Fri, September 23, 2005

三島由紀夫『愛の疾走』

テーマ:柄谷行人

◆三島由紀夫『愛の疾走』ちくま文庫、1994年3月

三島の恋愛物は、あまり好きではないが、この小説はかなり面白い。解説で、清水義範が「二重構造小説」とこの小説を呼ぶ。というのも、この小説は、普通に「第一章」とか「第二章」といった章立てのほかに、「田所修一の章」とか「正木美代の章」とか「大島十之助の章」といった登場人物が一人称で語る章が挿入されている。このように、三島の書いた『愛の疾走』は二重の構造になっているのだ。清水は、このような「しかけ」のある小説は好きだと書いているが、私も三島の試みはとても面白いものだと思う。

清水の分析をもう少し参照してみる。清水は、「この小説の主人公たちは二重に主人公にされている」と言う。そして、さらにややこしいことに、若い恋人の二人は、小説中で二人をモデルに「愛の疾走」を書こうと画策している「大島十之助」のたくらみを見破り、その裏をかこうと考えているのだ。

《つまり、作者の思い通りになりたくない、と考える主人公、という、近頃のメタ・フィクションの中にあるような不思議な人間が出てきてしまうのである。(p.255)》

とはいえ、若い二人の恋は、大島の思い通りに展開してしまうのだが、清水はさらに「そして言うまでもなくその作者役の大島十之助という人間は、三島由紀夫の書いているこの小説の登場人物なのであり、実はどの登場人物も作者のペンが生みだしたに過ぎない」(p.255)と述べ、「その辺が、実にヘンで面白い」(p.255)と感想を記している。

物語自体はたわい無いものだ。しかし、この小説が最後まで読み通すことが出来るのは、この「しかけ」に因るところが大きい。

三島 由紀夫
愛の疾走
Wed, August 10, 2005

柄谷行人『<戦前>の思考』

テーマ:柄谷行人

◆柄谷行人『<戦前>の思考』講談社学術文庫、2001年3月

以前に読んだことがある本かもしれないが、久々に読みかえしてみた。この本に収められているのは、90年代前半に行われた講演だ。語り口調なので、かなり読みやすく、内容も理解しやすい。

「議会制の問題」という箇所を読んでいて、なるほどと思った箇所が一つあった。ここで、自由主義としての議会制は「無記名投票(秘密投票)」に基づいていると述べている。議会主義の本質は、秘密投票にあるというのだ。(参照、p.53)

誰がどのような投票をしたかが分からないことが重要なのだ。たとえば、旧ソ連やあるいは日本の農村部において、投票率が高いことがあった。それは、投票を棄権することができなかったり、誰がどう投票したのかが他人に分かってしまう(と思っている)からだという。

このあたりの議論は、最近の監視社会と匿名性の問題に接続させることができるのではないかと思う。この柄谷の話とずれてしまうけれど、匿名で表現することができる状態にあるということはけっこう重要なことなのかもしれない。

もう一つ気になる文章。柄谷は、ハイエクの次の文章を引いている。

《われわれは自由であっても、しかし不幸であることがありうることを認めなければならない。自由とは、よいことばかりを、あるいは災いの少しもないことを意味するものではない。自由であることは、ある場合には、飢える自由、高価な過ちを犯す自由、または命がけの危険を冒す自由を確かに意味するかもしれない。(『自由の条件』)》

自由には、こうした面もあることを忘れてはいけない。でも、こんな不幸を考えてしまうと、やっぱり「自由」なんて面倒だなと思ってしまう。自由であっても、自由がなくても、人は不幸にしかなれないのか…。

柄谷 行人
“戦前”の思考
Tue, April 12, 2005

柄谷行人『意味という病』

テーマ:柄谷行人

◆柄谷行人『意味という病』講談社文芸文庫、1989年10月

以前に一度読んだが、再読してみる。以下の文章に興味をもつ。

《私は子供のころ、あるテリトリーの外に出るのが怖かった。今から思えばとるにたりない地域まで歩いて行くことが大冒険だったわけである。怖かった理由は二つに分けて考えられる。一つは、「共同体」の外に出るということへの恐怖からくる。これはまったく幻想的なものである。》

