◆大江健三郎『憂い顔の童子』講談社文庫、2005年11月
『取り替え子』のつづきが気になって、『憂い顔の童子』も読んだ。そうしたら、このつづきがまた気になってきた。大江健三郎の小説がこんなにも面白いとは。――
本作では、「re-reading」がけっこう重要な主題となっている。もちろん、読み直しは本作だけに限らず、大江文学にとって重要な主題なのだろうが。読み直し、語り直しの対象となるものはいろいろあって、それはたとえば、自分が以前に書いた小説であったり、先行する文学作品(『ドン・キホーテ』等)であったり、批評であったりするわけだ。ここで本作では、読み直しのパートナーとして、「ローズ」という「ロシナンテ」に通じる古義人の小説の研究者が登場してくる。このようにして、あらゆる言説がこの小説のなかに取り込まれて、読み直しや語り直しが行われる。そうやって、この小説は、まるで宇宙(あるいはブラックホール)のように膨張していく。ここが非常に魅力的なのだ。
◆川西政明『小説の終焉』岩波新書、2004年9月
「~~の終り」とか「~~の終焉」といった類の言説は、うさん臭い。それによって、何か面白い論点が出るのだろうかと、最近考えている。
この本のタイトルは、そのものずばり『小説の終焉』だ。著書はどういった考えで小説の終焉を語ろうとしているのか気になる。
《僕は小説が好きだ。日本で小説を一番多く読んでいる一人だと思う。僕は四十数年の間、毎日、小説を読んできた。筆一本の批評家だから、だれにも遠慮なく、思う存分、小説を読む時間がある。その上、『昭和文学史』(全三巻、講談社)を書くために、十七年かけて小説を読み直した。そこで実感した。小説はどうやら終焉の場所まで歩いてきてしまったらしい。(p.ⅵ)》
40年以上にわたって、毎日小説を読み続けた結果、「小説はどうやら終焉の場所」に来てしまったというのだから、たしかに説得力はある。著者は、現在の小説には、過去の小説を凌駕するようなものがないと感じている。そこで、これからも小説が続いていくためには、「百二十年の歴史が積み上げてきた豊饒な世界を凌駕するまったくあたらしい小説の世界が生み出されなければならない」とする。そのために、本書は書かれた。過去の豊饒な世界を凌駕したと判断できる「土台」となるものを、著者は提示しようとしたというわけなのである。その意気込みは理解できる。
それにしても、40年間ひたすら小説を読み続けたというのは伊達じゃない。著者は、あとがきにこんな言葉を記している。
《その僕のなかで、小説はその使命を終えてしまった。読みたい小説は全部読んでしまったからだ。今、読みたい小説を再読しようとしても、小説のほうで、もう隅から隅まで読んでもらった、あらためて読んでもらわなくてもいいよと語りかけてくる。(p.212)》
「全部読んでしまった」と言い切れる自信。これはとんでもないなと思ったりもする(半分揶揄の気持ちもあるが)。私もいつかこんな言葉をつぶやくようになるのだろうか。そうはなりたくないものである。
◆芥川龍之介『奉教人の死』新潮文庫、1968年11月
いわゆる「切支丹もの」と呼ばれる作品。キリスト教という宗教自体に関心があったというよりも、「切支丹もの」で日本と西洋の文化の融合・対立を描こうとしたと言われる。また独特の言葉を用いることによって、一種のエキゾチシズムを醸し出す役割もあったようだ。
いくつか面白い作品があったのだが、特に「おしの」がいい。
おしのは、息子の病を治してもらいたいと南蛮寺の神父のところにやってくる。うわさでは、この神父は難しい病も治療するという。神父はおしのの願いを聞き入れる。おしのは、息子の命が助かるならば、キリストに一生仕えてもいいとまでいう。それを聞いた神父は、勝ち誇ったようにキリスト教の教えを説きはじめる。そして、神父はこう言った。
《「考えても御覧なさい。ジェズスは二人の盗人と一しょに、磔木におかかりなすったのです。その時のおん悲しみ、その時のおん苦しみ、――我我は今想いやるさえ、肉が震えずにはいられません。殊に勿体ない気のするのは磔木の上からお叫びになったジェズスの最後のおん言葉です。エリ、エリ、ラマサバクタニ、これを解けばわが神、わが神、何ぞ我を捨て給うや?……」(p.170-171)》
この言葉を聞いたおしのは、なぜか神父を見つめている。しかも、おしのの眼には、「神聖な感動でも何でもない」「唯冷やかな軽蔑と骨にも徹りそうな憎悪」だけがあった。神父はあっけにとられ、何も言えない。そして、おしのは「まことの天主、南蛮の如来とはそう云うものでございますか?」と言い放った。
《「わたくしの夫、一番ヶ瀬半兵衛は佐佐木家の浪人でございます。しかしまだ一度も敵の前に後ろを見せたことはございません。去んぬる長光寺の城攻めの折も、夫は博奕に負けました為に、馬はもとより鎧兜さえ奪われて居ったそうでございます。それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、「人の若衆を盗むよりしては首を取られりょと覚悟した」と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身内に鬼と聞えた柴田の軍勢を斬り靡けました。それを何ぞや天主ともあろうに、たとい磔木かけられたにせよ、かごとがましい声を出すとは見下げ果てたやつでございます。そう云う臆病ものを崇める宗旨に何の取柄がございましょう?(以下略)」(p.172)》
