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Sun, July 31, 2005

笙野頼子『二百回忌』

テーマ:日本語の文学(平成)

◆笙野頼子『二百回忌』新潮社、1994年5月

「大地の黴」「二百回忌」「アケボノノ帯」「ふるえるふるさと」が収められている。どれも難しい。どう読んだらいいのか。笙野頼子の作品をいくつか読んではきたが、いまだに何を手掛かりにして読んだらいいのかが分からない。

たとえば本のタイトルにもなっている「二百回忌」は、単なる家父長制批判、「家」批判の物語とすれば良いのだろうか。この物語の語り手「私」の父方の家では、「二百回忌」のときに、死んだ身内やらゆかりの人やら、みんな甦って参加する法事なのだという。ここで何が起きるのかというと、「支離滅裂」なことばかりなのである。この「二百回忌」は「無礼講」であることが身上なのだ。滅茶苦茶なことをするといっても殺人をしたりするわけではなく、「全てめでたくし、普段と違う状態にしなくてはならない」という。とにかく「常軌を逸する程華やかでなくてはいけない」。

というわけで、本家に行き「二百回忌」がはじまると、死者や生者が入り交じり、なんだかよく分からない状態になってしまう。この訳の分からない、滅茶苦茶な空間が読んでいてすごく面白いのではあるが。しかし、これを何の物語とまとめたらよいのだろうか?

笙野 頼子
二百回忌
Sat, July 30, 2005

蓮實重彦『大江健三郎論』

テーマ:蓮實重彦

◆蓮實重彦『大江健三郎論』青土社、1992年9月

第一章のタイトルが「数の祝祭に向けて」とあるように、本書の主題は「数」である。大江作品の至る所に氾濫している「数字」。この数字と徹底して戯れる。数字が何を意味しているのかという深さを問うのではなく、あくまでテクストの表層にあらわれた「数字」にこだわる。蓮實批評のおなじみの方法だ。

このような方法は、時に「こじつけ」であったり「偶然」なんじゃないかという批判が現れるであろう。だから、本論中でも、時折そうした批判の可能性があることを言及する。だが、一見すると「こじつけ」のようである、数字の戯れという方法を放棄することはない。むしろ戯れを徹底する。蓮實批評ではおなじみのフレーズ「荒唐無稽」が、本書でも登場してくるだろう。「荒唐無稽」であること。これが重要なのだ。

たとえば、大江健三郎における「核時代の脅威」について、こう述べている。

《大江健三郎における核時代の脅威とは、あとえば人類の絶滅といった悲観論的な世界の未来図ではなく、一なるものの悪意を律儀に体現しつつみずから複数化し、その衝撃によって複数者の運命を一なるものの意志に従属させるというその形式そのものなのだ。特権的な単数者が複数を統御してはならない。(p.197)》

このような「特権的な単数者」「一なるもの」を回避する戦略が、数の戯れでありすなわち「荒唐無稽」であることは言うまでもない。真理という唯一なるものへ複数の読者の群を導く「代理人」=「言葉」に逆らいながら、本書は大江健三郎の作品を読む。一方で、大江的「作品」の言葉の配置が、「一」への到着をさせてはくれない。

《まさに、大江的「作品」の言葉の配置そのものが、この種の解読や記号の概念を実践として超えているが故に、「作家」であれ意味であれ、いずれにしても特権的な一に到着することのない、つまりは空位として残された定員一を埋めることで完成されることのない読み方を試みていたはずである。(p.234)》

「一」を回避するためにも、「荒唐無稽」に思われる「数」との戯れに終始するしかない。蓮實の他の批評に比べて、やや切れ味が悪いというか、なるほど!と唸らされる分析がなかったのは残念。しかし、「荒唐無稽」に徹しているところは感心してしまう。

蓮實 重彦
大江健三郎論
Fri, July 29, 2005

山室信一『日露戦争の世紀』

テーマ:歴史

◆山室信一『日露戦争の世紀-連鎖視点からみる日本と世界-』岩波新書、2005年7月

非常に面白い本。新書ではもったい。内容が充実していて、歴史の知識がない私にはすごく勉強になった。

一章と二章において、日露戦争前の東アジアの状況を概観する。三章で日露戦争が開戦するまでを論じ、四章はこの戦争とメディアとの関係を論じる。五章では、日露戦争で、日本が勝利したことによって、世界から日本がどのように見られるようになったかを分析する。最後の六章では、開戦論を非戦論について、文学や絵画などを読み解きながら論じる。

