手上のコイン Blog

気まぐれに感想とか、好きなものの話題を。

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五月天の石頭がFBのノートに書いている日記を、ちょこちょこ翻訳しております。おかしいところがあれば、ご指摘くだされば幸いです。

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こんな感じが、いいね

昨夜は、連続して眠ることができなかった。前夜の熱情的なアドレナリンは既にエネルギーを大量に消耗している。それなのに融通のきかない体内時計は、僕を8時に目覚めさせた。普段の目覚めよりは遅いが、オーバーした一時間半では破損した細胞を修復することも、残った老廃物を排出することも出来ない。両手は浮腫んでいて、全身をベッドに横たえても、再び無心の夢の中に戻ることは出来なかった。

栄養士の友達が言っていた、もしこのような疲労した状態で再び塩分と油分の高い料理を口にすると、体の中の悪いものが出て行かない、さらに新たな負担を加えると、最後にはファイト・クラブでタイラーが深夜盗みに行くあのブツになると。
このような実験は僕は既に何度も行っていて、もちろん毎回研究報告どおりだった。だから、体に欲望と失望のサイクルの進入を許さない為にいちばん良い方法は、シンプルでバランスの良い食事をとることだ。

家にある塩の瓶をずいぶん開けていない、コンロ横のサラダ油は何ヶ月も前に開封したが、今でもまだいっぱいだ。子供たちは既に味付けのない日常に慣れていて、時には家に帰ってきて給食の味付けが濃すぎると文句を言う。舌の肥えた彼らは、既に美味しい食べ物から素材の味を味わう楽しみを覚えているのだ。
ちょうど今の身体には外食は合わない。再びベッドに戻っても眠れないので、朝食後に長男を連れて旬の新鮮な食材を仕入れに行くことにした。

近所の伝統的な市場はそれほど大きくはない。でも食材は、とりわけて海鮮はとても新鮮だ。魚を一匹と250グラムの蛤汁、紺碧の大海が口の中で暴れ回るような味わいだ。長男はこの伝統市場は今日が初めてだった。種類豊富な魚はどれも目が輝いている。特に週末の市場には日頃見ることのない魚も出現している。本来なら空のスペースに今日は新鮮な牛肉が並べられている。
初めてこの市場に来た息子はここの空気を嗅ぎ、真剣に中のにおいを分析している。もし彼がもう少し大きかったら、僕はきっと「香水」という本を買って彼に与えただろう。

食料品市場の行き来はたった十分の道のりだが、貴重なものとなった。息子を連れて一人でこんな道を歩くのもずいぶんと久しぶりで、自分はちょうど「禅とオートバイ修理技術」のパイドロスがやっていたのと同じことをしているのではないかと思った。
帰り道、僕は息子に、明日新年になるけれど、何か願い事はあるかと尋ねた。彼は長い間考えてから言った。今のこういう感じがいいな、特別に叶えたいことはないよ。

僕も心の中で思っていた。今のこんな感じが、いいなと。






正直、ファイトクラブは見ていないのでそこのくだりは最初なんのこっちゃで、あらすじ探して読みました。
………ま、それでだいたいわかりました(汗
一応伏せときます。まぁ大した事じゃないけど。

香水は、ドイツ人作家、パトリック・ジュースキントの小説の事ですね。『香水:ある人殺しの物語』
米作家ロバート・M・パーシグの『禅とオートバイ修理技術』
これも読んでないな。今度漁ってみようっと♪←

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ルールおじさん

十数年前のとある夏、彼は僕らをワーゲンの9人乗りのミニバスに乗せて、北部から街をひとつまたひとつと南下した。それは宣伝の為のバスだったが、笑い専用車でもあった。
あの頃まだ新人で、苦境を乗り切るには自ら運転し、急ぎ足で台湾全土のラジオ局で告知をしてまわるしかなかった。昼間は告知、夜には大勢で部屋に集まって、攻略の難しいルールでゲームをする。勝者は一人だけ、敗者の末路は悲惨だ。

そういった凄まじいルールはみな、彼が決めていた。発想は周到で、処罰は残忍。ギャンブラーを身の裡に飼っている僕らは、こういったルールで渡り合いながら中南部のラジオ局を巡った。そしてその時、彼に「ルールおじさん」という称号を与えた。

