をしたい気持ち、旅行記を完成させて本にしたい気持ち、また長い旅をしたい気持ち、親のことを思う気持ち(あんのか?)、東京に出たい気持ち、大阪に残りたい気持ち……etc、etc。
色んなものがごっちゃになっていて、どこからどう処理して、何を優先するべきなのかを考え出すと、ワケ分かんなくなってしまうのです。
でも、逃げているワケには行かないから、ちゃんと答えを出して行かなきゃいけないんですが…。


まあいいや(って、よくねーだろ)。
とりあえず、来週東京に行くことを、3時間くらい前に(ほぼ)決定しました。
先に書いておきますが、めでたく面接が決まったワケじゃないです。就職活動については何の進展もないので、全国の無職のみなさん、どうぞご安心下さい☆
チベットで旅をともにしたSさんが一時帰国中で、来週末にはメキシコに旅立って今度いつ帰ってくるやら分からないので、会いに行こうかと。
東京方面には会いたい人もたくさんいることだし、これはよい機会ではないかと思います。人に会うことで開ける道もあるかも知れませんしね。


昔は大阪-東京間というと、夜行バスが片道7000~8000円くらいしやがりましたが、今や何と片道3900円で行けてしまうのです。ええ時代になったもんです。


まあそんな感じで、毎日ゆらゆらしています。
「予定がなさすぎて予定が分からん。明日のことも分からん」とは、つい先月までニートだった30歳女子の友人の言葉ですが、まさにそんな感じですね(笑)。


そして、忘れちゃならんのが、こんな世間様をナメた生活ができるのも、ひとえに父ちゃんが元気で働いているからだね…ありがとうよ、ホントに。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2005年10月03日

HAPPY BAD DAYその2

テーマ:帰国後

live


さて、誕生日の夜に見たライブとは、「ピーポーインザプラネット」というバンドのライブでした。
実は、友人がボーカルをやっているバンドです(前にブログでちょこっと書いたか)。


友人はMCで、「えー、ちょっと個人的なことですが、誕生日をお祝いしたいと思います」てなことを云い出し、え?マジで?そりゃ確かに、事前に「あたしその日誕生日やから、何か歌ってくれー」とメールを送ったけどさ…(←図々しい)
一緒に見にきていた友人も、隣で「いやー誕生日覚えてるやん♪ええやつやなー」などと勝手に浮かれていたのですが、

「あさって、スタッフのSが誕生日なんですよ」


……あっそ。


さらに「みんなも誕生日がありますよね。今からハッピーバースデーを歌うので、1番は”はぴばーすでーS”で、2番は”はぴーばーすでーみんな”ということで、みんなに捧げます!」


……いや、別にえーねんけどさ。別に。傷ついてないし(でも隣の友人の顔が見れない)。


いや、ホンマは、ごっついさりげなくですが「実は今見にきてくれてる人の中に、今日が誕生日の人がいるんですけど」と云ってくれましたです。

まあでも、スタッフ(ボランティアだが)と一友人なら、やっぱりスタッフが優先になるよね。わたしでもそうすると思うし。


ところで、友人のライブを見るのは実に4年?ぶりくらいなのですが、何や歌もえらいうまなっとるし、親衛隊みたいなんもついとるしで、高校時代にエアロスミスのコピーバンドでキチガイのように雄叫びを上げていた友人を見ているわたし(と一緒に来た友人)としては、ヒジョーに感慨深かった次第でありました。
多分、一番大事な男友達(つうか、腐れ縁ですね)であるこの男が成長している姿を見ると、わたしも負けてられんなと思うのです。そんで久々にHPの原稿なんかアップしちゃってるわけです。


全体的には冴えない誕生日でしたが、最後はライブで元気をもらって帰って来ました。だからまあ、いい誕生日やったということにしとこう。


つうことで、友情に厚いわたしですので、バンドの宣伝でもしといたろ。
ピーポーインザプラネットHP
http://www.peopleintheplanets.com/top.html
↑ここでCDが買えます。ウェブ上に音源があればなおベターなのですが、今んとこないみたいですね。
CDは全7曲入り。ちなみに、わたしが好きなのは、2~4曲目です。
別に友達やからオススメしているワケではなく、ほんまにええバンドやと思いますので、ひとつよろしくお願いします。


…と宣伝しとけば、CDの売上の10000分の1くらいはもらえるかも…10000分の1って、なんぼくらいか知りませんけど…。


関西圏の方は、ライブも見に行ってやって下さるとうれしいです。10月11日、京都「拾得」で、無料でライブが見られます。おひまな方はぜひ。無料ですから(笑)。わたしも行こうかなと思っとります。


ちなみにバンド名は、「地底人」という意味だそうです。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 次ページ >> ▼ /

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。