3.11 今日思うこと。

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みなさん、おはようございます。さいままです。

今日は3月11日。4年前、東日本大震災が起きた日ですね。

私は当時、千葉県市川市に住んでおり、前日から熱を出していた長女と自宅にいました。
そしてあの日のあの時間。。。
一瞬、直前にハッとするような緊張感の後、グラグラグラグラグラ~~~~~!!!
ものすごい勢いでマンションごと左右に揺さぶられ、びっくりして飛び起きた長女(当時幼稚園の年中さん)が
必死に私にしがみついてきました。私は倒れてくるものがない場所にいることを
瞬時に目視で確認し、そのまま低い姿勢で長女をしっかり抱きしめその場で様子を見ていました。
とても自分の感覚が冷静だったことを覚えています。

一度目のものすごい揺れの後、また余震がたびたび来ました。

最初のほどではないけれど、震度3~4クラスのものが何度も。。。
地震の警報アラームのような音が携帯からしょっちゅう鳴って、
それがまた当時ものすごく恐ろしい音だったように思います。
長女はその音が鳴るたび、飛ぶように私のところにやってきてしがみついてきました。

幸い、物が少し倒れた程度で我が家と私・娘に何の被害もありませんでしたが、
状況を連絡しようにも、電話回線がパンクし、関西の実家や夫とも連絡がとれず。。。
でもあの時、ツイッターとミクシィをやっていた私は、その2つのネット経由で
近所のママ友と連絡をとりあい、安否を確認しあいました。

その後の断水や計画停電など、さまざまな出来事が起きている時も、
SNSを通じて子育て中のお母さん達同士、水を確保する情報や食料を確保できる情報
行列をなしていたガソリンスタンドの状況に至るまで必要な情報を共有しながら
必死で子どもや家族を守る強い気持ちで一日一日を過ごしてきました。

あれほど本気でその日一日一日を自分の頭で考え、危機感をもって生きたことはおそらく
それまでの人生、なかったでしょう。

それぐらい、私の人生に大きく爪あとを残す一日だったと思います。
あの地震や津波で命を落とされた方がたくさんいらっしゃいます。

あの地震で、誰もが命を失う可能性を持っていました。
たまたまあの場所、あの時間にどこどこにいたから。。。
また、逆もいえます。
あの時、あの時間にたまたまあの場所にいなかったから、命が助かった。
そんなものすごい偶然や必然の中、今残っている私たちは生かされています。

それには必ず何か意味があるのでしょう。
お役目というのか何と言っていいのか?私にもわかりませんが、
まだ生きて、やるべきことが私にはきっとあるのでしょう。
そしてこれを読まれているあなたにも。。。

今日、4年前の地震が起きた時間。。。
亡くなった方へ手を合わせると同時に、
残されて生かされた自分のこれからについてもよくよく考えたいと思います。

人はいつか必ず亡くなります。
その残り時間をどう使うか?
つい忘れがちな、そのことを、今日は自分ごととして向き合い、考えてみたいと思います。



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