全体として、非常に目配りが行き届いている。単に日本だけの問題として論じるのではなくて、東アジアや欧米との関係を踏まえて論じているところに、スケールの大きさを感じた。もっといろいろ知りたくなった。『思想課題としてのアジア』のほうも読んでみようかなと思う。

山室 信一
日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界
Thu, July 28, 2005

中村真一郎『戦後文学の回想』

テーマ:文学研究・批評

◆中村真一郎『戦後文学の回想』筑摩書房、1963年5月

自身と関係のあった文学者、研究者との交流、関わった同人雑誌について回想している。戦中から、戦後あたりの文壇の状況や雰囲気がよく分かる面白い本。同人雑誌が、いかに文学者の交流を活発にし、そこから多くの文学者を生み出してきたのかが理解できるだろう。この世代の作家にとって、文学の場とは同人雑誌にほかならなかった。

前田愛は、中村真一郎のモチーフを、1)西欧的な本格小説の擁護、2)私小説や自然主義文学への攻撃と指摘していた。この指摘が気になって本書を読んでみた。

本書の最後に、中村真一郎自身の読書体験や文学観を披露している。そのなかで近代の日本文学者について、こう述べている。近代の日本文学は、西洋文学から文学を学んできた。しかし、この場合の「西洋文学」は「浪漫派以来」の文学に限定されていた。したがって、「浪漫主義的態度」=西洋文学というふうに文学者は受けとめてしまった。

だが、文学というのは、西洋においても、たとえば漢文学のように、あるいは日本の王朝文学のように、「公」のものだ。文学は、個人の自己解放でも自己告白でもない。浪漫主義は個人の自我の拡大をもたらしたが、それは正統的な文学に対する反措定にすぎない。あくまで古典主義があっての浪漫主義なのだ。

しかし、日本の近代文学者は、反措定のほうへ目が行き、正統には注目することがなかった。西洋文学の理解が一面的であったのではないか、とまとめている。

けっこう面白い見方だなと興味を持った。文学は「公」のものである、という考え方も注目できるだろう。中村の文学観は、再検討に値するのではないだろうか。

Wed, July 27, 2005

前田愛『近代日本の文学空間』

テーマ:文学研究・批評

◆前田愛『近代日本の文学空間-歴史・ことば・状況-』新曜社、1983年6月

他の本と内容がかぶる論文やエッセイがあるけれど、じっくり読むと文学研究のヒントになることが多い。前田愛が書き残した物から、たくさんの研究が生れたのだなあと思う。現在の近代文学研究の中心にいる人たちは、前田愛の研究をより深く発展させてきた人たちなのだろう。

私は、文学の文体や表現方法に関心があるので、たとえば「幕末・維新期の文体」とか「明治の表現思想と文体」などは面白かったし、「覚え書・明治大正の文体」は明治・大正の作家の文体の特徴をメモ書したものであるが、文体史の勉強になる。

《活字の権威が失われて音声言語や視聴覚メディアの役割が相対的に大きくなっている現代は、江戸の庶民が音声言語の世界から文字言語の世界へと足をふみ入れようとした文化文政時代と奇妙なアナロジイをかたちづくっているのである。こうした角度から三馬(*式亭三馬)の作品を読みかえしてみるとき、私たちはそこからさまざまな示唆をうけとるにちがいない。(「幕末・維新期の文体」p.257)》

メディアに関心があるので、前田愛のこの言葉は注意しておきたいなと思う。私は幕末・維新期の文学は、どうしても研究が手薄になってしまう。私が「近代文学」という時、たいてい明治40年代以降の文学しか想定していない。この暗黙の前提を打ち破るためにも、幕末から明治初期の文学に取り組まないといけない。

私は、近代/前近代とか近代/現代のように、二つの時代をばっさりと断絶させるような思考はあまり好ましいものではない、という立場を取りたい。私が重視するのは、<断絶>よりも<連続性>だ。切れ目を見つけるよりも、意外な繋がりを見つけるほうが楽しいと思う。このためには、もっとたくさんの作品なり研究にあたらねばならない。が、しかし――ここにも一つ問題がありそうだ。

