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Sat, June 24, 2006

津島佑子『山を走る女』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆津島佑子『山を走る女』講談社文芸文庫、2006年4月

津島佑子の長篇作品を読んだのは、はじめてだ。これがなかなか面白い。

『山を走る女』は、著者のはじめての新聞小説だという。書かれたのは1980年。題材は、今の言葉で言うなら「シングル・マザー」ということになる。「父のいない子ども」を育てる女性、「小高多喜子」が主人公だ。もう少し、著者自身の言葉を参照すると、本作は「孤独」が主題ではないかと思っているという。女ひとりで、子どもを育てていくのは、もちろん経済的な問題も大きいが、なにより社会的な「孤独」が一番つらいことなのではないかと思い、本作品を書いていたという。

多喜子は、仕事を通じて知り合った男と、なんとなくつきあいができて、妊娠してしまう。妊娠が分かった頃には、多喜子と男は別れてしまい連絡も取れなくなっていた。多喜子の父や母は、多喜子が出産することを強硬に反対する。しかし、多喜子は子どもを産み、ひとりで育てていくことを決意する。

出産、育児、仕事、人間関係で、さまざまな困難にぶつかる。そんななか、アルバイトで雇ってもらった会社で、「神林」という男と出会う。「神林」には、障害をもった10歳の子どもがいた。そして、互いの子どもの話を通じて、多喜子は神林に惹かれる。多喜子は、神林に精神的なつながりを見いだし、そうして自分の生を肯定する。――

津島佑子の作品では、「水」が特徴的だが、本作でもいろいろな場面で「水」が登場し、多喜子と水が非常に強い結びつきを示している。多喜子はまた自然、木々の緑に目を奪われる。要するに、多喜子は植物と言ってもよく、水と太陽の光を浴びることで生き生きとする。水と光が、多喜子の生命の源なのだ。このあたりに多喜子の強さを感じる。読んでいて、とても気持ちがいい。

津島 佑子
山を走る女
Mon, June 19, 2006

田中小実昌『ポロポロ』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆田中小実昌『ポロポロ』河出文庫、2004年8月

敗戦間近の昭和19年に、繰り上げとなって軍隊に入隊し、その後中国に送られ、そこでの軍隊生活を回想して語る「ぼく」。「ぼく」は、アメーバ赤痢やマラリアなどに罹り、年中下痢をしている。ろくに食べ物もない生活。そんな軍隊生活を語っていくのだが、語り口が不思議な印象を与える。飄々としているというか、淡々としているというか、うまく説明することができなくて歯がゆいが、とにかく語り口が面白い。

また、もう一つ面白いのは、後半になって「物語」について「ぼく」が語るところだ。「物語をはなす者は、もうすっかり、なにもかも物語なのだ」「世のなかは物語で充満している」(p.172)と「ぼく」は考えている。だからといって、物語がいけないとか悪いとか言うのではなく、「ぼく」がつまらないと思っているのは、何より「自分で物語だとわかってることを、自分にはなしてきかせても……」(p.172-173)ということだ。

「ぼく」は、「軍隊」という語も物語だという。

《軍隊というのが物語だ。軍隊とは、いったい、なにか? だれもこたえられはしない。だれもこたえられないものを、軍隊、軍隊と平気で言っていられるのも、物語として通用しているからだ。そして、物語として通用している軍隊のほかに、いったい、どんな軍隊があるというのか?》

このあたりの認識は、戦争を語る他の文学と異なる点なのかもしれない。

それにしても、本書の問う問題は難しい。単に物語を拒否すればいい、物語化を批判すればいいといった簡単な問題ではなさそうだ。口に出して話してしまうと物語になってしまう。だが、だまっているわけにもいかない。では、どうすればいいのか。

《しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、物語がはじまってしまう。(p.221)》

「ぼく」の父が牧師だった教会で唱えていたように、「ポロポロ」と「言葉にはならないことを、さけんだり、つぶやいたり」するしかないのではないか。

田中 小実昌
ポロポロ
Mon, June 12, 2006

大江健三郎『河馬に噛まれる』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆大江健三郎『河馬に噛まれる』講談社文庫、2006年5月

『ウンコに学べ!』を読んだときに、この小説が取り上げられていた。連合赤軍の事件と「ウンコ」の関係。すなわち、これは革命と「ウンコ」の二項対立が描かた、いわゆる「ウンコ」の文学のひとつと言って良いだろう。金塚貞文『人工身体論』でこの作品が分析されているらしい。『人工身体論』も読まねばいけない。

