大阪発・筆跡診断士 山上りるも 筆跡は心の鏡

筆跡診断士としての活動(全国での講演・イベント・執筆・筆跡診断士養成他)。平成23年に患った卵巣癌のことから、「がん」が教えてくれたことの講演活動、愛犬・小太郎のこと、日々の出来事を書いています。

4年前の今日、ブログとFacebookに投稿した記事・・・

自分が歩んできた道、後悔はしたくないが振り返ることは大切だと感じています。

Facebookは、振り返る機会を与えてくれる

この時の出来事はとても辛かったけど、私にとって必要な学びだった思っています。

そして
今の私の糧になっているのだと・・・・・

癌克服日記⑭ 




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筆跡診断士の山上りるもです。

きのう、昨年の11月に「がんが教えてくれたこと」の講演に参加してくださった方からうれしいメッセージが届きました。

少し長いですが、よろしかったら読んでみてください。

たった今、筆跡診断のお客様(男性)から、LINEに届いたメッセージ‼︎
あまりに嬉しくて「ウルッ」てきました󾌹
良かったら読んで下さい…。
メッセージを下さった方は、私が昨年の11月からスタートさせた講演…「がんが教えてくれたこと」に参加し...

山上 りるもさんの投稿 2016年8月2日


フェイスブックの中でご紹介している「くじけないで」の本からは、生きる力と勇気をいただいたものでした。


生きる力 

九十を越えた今
一日一日が
とてもいとおしい

頬をなでる風
友からの電話
訪れてくれる人たち

それぞれが
私に
生きる力を
与えてくれる


少しでもがんと向き合っている方の力になれたら・・・・

寄り添うことができたらうれしいなと思います。



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「兄達への報告」
2010年12月半ば・・・

私には、2人の兄がいます。
名古屋在住(7才上)の長男と、宝塚在住(2才上)の次男。
父母はすでに他界している為、私にとって2人の兄と主人が、唯一、心強い見方でした。

「癌かもしれない」「手術をしなければいけない」
兄達にこの事を伝えなければいけない・・・しかも、慌しい年末に・・・とても、気が重たかったのを覚えています。

まず、次男に電話・・・
私・・・「手術せなあかんようになった。」
兄・・・驚いた声で「なんでや。」
私・・・「卵巣癌かもしれへん。」

少しの間沈黙があり

兄・・・「まじか?ほんまか?・・・今度は、お前が癌か?」と・・・。
驚いてはいたものの、冷静さをよそおっているように感じました。

そう、この3年前に母が、すい臓癌で他界。
更に、母が亡くなる3年前に父が胃癌で他界していたからです。

幼い頃から次男は頼りになる存在でした。
体育会系で今も相変わらず口は悪く、幼い頃から私との喧嘩が絶えませんでしたが、昔から、私が困っている時、苦しんでいる時、深く内容は聞かず見守ってくれる人でした。

私が短大生の時の事・・・
苦しくて悲しくて、どうしようもない事が起きてしまいました。
数日間、自分の部屋にこもり、はじめて「死にたい」と、思った瞬間でした。

隣の部屋にいた兄は、私の身に何が起きたかはわからないが、何かを感じとったのでしょう。

ある日、突然、私の部屋に入ってきて、何も聞かず唐突に

「お前、今、死にたいんやろ」といってきました。

黙っている私に、恐ろしい顔で

「何があったか知らんけど、お前が死ぬんは自由や!」
「そやけど、突然死なれたら、家族やまわりが1番大変や」
「どうしても、死にたいんやったら、こっちも準備が必要やから、俺に一言いってから死んでくれ」と・・・。

ぶっきらぼうにいい、家から出ていきました。

乱暴な言葉に聞こえますが、兄の言葉に号泣し「死にたい」と、思った事を深く反省しました。
同時に、兄の言葉に感謝したのを覚えています。
この時は「自ら、命を絶ちたい」という感情でした。