前田愛は、昭和51年のシンポジウムで、近代文学の研究者が増えてきたが、その一方で研究者に「いい意味でのアマチュア精神」が失われてきたと述べたという。「いい意味でのアマチュア精神」とは、「ほかの文化領域、学問への貪欲な好奇心」のことだ。この精神が、80年代以降の日本近代文学研究に新たな展開を生み出したのは間違いない。しかしながら、現在はその反動というか反省の動きもあると思われる。あまりにも他の文化領域や他の学問へ行き過ぎてしまうのもいかがなものか。こう述べたからと言って、今さら「カノンへ還れ」という時代錯誤を主張したいわけではないのは言うまでもない。

どうしたら「アマチュア精神」を文学研究にうまく活用できるのか。難しい問題である。

前田 愛
近代日本の文学空間―歴史・ことば・状況
Tue, July 26, 2005

蓮實重彦『魅せられて』

テーマ:蓮實重彦

◆蓮實重彦『魅せられて 作家論集』河出書房新社、2005年7月

文庫などに書いてきた解説を集めた本だった。なので、各評論は比較的短いものが多いけれど、他の文芸批評の本よりも読みやすい。テクストの言葉に徹底してこだわって分析している。この分析手法は見習いたい。

取り上げられている作家を並べておこう。

第一部――樋口一葉、夏目漱石、芥川龍之介、谷崎潤一郎。
第二部――大岡昇平、安岡章太郎、河野多恵子。
第三部――後藤明生、古井由吉、金井美恵子、中上健次、村上龍、島田雅彦、阿部和重。

迂闊にも気が付かなかったのだが、漱石の『それから』で「一人称の「私」と二人称の「貴方」の間だけには、「愛」するという動詞が禁じられている」(p.56)という指摘は収穫だった。どういうことかと言うと、「貴方は平岡を愛してゐるんですか」とか「平岡は貴方を愛しているゐるんですか」という言い方はあるのに、「私は貴方を愛している」とは言わないのだ。「私は好いた女がある」と漱石は書く。「I love you」という言葉だけが禁じられているという。その結果――

《すなわち、I love youが日本語に翻訳しがたいという漱石の自覚いらい、「私」と「貴方」との間に介在すべき「愛」の能動的他動詞性を回避しながら、その等価的表現の模索にあけくれてきた近代日本の小説は、恋愛を、快楽の対象ではなく、二人してくぐりぬけるべき試練のごときものに仕立て上げた。(p.58)》

こうした状況が今日まで続いているという。これは、本当なのだろうか?。すごく気になる。これから漱石を読むときには、ちょっと気をつけてみたい。

ほかにも、中上健次の分析では、テクストに現れる「一人二人」という数字の不気味さ着目し、この数字の分析を通じて「路地」や中上文学に迫っていく。

村上龍の『ピアッシング』の分析では、この小説には製作者の村上龍と演出者の村上龍という分業があると言い、ジャンルとしての小説が反省意識を持たないように、同時に読者にもそんな意識を持たせないように、すべてをあっという間の出来事として語りつくす技術が要求され、その技術を備えているとして製作者の村上龍は演出家の村上龍を起用したのだという。ここで重要なのは「すべてをあっという間の出来事として語りつくす技術」つまり、「時間」が重要な問題になるだろう。蓮實は、『ピアッシング』の魅力はなにより時間の余裕の無さからくる「せっぱつまった直線性」(p.214)にあるというのだ。この時間の直線性はおそらく『現代小説のレッスン』において石川忠司が「エンタテイメント化」という概念で村上龍の文体を分析したことと通じている。すなわち、蓮實重彦もまた村上龍の「エンタテイメント化」を評価していたということになるだろうか。

蓮實 重彦
魅せられて──作家論集
Mon, July 25, 2005

川端康成『名人』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆川端康成『名人』新潮文庫、1962年9月

私は、将棋や碁についてほとんど知識がないし、囲碁は一度もやったことがないので、この小説のなかの勝負の展開は理解できなかった。しかし、それでも最後のと言っても良い本因坊秀哉(しゅうさい)名人と大竹七段の勝負は、非常に読み応えがあった。端的に、面白い小説なのだ。