長年の、おじさんのルールの遺伝子は、僕らに完成度の非常に高い演出をさせてくれた。このようにせわしなく、複雑な事業体で、こうやってひとつの大型の産業機器を運行するには、精神力と体力はもう言うまでもないが、更に重要なのはミスを減らす能力だ。そしてそれは、既に彼の思考の無意識的部分となっている。

しかし、このような思考ロジックは、彼と、彼の子供たちとの関係性の間には見られないし、彼の可愛い子供たち自身には何のルールの縛りもみられない。
ステージ裏にこの姉弟たちが出現するだけで、大人たちの再三の笑い声と驚きが伝わってくる。何故なら、コンサートのスクリーンの中の悪の集団とヒーローは、彼にとっては実在する存在だからだ。毎回、バンドメンバーがステージに上がる前に彼らが告げる別れは、本当に僕らが変身して地球を救うスーパーマンになるような気にさせる。ルールおじさんの子供たちの、あの頑張って、の声はそんな真心とファンタジーなのだ。

たぶん、彼が自分と彼の子供たちの間に定めた唯一のルールはルールを作らないことだ。それによって彼の子供たちはこのように自由奔放な大脳を持っている。いつも、僕は自分を省みさせられる。自分が空想する力をとっくに失ってしまったのかどうかを。そして、大人が作った脆くつまらない価値観で我が子を制限してはいないだろうかと気づかされる。

昨日、学校で学生の自由絵画を募集した。選ばれた者の作品は、将来学校の外壁の一面を飾るらしいが、僕は損得勘定を持ち合わせていないし、うちの二人の子供たちにもない。一人は机の上で、一人は床に寝ころんで想像力に任せ自由奔放に、好きなように描く。側で僕は彼らの想像力を感じる。それは純粋で、無邪気で、ルールなどなく自然に生まれてきたものだ。

さっき読んだ法華経の中の一つの章で、お釈迦さまが説法をすると、地上には千万億個の菩薩が出現する。その時長い間、現実世界にあってどのようにこの情景を理解するべきかと思い悩む。
だがその答えは、もしかしたら僕らの子供たちがもっているのかもしれない。

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休止符

何ヶ月か静まり返っていた球場は、今月また賑やかになった。あの場外の軽食やグルメが野球のシーズンが始まる頃にもまた出現するのかどうかは知らないが、もしそうなら、台湾で野球の試合を観戦するのは本当に一大レジャーである。
場内に入れば、フランクフルトを、帰る時には一袋のフライドチキンを持って帰ることも出来る。コンサートの終了時と違うのは、野球の試合の終了時には、落胆を隠しきれず、手にしたチキンを齧りながら帰ってゆく人々がいるということだ。

このような期間、球場内でヤドカリのように暮らしながら、選手の休憩室は僕らの仕事場や、食堂、会議室や、物干し部屋になる。ただ家のベッドだけは運び込んだらダメだ。さもないと、本当に居着いてしまう。

そもそも、野球選手の休み時間というのは、外国の球場のバックヤードのように厳粛で冷酷なものだと思っていた。
しかし流石はわが地元、選手がどのように休憩室を家の如くに扱って待機しているのかが伺え、ところどころに生活の跡がみえる。
彼らにとっては、この球場での十数年から二十年は確実に人生で最も重要な時間である。そして、なるほど、このバックヤードはいつも一種家のような感覚をもたらす。それは、彼らの最も輝く人生は、いつもここで生まれるからだ。

休憩室の外も、三塁そばの休憩スペースも、長い長いベンチも、野球シーズンの時空のさ中にあり、シーズンとシーズンの間はまるで楽曲と楽曲の空白の部分だ。野球選手は来季への闘志を調整済みである。演奏者が呼吸と気持ちを整え次の一曲の準備をするように、余すところなく。

シーズンは間もなく開幕し、試合の日程は次々とやってくる。ある人の塁から塁へのダッシュは、トランペットのテンポの速いアルペジオ、投手のひっきりなしの牽制は、ティンパニーのようなスリル、それと場外に飛び出したあの球は、フルート奏者の長く伸ばした最後のフレーズの後に続くすべての楽器の合奏の締めくくりだ。どの曲にも休止符はある。それは試合の時のベンチの選手のようだ。でもいつも、演奏する時にはステージに上がるのだ。

ジョン・ケージの4分33秒は、深く考えさせられる長い休止符だ。当然、普通の野球の一試合か、あるいは一つのコンサートでこのような静けさは簡単には得られない。しかしこのような静寂の作品は人に考えさせることが出来る。本当の「無」は相対的なものらしい。選手、あるいは奏者の休息は、実は次に起きることや、やることへの準備なのだ。

でも試合が終わり、音楽も止まり、休止符が再び出現しない時になったら、僕らは他のことへと力を注いでいくのだろう。そうなる前に僕らにも、球場にステージを見に来てくれる人が必要だ、と僕は考える。

来年、野球シーズンが開幕したら、フライドチキンを食べに来ようかな?





知ってる方も多いと思いますが、ジョン・ケージの4分33秒というのは全編、4分33秒間無音の曲です。

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ラピュタ

何日も晴れの日が続いて、冬至を過ぎた冷たい空気は温もりを増した。午後の球場の中は覆われたように暖かかった。
ひとつ残念なのは芝の保全のために隔離板で地面が覆われていることだ。そうでなかったら、こんな午後は、酒と軽食を用意し、気ままに芝生に寝そべって、野球チームが優勝する瞬間を夢想するのに最適だ。
場内すべてが沸き立つ声、酔いがまわってしばし休憩するひと時、冬の日差しで身体を暖めておけば、夜がいつ訪れても大丈夫だ。

しかし昨日は風があった。風は夕日の反対側から吹いてきた。まるで全部の気力を振り絞り、唯一の暖かさの源に向かおうとしているかのように。
太陽は敗れ去り、球場の縁に消え去った。風は勝利しても全く手を弛めず、漆黒の夜の中更に勢いを増す。
突風は鋭利な刃物となり、身体を包む衣服を割って骨の髄まで入ってくる。両手を振りあげてこの見えない刃を阻もうとしたが、逆にそれによって一筋の痕をつけられていた。その痕は厳しい冬の訪れが近いと警告していた。

風の威力とは恐るべきものだ。何年も前、よく淡水から六十一号線高速道路に沿って自転車で観音あたりの妻の実家を目指した。横風がくる時は僕は吹かれて航路を外れそうになり、気温の低さから、四時間自転車を漕ぎ続けてもほんの少しの汗しかかかなかった。
ある日、妻の実家に着くと、庭は台風が過ぎた後のようなありさまだった。樹は倒れ、枝は折れ、人間の方も寒さでやられ鼻水がだらだらと垂れてきて、急いで屋内に避難し暖をとった。外は依然として吹き荒れていて、幾千万の野獣が外で叫び、最後の聖地に侵入する準備をしているかのようだった。

昨晩、その風は再度猛威を振るい、舞台端の数台の機具から吹き出す煙は一瞬しかもたず、テープや紙吹雪はかえってこの風のせいで吹き上げられて空いっぱいに舞い上がりなかなか地上に落ちては来なかった。まるで天女が天界で狂喜しているか、あるいは嘆き悲しんでいるかのようで、すべてが凡人であるがゆえ感じ取れる現象と化し晒されていた。このような光景は、まんだらげが雨の如く降る天上の様のようだろうか?

球場の周縁、三階の看臺区の上に屋根
がある。本来の目的は日を遮り雨を避けるためだろう。だがその形はとても特徴的で、それはダヴィンチ手稿にある飛行機械の翼だ。しなやかさはまるでこの球場を持ち上げ、空中で旋回させることが出来そうである。
今夜の風がもし吹き止まなかったなら、この球場を天空へと高く羽ばたかせることが出来るのだろうか。
果てしなき夜空の中に、ラピュタのように永遠に。

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果実

バックステージには多くの食べ物が常備されている。リハーサルが終わってステージを降りると、小腹を満たすことができる。この数時間の団体生活のために、どんどんと現地のものも世界各国のものも、自然のもの、人工的なものも、口に入れられるものが項目と種類別に机の上に置かれている。コンビニまでとはいかないが、スーパーの青果コーナーよりは少し充実している。
机の上で果物と綺麗なパッケージの食品が共存している時は、みんなまず真っ先に取っている。意外でもないが皮の剥かれていない林檎はいつも少量しか取られていない。そして、黄金色の皮が簡単に剥けるうえに手が汚れないため、バナナは欠かすことの出来ない常備品の一つとなっている。

物産の豊富な地元に戻ると、机の上に置かれるものはデパートのミニ地下街のようになった。本場の南北小グルメ、夜市の揚げ物、アメリカ警察のお気に入りに(※1)、友人が心を込めて作った地元料理、バックステージはグルメイベントの会場となり、いつでも笑顔を浮かべたメンバーや同僚が美味しそうに食べていて、久しく出会わなかった好物を満足そうに味わうのが見られる。

おそらく果物の種類と味わいがみんなの口に合ったのか、それに切り分けて並べられた果肉が取りやすかったのか。ひと箱の、原始的で味付けもされていない果物が、普段は積極的に果物を口にするところを見たことのない者にさえ人気になり、美味しかったそれはまるまる一箱消えてしまった。

前日、子供たちが一緒にバックステージに来た。机の上のドーナツを見て彼らの目が輝いた。家ではこういった類の食べ物が出てきたことはない。それは、外では誘惑が多いし簡単に手に入るからだ。
僕にはまず彼らが幼い頃に決めた考えがあって、いつも彼らに言い含めている。天然の食べ物で取れるなら、身体に余計な負担を増やす必要はないだろう?と。
でも食品の歴史と文化の力は実に強大だ。天然の風味に近い、地域の特殊性を自分の身に蓄積した食べ物が、綺麗な包装紙と人類の生理上の快楽源であるショ糖が誘うドーナツにどうやって太刀打ちできるというのだろう?

喜ばしいことに、子供たちはまだ過度に甘いものやしょっぱいものにはかぶれていない。ただ、それぞれ半分ずつ分け合ったドーナツは、一般的な食べ物の中で彼らがもっとも美味しいと思うものだ。三ツ星シェフの料理でも、母親が作った心のこもったチキンスープでも、昨日旧家の庭で落ち始めたパッションフルーツでもなく。
僕はいつも思うのだ。彼らが成長した後の世界にある多くの知識を、僕は理解する事が出来ず、彼らに何のアドバイスも出来なくなる。しかし、僕は彼らが将来健康であることを願っていて、それは口にするものから始まるのだ。



(※1)ドーナツのこと

タイトルが果、の一文字なのでとりあえず果実にしましたが、結果とか帰結の意味も含んでいるのかなぁ…と思いつつ。


本筋とは関係ありませんが、毎回見るたびに、中国語でドーナツのことを甜甜圈って呼ぶの可愛過ぎだろと思います(笑)

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知恵

桃園国際球技場に向かう路は新北市の河濱公園を通る。
車は六十四号高架道路上を走っている。晴れやかな天気のもと、遠くに望む山と緑地と小川、遊んでいる人の群れや笑顔のペット。高速で移動する人間にとってそれは永遠のような風景だ。
ただハンドルを握ることの多い僕にとって残念なのは、その風景はこんなにも素晴らしいというのに、前方の道路から視線を移さなければ見られないということだ。

アシスタントがいれば、悠々と遠くを眺め、動と静の間にある違いが生む面白味を楽しむことが出来るが、そうすると楽しめるのは僕で、隣の人は逆に前方しか見ることが出来なくなる。
一遍に二つのことは出来ないのでナビゲートの指示に従いつつ路線を変更しながらでは、当然、このような美しい瞬間を識ることはできない。

もし世界がこれからも進歩を続けるなら、隣のアシスタントは生身ではないかもしれないし、SF映画のように画面や声で移動設備を動かすことができるかもしれない。
人類は自由にできる時間が増え、自分の本当の欲求を満たすことができる。でもその本当にやりたいことって一体何だろう?

バックステージの空いた時間に、メンバーはネット上と本物の脳みそとで勇と知力を闘わせている。
僕は、もしもあの棋王を負かした人工知能で組んだチームと、台湾のeSportsの世界チャンピオンを競わせたら、といつも思う。しかし、このように戦略的思考をもつ人工知能は、将来、映画にあるような大きな災禍を起こし得るのだろうか?

殺し合いの激しい音が鳴り響く中、勇志(※1)と話していて、世界が直面している、人工知能と自動化が与える影響と対処の話になった。
シリコンバレーのサイエンスの巨人たちが新たな科学技術を支持するのは当然だが、大衆の心配の方が多くの人には信じられてしまう。だが彼は小さなグループの実験に言及した。高度な知能と無人オートメーション化された組織中での生活、それに政府組織が負担する人類の最低限の生存コストだ。
はじめは、人類はそうなることで地球資源を消耗するだけの生き物になるのだと思われていた。
だが意外にもその人々は単に生産性を失わないだけでなく、自分の潜在能力を発展させてソフトでもハードでも達成し得なかった境地を創造したという。

昨晩、初日の演出。天気は少し涼しく、コンディションは最高で、演目は最後の三分の一のところまで進行していて、すべては問題なく終わるかと思われた。
だが手にした楽器が突然何拍か鳴らなくなり、慌てた僕はオートメーション化した装置のプログラムが間違っていたのかと思った。しかし最後の一曲になって、ようやく見つけた問題の原因は、老化したギターの配線だった。オートメーション化と人工知能に対する不信感が、実は心の底に深く根を張っていたのだ。
それでも僕はいつか、もう再びハンドルを握る必要がなくなって、車から遠くの山や空の青さを眺められる事を心から望んでいる。
その日がきたら、人類は単純労働による生命維持を必要としなくなるのだろうか、その時になったら、僕たちは自分が本当に求めていることがわかるのだろうか?



(※1)陳勇志さんの事だと思います。相信音楽のCEOで作詞家(作詞時のPNは陳沒)

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弁当

この前まで、彼女とは永らく会っていなかった。いつも共に生活している様な連中からすれば、このような話にはどうしてもため息が出る。
このため息は、拒むことの出来なかった責任感と使命、他もろもろの彼女にのしかかった重みと、平衡を保てない仕事と人生の間に生まれた、リセット出来ない歪みだ。
しかし幸運にも再び持ち場に復帰した彼女は、以前と同じようにジャスミンの柔らかな優しさをたたえた血色と、春の暖かさをまだ笑顔に留めていた。
彼女はその姿を消していたあいだに、プライベートなゲストハウスにでも身を隠し静養することで、このような血色と軽やかな身体を手に入れることが出来たかのようだ。

しかし、この様な状態まで回復するには簡単な療養では不可能だ。この消えた時間は、実際は生き物ならみな再び経験したくはない苦しみだ。
彼女が自分で語ったわけではないが、周りの人の話でこの病気の治療法と症状をよく耳にする。身体の中に無数に本来あるべきでない細胞が発生し、生活のリズムを妨害する凶悪犯となり、僕たちから笑顔も、平安も自分の体への過信も奪い去っていくのだ。

昨日の晩ご飯の時間、彼女は休憩室に入ってきた。バックステージのメンバーはいまだ顔を揃えていなかった。リハーサルはまだすぐには開始できない。彼女はメンバーの到着時間と、ツアー全体の大小のこまごましたことを気にかけていた。彼女がみんなの前で眉間に皺を寄せたことはないが、背を向けてからその強大な精神力が彼女の身体から発散されているのを感じて、彼女はきっと多くの人の事をその身にぜんぶ背負っているのだとわかった。
一言、問いが口を衝いて出る。「晩ご飯は食べたの?」答えは否だ。思わず二言三言と促す。
もしかしたら余計なお節介かもしれないが、このように高いプレッシャーや身体の中の邪悪な勢力がいつも心配になるのだ。

彼女は自分の持ち場に僕を呼んで見せてくれた。そこはコンサート中でもっとも眺めのよい場所で、本物の要塞である。屋根の下にいるそれぞれが皆、一心不乱で僕の存在には目もくれない。彼女はひとたび監督席に座ると、まるで人が変わったように春の笑顔を引っ込めた。ジャスミンの香りも消え去った。ただ彼女の宝石のような両目だけがキラキラと光っている。