この小説は、連合赤軍をモデルに書かれている。6編の中短篇作品で構成された連作小説である。この形式は、おそらく本書全体のテーマと関わっていると思われる。

小説の最後で、登場人物のひとりである「ほそみ」が、語り手で作家の「僕」の作品『日暮れて』の一節について語る。「僕」がその作品のなかで、中野重治の文章を引用していることを述べ、その文章のなかで中野重治が「この項つづく」という言葉を書いていると述べたという。そして、ほそみの夫である「サトル」と「僕」の関係も、「この項つづく」というほかないと、ほそみは「僕」に語るのである。

私はここを読んで、『河馬に噛まれる』は「この項つづく」という言葉で要約することができると思った。小説は物理的にどこかで一旦は書き終えなければならないが、だがそれはすべての終りを意味するわけではない。また、次の作品へと繋がっていく。『河馬に噛まれる』はメタ小説的な要素もあって、ある章が別の章で批判的に読まれていたりする。こうした小説の構造は、河馬の生態と重ねられる。

《河のなかに緑の植生のかたまりができると、河は氾濫する。水中で盛んに活動する河馬は、植生のかたまりに通路を開き、水の流れを恢復させる働きをする。河馬にはまた、ラベオという魚がまつわりついており、河馬が陸上からおとしこむ植物や、河馬自体の糞を食べる。そのようにして河馬は、アフリカの自然の生物の、食物連鎖に機能をはたしている。(p.31)》

「この項つづく」は、大江健三郎の小説家としての決意表明のように思える。

大江 健三郎
河馬に噛まれる
Wed, April 19, 2006

中上健次『千年の愉楽』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆中上健次『千年の愉楽』河出文庫、1992年10月

「オリュウノオバ」は、「路地」でただ一人の産婆だ。彼女は字が読めないが、記憶力がすぐれており、路地の人間の生まれた日や亡くなった日を覚えている。物語は、「中本の血」が流れる男たちの性的快楽の日々と悲劇的な最後を語る。オリュウノオバは、男たちの行く末を見守っている。神話的な雰囲気を感じる物語。

中上 健次
千年の愉楽
Mon, April 17, 2006

中上健次『十九歳のジェイコブ』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆中上健次『十九歳のジェイコブ』角川文庫、2006年2月

いかにも中上健次らしい物語。父殺しや路地、兄の自殺、異母妹など、その後の中上の世界を彩る主題が描かれていて、面白い。「秋幸」は、父殺しをついに果たすことが出来なかったわけだが、この小説の主人公「ジェイコブ」はいとも簡単に父殺しを成し遂げてしまう。この違いは、中上作品を読み解く際には注目せざる得ないだろう。現に、文庫の解説を書いている斎藤環もこの点に着目している。他の場所では父殺しができたのに、路地ではなぜできないのか。

中上 健次
十九歳のジェイコブ
Sun, March 26, 2006

谷崎潤一郎『細雪』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆谷崎潤一郎『細雪(全)』中公文庫、1983年1月

大長編の作品なので、気になりつつもこれまで敬遠していたが、読んでみるとやはり面白い。さすが谷崎だと感心してしまった。

蒔岡家には、4人の姉妹がいる。物語は、その内の2番目の姉である「幸子」、3番目の娘「雪子」、末っ子の「妙子」が中心となる。長い長い物語であるが、語られていることは主に、雪子の結婚問題と妙子の奔放な生活であり、この二つの問題にひりまわされ苦労する幸子の姿である。時代は、昭和10年代あたりか。ヨーロッパではヒトラーが台頭してきて、日本も徐々に戦時下の体制へ向かう時期だ。文庫の解説で田辺聖子が、外国人の登場人物を通じて国際情勢は日本の社会推移が分かるのが面白いと指摘しているのだが、この指摘のあとに「しかしこの『細雪』はあくまで平面的な絵巻物であって、社会のうごきは毫も関係していない」(p.936)と述べているのはどうだろうか。たしかに、谷崎は「政治」とこの三姉妹の生活を直結させて描いたりはしていないが、だからといって、まったく「政治」と無関係に三姉妹の生活を描いているわけでもない。細部において、戦争という影が徐々におおきくなっていく(であろう)ことを、しっかりと描き込んでいる。浮世離れした物語を語っていただけではないと思う。谷崎の時代感覚の鋭さを見逃してはならないであろう。