本因坊秀哉名人の引退碁であると木谷実七段(小説中では大竹七段)との対戦が行われ、その観戦記は昭和13年の6月から12月にかけて東京日日新聞に連載されたという。。途中、名人が入院したこともあって、勝負は半年にもわたって行われたのだ。この時の体験が、この小説の元になっている。実際の碁がどのように行われるのか知らないけれど、互いに持ち時間を40時間と決めたので、時に2時間も3時間にも及ぶ長考がある。したがって、一日の対戦ではほとんど進まない時もある。まさに究極の対戦なのではないか。

この本因坊秀哉名人というのは、名人だけあって、一つ一つの対戦は勝負ではなく、芸なのだ。いかに名局を作り上げられるか、このことが勝ち負けよりも大切なことなのだ。一方で、大竹七段は勝負の鬼であり、名人といえども、わがままな要求は許さない。徹底的に公平な立場で、純粋に勝ち負けを決めることにこだわる。芸としての碁と勝負としての碁の対決なのだ。時代は、大竹七段のようにきちんとルールを整備して、はっきりと勝負をつける方向へ向かっている。名人のような碁つまり芸としての碁が、消えていかざるをえない時代だったのだ。

《すべてせせこましい規則づくめ、芸道の雅懐もすたれ、長上への敬恭も失われ、相互の人格も重んじないかのような、今日の合理主義に、名人は生涯の最後の碁で苦しめられたと言えぬでもなかった。(…)相手が名人といえども、あくまで公平の条件で戦おうとするのが当世で、大竹七段一人のせいではなかった。また碁も競技であり、勝負だから、それが当然なのだろう。(p.48)》

だが、芸としの碁にこだわる名人。名人は、公平な勝負のためにいろいろ妥協をしてきた。しかし、最後に許せない出来事が起きる。大竹七段の封じ手である「黒百二十一」だ。この手が、この勝負のクライマックスでもある。観戦者でありこの小説の語り手の「私」は、この「黒百二十一」をこう述べる。

《まるで劫立てのような手だと、素人目にも感じると、私はさっと胸が曇って波立った。大竹七段は封じ手のための封じ手を打ったのか。封じ手を戦術に使ったのか。卑怯で陋劣だと、私は疑った。(p.144)》

この手に対し、名人は激しい怒りを見せる。《「あの手を見た時に、私はよほど投げてしまおうかと考えた。これまでという意味でね……。投げた方がいいかと思った。しかし決心がつきかねて、考え直しました。」(p.147)》

《名人はこの碁を芸術作品として作って来た。その感興が高潮して緊迫している時に、これを絵とするなら、いきなり墨を塗られた。碁も黒白お互いの打ち重ねに、創造の意図や構成もあり、音楽のように心の流れや調べもある。いきなり変梃な音が飛びこんだり、二重奏の相手がいきなりとっぴな節で掻きまわしては、ぶちこわしである。碁は相手の見損じや見落しによっても、名局を作りぞこなることがある。大竹七段の黒百二十一は、とにかく皆が意外で、驚き、怪しみ、疑ったのだから、この碁の流れや調子を、ぷつんと切ったことは争えない。(p.148)》

結局、このあとは大竹七段のほうへ勝負は傾き、「不敗の名人」は引退碁において敗れてしまう。こうして勝負としての碁が、芸としての碁に取って代わったのだろうか。最後の名人だったというべきなのか。碁の世界は、まことに奥が深い。そして、この奥の深い世界を見事に小説に仕上げた川端もすごい。

川端 康成
名人
Sun, July 24, 2005

山田太一『岸辺のアルバム』

テーマ:日本語の文学(昭和)

■今日の読了本
◆山田太一『岸辺のアルバム』角川文庫、1982年6月

戦後の大衆文学というよりテレビドラマのほうで有名な作品だろうか。「家族」の崩壊というテーマから、文学研究よりも社会学のほうで言及されることが多かった作品だと思う。タイトルだけはよく聞いていたが、これまで読んだことがなかったし、テレビも見たことがなかった。読み始めていると、けっこう面白い。

物語は、多摩川に住む田島一家が中心となる。仕事一筋で、家庭を妻に任せっきりの夫謙作。生活には不自由はないし、夫も愛しているが、何か心に隙間を抱えている専業主婦の則子。息子で、大学受験に失敗する繁。美人で頭がよいが、家族とは距離を置いている繁の姉律子。田島家はこの4人家族である。

多摩川が舞台の小説ということで、この前に読んだ川端康成の『女であること』を思い出した。『女であること』の夫婦も、『岸辺のアルバム』の夫婦に似ている。『女であること』の妻の市子は、もしかすると浮気をしていてもおかしくはない状況ではあった。両作品とも、妻でも母でもなく、あらために自分が「女」であることに気づいてしまう、あるいは気づかされてしまうという点が共通しているのかもしれない。

さて、この物語のクライマックスは多摩川の氾濫であり、それによって田島の家が流されてしまう場面なのだが、この場面は興味深い。

《台風は温帯低気圧となって消え、おだやかな九月の青空の下で、濁流だけが勢いを落とさず、二日間次々と家をのみ込んで行くのは異様な眺めであった。(p.455)》

この風景は、この家族の物語を見事に象徴している。一見すると何もない、穏やかな家族であったが、見えないところで次々に崩壊していき、やがては全体がバラバラになってしまう。しかも重要なのは、台風という嵐が去った後に、時間差をおいて家が崩壊していること。決定的な出来事が起きても、すぐにはそれが表面に出てこない。だから、自分たちが危ない状態なのかどうか分らない。分ったときには、もう崩壊しているのだ。田島家とは、そういう家族だと言えるのではないか。

息子の繁は、探偵のように、家族の秘密を探り明らかにしていく。母が浮気していたこと、姉がレイプされ中絶したこと、父が解剖実習用の死体の取引をしていたこと...etc。繁は、たとえば漱石の『彼岸過迄』の敬太郎のように、ややロマンチックな性格をしている。というのも、繁は家族がそれぞれ秘密を抱えていて、そのことを指摘しても、この家族は何も起きないのだ。妻が浮気していたことを知っても、夫がそのことのよって妻を激しく問いつめない。普段の生活がなされていく。家族にとって重要な出来事なのに、繁以外の人間は誰もその出来事を直視しようとしない。少なくとも繁は、そのような家族に激しく苛立ちを覚える。「わが家は一体なんだ? なにがあったってなんにもないのと同じじゃないか!」(p.309)。そして、繁は家族を「ロボット」だと、だから人間らしい感情がないのだと叫ぶ。

妻が浮気をしても、娘がレイプされても、一向に劇的なドラマが起きない。繁の位置は、テレビの視聴者に近いのかも知れない。劇的な展開が期待される出来事があるのに、物語は淡々と進行している。繁に感情移入する視聴者なかには、このドラマは他の家族ドラマとは違うなと感じたのではないだろうか。おそらく、『岸辺のアルバム』の特徴はここにあると思う。通常なら、ドロドロの展開が予想される妻の浮気という出来事があるのに、そのような展開にならない。劇的になりそうな場面をあえて劇的にしない。この戦略が当時は新鮮だったのではないだろうか。『岸辺のアルバム』は、従来のホームドラマをパロディ化しているとも言えそうだ。

とは言っても、最後の多摩川の氾濫という最大のドラマ、劇的展開が待っているのだが。家族の崩壊と言っても、妻の浮気やら父の仕事の失敗といったレベルの話ではないのだ。家族を(経済的にも精神的な意味においても)支える「家」が、疲弊してしまっていること、したがって「家」という家族にとって根本的な土台を一旦破壊し、そのうえでもう一度「家」や「家族」を作り直さねばならないということを、ラストシーンは表しているのではないだろうか。


山田 太一
岸辺のアルバム
Sat, July 23, 2005

幸田文『父・こんなこと』

テーマ:日本語の文学(昭和)

◆幸田文『父・こんなこと』新潮文庫、1955年12月

ちょっと前に、モブ・ノリオが『介護入門』で芥川賞をとった。これで、何て言うか「介護文学」なんていうのもあり得ると予感させた。

幸田文の「父」は、もちろん文豪の幸田露伴だ。本書は、偉大な作家であり父露伴の最後を看取った時のことを書き留めた作品である。この父と娘の関係、とりわけ幸田文の父に対する複雑な心境が書かれていて読み応えがある。

