1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
Tue, January 31, 2006

藤沢晃治『分かりやすい図解コミュニケーション術』

テーマ:文章技術

◆藤沢晃治『分かりやすい図解コミュニケーション術』講談社α新書、2006年1月

「分かりやすい○○」シリーズを書いた人なので、今度はどんな「分かりやすい」術を教えてくれるのか、期待しながら読んだ。しかし、期待したほど目新しい内容ではなかったのが残念。

はじめの1章と2章で、「理解する」ことの原理を説明している。この章がちょっと退屈で、著書が断わるように、方法論だけ知りたい読者は読む必要がないかもしれない。

残りの3章と4章で、具体的に「分かりやすい図解」の方法を示す。ここでは、7つの「秘伝」が提示され、順に説明されていく。7つの秘伝とは、「誘導」「要約」「簡素」「分離」「対比」「配置」「説得」である。この7つは覚えておくとプレゼンで役に立ちそうだ。特に「要約」についての説明が良かった。

藤沢 晃治
分かりやすい図解コミュニケーション術
Tue, January 31, 2006

ポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』

テーマ:社会科学

◆ポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』日経ビジネス文庫、2003年11月

経済について、知識がたくさんあれば、すごく面白い内容の本なのだろうなと思った。経済に関する他の本に比べて、(翻訳のおかげかもしれないが)たしかに読みやすくて面白い。

ポール クルーグマン, Paul Krugman, 山形 浩生
クルーグマン教授の経済入門
Mon, January 30, 2006

藤原てい『流れる星は生きている』

テーマ:歴史

◆藤原てい『流れる星は生きている』中公文庫、1976年2月

満州からの引き揚げ時の困難を語る。昭和20年8月9日から始まった藤原家の引き揚げは、約一年かかって日本にたどり着いた。病気、飢え、過酷な山中の移動。その中で、母と三人の子どもたちは何度も「死」に直面している。途中で、夫は捕虜としてつかまってしまうので、藤原てい一人で赤ん坊を含んだ幼い三人の子どもを連れて逃げなければならなかった。当時の状況が生々しく語られていて、読むのがつらい。

藤原 てい
流れる星は生きている
Sun, January 29, 2006

四方田犬彦『「かわいい」論』

テーマ:文化研究

◆四方田犬彦『「かわいい」論』ちくま新書、2006年1月

タイトルから、四方田犬彦も流行の「萌え」論に手を染めたかと思ったが、本書は「萌え」論よりももう少し射程が広い。「萌え」についても、たとえば第8章で取り上げられているが、本書において「萌え」は「かわいい」文化のひとつと言えるだろうか。

「かわいい」というキーワードは、かつて大塚英志が使っていたなと思いつつ読んでいたら、最後の最後で大塚英志の名前を挙げずに批判がなされていた。「犠牲者の女性たちが一昔前の少女漫画のタッチで描かれていたというので、それを手がかりとして現代社会におけるサブカルチャーの重要性を喧伝するという論客が、いささか強引な論陣を張っていた」「それは純粋に世代の「刷り込み」問題であり、それ以上でも以下でもない」「こうした細部だけを強調することは、あのドストエフスキーの『悪霊』を思わせる陰惨な事件の本質をみえなくさせてしまうだけ」(p.196)という印象を持ったと四方田は批評している。

本書は、「かわいい」文化について、多角的な論を展開している。語源的な考察からはじまり、「かわいい」の美学的考察、メディア分析、ジェンダー分析、比較文化的考察などである。新書にしては、あきらかに話題が豊富すぎる。著者自身も「問題の所在を突き止めたまではいいが、それが充分に展開されているとはいい難い部分もある」と反省し、「専門的に論文を執筆してくださる方が輩出することを待ちたい」と述べている。

とは言え、「かわいい」が充分に専門的な研究に価することを示していて面白い。様々な研究分野の人が興味を持つだろう。文学や映画に関心のある私には、「「かわいい」から読み解く近代文学史というものは、意外と面白く構想が可能なものではないだろうか」(p.36)という言葉が刺激的で、自分でこの文学史をまとめてみたいものだと思ったほどである。また、「かわいい」の隣人は「グロテスク」であるという指摘も興味深い。なんと、「きもかわ」が「かわいい」を理解するうえで重要な鍵となるのだ。この点は、エピローグで語られるアウシュビッツの「かわいい」壁画に繋がる。

