今の福島の被災動物の現状について
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写真: 【今の福島の被災動物の現状について】
2011年はHOSHI FAMILYのような原子力レスキューに限らず、多くの愛護組織が警戒区域に取り残された住民のペットを救おうと努力してきました。一番の最盛期である2013年3月末から4月だけで3万頭いたペットのうち2000頭近いペットが救われました。しかし、菅直人総理が4月22日に警戒区域を設定してからは中に入るものは殆どなく、私たちのような非合法レスキューが活動しただけでした。
警戒区域20km圏内にはたくさんの犬が目立ちました。その犬たちも飢えと渇きで夏になる頃には次々と餓死していきました。夏の終わりにはすでに90%の犬が餓死していたと思います。
秋になり、犬たちの出産もありましたが現実には育ちませんでした。犬はもう100頭も生き残っていないだろうと思われましたが、代わりにまだ5千匹以上の飼猫が生き残っているのが分かり、年末からは猫を救援するようになりました。この頃はまだ15歳を超えるような高齢な猫もまだ生き延びていました。
しかし、1012年の二度目の冬、多くの高齢な猫は飢えと寒さに耐え切れず凍死していくものが目立ちました。2012年は、もう7~8歳以下の猫しか生き残っていませんでした。2度目の夏が過ぎる頃には、殆ど5歳以下の猫しか保護できなくなっていました。3度目の冬、2013年になるともうこれらの猫もいなくだろうと予想して、今度が最後の救援になるだろうと予測していましたが、残念ながら私たちは公安に逮捕され、1年の1/4を拘置所で過ごす羽目になりました。4月末に保釈申請が降りた頃には、ネットで他の組織が保護した猫は、どう見ても野生の猫ばかりの震災後に生まれた猫ばかりになっていました。それは統計的に野生の猫でさえ3-4年しか生きられないという事実が今の現状を示しています。
最近でも、インターネットでは20km圏内から救われた猫の写真を掲載して寄付金を募る人たちがいます。殆どが実体のないような組織ばかりです。その写真をよく見てください。全てが若い猫ばかりでシャーシャーと唸り、牙をむいて怒る猫たちです。人間を知らない、飼い主もいない野生の猫を人間のエゴでレスキューしています。それは猫たちにとって幸せなことでしょうか。野生の猫は1年過ぎても抱っこさえ出来ないものがほとんどで凶暴です。無理にケージに閉じ込めて飼育することのほうが虐待になりかねません。人間を知らない動物は自然に任せるのが良いのだと思います。
しかし、人間の手で育てられた猫を救うちは、確かにその価値がありました。それは、ペットとして育てた人間の責任でもあったはずです。家族がペットと別れ別れにさせられ、原子力災害で強制避難させられた住民の皆様への救いの手でもありました。
でも・・・もう20km圏内にはペットはもういません。
2年目までに救われたペットが、今も民間シェルターでその命を繋いでいます。そこには、飼い主や里親が見つかるのを待っている動物たちがいます。
人間と関係を築いた犬や猫たちは10~20年は生きることができます。それはとても長い年月です。
それを支えているのが、福島でシェルター運営を続ける「にゃんだーガード」さんのような愛護組織です。新潟の「アニマルフレンズ新潟」さんにも、沢山の被災動物がいます。
ですから、皆様にお願いです。
もう被災動物のレスキューへの寄付は無用です。その代わり既にレスキューされた動物たちが里親に行き幸せを掴むまで、後数年でよいですから、これらの組織を応援していただきたいと思います。
【新潟県のシェルターに収容したペットを再び人間の手に戻す運動をしています】
350頭を抱えて資金難で困っています。第一優先で支援をお願いします。
「アニマルフレンズ新潟」シェルターにアマゾンから支援物資を送る
http://www.amazon.co.jp/wishlist/L0XBJQU7XUF5
支援金のご協力をいただける方は(カード決済)
http://www.af-niigata.org/?p=4275
郵便振替口座番号:00510-6-61632
加入者名:アニマル・フレンズ・新潟
三菱東京UFJ銀行 新潟支店 普通口座:0056934
加入者名:アニマル・フレンズ・新潟
【愛知から出てきて福島に骨を埋め住民様と連携しながらて活動しています。】
「にゃんだーガード」シェルターにアマゾンから支援物資を送る
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/2YBMHAJBY265N
支援金のご協力をいただける方は、
ゆうちょ銀行 二一八(ニイチハチ)支店普通口座 3533562 にゃんだーガード( 記号12130 番号35335621)
そして、もう一つ
ある地域だけには例外がありました。それは20km圏外の飯舘村周辺です。ここには沢山の犬がいました。しかし、殆どが番犬として飼育されていた犬でした。この犬たちは人間のエゴで飼い主からも見捨てられていました。餌も水も与えられず、放置されていたのです。しかし、他人の敷地の犬を持ち出せば泥棒にされます。それでも見かねて、今まで餌を与えに通い、命を繋いできて人たちがいます。
ですから、まだ生き残っている150頭の犬のために、もうひとつの組織にも物資の寄付をお願いしたいと思います。
個人活動組織 平山ガンマン
https://www.facebook.com/ganmann.hirayama/
〒277-0903千葉県柏市緑台8-1ガンマンの家090-8800-7259
これは、全国の良心のある皆様への要請です。
そして、被災地福島出身の皆様、見ず知らずも者たちが、この2年半を献身的に福島の為に尽くしてきたのだとうことも心に留めて頂ければ幸いです。今こそ、その恩を返すべきだと思います。
賛同者 HOSHI FAMILY ANIMAL WELFARE
星 広志


