開山記

労働と思索の日々


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紀元前二世紀後半に、西北インドを支配していたギリシャ人の国王ミリンダが、仏教僧ナーガセーナに、輪廻について聞いた。


王、「尊者ナーガセーナよ、次の世に生まれ変わるものは何なのですか?」


僧、「大王よ、実に名称・形態が次の世に生まれ変わるのです」


王、「この現在の名称・形態が次の世に生まれ変わるのですか?」


僧、「大王よ、この現在の名称・形態によって、善あるいは悪の行為をなし、その行為によって他の新しい名称・形態が次の世に生まれ変るのです」。


名称とは、心のように言葉でしか表せない抽象的なもの。


形態とは、身体のような具象的なもの。


ここでは、現在の存在がそのまま次の世に生まれるのではない、といっている。


続けて王、「尊者よ、もしもこの現在の名称・形態が次の世に生まれ変わるのでないならば、人は悪業から免れることになるのではありませんか?」


僧、「大王よ、実に死と共に終わる現在の名称・形態と次の世においてまた生まれる名称・形態とは別のものであるけれども、後者は前者から生じたのです。


それ故に、彼はもろもろの悪業から完全に免れないのです」。


『輪廻転生』、pp32-4


これは、私には抵抗なく受け入れられるが、皆さんはどうですか。



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