本書は、「日本の国内国外を問わず、ただ圧倒的なまでに猛威を振るう「かわいい」の氾濫であり、その多様なあり方」を示した。多様なあり方をしている「かわいい」に対して、「かわいい」とはこれだ!と決めるのではなく、「かわいい」に対して人々がどのように対峙しているのかを考察することが重要であることを教えてくれる。「かわいい」の背後に人々は何を隠しているのだろうか。

誤記があった。「エミール・クストリッツァのフィルム『ライフ・イズ・パラダイス』」(p.103)と書いているが、おそらく『ライフ・イズ・ミラクル』の間違いだと思う。それから、註の24でSusan StewartのOn Longing : Narratives of the Miniature, the Gigantic, the Souvenir, the Collectionの一部が、翻訳されているとあって、それが収められている本の名前を「『現代文学のフロンティア』(岩波書店)第4巻「ノスタルジア」(1996)」(p.205)と記しているが、この本の名前は『世界文学のフロンティア』だった。『現代文学のフロンティア』は別の本なので、検索するときには注意されたい。

四方田 犬彦
「かわいい」論
Sun, January 29, 2006

岩田規久男『デフレの経済学』

テーマ:社会科学

◆岩田規久男『デフレの経済学』東洋経済新報社、2001年12月

難しかった。日本の経済は92年頃からフローとストックのデフレ状態にあるというわけで、どうしてそうなのか、あれこれ詳しく説明しているのだけど、自分の能力では早々に挫折。デフレを阻止→マイルドなインフレに移行、これが必要とのこと。

岩田 規久男
デフレの経済学
Fri, January 27, 2006

竹森俊平『経済論戦は甦る』

テーマ:社会科学

◆竹森俊平『経済論戦は甦る』東洋経済新報社、2002年10月

経済学の知識がないので、よく理解できていないところもあるが、とりあえずデフレの放置は危険だということか。

導入部で、シュムペーターとフィッシャーの二人を紹介する。それは、シュムペーター的な「創造的破壊」の経済理論とフィッシャー的な「デット・デフレーション」の経済理論の二つを軸にすると、現在日本で行われている経済論争が整理しやすいからだという。構造改革かデフレ対策か。

シュムペーター的な「不況」の考えは、「「不況」は経済の構造調整を促す「必要悪」である。これが起こることで、必要がなくなった古い産業や企業から、これから必要が増す新しい産業や企業への生産資源の転換がスムーズに行われるからである」(p.179)というもの。

もう一方のフィッシャー的な見方は、「深刻な「不況」は、生産・投資活動の主体となる「企業」や、「企業」に対する資金供給の仲介という重要な役割を持った「金融機関」が、資産を喪失したり、過度な債務を累積したりする結果として起こる。「不況」が起これば、企業への資金調達ルートがふさがれてしまい、新規投資もストップするから、「不況」によって、経済の長期的な発展は阻害される」(p.179)というもの。

「不況」に関するこの二つの見解を覚えておくこと。

竹森 俊平
経済論戦は甦る
Thu, January 26, 2006

鈴木貞美『日本の文化ナショナリズム』

テーマ:歴史

◆鈴木貞美『日本の文化ナショナリズム』平凡社新書、2005年12月

日本の文化ナショナリズムがいかなる形で現れてきたのか概観する。新書という性格上、各テーマを細部を深く追求することができなかったのだろうが、多くのテーマに触れているので、良い意味で教科書的に使える本だと思う。近年のカルチュラル・スタディーズやポストコロニアル研究の成果が存分に取り入れられており、知っている人は「ああ、またこの話か」と思うかもしれないが、専門書をなかなか読むことが出来ない人には、この本が良い入門書となることだろう。

