久々のライブ

テーマ:

来年行われる吉井和哉氏のツアーのチケットが取れました。

THE YELLOW MONKEY時代からのファンの私はもう嬉しくて仕方がありません。


しかもオールスタンディングです。

でっかいハコでやるのも良いのでしょうが、オールスタンディングのような雰囲気が私はどちらかと言うと好きなので喜びもひとしおです。


あー、早く行きたい!!


この日ばかりは息子を義父母に任せてはじけてしまいたいと思っていますよ。

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信じること。

テーマ:

人を信じる と言う事は 果たして簡単な事なのだろうか?

人によって 其れが容易な事であるかは違うのだろうが。

少なくとも私にとっては 決して容易では無く

また 難儀と謂うほどでも無い。


人に裏切られた事は何度か有る。

其れは例えば友達であったり また 愛する人であったり。

深く傷つき 人間など二度と信じる事は出来ない と思った事も有る。


では何故 今また再び 人を信じる事ができているのだろう。


答えはすぐ傍にあった。

其れは 信じさせてくれる人 が居てくれるからだった。


本当に人を愛し また 愛される事ができれば

自ずと その人を信じ また信じてもらう事が出来るようになる。


今まで愛した人の中には 常に私を欺き

また 私自身も疑う事ばかりしていた人も居た。

欺けば 疑われる。

疑えば 欺かれる。

其れ程 辛く苦しい愛し方は無かった。

常に懐疑心に苛まれ 枯れるまで泣く日々に 私は疲れながらも

止める事が出来ずに 彼を追い続けた。


そんな日々から逃れる事ができたのは

そんな日々から救ってくれたのは あの人だった。


その人とは今 お互い100%の愛と信用とを持ち合わせながら共に暮らしている。


幸せとは こういうものだったのだ。

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便意

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出産予定日が近くなってきた頃、私は毎日「何か予感がする」と言っていた。

これは特に何も感じなくても言っていた。毎日予感がしていた訳ではなかった。


その日も例の如く「予感がする」と言って、買い物を早めに切り上げて帰宅した。

其れは、食事を終えて間もなく襲ってきた。


「便意」である。

取り敢えずトイレへ。

(汚い話で申し訳ないが)「大」の方を出してすっきりし、トイレットペーパーで拭く。

しかし、トイレを出ようと思うとまた「便意」が襲ってきた。

仕方がないので再度座り込み気張る。

でも、いくら頑張っても出ない。出るものは出した感じさえあった。

少し頑張っていると便意が治っていることに気づく。

でもまたトイレを出ようと思った頃に便意が襲ってきた。

これを3・4回くらい繰り返したが出ないので、トイレを出た。

義母と旦那が、いつもよりトイレにいた時間が長かったので「お腹痛いの?」と聞いてくる。

私は状況を説明した。

すると義母が「それって陣痛じゃない??」と言うのだ。

旦那もそう言われると心配になったようで「陣痛だよ、きっと!」と慌て始める。

まさか~。別に痛くないし~」と笑って、「お風呂入ってくる~」と言ったものの不安になる私。

お風呂はササッと済ませ、一応すぐに出かけられるように準備を始める。


でもその頃には、その便意」はどんどん間隔を狭めながら襲ってくるようになっていた。

その頃にはさすがにそれが陣痛と言うものではないかと思っていた。

でもよく「ただの便秘と間違えて病院に行ってしまった」という話を聞いていたのでそれだと恥ずかしいと思って、ギリギリまで「ただの便秘かもよ?」といい続けていた。

でも義母に「陣痛じゃない??」と指摘されなかったらいつまでも気づかないでトイレに篭っていたかもしれない、と今でも思う。

私は、出産とは何かとてつもなくデカいものを出したくなる生理現象なのだ、と思った。

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始めの一歩。

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最近、映画を観ていません。

前は札幌に住んでいて、職場が札幌駅のすぐ近くで、

映画館も近くて休みの日は相方(現在の旦那)と一緒に

よく観に行ってたんですが。


環境が変わり、現在住んでいる市内には映画館がないのです。

でもたまに札幌まで足をのばして観てます。


最近は本当に「たまに」になりつつあります。

生後2ヶ月になる息子がいるからです。

育児に忙しいのです。


そんな中でしたが、私の実家・宮城から実父母が来たので

札幌に迎えに行くついでに「NANA」を観てきました。


感想は・・・。漫画そのまま過ぎて退屈でした。


今は「チャーリーとチョコレート工場」を観たいです。