なによりこの物語で注目したいのは、この三姉妹に次から次へとトラブルが襲いかかる点である。しかも生半可なトラブルではない。病や災害に襲われ、特に末っ子の妙子はかなり危険なトラブルに遭遇している。大雨による洪水で危うい目に遭うし、鯖の寿司を食べて赤痢になり、しかも医者のせいでかなり苦しむことになる。しかも、妙子は結婚しようと思っていた男(板倉)を病で失ってもいるし、最後には生まれたばかりの赤ん坊を医師の出産時のミスで亡くしている。幸子も元来身体が弱く、病気になりやすいし、幸子の娘の悦子も物語中で大病をしている。しかしながら、もっとも身体が弱そうに見える雪子は、なぜか病気にならない。それどころか、病人の看護はいつも雪子なのだ。このことは、『細雪』を論じる人がすでに指摘していることでもあろう。その雪子も、物語の一番最後で下痢になってしまうのが不思議といえば不思議。そんな雪子は、なんどもお見合いに失敗していたのであるが。とにかく全編トラブルだらけ。ここまで姉妹にトラブルに遭わすのは、谷崎の被虐趣味なのでは? と思うほどである。

ともあれ、『細雪』が谷崎の傑作と言われるのは本当だと思う。

谷崎 潤一郎
細雪
Tue, March 21, 2006

谷崎潤一郎『乱菊物語』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆谷崎潤一郎『乱菊物語』中公文庫、1995年6月

この作品は、昭和5年に発表されたものであるが、残念ながら未完である。「前編終り」とあり、次の展開が非常に気になるところで終わってしまっている。

佐伯彰一は、「大らかなロマネスクの誘惑」と題して、非常に熱くこの作品の解説を書いている。熱くなってしまう気持ちは、この作品の読了後であるなら、よく理解できる。この小説は、とんでもなく面白いのだ。この物語の雰囲気は、たとえて言うならば、ワイヤーアクションを多用するアジアを舞台にした最近の映画のようなものだと思う。

物語は、室町幕府の末頃が舞台。その頃、瀬戸内海の島々は、海賊たちの策源地となっていた。ここに明から、貿易商の張恵卿が「四角の黄金の函」をもってやってくる。この函のなかには、「羅綾の蚊帳」が入っているという。張は、これを「室君」のもとに届けるところなのだ。だが、張の船は幽霊船に襲われたのか、一夜にしてその消息を絶ってしまう。海賊どももつけねらっていた「黄金の函」は海中へ落ちていった。――

物語は、このようにして始まる。その後、物語は主君のために美女探しをする家臣の話があったり、「黄金の函」をめぐって大乱戦が起きたりと、物語はどんどん大きくなっていく。いったい谷崎はどんな結末を考えていたのだろうか。

解説によると、どうやらこの物語の続編のプランがあったそうである。晩年の谷崎には、三つのプランがあったという。一つは、この『乱菊物語』の後編、もう一つは、『武州公秘話』の続編、あと一つは上田秋成の『雨月物語』の口語訳である。

《これらの三作、「いつでも書き出せるように、万事を整えておくように」と命ぜられた伊吹(*和子)さんは、『乱菊』の舞台となっている「瀬戸内海の室の津あたりを中心にした地図その他」の用意をされた由。ところが、その年の八月から、伊吹さんへの「口述」がいざ始められてみると、その内容は、三案のいずれでもなく、全く新構想の小説、『瘋癲老人日記』であった! (p.405、*は引用者による)》

いきなり『瘋癲老人日記』が出来てしまったというのが非常に面白い。たしかに、谷崎の晩年の創作エネルギーはすごい。

谷崎 潤一郎
乱菊物語
Fri, March 17, 2006

谷崎潤一郎『武州公秘話』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆谷崎潤一郎『武州公秘話』中公文庫、1984年7月

1931年から32年にかけて『新青年』に連載された作品。谷崎らしい作品。

武州公は、すぐれた武人であったのだが、実は「被虐性的変態性欲」の持主だった。しかし、公の変態性欲の裏には、「秘話」があった。語り手は、「秘録」を読んで、公の隠されたプライベートの面がわかったという。そこで、ここで武州公の秘話を読者に語ってみせよう。――このような感じで物語が始まる。