もう一つの理由は「感性的なもの」だと記している。こうした恐怖は、おそらく子どものころ誰でも感じるのかもしれない。それにしても、後に「共同体」から別の「共同体」への「命がけの跳躍」という他者論を展開する柄谷行人の底には、実は「共同体」から出ることの恐怖があったのだと考えるとおもしろい。作者の実存とエクリチュールを単純に関連させて解釈するのは慎まねばならないが、案外思想というものは素朴な経験が背景となっているのかもしれない。また、子どものころの空間感覚が、個々の批評家の思想の原点となることが多いのかなと思う。

著者: 柄谷 行人
タイトル: 意味という病
Fri, April 08, 2005

柄谷行人『探究Ⅰ』

テーマ:柄谷行人

◆柄谷行人『探究Ⅰ』講談社学術文庫、1992年3月

この本は、要するに《他者》論なのだが、それ以上でもそれ以下でもない。純粋に《他者》論。それしか感想が思いつかない。柄谷行人の著作のなかでも、けっこう取り上げられたり言及されることが多い本だけど、「難しいだろうなあ」と思って、これまでずっと読むのを避けてきた。そんな本なので、読み終えてみて、ちょっと期待はずれでがっかり。

他者論ではなく《他者》論。ここでの《他者》とは、何も共有するものがないということだ。同じ土俵上で、いくら激論を交わしても、それは「対話」とは言わない。それは独我論なのだという。「対話」とは、何も共有していない《他者》とのコミュニケーションであると。

(柄谷が言う)独我論や共同体批判として、この《他者》という概念は有効なのだろうけど、それにしてもこの《他者》と「私」は出会ったとして、いったい何を語ればよいのだろう?。そんなことが気になってしまう。自分自身の根底にあるものを突き崩す作業として、自分とは異なる土台に立つ《他者》とのコミュニケーションというのは分かりやすい。自明だと思いこんでいたものが、《他者》との出会いによって、カッコに入れられてしまう。おそらく、ここから思考があるいは批評が始まるのだろう。その意味で、柄谷にとって《他者》という概念がいかに重要であるかは、本書を読んでよく分かったのだけど。ああ、やっぱり物足りない。

著者: 柄谷 行人
タイトル: 探究〈1〉
Thu, October 07, 2004

『増補 漱石論集成』

テーマ:柄谷行人
◆柄谷行人『増補 漱石論集成』平凡社ライブラリー、2001年8月

柄谷行人の代表的な漱石論「意識と自然」も何度も読んでいるはずなのだが、まだ自信をもって批判するぐらい理解できていない。もっともっと精読して、批評しないと。この漱石論をいつかは超えていきたい。

以下、気がついたことのメモ。

柄谷行人の漱石論には、いくつかテーマがあると思うが、とりあえず中心となるのは次の二つか。

1)構成の問題
2)ジャンルの問題

構成の問題は、この「意識と自然」の中心テーマとなる。漱石はしばしば作品のなかで、倫理の問題と存在論の問題という二つの主題をそれぞれ別個に無関係に展開してしまう。それは、従来の小説観からすれば、構成的破綻を来しているとみなされ、つまり「漱石の技術は未熟だなあ」という批判しかなされなかった。しかし、この二つの主題の構成の意味を単に破綻と解釈するのではなく、その意味を追求するべきなのだ、というのが柄谷の論。

ジャンルの問題は、大岡昇平の漱石論を受けついでいる。大岡は、漱石の時代には「文」というジャンルがあったのだとして、漱石は「美文」というジャンルを書いたのだ、というもの。柄谷は、基本的に「文」というジャンルがあったという考えを受け継ぎながらも、それはただ単に「美文」という一つのジャンルに留まらず、もっと多様なジャンルであったことを述べ、漱石の実行した「文」あるいは「写生文」のポリフォニー性を指摘する。漱石の作品は「近代小説」に近いが、けっして「近代小説」ではなかったこと、いわば反近代小説と呼べるものだということが注目に値する。

さて、次に私的に気になったこと。

それは、日本の家族における「父」や「母」の問題である。あるいは「家父長制」について、もっと考えるべきことがあるだろう。しばしば、文学研究の論文で、「家父長制のもとで、女性が抑圧されていた」という言い方がなされる。しかしながら、その一方で、日本の「家」における「父」の影の薄さ、ひいては影響力の弱さの指摘もある。本当に「日本」の「家」で「父」と真正面から対決し、「父」の絶対的な力を乗り越えようとした人物がいただろうか?

「父」の不在の一方で、「母」の影響力の大きさをもっと注目してよい。ただし、「家」における「母」の影響力が大きかったからといって、女性が実際に自由であったかどうかは別の問題だろう。「母」の力が大きかったから、即女性は抑圧されていなかったと結論することはできない。

そのあたりを踏まえた上で、山下悦子の以下の記述をもう少し考える必要があるのだろう。

《だが、フェミニストも、マルクス主義的な価値観をもつ批評家も、戦前の「家」を封建的な家父長制度として一括して語り、女や母が男尊女卑の下で抑圧されてきたと安易に論じ続けてきた。しかし、女性史研究の成果では、日本の「家」ほど「父」が実際的にも観念的にも希薄だったことはないのであり、儒教的価値観が強いとされる江戸時代の武家社会でも養子制度は日本の伝統であった。(『マザコン文学論』)》

ここで思い出したのは、二葉亭の『浮雲』。この作品は、たしかに「父」の存在が希薄だったという印象がある。ともかく、「家父長制」という言葉で前近代も近代も一括して論じるのは危険なのではないか、ということを指摘しておきたい。

このことと少し関連して、もう一つメモしておきたい。『三四郎』の美禰子といえば、一方的に男たちから「眺められる女性」というイメージが強い。最後は、絵の中に閉じこめられてしまうのだ云々といった意味づけも可能だろう。しかし、以下の記述を注意深く読んでみたい。

《「さう。実は生つてゐないの」と云ひながら、仰向いた顔を元へ戻す、其拍子に三四郎を一目見た。三四郎は慥かに女の黒眼の動く刹那を意識した。其時色彩の感じは悉く消えて、何とも云へぬ或物に出逢つた。その或物は汽車の女に「あなたは度胸のない方ですね」と云はれた時の感じと何処か似通つてゐる。三四郎は恐ろしくなつた。》

柄谷行人は、この部分を引用して続けてこう論じる。「この出会いの一瞬は決定的である。」「美禰子も三四郎を意識していたことは、あとでわかる。」「この出会いを恋というならば、彼らは恋しあったといってもよい。しかし、結局何ごともおこらなかった。」(p.442)

これが、「恋」なのかどうかは分からない。そうなのかもしれない。「恋」とは別に、私が気になったのは、美禰子が「三四郎を一目見た」という箇所である。美禰子は、一方的に視線を投げかけられる存在だ、というわけではないのか。美禰子は見られる女性でありまた、三四郎を「見る」女性でもあったのか、と。女性とは「見られる存在」なのに、逆に「見る」存在でもあったことに気がつき、三四郎(あるいは男)は美禰子(あるいは女)が「恐ろしくなつた」という解釈も成り立つのか。なるほど。

そもそも、このように視線が交差することで、二人の間に「恋」が生れる/ていた可能性という解釈ができるのだろう。一方的に、三四郎が美禰子を見つめるだけであったら、それはストーカーでしかない。美禰子の視線の行方にも注意が必要だ。

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