【今の福島の被災動物の現状について】
2011年はHOSHI FAMILYのような原子力レスキューに限らず、多くの
愛護組織が警戒区域に取り残された住民のペットを救おう
と努力してきました。一番の最盛期である2013年3月
末から4月だけで3万頭いたペットのうち2000頭近い
ペットが救われました。しかし、菅直人総理が4月22日
に警戒区域を設定してからは中に入るものは殆どなく、私
たちのような非合法レスキューが活動しただけでした。

警戒区域20km圏内にはたくさんの犬が目立ちました。
その犬たちも飢えと渇きで夏になる頃には次々と餓死して
いきました。夏の終わりにはすでに90%の犬が餓死して
いたと思います。

秋になり、犬たちの出産もありましたが現実には育ちませ
んでした。犬はもう100頭も生き残っていないだろうと
思われましたが、代わりにまだ5千匹以上の飼猫が生き残
っているのが分かり、年末からは猫を救援するようになり
ました。この頃はまだ15歳を超えるような高齢な猫もま
だ生き延びていました。

しかし、1012年の二度目の冬、多くの高齢な猫は飢え
と寒さに耐え切れず凍死していくものが目立ちました。2
012年は、もう7~8歳以下の猫しか生き残っていませ
んでした。2度目の夏が過ぎる頃には、殆ど5歳以下の猫
しか保護できなくなっていました。3度目の冬、2013
年になるともうこれらの猫もいなくだろうと予想して、今
度が最後の救援になるだろうと予測していましたが、残念
ながら私たちは公安に逮捕され、1年の1/
4を拘置所で過ごす羽目になりました。4月末に保釈申請が
降りた頃には、ネットで他の組織が保護した猫は、どう見
ても野生の猫ばかりの震災後に生まれた猫ばかりになって
いました。それは統計的に野生の猫でさえ3-4年しか生
きられないという事実が今の現状を示しています。

最近でも、インターネットでは20km圏内から救われた
猫の写真を掲載して寄付金を募る人たちがいます。殆どが
実体のないような組織ばかりです。その写真をよく見てく
ださい。全てが若い猫ばかりでシャーシャーと唸り、牙を
むいて怒る猫たちです。人間を知らない、飼い主もいない
野生の猫を人間のエゴでレスキューしています。それは猫
たちにとって幸せなことでしょうか。野生の猫は1年過ぎ
ても抱っこさえ出来ないものがほとんどで凶暴です。無理
にケージに閉じ込めて飼育することのほうが虐待になりか
ねません。人間を知らない動物は自然に任せるのが良いの
だと思います。

しかし、人間の手で育てられた猫を救うちは、確かにその
価値がありました。それは、ペットとして育てた人間の責
任でもあったはずです。家族がペットと別れ別れにさせら
れ、原子力災害で強制避難させられた住民の皆様への救い
の手でもありました。

でも・・・もう20km圏内にはペットはもういません。
2年目までに救われたペットが、今も民間シェルターでそ
の命を繋いでいます。そこには、飼い主や里親が見つかる
のを待っている動物たちがいます。

人間と関係を築いた犬や猫たちは10~20年は生きるこ
とができます。それはとても長い年月です。

それを支えているのが、福島でシェルター運営を続ける「
にゃんだーガード」さんのような愛護組織です。新潟の「
アニマルフレンズ新潟」さんにも、沢山の被災動物がいま
す。

ですから、皆様にお願いです。
もう被災動物のレスキューへの寄付は無用です。その代わ
り既にレスキューされた動物たちが里親に行き幸せを掴む
まで、後数年でよいですから、これらの組織を応援してい
ただきたいと思います。


【新潟県のシェルターに収容したペットを再び人間の手に
戻す運動をしています】
350頭を抱えて資金難で困っています。第一優先で支援
をお願いします。
「アニマルフレンズ新潟」シェルターにアマゾンから支援
物資を送る
http://www.amazon.co.jp/
wishlist/L0XBJQU7XUF5