いくつか興味深いことがあった。ひとつは、明治の読み方として、「近代文明化しようとする動きと、近代文明に反対する動きの二つの方向、また、西洋化に向かう動きと、日本および東洋の伝統を形づくろうとする動きとの二つの方向、つごう四つの方向の動き」(p.144)があると、明治文化の分析スキームを提示しているところである。この四つの動きの中心に「近代天皇制」を置いている。ただし著者が、この図式は明治文化を理解しやすくするための図式にすぎず、当てはまらない事態もあると、ことわっていることには注意しておきたい。

もうひとつは、私が勉強不足で知らなかっただけかもしれないが、筧克彦という憲法学者を紹介しているところに興味が引かれた。明治天皇が没した後、筧克彦は『古神道大義』(1912)という本を書いた。ここで筧は「天皇と日本人民は互いにその存在を支え合う関係」(p.179)であることを示した。筧の論理を著者はこう説明している。

《「古神道」とは、「日本国の成立当初より存在し、之と共に発達すべく、又現に発達しつつある『かみのみち』」のことで、「日本民族日本国家といふ一心同体」を成り立たせる「生きた宗教」、生活の根本規範、国家の根本宗教であるという。憲法と教育勅語とは、この精神を制度として定めたもので、これを「人の心の底に養はしめ」なければならない、と主張する。(p.179)》

筧は、「絶対者に帰依する感情こそが宗教の本質であり、それを保障するのは精神共同体である」というシュライアーマハーの理論を「「天皇」に「帰一」する日本民族の心」と読みかえたという。

その後、筧は『続古神道大義』(p.1915)を書き、そこでは大正期に流行した「生命」主義が見てとれる。また「古神道」は「寛容」「平和主義」であり敵対しないかぎり包容するとされ、「「古神道」は一切を同化する力をもつ普遍理念」(p.181)だとしたという。

筧の考えは、1920年代に神社関係者に広まり、普遍宗教のお墨付きを得た国家神道は「内地」や「外地」の神社の活動を活発にした。そして、筧は「皇道派」の理論的支柱ともなる。

筧克彦という存在を知っただけではなく、その影響力がかなりあったことを知って驚いた。本書を読むと、大正期の「生命」主義が後々までさまざまな思想や文学に見いだされることが分かる。

鈴木 貞美
日本の文化ナショナリズム
Tue, January 24, 2006

大竹文雄『経済的思考のセンス』

テーマ:社会科学

◆大竹文雄『経済的思考のセンス』中公新書、2005年12月

身近な題材をもとに、経済学的に考えるとはどういうことなのかを教えてくれる。経済学の議論の仕方がよく分かった。

では、本書で言う「経済学的思考」とは何だろうか。それは、「社会におけるさまざまな減少を、人々のインセンティブを重視した意思決定メカニズムから考え直す」ということだ。もう一つ、著者が重要視するのは「因果関係」である。経済学では、因果関係をはっきりさせることが重要であるという。「インセンティブ」と「因果関係」をキーとして、身近にある格差について考える。

取り上げているテーマがユニークだ。たとえば、「女性はなぜ、背の高い男性を好むのか」とか「美男美女は本当に得なのか」「イイ男は結婚しているのか?」など、こんなことまで経済学的に考えることができるのかと驚いてしまった。何より驚かされたのは、「人は節税のために長生きするか?」というテーマである。長生きすることで、相続税を節税できるなら人は死のタイミングを遅らせるというらしい。コプクズク教授とスレムロッド教授が「節税のために死ぬ(死ぬほど節税したい)――相続税の死亡時期弾力性に関する相続税申告データによる実証」という論文を書いた。これは、2001年のイグ・ノーベル経済学賞を与えられたとのこと。教授らは、たとえば2000年の第一週の病院の死亡者数が、1999年の最終週の死亡者数よりも50.8パーセント高かったという「ニューヨーク・タイムズ」の記事を紹介しているという。「つまり、人々は大事なことがすむまでは、死のタイミングを少し遅らせることができるということだ」(p.52)。

そこで、死亡時期をずらすことで金銭的な便益が発生するなら、人は死亡時期を延ばそうとするだろうと経済学者は考えた。アメリカの相続税申告データを用いて検証した結果、「相続税の税制改革が行われる場合は、その直前に死亡率が低下し、減税直後に死亡率が上昇することをある程度実証することに成功している」(p.52)という。人の生死までも金銭的インセンティブに影響されている! これは面白い。

