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Fri, October 29, 2004

『永遠のドストエフスキー』

テーマ:文学研究・批評
◆中村健之介『永遠のドストエフスキー 病という才能』中公新書、2004年7月

著者は、「まえがき」でコンスタンチン・モチューリスキーというソルボンヌでロシア文学を講義した亡命ロシア人の次の言葉を引いている。「ドストエフスキーの人生と創作活動は切り離せない。ドストエフスキーは<文学のなかで生きた>。……彼は自分のすべての作品のなかで自分という人間の謎を解こうとつとめ、わが身で体験したことだけを語った」

この言葉に導かれるように、著者もまたドストエフスキーの作品を彼の人生と重ねながら読み解いていく。その時、鍵となるのがサブタイトルにもあるように「病」である。著者は言う、「彼(ドストエフスキー)にとって病気はまさしくわが重大事であり、「考える価値がある」こと」であったのだと(p.5)。

知られるように、ドストエフスキーにはてんかんという病気があったし、ほかにも睡眠障害で昼夜逆転した生活であるとか、幻聴が聞こえたり、要するに現代で言うところの統合失調症のような「心の病」をもっていたらしい。極度の心配性だったり、激しい被害妄想で周囲の人たちを困らせていたようだ。

だけど、著者によると、ドストエフスキーはこうした自分の「病」をけしって恥じたり、貶めたりすることはなかった。むしろ、この「病」こそが創作活動のエネルギーとなっていたようだ。もし、こうした「病」がなかったら、ドストエフスキーという偉大な作家は生れていなかったのかも知れない。そんなことを考えてしまう。

だが、もう一つドストエフスキーの人生において重要だったのは、ドストエフスキーが45歳の時に結婚したその時19歳の妻、アンナ・グリゴーリエヴナの存在だろう。速記者である彼女は、ドストエフスキーの執筆にかなり協力しているのはもちろん、またドストエフスキーの困った「病」を彼の本質として認めていたことも重要なことだったと思う。ドストエフスキーは、過度の被害妄想で、アンナにひどい言いがかりをたびたびしているが、彼女は妙に冷静にこの夫の様子を見ているのだ。けっして、ドストエフスキーに巻き込まれることなく、対応できていたことはドストエフスキーにとっても良かったのだろうと思う。ドストエフスキーにとって、過度の心配性から生じる妄想は、やはり創作のエネルギーであったのだから。

《最初に言ったように仮想現実においてこそ生き生きと感じ語る才能にとって、妄想は苦しいけれども創作の泉であった。それがあればドストエフスキーはいくらでも書くことができる。病気で書けないのではなく、病気によって書く。小説『分身』は、病気と組んだことばの勝利なのである。そして病気は時代や国境をこえて生きる。『分身』は、書かれてから一六〇年経ったいまも新鮮である。(p.177)》

作家の人生と作品を素朴に重ねて読解するという本書の方法は、古くさい方法かもしれないが、テクスト論の嵐が過ぎた今では逆に新鮮は読み方にも思える。この本で、ドストエフスキーの思想がどのような体験から生み出され、それがいかに作品へと昇華していったのか、よく理解できた。難点は、最後の第5章が「病」というテーマからやや外れてしまい、「反ユダヤ主義」についての論になってしまったこと、それが少し難解であったことぐらいだろうか。

やっぱりドストエフスキー、そして彼の作品は面白いなあと思う。何年たっても魅力が失われないところがすごい。
Thu, October 28, 2004

保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー』

テーマ:歴史
◆保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践―』御茶の水書房、2004年9月

これはすごい本だ。ここ数年のなかで最も優れた研究書ではないだろうか。ものすごい衝撃力を持った本で、歴史学のみならず、すくなくとも人文系の研究者は強烈な知的刺激を受けるはず。この本を読んで何も感じないなんてことがあるなら、その研究者はすぐに廃業すべきだ、いや廃業せよと言いたい。私はそれぐらい激しいインパクトを受けた。とてつもなく大きな可能性を秘めた研究書であり、この本で著者が問いかけた問題は、アカデミズムに携わる者はみな真摯に受けとめて、自分なりに考えていくべきなのだと思う。輝かしい宝物を発見した喜びを感じた。