支援金のご協力をいただける方は(カード決済)
http://www.af-niigata.org/
?p=4275

郵便振替口座番号:00510-6-61632
加入者名:アニマル・フレンズ・新潟

三菱東京UFJ銀行 新潟支店 普通口座:0056934
加入者名:アニマル・フレンズ・新潟

【愛知から出てきて福島に骨を埋め住民様と連携しながら
て活動しています。】
「にゃんだーガード」シェルターにアマゾンから支援物資
を送る
http://www.amazon.co.jp/
registry/wishlist/
2YBMHAJBY265N

支援金のご協力をいただける方は、
ゆうちょ銀行 二一八(ニイチハチ)支店普通口座 3
533562 にゃんだーガード( 記号12130 番号35335621)

そして、もう一つ
ある地域だけには例外がありました。それは20km圏外
の飯舘村周辺です。ここには沢山の犬がいました。しかし
、殆どが番犬として飼育されていた犬でした。この犬たち
は人間のエゴで飼い主からも見捨てられていました。餌も
水も与えられず、放置されていたのです。しかし、他人の
敷地の犬を持ち出せば泥棒にされます。それでも見かねて
、今まで餌を与えに通い、命を繋いできて人たちがいます

ですから、まだ生き残っている150頭の犬のために、も
うひとつの組織にも物資の寄付をお願いしたいと思います

個人活動組織 平山ガンマン
https://www.facebook.com/
ganmann.hirayama/

〒277-0903千葉県柏市緑台8-1ガンマンの家0
90-8800-7259

これは、全国の良心のある皆様への要請です。
そして、被災地福島出身の皆様、見ず知らずも者たちが、
この2年半を献身的に福島の為に尽くしてきたのだとうこ
とも心に留めて頂ければ幸いです。今こそ、その恩を返す
べきだと思います。

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ブライアンさんはジョニー(ブライアンさんはガイガーと呼んでいます)にメロメロです。ジョニーを里子にと名乗りを挙げた方も複数いたのですが、ブライアンさんがジョニーに情を移してしまい、「他の人には譲りたくない」と言うので、...。ブライアンさんに引き取ってもらいました。とても元気ですが、福島での体験はトラウマとして残っているようです。付根に深い裂傷痕のある左耳や前脚を触られるのを極度に嫌がります。被災地での野良生活で負ったと思われる左の目尻から頰にかけてかなり大きな裂傷痕と右の犬歯の欠損が野良生活の苛酷さを彷彿とさせます。預かった当初、白髪が目立ったジョニーの顔は、元の毛色を取り戻したように見えます。
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【HOSHI FAMILYが見た警戒区域2011年12月 120枚 】

12月、すでに夏の間に1万匹以上のペットがすでに餓死していました。この頃になるとほとんど犬は見かけなくなっていました。「見捨てられた命を救え」を出版をし、その惨状を訴える一方で救援は続いていました。猫を収容したシェルターは30匹を越え、順次救援するために譲渡会を積極的日主催するようになりました。

環境省主導で初のの民間組織により捕獲もありましたが、これは種類審査を厳しくして、ニュースではいかにも政府主導で救援しているというイメージ作りでしたが、1ヶ月の期間中参加したのは少数の団体で、大半は最後の1週間しか参加させないという環境省の策略でした。HOSHI FAMILYはこの時最大の住民からの救援依頼数を持っていました。

そこで、アニマルフレンズ新潟とハート徳島を加えた3連合で参加する予定でしたが、途中でこの民間救援が、オフサイトセンターと環境省の民間愛護者のブラックリストを作成するための罠であることを知り参加を断念して住民との連携だけで救援を続けることにしました。そして、この民間救援は予想どうり一度だけで打ち切られました。

このころから、警戒区域では牛を集めて殺処分するための柵の構築がいたるところで始まり、最初の除染試験作業が始まった頃でした。




【HOSHI FAMILYが見た警戒区域2011年11月 290枚 】公開

11月はさらに警察の警備が厳しくなり監視カメラも増えていきました。その対策として­自転車潜入も行うようになりました。

この頃になるとバリケードからの潜入は厳しくなり、自動車で潜入できるのは星親子だけ­で、他のメンバーは連れて行けなくなってきましたので潜入と住民と連携した一時帰宅の­救援の二つに別れました。夏を過ぎて犬の多くは餓死してあまり見かけなくなりましたが­、猫はその殆どがまだ生きていてまだ1万匹は生息していると思われ、首輪をつけたまま­の状態でかなり保護できました。

既に閉鎖された牛舎は全滅しミイラ化した死骸が多数ありました。逃げ延びた約2000­頭の牛だけが野草を求めて徘徊していましたが、生き延びた動物たち全てに厳しい冬が訪­れようとしていました。そして、この惨状を少しでも多くの方に訴えようと写真展や被災­ペットの飼い主を求めて必死で活動していましたが、政府の情報統制中で知る人は僅かで­した。

(曲は友人の藤幸之介氏から提供いただきました)