大竹 文雄
経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには
Mon, January 23, 2006

島泰三『安田講堂 1968-1969』

テーマ:歴史

◆島泰三『安田講堂 1968-1969』中公新書、2005年11月

1969年1月18日から19日に起きた「東大安田講堂事件」を、「安田講堂内部から見た者による証言」である。全共闘運動は、思想関係の本を読んだりするとしばしば目にすることがあるが、実際に学生が何をしていたのか、何を考えていたのかが分からなかった。なので、当時何が問題だったのか、学生は何に対して怒っていたのかが、長い間気になっていたのだが、本書を読んで、事件に至るまでの経緯や当時の様子ようやく見えてきた。

それにしても、当時はすごかったなあというのが率直な感想。ほとんど戦争か?と思うぐらい激しい争いが、大学の構内で行われていた。激しい騒動が起きるたびに、あるいは安田講堂での攻防戦のときなど、学生たちが「死」を覚悟していたとあって驚く。というか、封鎖解除のために機動隊がやったことは相当ひどい。催涙ガスの入った弾を発射するガス銃を大量に使っていたのだが、この弾は「二十メートル離れてベニヤ板を打ち抜く威力」があるという。危険だから人を直接狙った水平射撃は禁止されているが、その日はガス弾を学生に当てることが目的となっていた。(p.227)恐ろしい。実際、顔を撃たれた人がいるわけで、顔面を狙って射撃していたのだなと。よく死者が出なかったなあと思う。他にも、学生を逮捕した後に暴力を加える、しかも手錠を掛けたうえで殴ったり蹴ったりしていたという。今なら、そんな映像がニュースで流れたら大変なことになるのじゃないか。また、催涙ガスも使われたが、これなどは長時間浴びると火傷を起こすものだったらしい。

では、そもそも何が問題となっていたのか。医学部が問題だった。医学部を出て国家試験を通った者は、インターンとして一年間は医局で働くことが義務づけられていた。しかし、これは医師でも学生でもない中途半端な身分であり、また「無給医局員」と呼ばれ、正規の給料は支払われない身分であった。しかし、研修のカリキュラムなどなく、要するに誰もが嫌がる仕事の下働きを無理矢理させられていたというわけなのである。「つまり、インターン制度とはいい歳をした青年医師が使い捨てられる体制であり、旧い徒弟制度の慣習を利用した病院の営利主義経営の柱だった」(p.19)。

もう一つ激しい闘争が行われた日大では、大学の教育のあり方が問題となった。つまりマスプロ教育による大学の腐敗だ。営利主義の大学は、水増し入学によって、大量の学生が入学してくる。いざ、講義が始まると、当然学生は教室に入りきれない。そういう状態に学生は絶望して、授業料だけ納めて講義に来なくなる。また日大は、学生の管理体制も酷かった。体育会運動部が学生ひとりひとりに目を光らせて学生管理をする暴力支配体制でもあったという。

今から見ると、信じられないことばかり語られていて、ただただ驚くばかり。学生が抗議するのも当然か。

島 泰三
安田講堂 1968‐1969
Sun, January 22, 2006

本田由紀・内藤朝雄・後藤和智『「ニート」って言うな!』

テーマ:社会科学

◆本田由紀・内藤朝雄・後藤和智『「ニート」って言うな!』光文社新書、2006年1月

「ニート」の言葉によって、目を向けるべき問題すなわち社会構造や労働需要側の問題が覆い隠されてしまう。そして、働いていない若者は一括りに批判されてしまう。「甘えるな!」と。――このような状況に対し「否」と唱えたわけだ。

「ニート」という言葉を使うことの問題点を、三者三様の方法によって分析した、非常にユニークな本だと思う。「ニート」という言葉でもって、若年就労問題を論じるのはふさわしくないし、またこの言葉が若者批判に利用されている現在の状況が詳しく論じられている。

本田 由紀, 内藤 朝雄, 後藤 和智
「ニート」って言うな!

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
    メロメロパーク
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト