大家族主義経営 星野 修

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1泊4980円のスーパーホテルがなぜ「顧客満足度」日本一になれたのか?
スーパーホテル会長 山本梁介著
「お客様との「距離」を縮めたいという思い」







例えば、日常生活において、それほど懇意な関係になくとも、顔ぐらいは知っている人とすれ違ったりしたとき、軽く会釈くらいはするのが礼儀というものです。


ただそうするだけでも、お互いの距離は縮まります。


同じように、スーパーホテルは少しでもお客さまとの距離を縮めたいと思っています。


もちろん、「お客さまとホテルの従業員」という関係は厳然としてあります。


しかし、「スーパーホテルだけはほかのホテルとは違う」と感じて頂きたい。


ほかのホテルなら、黙々と業務をこなすだけのフロントでも及第点かもしれません。


しかし、スーパーホテルでは、笑顔で明るく、たとえお天気の話題ひとつのことでも、心が和むようなお声がけを心がけています。


どんなお声掛けをするかはスタッフによって、いろいろでしょう。


スーパーホテルでは、それぞれが「どうすれば、お客様の心が和むか」を自発的に考えて対応するように指導しています。


そこで問われるのが、その人の「人間性」「感性」というわけです。


私は日ごろから「人間性を、感性を磨きなさい」と言ってます。


しかし、どうしたら人間性や感性を磨けるでしょうか?


「私に「感性」といわれてもそんなものがあるのかわかりません・・・」


「これまでそんなことを考えて生きてこなかったので、何もないといったほうがいいかもしれません」


「だから、お客様に「プラスアルファの一言」といわれても、何をいったらいいかわかりません」


そう訴える新人の女性のスタッフがいました。


果たして「何もない人間」などいっるのでしょうか?


彼女は素敵な笑顔があり、明るい笑い声がありました。


私はその彼女の笑顔を見てこう答えました。


「大丈夫です。その笑顔さえあればフロントの仕事は務まります」


求めるだけでなく、与えること。


それをつねに自分の生き方の指針として自覚していれば、人は幸せな気持ちにすることがでるはずです。


人を幸せにできれば、自分も幸せな気持ちになれる。


その「ウィンウィン」の関係が、知らず知らずのうちに人間性を養い、感性を磨くことにつながるのだと思います。


満足はマニュアルで実現できますが、「感動」は人間性しか与えられないのです。


そして、たとえお声かけやプラスアルファの一言でも、それが人間性に培われた誠実さから出た言葉、あるいは行動なら、相手の心に届くものだと私は信じています。

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人に与えることで感性を磨く。

求めてばかりいても、感性や人間性は磨かれない!

与える生き方をしたいですね。



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NO.1リーダーを支える「英断の言葉」
西田文郎著

「リーダーに必要なのは、夢と、夢を語り合える友である」

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夢を語り合える友がいますか?


友と夢を語り合えば、あなたの夢は大きく膨らみます。


友と夢を語り合えば、未来を具体的に思い描けます。


友と夢を語り合えば、孤独でなくなり、自分が信じられるようになります。


夢を語り合った友は、あなたの支えになってくれます。


夢を語り合った友は、あなたの理解者となり、ブレインになってくれます。


夢を語り合う友を持つことで、あなたの夢は強化されるのです。


ですから成功者の多くは、本気で夢を語り合えるナンバー2を持っています。


一番有名なのはホンダの創業者・本田宗一郎さんと、大番頭の藤沢武夫さんでしょう。


とくに最初の頃は、まわりの社員が「もしや」と疑うぐらいいつも2人一緒で「どんな会社にするか」「どんな会社にしたいか」それを延々と語り合っていたといわれます。


ここで言う「友」は友達に限りません。


皆さんは一緒に働く仲間、部下やスタッフに自分の夢を語っていますか?


夢をシュアしていますか?


経営者であれば、社員はみんなあなたの夢に参加する人たちです。


そのためにも夢を共有する必要があるのです。


人を動かすのは、数値目標やノルマではありません。


経済的な見返り、インセンティブも、心から人を動かすことはできません。


リーダーと夢(目的)を共有できたとき、人ははじめて自発的に動いてくれるのです。


会社・チームのパワーを引き出すのは、人材管理ではありません。


管理以前にみんなが、あなたの夢に参加してくれるかどうかです。


成功のために一番必要なのは、夢を語り合える友=仲間を持つことなのです。

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夢を語り合える友を持つことはすごく大切だと感じます。

語り合った分だけ実現していくなぁ~

って思います。

夢を語り合っていきましょう!!




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大橋巨泉「第二の人生」これが正解!
「若いうちにやっておきたいこと」







かつて「若いころはガムシャラに働きなさい」と書いた。


若いころは、ひたすらガムシャラに働くしかないし、働くべきだ。


今のボクに「人生やり直せ」と言われても、ちょっと無理。


20代、30代に戻してくれるなら、やり直しがきくだろう。


もちろん人間には、やり直しがきかないこともある。


志半ばで死んでしまうことだってある。


そうなったら仕方がないんだ。


諦めるしかない。


正直なところ僕も若いころは貧乏生活を経験したことがあった。


年を越せないみたいなこともあったけど、でもやり直しがきいた。


「早稲田に受かったら大学へ、落ちたら家業を継ぐ」と決めた。


大学に受かったから家業を継がなくてすんだ。


人生最初の大きな賭けに勝ったわけだ。


父はカメラ商をしていた。


父も江戸っ子の職人だった祖父の仕事は継がなかった。


詳細があったらしく、行商から始めて両国に店を構えるほどになり、京橋にも支店をだし、当時珍しかった自家用自動車を持つほどに成功した。


だが大学に受かった僕は、家業を継ぐどころか、自分でも想像もつかなった仕事をするようになった。


戦後、日本にアメリカの音楽が一気に入ってきて、僕も夢中になった。


高校生の頃は本格的にジャズにはまっていたが、大学に入ってジャズ評論家の原稿を書くようになっていった。


漠然と「自分を表現できる仕事を就きたい」と思っていた。


その一つが当時流行していたジャズ喫茶での司会だった。


それで食べられるようになっていたが、「学費は4年までしか出さない」と父に宣告されていたので、卒業は諦め、ジャズ評論家で身を立てようとしたのである。


ところが最初の結婚の時にその条件として「安定した家計を」と言われ、後を継ぐ気はなかったが、父の会社に勤めることになった。


やってみたものの会社勤めはまったく向いておらず、半年しかもたなかった。


それでも時代は急激に変わっていく。


ジャズ評論家だけでは食えないし、司会の仕事でもなかなか食えない。


このままでは年を越せない。


という窮地も味わった。


その後、なぜか作詞の仕事が来て、映画の主題歌つくりに参加する。


歌ったのはなんと、石原裕次郎であった。


それがアメリカの曲の訳詞という仕事につながっていく。


音楽の仕事を中心に、テレビ局、レコード会社、ラジオ局などの仕事をしながら、徐々にテレビの仕事が増えていった。


いつしかテレビの放送作家、そして司会、さらに企画へと発展していったわけだ。


ごく簡単に振り返ると、順風満帆のように見えるが、実際はそんな生易しいことではなかった。


若さと生まれ持った楽天主義で乗り越えてきたようなものだ。

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人生はみんな波乱万丈!

一人一人の人生に波乱がありますね。

「リタイヤ後の人生は、自分のための人生。自由に楽しく生きよ!」
by巨泉



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