父親の育て方により宗教や心霊に全く無知の
育て方をされたわたしだったが、父母の死語、
否応なく宗教的、心霊的世界に入って行かざるを
得なかった。

葬儀、法事、遺産、墓地、いろいろな予知の始まり。


父母死後、遺産相続の関係で戸籍謄本から祖父母の

出身地を知った私でした。

道楽ゆえに財を失い、故郷を追われ異郷で死んだ祖父母を

祖父の長男は故郷の土に返しました。祖父の弟が山野を買い

戻していて、気持ちよく墓地の一角を譲ってくれたのです。

粗末な墓を建てながら、(出世して必ず立派な墓石を

立てて見せる)そう決意した長男(宗優子の父のは末子)は

見事に建築事業に成功し、故郷に錦を飾りました。

たぶん、財を、故郷に残ってた親戚の皆さんに配ったり

したのでしよう。山野を買い戻してくれていたのです

から。その時点で祖父母の墓石は、遠い先祖から累々と並ぶ、

どの墓石より大きくて立派なものにしたようです。

祖父一族が大阪に出奔して以来、交流が絶えていて、

バラバラだった親戚一堂はまとまり、なごやかな交流が

はじまろうとしていました。



けれど、残酷な運命が待っていました。まもなく、

長男夫婦は彫刻刀を持った人に死に至らしめられたのです。

まだ50歳になるやならずのうちに、栄華のうちに。

犯人にも遺族がいると思いますので、これ以上は書きませんが。

◇続く



祖父はとうとう、リベンジを果たせず、望郷

の想いのまま、不自然な死を遂げた。

(祖父には三男がいて、私の父は末子だった)



祖父の息子、長男には父親の無念が解っていた

だろう。しかし、若い彼にもまた親父が道楽の果て

取り上げられた故郷の山野を買い戻す力は無かった。

だが、せめて(父親の遺骨は故郷の一隅に納めてやり

たい)

そう考え、故郷に行ってみた長男は驚いた。

屋敷と先祖代々の墓地のある山野は、道楽者だった

祖父と反対に働き者だった弟が買い戻してあったのだ。

むろん、全体ではなかった、と思うが。

祖父の弟は、彼ら一族の物となった屋敷に、

(祖父の弟だから、兄の長男は)甥にあたる長男を

暖かくもてなし、墓地の一角に納骨することを

許可したのだった。


墓地は広く、幕末前からの先祖の墓も林立していたし、

敷地の一角はやがて旧跡指定された弥生式土管、船?

のある洞窟もあった。

(後年、私はそれを見て遠い先祖が大陸からやって

来たのだと確信した)



感謝しつつ、長男は心に誓ったのだった。

出世してやる。必ず出世して、故郷に錦を

飾るんだ。父が出来なかったことを果たすんだ。

横浜に行こう!大阪より仕事があるに違いない)



こうして当時はまだ幼かった弟(私の父親)

や、兄嫁らを連れて上京した長男は横浜で

建築事業を起こし、新聞にも載る立身出世

を果たしたのだった。

(続く)
福島県に津波のニュース、心配ですね。



宗教嫌いの父に育てられた宗優子は、

仏事も神事も知らない、まあ、非常識な

人間でしたが、相次いでの父母死亡後、

友人の重病の予知したことなどから、必然的

に宗教的行事や心霊の世界に入っていくこと

になりました。

これは私自身が(霊能者)という奇異な職業

についたいきさつなどを子孫に残す記録です。



生前は会ったことも無ければ話題になったことも

ない祖父でした。今、思えば、その特殊な死、ゆえ

でしょうか。

道楽の果て、お大尽の身から転落、一家で大阪に

出奔した祖父は(成功して岡山に戻って来るぞ)の

悲願の元、大阪でわずかな年月のうち、本籍地を

転々と移していたのでした。(大阪は終生の地では

ない、という思い)、祖父の本籍地移動の理由

を知らなかった孫の宗優子は大阪のすべての本籍地

を訪ね、ついに岡山の地にたどり着いたのでした。



大阪での祖父一家は時に理髪店を営み、時に刑務官

になり、時に代書や(司法書士)をして糊口をしのいで

いたようですが、故郷に帰れる(錦を飾れる)なんてことは

(夢のまた夢)だったでしょう。

祖父は、間違えて?選んで?農薬の種類を飲み、壮絶な死

を迎えたそうです。祖父の恩讐は彼方に消えたのでした。

続く