2008年03月02日

食べちゃいたい

テーマ:BOOK-エッセイ

野菜の気持ちになって。。。にやっと笑う   ★★★★

 
佐野 洋子
食べちゃいたい

『100万回生きたねこ』の佐野洋子さんの本。

これは、野菜や果物の小さなお話。


ねぎ、れんこん、だいこん、山芋、じゃがいも、パセリ。。。。。

キウイ、パイナップル、メロン、ブルーベリー、ぶどう、ざくろ。。。。。


ちょっぴり皮肉で、オカシイ。

出だしは、ふつうの人間みたいな独白からはじまり、あれってって思ってると

その人は実は野菜だったのです。

。。。。というような、カンジです。


ひとつひとつに、作者の絵も付いている。


この本は、時々取り出して、

声に出して読んでみるのもいいな~~。

まるで自分が野菜になったように。







本よみうり堂 に佐野洋子さん自身の文章があったので、引用させていただく。

http://www.yomiuri.co.jp/book/column/pickup/20051206bk02.htm


書物素晴らし 恋せよ乙女

 

 私は一生の大半を活字を読んで来た。仕事よりも家事よりも字をながめていた時間が圧倒的に多く、そして全て忘れた。このごろはますます忘れる。バックグラウンドミュージックの様であった。ジャンルなど、めちゃくちゃ。勝手に私の中で流行(はや)りすたりがあり、手に入るかぎり一人の作家の本を読み、又どこかにさすらって行った。
 今悔いている。若い時は活字の中の青春よりも生身の青春を生きるべきであった。千冊の本の中の色恋よりもただ一回であっても五体で経験する己(おのれ)の色恋の方が限りなく豊かであったはずである。そして現実に色恋に突入すると世の中の美しい恋物語などこの世から消滅した。

 下らない本にぶちあたると、どこまで下らないか調べるために最後まで読んだ。読みながら毒づくのが好きだった。素晴らしい本を読むと人に共感して欲しくて無理に貸した。だから素晴らしかった本は私の手元になくなった。貸した人を忘れるからである。

 ふり返ると私は書物の夢の島に立ってる気分である。私の人生も夢の島の様に見える。かつて光り輝いていた時も降りつもる時間の中にまぎれてうす昏(ぐら)い。67くらいになるとそう思うのじゃ。

 私は正しい姿勢で本を読んだことがない。子供の頃は背中に妹をくくりつけたまま、たたみの上に腹ばいになりながら、大人になってからは電車の中で、スパゲッティをゆでながら本を読んでいた。そしてほとんどの本はふとんをかぶりながら寝床で読んだ。

 今婆さんになって一日中ベッドの中で本を読み、あー何て幸せなんだろうと思う。私にとってたった一つの快楽だったのだ。だから私はずっと幸せだったはずだ。

 本を読んでも利口にはならない。毛沢東は晩年歯に緑色のカビを繁殖させたまま大きなベッドに本を散乱させたまま寝床から出なかったそうでぞっとする。汚いじゃないか。青少年諸君よ、よく遊べ、よく遊べ。そして恋せよ乙女(死語)!!(絵本作家)




コメント

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1 ■声に出して

読むのも良さそうですね。
面白い本でした!
そして、引用されておられる佐野さんの言葉。
うーん、耳が痛いなぁ。笑

2 ■つなさん

リズムがいいと思いました。
佐野さんの「シズコさん」も読んでみたいですね。

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