さて、これを「介護」という視点から読むと、現代の「介護」における諸問題に通じるところがあるのではないだろうか。たとえば、こんな一節がある。

《本職の看護婦は休養の時間をきっぱり要求する。うちのものの看護は大抵の場合、休む間もなくだらだらと無際限に働かされ、病人のわがままに最も弱くなくては優しいと云われなかった。そのうえ私の場合には、「先生は国宝的なかただから、どうかしっかり御看病願いたい。あなたも辛いことがおありでしょうが、りっぱなおとうさまをおもちになったのだから御辛抱なすってください。」しばしばそう云われた。何をか云わんやである。父は優秀かもしれず、それに親である。私は平凡な一女人、それに子である。国宝は大切だ、いいものは貴い。女だてらに縁の下でみごとな力瘤を見せたり、鍬の尖に犂きこまれる雑草の花としおらし面をするのもいいけれどそれはあくまで親と子のあいだでやって行きたかった。人からちゃらっぽこに悲壮なる犠牲的献身などと扱われるのは、不服でもあり悲しかった。(p.58-59)》

こんなふうに率直に語るのは、幸田文の特徴だし、彼女自身、自分のこうした性格を意識していたように思われる。この自己認識が、父との関係に影響しているようだ。この後、病人の着ているもの話になる。病人で、年も取って力もないので、食事の際に蒲団や着ているものを汚してしまう。しかし露伴も意地があるのか、少々の汚れでは、このままでよいと言って着替えを許さず、機嫌を悪くする。だが、介護をする幸田文にとってはそうもいかない。「そんなところへ意地悪の眼が来られてはやりきれない。「白いものが白くない、ああ先生もお気の毒な。」私はそんなことを云われて悔しかった覚えがある。」(p.59)

だが、本当に怒り悲しかったのは、父の死の原因が「私」に押しつけられる、それも父によってそうきめられそうに考えられることだと言う。「おまえが、おまえが」と言われていると次第に抵抗できなくなっていく。

《いつか自分も父の云う通り、ほんとにあの時おとうさんを防空壕に無理に入れたんで、それが原因で今こんなに病んでいなさる。お気の毒なと思う。暗示はかなり強く私に作用した。しまいには、おとうさんを殺すのは私だと、おびえるような時もあった。身近にかしずく者はときに過ぎたる賞賛を受けることもあるけれど、もっとも苦しんで且悪名を被ることもあり得る。(p.61)》

このあたりの、看病時における自身の内面を記述する文章は、本当に巧みで読み応えがある。ここの内容は、現代の人が読んでも考えさせれられることがあるのではないかと思う。「介護文学」の傑作であろう。今こそもっと読まれるべき作品なのではないか。

幸田 文
父・こんなこと
Fri, July 22, 2005

石川啄木『一握の砂・悲しき玩具』

テーマ:日本語の文学(明治)

◆石川啄木『一握の砂・悲しき玩具-石川啄木歌集-』新潮文庫、1952年5月
詩や短歌、俳句は苦手なジャンルなのだけど、日記があまりにも面白かったので、ついでに啄木の歌集も読んでみた。

昔、教科書で見たような歌、たとえば「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」とか「はたらけど/はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり/ぢつと手を見る」なんていう歌は、たしかに他の歌にくらべて秀でている。

先に啄木の日記を読んでしまったので、つい日記と歌を重ねてしまいたくなる。たとえば、「かなしきは/飽くなき利己の一念を/持てあましたる男にありけり」とか「手も足も/室(へや)いつぱいに投げ出して/やがて静かに起きかへるかな」などは、膨張する自我や、激しい欲求を持てあまし、何も出来ずにいる虚しさが出ているのかなと思う。ここから、「死ね死ねと己を怒り/もだしたる/心の底の暗きむなしさ」という歌が出てくるのも必然だろう。

私自身の心境に一番近い歌が一つある。

《友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ》

花を買っていくような妻などはいないけど、一行目の心境はまさしく今の私のことだ!

石川 啄木, 金田一 京助
一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集

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