「首」特に「鼻」の着られた「首」に執着する武州公、初恋の女性との共謀による復讐譚など、グロテスクな欲望、サド・マゾ的な物語が綴られる。架空のネタ本をもとに物語を語るという手法も面白い。「鼻」という主題や、この物語の語りの方法は、やはり芥川を意識したものなのだろう。

谷崎 潤一郎
武州公秘話・聞書抄
Sun, February 05, 2006

石川淳『夷斎筆談 夷斎俚言』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆石川淳『夷斎筆談 夷斎俚言』ちくま学芸文庫、1998年8月

前々から石川淳には興味を持っていたが、はじめてきちんと著作を読んでみた。この本は、評論というかエッセイ集といったところ。はじめは文体に慣れずに、少々読みにくかったが、だんだん慣れるにしたがって面白くなってくる。また、知識量にも驚く。江戸、中国、フランス、このあたりに通じている。

興味深いのは、フランスのポール・クローデルについて、たびたび言及していたことだ。フランス文学関係だと、ジッドやヴァレリー、マラルメ、あとカミュなどにも言及しているのだが、クローデルだけはどこか親しみを込めて言及していた。クローデルが日本大使をしていたとき、山内義雄がクローデルの詩を訳す会があり、その会に石川淳も参加しクローデルに会ったという。(p.175)そのせいなのか、クローデルだけは、「クローデルさん」と、さんづけで記しているのである。日本の小説家で、クローデルについて言及している人を見かけたことがなかったので、特に印象に残る。

この文庫に解説を書いている加藤弘一によると、石川淳を論じようとする者にとって「精神の運動」は「躓きの石」であるという。実際、この本を通読してすぐに気がつくのが、この「精神の運動」とりわけ「運動」という言葉なのである。したがって、石川淳を論じようとすれば、この「精神の運動」は避けて通れないのだが、どうしても論者は石川淳の自註を繰り返すばかりになってしまうと、加藤弘一は批判している。

そういうわけで、加藤は「精神の運動」について概念規定を行い、ここに朱子学がベースになっていることを指摘する。石川淳は、朱子学に骨の髄まで徹しているという。石川淳が朱子学に悪態をつくのは、それだけ深く依拠していたからであろうと。石川淳の文学は、朱子学を内側から打ち破ることにあったのではないか、と加藤は見ている。

フランス文学であったり、朱子学であったり、石川淳のバックボーンを理解するのは大変なことだなと思う。研究するのが難しい作家の一人であろう。

石川 淳
夷斎筆談・夷斎俚言
Mon, January 16, 2006

半村良『産霊山秘録』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆半村良『産霊山秘録』集英社文庫、2005年11月

久しぶりに面白い小説を読んだ。歴史の裏側に、「ヒ」という特殊な能力を持った一族がいた。彼らは戦いのない世界を求めて人目に触れず活動する。彼らの特殊な能力にテレポーテーションがある。「ヒ」は、鏡と珠と剣の三種の神器を使って「念力移動」ができる「古代の神の末裔」であった。――

時代は、戦国時代から始まり、やがて「産霊山」の力を知った家康の天下となる。その後幕末を舞台に「ヒ」の血を受け継ぐ坂本龍馬の活躍が語られ、最後は戦国時代からB29の爆撃を受けている東京にテレポートしてしまった「ヒ」の「飛稚」の運命が語られる。時空を超えて「芯の山」を探し続ける「飛稚」は、なんと月にまで行ってしまう! しかも驚くべきはこの「飛稚」よりも先に月にテレポートしていた「ヒ」の一族がいたのだ。物語世界のスケールの大きさが魅力的な作品である。

またこの作品は非常に批評的性格を持っており、社会批判やイデオロギー批判などを読むことができるが、そのなかでも興味深いのは「女」の問題である。「ヒ」は、歴史の表舞台には現れないものであるが、そのなかでもさらに闇へ追いやられていたのが「オシラサマ」と呼ばれる「ヒの女」たちなのである。「オシラサマ」は、顔が無く、太陽の光を浴びることもできず、また皮膚に衣が触れても身体がかぶれて死んでしまう。「ヒ」の男たちが特殊な能力を使って「歴史」を動かしてきた一方で、「ヒ」の女たちは裸のまま闇の世界で生き続けなければならなかった。歴史における「女」の立場を批判的に語っていると言えよう。

半村 良
産霊山秘録

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