著者は、オーストラリアに留学し、そこでグリンジ・カントリーというところに滞在しながら、アボリジニの長老(とくにジミーじいさん)を師として「歴史」とは何かという大きな、そして根源的な問いにぶつかる。「歴史」を語ることができるのは誰なのか。アカデミズムにおける「歴史」が「正しい」もので、アボリジニの長老の語る「歴史」は「歴史」ではないと言える根拠は何か。そうしたことを問い続ける。この自分の研究の足元を救うような危うい位置に立ちつつも、そこから逃げずに真摯に「歴史」とは何かを考える研究姿勢には頭が下がる。この研究態度はぜひ見習いたい。

最近では、ポストモダニズムやポストコロニアル研究が充分知れ渡っており、研究者もたしかにアボリジニの語る「歴史」も尊重しますよ、という態度を取るようになった。だけど、それはあくまでも自分たちアカデミズムの他者として尊重しますということであって、ここにアカデミズムの「歴史学」とアボリジニの「歴史学」の間に明確に線が引かれているようなのだ。アボリジニが語る「歴史」をアカデミックな「歴史」と同じように受けとることができますか?と著者は訴える。たとえば、アボリジニの長老はこんなことを語る、「アメリカのケネディ大統領が、グリンジ・カントリーに来た」と。そして、彼らはケネディ大統領にイギリスから来た白人に迫害されたことを訴え、それを聞いた大統領が「イギリスに対して戦争を起こして、お前たちに協力するよ」と言った。それがきっかけとなって、牧場退去運動が始まったのだ、と語るわけだ。

もちろん、我々の知っている「史実」では、そんなことは起きていないのである。となると、このアボリジニの語りは「歴史」と異なるとして「歴史」から排除してしまう。あるいは、もう少し良心的な研究者ならこの語りも尊重しますと言い、おそらくこれは何かを言い換えたものなのだろうとメタファーとして分析し始めるだろう。

我々が扱うような「歴史」として向き合うことはないだろう。たとえば「神話」だと片づけてしまうのかもしれない。しかし、著者は、アボリジニの長老たちは大統領をメタファーとして語っているわけではないのだという。それは彼らの歴史分析なのであると。これを私たちの「歴史」観の枠内に収めることなく、真摯に受けとめることができるのかという大きな問いにぶつかる。

《しかし、アカデミックな歴史学者はいまや、あらたな方法論的問題に直面しているのではなかろうか。それは、アボリジニの過去にたいして、西洋近代的概念としての「歴史」(のみ)を適用する根拠は何か、というより根源的な問いである。(p.183)》

彼らの歴史と私たちの歴史を繋げることができるのか。他者をあるいは他者の文化を尊重する、ということは現代では当たり前になっている。だけど、それはあくまで私たちとは異なるものとして尊重してはいないか。

現時点におけるアカデミズムの限界点を示した本書の功績は今後、さまざまな分野でも応用できそうだ。ひさしぶりに読んで、ワクワクした本だったので、読んでいるときはかなり興奮した。こんな途轍もない重要な問題を考察しているのに、その文章はきわめて明解であるということも本書が優れている点の一つであると思う。いたずらに難解な理論の枠に当てはめることなく、具体的な事例から積み上げ、そこから聞こえてくる語りの声を誠実に受けとめた結果なのだろうと思う。

何度も言うが、この本はすばらしい。私も研究者を目指しているだけに、こんな本が書かれてしまったことに正直悔しい思いもする。自分がこんな研究をしてみたかった。嫉妬だなあ。はげしく嫉妬する。ほんとに良い本だ。

著者: 保苅 実
タイトル: ラディカル・オーラル・ヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践
Tue, October 26, 2004

『天使が通る』

テーマ:三島由紀夫
◆浅田彰・島田雅彦『天使が通る』新潮文庫、1992年5月

もとは1988年に出た本。私は本格的に読書をし始めたのは大学に入ってからなので、1980年代から90年代前半に関する思想状況なんて全く知らず、今頃になってこの時期の本を読み返して新鮮な印象を受けている。

たとえば、浅田彰はこんな発言をしていた。

《現代の日本のローティーンの子供というのはニーチェの言う「最後の人間」というのに近くて、つまりあらゆることはすでに終了していてデータ・バンクに入っており、それが引用されては組み替えられて反復されるだけだという、ほとんどニヒリズムの最終局面にきているわけです。(p.69-70)》