こうして、おしのは神父に背を向け、寺をあとにしてしまう。茫然とする神父が残される。「切支丹もの」に限らず、芥川は最後の最後にどんでん返しのような落ちをつけることが多いが、この作品の落ちもなかなか面白いと思った。解説で、作家の小川国夫は「芥川は歴史を考えて、周到にリアリズムに徹しようとしています」(p.231)と述べている。なるほど、こういう受容の仕方が日本人にあったのかもしれない。「エリ、エリ、ラマサバクタニ」という言葉を、意気地なしの泣き言じゃないかというのは面白い。
◆津島佑子『山を走る女』講談社文芸文庫、2006年4月
津島佑子の長篇作品を読んだのは、はじめてだ。これがなかなか面白い。
『山を走る女』は、著者のはじめての新聞小説だという。書かれたのは1980年。題材は、今の言葉で言うなら「シングル・マザー」ということになる。「父のいない子ども」を育てる女性、「小高多喜子」が主人公だ。もう少し、著者自身の言葉を参照すると、本作は「孤独」が主題ではないかと思っているという。女ひとりで、子どもを育てていくのは、もちろん経済的な問題も大きいが、なにより社会的な「孤独」が一番つらいことなのではないかと思い、本作品を書いていたという。
多喜子は、仕事を通じて知り合った男と、なんとなくつきあいができて、妊娠してしまう。妊娠が分かった頃には、多喜子と男は別れてしまい連絡も取れなくなっていた。多喜子の父や母は、多喜子が出産することを強硬に反対する。しかし、多喜子は子どもを産み、ひとりで育てていくことを決意する。
出産、育児、仕事、人間関係で、さまざまな困難にぶつかる。そんななか、アルバイトで雇ってもらった会社で、「神林」という男と出会う。「神林」には、障害をもった10歳の子どもがいた。そして、互いの子どもの話を通じて、多喜子は神林に惹かれる。多喜子は、神林に精神的なつながりを見いだし、そうして自分の生を肯定する。――
津島佑子の作品では、「水」が特徴的だが、本作でもいろいろな場面で「水」が登場し、多喜子と水が非常に強い結びつきを示している。多喜子はまた自然、木々の緑に目を奪われる。要するに、多喜子は植物と言ってもよく、水と太陽の光を浴びることで生き生きとする。水と光が、多喜子の生命の源なのだ。このあたりに多喜子の強さを感じる。読んでいて、とても気持ちがいい。
◆関口安義『よみがえる芥川龍之介』日本放送出版協会、2006年6月
最新の芥川研究を取り入れて書かれている本書は非常に面白い。芥川というと、神経質で気むずかしい作家のイメージがあるが、本書を読むと実は友情にあつく、また旅行好きというアクティブな面を持った人物であったことがよく分かる。かわいらしいラブレターを書いていたりして、微笑ましい。著者は、「根っからの厭世家で、芸術のみを頼った芸術至上主義という研究者の貼り付けたレッテルは、剥がす必要がある」(p.164)と述べているが、たしかに再考の余地がありそうである。
著者は、芥川の作品の訳者であるジェイ・ルービンの「芥川はモダニストであるだけではなく、ポストモダンを開拓する作家ではないかと感じる」という言葉を引いているが、芥川のポストモダン的な一面は注目に値する。近代を突き詰めて考えた芥川には、近代の矛盾を鋭敏に感じ取っていた。
たとえば、芥川のプロレタリア文学に対する認識など興味深い。本書には、次のような芥川の文章が引用されている。
《 唯僕の望むところはプロレタリアたるとブルジョアたるとを問わず、精神の自由を失はざることなり。敵のエゴイズムを看破すると共に、味方のエゴイズムをも看破することなり。こは何人も絶対的にはなし能はざるところなるべし。されど不可能なることにあらず。プロレタリアは悉く善玉、ブルジョアは悉く悪玉とせば、天下はまことに簡単なり。簡単なるには相違なけれど、――否、日本の文壇も自然主義の洗礼は受けし筈なり。(「階級文芸に対する私の態度」1923年2月)》
このような分かりやすい二項対立批判は、最近でもよく言われていることだ。芥川また「僕等」は「階級」だけに拘束されているのではない、「僕等」はもっと複雑な存在であることを強調している。現代で通じるような芥川の認識は、当時は受け入れられず、逆にブルジョア作家として攻撃に対象となっていたことは不幸なことだったと思う。
本書で興味を引いたのは、芥川が関東大震災の際、例の自警団に参加していたということである。どうやら近所への手前、参加を要請され断り切れず、参加したようだ。しかし、芥川はそこで見た暴行を痛烈に批判していたことは重要である。著者は、「我我は互いに憐れまなければならぬ。況や殺戮を喜ぶなどは、――尤も相手を絞め殺すことは議論に勝つよりも手軽である」という芥川の言葉を引いている。芥川はまた、震災後の東京の惨状を見に行き、目に留めようとしていた。芥川の社会的関心の高さをうかがわせる。書斎に閉じこもった単なる芸術至上主義者ではないのだ。
◆中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』河出文庫、2000年9月
よく分からない。中原昌也の小説は苦手だ。暴力とエロとナンセンスに満ちている。だから意味や物語を求めても仕方がなく、既成の言葉が使い減らされていくさまをただ眺めるのが、本書を楽しむコツなのだろうか。中原昌也の作品は、おそらく好きな人は好きだし、嫌いな人にはどう説明しても受け入れられない。評価が両極端に分かれる作家だ。私は、後者の立場で、つまりこの小説は価値がないのではないかと考える。
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