しかし、今回は
「癌かもしれない」
「命を絶ちたくないのに、命を絶たなくてはならない状況になるのでは・・・」と。

兄と電話をしている時に、ふ!と、あの時の事が思い出されました。


今回も、兄は、昔と変わらず・・・病状に関して細かく私に聞いてくる事はありませんでした。

ただ、ひとこと
「まだ、癌と決ったわけじゃないやろ?」
「手術日が決ったら・・・何かあったら電話くれ」といい、わずか5分位で電話を切りました。

すると、その数分後、電話が鳴りました。
兄の奥さん(義姉)からでした。
兄は、私との電話を切ったあと、どうやら奥さんに私の事を伝え「りるに電話をするように」と、いったようです。

私の病気が婦人科系という事、同姓の姉妹がいない事、母も亡くなって入る為誰にも相談できない私に対して
「女同士のほうが話しやすいだろう」と考えての電話だったようです。

私は、義姉からの電話が嬉しく、今まで主人にしかいえなかった不安や苦しみを全部伝えました。姉は優しく私を励ましてくれ、向き合ってくれました。
もちろん、姉はその電話の内容を全てを兄に伝えていたのと、兄は、私の主人にも直接電話をして「何かあったら連絡を下さい」といっていたようです。


その後、名古屋在住の長男に電話をしました。
長男は、次男とは正反対の性格。
どちらかというと、穏やかな口調、頑固だがおとなしいタイプ。
人が良すぎるところがあります。

私とは年が離れていたせいか、今まで長男と喧嘩した記憶がありません。

長男にも、次男と同じように病状を伝えたところ、かなりショックを受けていたようです。
「お前も癌か・・・」
「俺らは、やっぱり癌家系か?」
「俺も癌になるんかな?」と・・・。

長男とは、病状について電話で細かく話しをしました。

病院嫌いな長男・・・
食事に関しては人一倍気をつけていて、東洋医学に関する講演等には積極的に参加していました。その内容を、私に細かく報告してくれたり、講演に誘ってくれたりする兄でした。

体に良い食べ物は積極的に取り入れる・・・また、自身が飲んでいるサプリメント等も、教えてくれるのが長男でした。
私にとって「物知りな兄」という存在。

また、極端にいえば、薬は飲まず「病気は気合で治す!」というタイプ。
「そこまで徹底するか?」という位・・・昔からこんな感じでした。

報告の電話の中で、突然、兄が思い出したかのように、自身が飲んでいるサプリメントの話しを始めたのです。

そのサプリメントを開発した先生が「確か、癌や、数々の難病の人を救っている!と聞いた事がある」と、口にしたのです。

私は、まだ癌と決ったわけじゃありませんでしたが、いずれにしろ手術が必要。
兄が「万が一の時、その先生ならお前を助けてくれるかもしれない。」といったのです。

私は、嬉しさと驚きで舞い上がったのを覚えています。
いつも、追い込まれた時に「ヒント」や「気づき」を与えてくれる兄に感謝しました。

そして、すぐに、そのサプリメント会社に電話。
「どうしたら、先生に会えますか」と。

実は、その先生は高知県の土佐にある病院の院長という事がわかりました。

しかし、年末になると病院は休みになる。
年内に何としてでも先生に会いたい。
高知県まで行くしかない。
そんなふうに心の中で思っていたところ
「先生は全国に診療所を持っており、数日後(12月26日)新大阪の診療所に行かれますよ」と、教えてくれたのです。
そして、無事、予約をいれる事ができたのです。

また、26日は日曜日だった事もあり、主人も仕事が休み。
2人で病院に行ける・・・心強く感じていました。

心の中は不安と期待でいっぱいでしが
「何かが変わるかもしれない」
「助かるかもしれない」という気持ちになりました。

そして、後日、その思いは的中・・・。


この2年間、色んな先生に助けてもらいました。
今も、原因のわからない体の痛みがありますが、今も私が生きていられるのは、N先生との出会い・・・N先生をなくしては語れません。

そして、
2010年12月26日・・・私の心に大きな変化が・・・







次回に続く・・・。

筆跡診断士・りるものホームページ
http://www.rirumo.com/

ガンの辞典
www.gan-jiten.com

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