これは、おそらく「クラインの壺」にたとえられる無限の循環運動としての資本主義がもたらすことなのだろう。「質的な価値を剥奪されたすべての要素が巨大な情報バンクの中に収められており、それがエンドレス・テープみたいになって永遠に廻り続ける。」そんな永劫回帰そのものが資本主義なのだ(p.83)。

資本主義はともかく(いや、私には良く分からないので)、データベース的消費云々という話は、すでに以前から語られていたことだったのだなと分かった。『動物化するポストモダン』を読んで、「動物化」とかデータベース的な消費は東浩紀のオリジナルなアイデアだと思って感心していたのだけど、根はこういうところから出てきていたのだなあと。だから、価値がないという話ではなくて。どうも比較文学をやっていると「源泉」探しについ向かってしまう。

でも、80年代から90年代の本を読んでいると、けっこう既視感を覚えるわけで。最近の評論の源は、だいたいあの時期にすでに書かれてあり、実は私たちはそこから一歩も進んでいないのではないかと思ってしまう。こういう言い方はもしかしたら正確ではないのかもしれないが、東浩紀や北田暁大は、はたして浅田彰や柄谷行人の呪縛から抜け出しているのだろうか。結局、現在の批評は浅田や柄谷の掌の上で右往左往しているだけなのではないかと反省したくなる。これは必ずしも浅田や柄谷に先見の明があったのだということを意味するわけではないが。とにかく、80年代から90年代はじめの本を読み直してみなければ、とあらためて思う。

ところで、私がこの本を古本で探して購入してまで読んだのは、三島について討論していたからだ。「ミシマ――模造を模造する」と題されたものである。

いろいろ面白い意見があって興味深い対談なのだが、一つ鋭いことが書かれてあって、私の勉強不足というは思慮の無さを痛感した。

浅田彰は注でこんなことを記している。

《この対談に載った三島由紀夫特集(『新潮』一九八八年一月号)の時点で依然として、三島は本気で死んだのだ、「神」なき日本近代において逆説的に「神」を希求すべく最後の侵犯行為を行ったのだ、といった論調が見られた(たとえば富岡幸一郎「仮面の『神学』」)のには、率直にいって唖然とした。三島のなかにそういう意図がまったくなかったわけではないとしても、そんな単純な図式で割り切れる人間でないことは明白ではないか。三島をバタイユらと論ずるのも適当ではない。三島がバタイユよりはるかに小心であり、同時に、はるかに頭がいいことは、これまた明白ではないか。(p.201-202)》

ついこの間、富岡幸一郎の本を読んだところなので、こういう見方があるのかと勉強になったが、私がそんな「単純な図式」に簡単に乗っかってしまって批評ができていなかったことも同時に分かった。自分の読む力、考える力の無さを思い知らされた。もっと疑うことが必要だったのだ。

本書の感想を記しておく。この本は、ダンテ、ニーチェ、フーコー、三島由紀夫、ヴェンダースの5人をテーマにした浅田と島田雅彦の対談である。率直にいって、島田雅彦の話はつまらないと思う。この前、『文學界』2004年11月号の「二枚舌のドストエフスキー」について日記に書いたが、この鼎談にも島田雅彦が参加していた。しかし、やはり面白いのは、沼野充義氏や亀山郁夫氏の話であって、そこに島田雅彦が口を挟むと途端に詰まらなくなるということがあった。『天使が通る』でも同じで、浅田彰が面白いことを言っても、島田が退屈な話をする、という感じだった。島田雅彦の話はどうしてこうも退屈なのだろうか?と気になってしまった。

一つは、無理をしている、背伸びをしすぎているのかなと思う。この人に『批評空間』的な言葉は合わないのだろうけど、どうも自分を『批評空間』的な「知」に合わせようとして、ひそかに必死に勉強していることが見えてしまうのだ。それにロシア語専攻だったことから、必死にロシア文学とかドストエフスキーを論じようとしているのもバタ臭い。どの発言も空回りしているというか。振る舞いがスノッブというか。意図的にスノッブを演じていれば、それはそれで文学者の芸になるのだろうけど、そんなふうに感じられない。本人は本気でドストエフスキー(あるいはロシア文学)を論じてる自分にうっとりしているように思える。それが痛々しい。
Mon, October 25, 2004

『三島由紀夫と北一輝』

テーマ:三島由紀夫
◆野口武彦『三島由紀夫と北一輝』福村出版、1985年10月

タイトル通り、三島における北一輝の影を分析した論文を中心とした三島論を集めた本。たんに文学に留まらず、政治学まで視野に入れた分析は興味深く、面白いものだ。

三島が学生時代に刑事訴訟法に非常に高いを関心をもっていたこと、とりわけ団藤重光(法学部の人はよく聞く名前だろう)の刑事訴訟法の講義に関心を持っていた。この点から、三島の小説の本質を探った論文などはすごく面白い。法律と文学の比較と言ったらよいのだろうか。こういう組み合わせ方がすごいのだ。
Sun, October 24, 2004

『仮面の神学』

テーマ:三島由紀夫
◆富岡幸一郎『仮面の神学-三島由紀夫論-』構想社、1995年11月

相対主義的思考から「唯一教的命題」へと三島が移行していく過程を論じる。三島といえば「天皇」が問題にならざるを得ないが、富岡は三島が言う「天皇」とは唯一神すなわち「God」であったことを指摘する。そもそも日本人の神観念は、キリスト教的な唯一神とは異なるものだ。だが、三島が考えていたのは絶対としての神と言えるもので、「などてすめろぎは人間となりたまいしぞ」と呪詛した時、そこにあったのは「<神>か<人>かを厳格に弁別する一神教的神観念」であったという。したがって、三島にとって天皇の人間宣言は見逃せないものとなっていった。

こうした背景には、日本の近代文学がヨーロッパのの近代文学を移植しつつも、ついにキリスト教の「神の問題」を自覚的に対峙することのなかったということもある。すなわち「神」の不在である。富岡にとって、三島こそ、日本近代文学のなかで正面から唯一神あるいは絶対の問題と対峙した文学者であったということになるだろう。

《『英霊の声』以降の三島由紀夫が突き当ったのは、天皇制の問題をはるかに超えた、「神」の不在(というより「神の問題」の不在)の近代日本における「神学」的課題ともいうべきものであった。(p.65)》

三島が、たとえば『潮騒』(昭和29年)を書いていた頃、われわれは相対主義に留まるべきであり、「唯一神教的命題」には警戒するべきだと述べていた。だが、『太陽と鉄』を書いたころになると相対主義への嫌悪へと転換している。この転換は、必然的に死に向かうことになるだろう。三島における相対主義と絶対主義の関係は常に重要な問題だ。三島におけるこの変化は、今ちょうど私自身も追いかけていたところだったので、本書の議論は非常に参考になった。私は三島における「身体」というものを通して絶対と相対の問題を考察するつもりだ。

三島は「日本人の最高のものに対する批評の形式としては、死しかない」と語ったという。絶対と相対。やっかいな問題である。
Sat, October 23, 2004

『非在の海』

テーマ:三島由紀夫
◆小阪修平『非在の海――三島由紀夫と戦後社会のニヒリズム』河出書房新社、1988年11月

戦後社会を空虚と感じた三島が、「現実」に疎外されなつつ、いかに生きようとしたのかを考察した評論。というふうに読んだのだけど、実は内容の理解には自信がない。個々の作品の分析や、ある部分の思想の分析になるほどと思う箇所が多くあり、とても有益な本だとは思うが、全部読み通して、ではこの本全体で何を著者が語っていたかのかと振り返ってみると、何も出てこない。自分の読解力の無さを思い知る。

三島は「海」に固執した人である、ということを手掛かりに、三島にとて「海」とは何だったのかを論じている。「海」という点に着目したのは鋭いと思う。三島は「太陽」というモチーフが有名だけど、「海」は当然それとセットにして考えることもできるし、「海」というモチーフ自体、特に文学研究では重要モチーフとして様々な解釈をなされてきた。「海」はとても面白いモチーフなのだ。

でも「非在の海」と言われると私には理解できなくなってしまう。存在しない海ということだろうか。存在しない、するはずもないであろう「海」に、なんとしてでも到達してみようという強い意志を三島に見出したのだろうか。要するにロマン主義ということになると思う。

そう思って読んでいたら、そうではなかった。私はどうやら誤読していたようだ。「おわりに」で著者がこう書いている。

《わたしは三島由紀夫は徹底的に自己の観念のなかでラディカルなひとであったとかんがえている。ここで自己というのは、ヨーロッパの哲学史が多少とも理念的に語ってきた自己の意味ではない。むしろ、わたしがどのような情熱をあるいは観念をもったとしても、それが自分のものでしかないと感じてしまうような「自己」のことである。だからわたしがここで言う自己は、ロマン主義が表象してきたような豊かな、生命力にあふれた自我ともちがう。むしろ、抽象的でなんの内容ももたないような自己、ニヒリズムの経験のなかで、人びとがさまざまな物語の衣装を脱ぎさったとき見いだすような自己、つまり追いやられるわたし、わたしであってしまうわたしのことである。(p.200)》

「わたし」にまとわりついている「物語」を剥いでいき、さいごに残る裸形の「わたし」が三島にとっての「わたし」つまり自己という観念であったということは、たとえば「私はオブジェになりたい」という三島のエッセイにも書かれていたと思う。なので、この部分は納得できる箇所ではあったが、ただ「追いやられるわたし」という言い方が漠然としていて分からない。これは余計な言葉なのではないか。

小阪氏が語るのは、自分たちが青春をすごした時代すなわち60年代後半の全共闘の時代なのだ。三島を論じながら、本当に論じようとしていたのは、自分たちのことだったと思う。それはそれで、あの時代の思想を理解する上で良い本だった。

それにしても、私は全共闘を経験した人の文章を読むのが苦手だ、ということがはっきりと分かった。私の苦手の評論は、たいていこの世代の人たちの書いたものなのだ。この世代の人たちには、独特の言葉、あるいは話法というものがあるんじゃないだろうか。この世代だけ、異世界の言語を使っているような。世代論にしたくはないが、全共闘の時代の言葉に私はいつも「距離」を感じて困る。
Fri, October 22, 2004

『漱石と三人の読者』

テーマ:文学研究・批評
◆石原千秋『漱石と三人の読者』講談社現代新書、2004年10月

巧い。現在の文学研究者でも石原千秋は、特に優れた小説の読み手だと思う。この本でもその力は発揮されていて唸らされる。新書という本のなかで、コンパクトに明治文学の基礎知識を語り、その上で独自の漱石論を展開した本書は、明治文学研究の教科書としても非常に役立つだろう。この本の内容をまるまる暗記しておきたいと思った。

本書のタイトルでもある「三人の読者」とは何か。これが重要なことだが、まず石原は漱石が「読者」を常に意識しながら作品を執筆していたことに目を向ける。その上で漱石が意識していた「読者」とは何か、をテクスト読解から浮かび上がらせていく。ここで、石原は「読者」を3つの層に分けた。それはまず漱石にとって「顔の見える読者」であり、次に漱石にも「何となく顔の見える読者」であり、そして3番目の読者は「顔のないのっぺりとした読者」である。

「顔の見える読者」とは、たとえば漱石の周囲に集まっていた青年たちのことだ。実際に漱石の身近にいて付き合いのあった人たちだ。では「なんとなく顔の見える読者」とは誰か。漱石は朝日新聞に新聞連載小説を執筆していたが、いわば同時代に新聞を読むような階層にいた読者のことだ。とりわけ本書では「朝日新聞を読む読者」ということになるのだが。「顔のないのっぺりとした読者」とは、要するに漱石にはまったく予想のつかない読者ということになるだろうか。したがって、漱石と同時代の読者というわけでもなく、「可変項」の読者、入れ替え可能な読者ということだ。こうした読者が、テクストの構造に組みこまれているのだというのが本書の主張なのである。

漱石はつねに読者を意識して執筆したと先に書いた。まず漱石は「顔の見える読者」に向けて小説を書いた。そして朝日新聞に入社後には、新聞を読む読者に向けて書くことになる。だが、『虞美人草』において、漱石は読者に裏切られる。自分の意識していたものとは異なる読者がいることに気が付くのだ。それが第三の読者ということになる。漱石は、新聞社の社員として、この第三の読者に向けても小説を書くことになるだろう。その時、漱石はどうしたか?たとえば、小説中に「死角」を組みこむ。「死角」とは小説の主人公には見えない部分ということだ。小説の構造として組みこまれた「死角」は、読者に多様な読みを誘発することになるだろう。

つまり、漱石の読者意識の拡がりが、のちに漱石作品に多様な解釈を産み出すことになったのだということになるのだろう。この論は、なかなか興味深い。

本書の作品分析で、最も面白く興味深いのは『三四郎』の読解であった。ここで、美禰子がだれを挑発していたのかという点から、三四郎と美禰子が初めて出会う場面を読み解いている。当時の東大の構内地図などを参照しつつ、人物の動きを推測し、美禰子が挑発していた人物を探り出す。この読み解きはかなり面白いはずだ。こういう研究に憧れるし、激しく嫉妬した。

ほんとにテクストとは読もうと思えば、いろいろな読み方ができるものだとあらためて感動した。
Thu, October 21, 2004

『鏡子の家』

テーマ:三島由紀夫
◆三島由紀夫『鏡子の家』新潮文庫

しばしば『鏡子の家』は三島の失敗作と評価される。発表当時、肯定的な評価をしたのは奥野健男(『三島由紀夫伝説』新潮文庫を参照せよ)ぐらいで、たとえば平野謙は「作品として破綻」したと言い、江藤淳も「これほどスタティックな、人物間の葛藤を欠いた小説もめずらしい」と批評していた(参考、松本徹『年表作家読本三島由紀夫』河出書房新社)。三島自身、傑作だと思っていたらしく、否定的な評価にかなりショックを受けていたと言われている。

私の評価としては、これはかなり面白い良くできた作品なのではないかと思う。同じくらいのページ数の『禁色』と比べた場合、私には圧倒的に『鏡子の家』のほうが面白い。『禁色』の評価は高くて、『鏡子の家』の評価が低い理由が私には理解できない。発表当時はともかく、ポストモダンをあるいは高度消費社会で生きる/生きた私には、『鏡子の家』のほうが「リアル」な物語に感じるのだが。

そもそも物語が、「欠伸」から始まるのも読者を皮肉っていて面白い。これから相当長い小説を読むと意気込んだものの、いきなり登場人物たちが「欠伸」をされていては、読む側の意気込みが脱臼させられるというものだ。

物語は「終らない日常」のなかで、「現実」を感じることのできない青年たちを中心に展開する。世界が崩壊してしまえばいいと思うが、登場人物をとりまく「世界」はそうやすやすと壊れない。その一方で自分が存在しているのかしていないのかという不安にじりじりと駆られている。そうした実存的不安を持つ人間たちが、友情とも愛でもなく、「鏡子の家」にやってくる。

そんな存在の不安を抱えた男の一人、画家の夏雄が神秘思想に目覚めて、修行するもそれに挫折。そんな状況のなかで見つけた「水仙」の花によって「現実」感を取り戻すという挿話は、「サイファ」みたいな話に思えてきて、だからこそ「現代」的な物語だと思うのだ。

しかしながら、その時代背景に朝鮮戦争という影があるのは見逃せない。作中、しばしば<アジア>が言及されることになるが、鏡子たちの生活あるいは日本の退屈な日常生活が<アジア>によって支えられているように思える。三島の小説にはしばしば<アジア>の影が見られる。三島と<アメリカ>と同時に三島における<アジア>も考える必要があるだろう。
Wed, October 20, 2004

『禁色』

テーマ:三島由紀夫
◆三島由紀夫『禁色』新潮文庫、1988年2月(改版)

『仮面の告白』に続いて「同性愛」が主題となっているこの小説を読む。本文を読んでみると、ところどころで「社会」や「世間」の目が現れるし、「多数決原理」の社会に対して主人公たちがマイナーな存在であることが強調されている。したがって、この小説を異性愛を「正常」とみなす「社会」や「世間」に対する「批判」あるいは「プロテスト」と読むのは妥当なところなのだろう。

文庫の解説の野口武彦は、しかし、男色を描いたという点からそれを「既存道徳に対する挑戦」とする評価だけでは、まだまだこの小説に対する評価が十分ではないと指摘している。これもまた重要な論点となるはずだ。

私自身、まだこの小説をどう読めばよいのか分からず、暗中模索状態なのだけど、そもそもこの中心人物となる「南悠一」とは何者なのか、ということが気になる。

この「女を愛することができない」と言い、同性愛者として少年と戯れる「悠一」は一方で、老小説家の檜俊輔の女性への「復讐」を担うドン・ファン的人物でもある。そして、そのようなドン・ファン的行為により、あらゆるベクトルが「悠一」に向かうことになる。みんな「悠一」を求めるのだが、その「悠一」には「精神」がないと言われている。いわば空虚な中心に力が集中していく。と、このように書くと思わず「天皇」?と小さな声で呟かずにいられないのだが、これも「三島由紀夫」という物語の罠なのだろうか。

この小説を読むと、フランスの心理小説みたいだなと思う。登場人物の心理をまるで「駒のように」動かしていると言われるレイモン・ラディゲのような小説を思いだす。

それから、小説の細部において気になるのが、「火事」という主題であろう。「悠一」の前に、頻繁におきる「火事」あるいは消防車の「サイレン」の音。火事すなわち火といえば、もちろん『金閣寺』の中心となるわけだが、三島の小説における「火事」「火」という主題は、ほかにもたくさん散種されているのではないだろうか。それは一つに「罪」の浄化という役割を担うのだろうが、ほかにどんな役割を持つのか。「火」についての記号論的解釈は可能だろう。
Tue, October 19, 2004

『仮面の告白』

テーマ:三島由紀夫
◆三島由紀夫『仮面の告白』新潮文庫、1987年7月(改版)

三島の小説を論じるのは難しい。あまりにも多くのことが語られていて、他にもう言うことがないんじゃないか?と思ってしまう。これまでとは異なる読み方をしようとすると、余計罠にはまってしまうようだ。素直に『仮面の告白』は三島の自伝的な作品なのだ、と読んでしまったほうが良いのだろうか。

たとえば古い解釈では、文庫の解説のなかで、佐伯彰一は「『仮面の告白』という題名からして、その仮面性、フィクション性をもっぱら強調する見方が強いのだけれども、「仮面」の使用そのものもふくめて、これはやはり三島の自画像、自伝的小説と受けとる方がいい。ここには内なる魔物との格闘があり、この「私」は作者と血肉をわけ合っている。(p.234)」と書いている。

ここには、大塚英志がその物語論で批判する日本近代文学における「私」が現れている。つまり「私」と記した瞬間、それは作者の自己表出となってしまうシステムを自明として佐伯は捉えているということだ。同じく文庫の解説で、福田恆存も三島自身が「フィクション」であることを強調したとしても、逆にその「仮面」を「素面」と言いくるめる苦しさがあることを主張している。どちらにせよ、作者=三島由紀夫の内面の告白とみなす。これも「私」という語の持つ罠なのではないか。

たしかに、語り手を三島由紀夫というより平岡公威と見なせるように書かれてはいる。たとえば「公ちゃん」(p.94)なんて呼ばれていたりする。一方で語り手が読者を強く意識しており、自分がこう書きたいという欲望のままに書いているのではないことを否定する(p.118)のは、逆に作為を感じてしまう。どうも三島由紀夫という人は、素直ではないと思う。ひねくれた書き方をわざわざしていて、小説を読むことを厄介にさせる。こうした自己韜晦癖がいやらしくも感じる。それが三島の魅力なのかもしれないが。読者の反応をあらかじめ予測しているんじゃないか、とも感じられるし。ああ、ほんとにやっかいな小説だ。

ところで、『仮面の告白』にこんな一節を見つけた。園子からもらった手紙を有頂天になって開封する「私」。そこに見たのは――。

《人目もかまわず、電車の中で封を切った。すると沢山の影絵のカードやミッション・スクールの生徒のよろこびそうな外国製の彩色画のカードがこぼれおちそうになった。なかに青い便箋が一枚折畳まれていて、ディズニィの狼と子供の漫画の下に、御習字くさいきちんとした字でこんな文面があった。(p.142)》

「ディズニィのオオカミ」だって。何度も参照して恥ずかしいのだが、大塚の三島論が三島がディズニーランドに行きたがっていたことの分析から始まっていることを思い出す。ちょっと調べてみればよかったのだが、ディズニィーが日本に入ってきたのはいつ頃だろうか?。『仮面の告白』って戦時中の話だし。ちょうど空襲の話をしている時に、敵国アメリカを象徴するような「ディズニィ」が登場している、この違和感。すごく気になって仕方がない。

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