どうしてコントロールスペースの前にある弁当がいつまでたっても開けられていないのか想像に難くない。再びお節介にも一言言うしかない。「早く食べなよ!」しかし彼女だけではなく、高台にいる照明さんも舞台のあたりのカメラマンも、コントロールスペースの傍らの音響エンジニアも、他にもたくさんのスタッフが、この唯一無二の夜のために、多くを費やしていて、みんな弁当すらまだ開いていない。
いつも彼らのためにもっと何か出来ればと思うが、お節介をしたい今の僕は、もう一度こう言うのだ。
「早く食べなよ、ごはんもおかずも冷えちゃったよ」

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抵抗

台北は寒気の襲撃に遭っていた。家じゅうの窓やドアをしっかりと締めて、残るは厨房側の窓の指一本分の隙間だけだ。
他の部屋への移動でドアを開け閉めする時、気圧の関係で外の冷気が思いがけずそっと忍び込む。

冷たい空気と暖かい空気は、僕が思うようには明確には分かれていない。寒暖の入れ替わりは激しく、予測がつかない。それは空気の物理的状態というのは流体で、地球の重力が及ぶ範囲を満たすことが出来るからだ。その本当の分かれ目が生まれるとしたら、それ以外の個体か液体の二種類の状態になったときである。

台北の冷気を遠くシンガポールにいる僕は感じる事が出来ない。家族がその威力を描写するのを聞くばかりだ。しかし、この空気はこの南洋と繋がってないというわけではなく、同じ層の大気である。
ただその土地の地理条件に合わせて温暖で湿度も高く、寒がりの僕に、北半球の冬期の中でもう一度夏の気ままさを味わわせてくれている。

晴れた午後、もう半年も水に入っていないゴーグルをつけた。水泳のカリキュラムで覚えたことを思い出すよりも前に、“プールの水と敵対するな”と唱える。
この様に悟ったのはスパートをかけ続ける訓練によってだ。スパートをかける毎に全力を出すが、残念ながら銃弾のように前に飛び出すことは出来ない。力を加えれば加えるほど、プールの水はゼラチンのようになって、しっかりと僕を掴み最後に体力が尽きると全身が痛む。
だがスポーツ選手たちの猛烈な速さを考えてみれば、決して超人的な筋肉をもっているわけではないのだから、彼らがあんなに速い原因は他にあるのだ。

何日か後、もう一度プールに戻ると、コーチはいっそう基礎的な姿勢を指導した。水をかくたび、散った花びらのようにゆるやかに少しずつ進んでゆくと、魚のように抵抗力が最小になる。しだいに僕はプールの水と対話できるようになったようで、かれは僕の前進を阻むゼラチンとはならず、僕の身体を包み込む流体となって、羽毛が軽く撫でるように、水流が頭から脚まで、皮膚を流れ去ってゆくのを感じることができる。

このような記憶があるので、僕は力強さを誇示することにはもう拘ることはなくなった。そして、進むたびに細かな変化を愉しんでいる。水底であっても風は吹き、かすかな気候も感じ取れる。なるほど、自然のエネルギーに従えばこのように多くのものを得ることが出来るのだ。



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固定

ここ数ヶ月、飛行機を乗り降りした数は既にスケジュール帳では計算出来なくなっていた。
往々にして家に帰りついた最初の晩には雲の中にいるかのように心地よく眠りにつく。このように人に羨まれるような日常に文句を言うべきではないといつも自分に言い聞かせてはいるが、もっと家でごろごろ生活している時を考えてしまうと、自分の現状に疑いを持たざるをえなくなる。
自分を納得させるためには、気分と習慣を変えるしかない。自分は遊牧民族で、飛行機は僕の荷物を運ぶ使役動物で、荷物はバックパックと一本のギターだけだと言い聞かせるのだ。

牛車水(SGPのチャイナタウン)の展示会場に復元された昔の生活形態を見たせいで、僕はまた気弱になってスケジュール帳を開き、既に訪れた都市とまだ行っていない都市を数えあげていた。
会場の中にある物語は、この地域にこんなにも深く根を張っていて、それによってさらに「家」を感じさせる。この解釈の難しい文字の、最も基本的な条件というのは一種固定されているということなのだろうか。

その世代には、鏡面の焼付塗装も、クリスタルのシャンデリアも、磨かれた石英のレンガも、レザーコンパートメントも無く、家財道具は家具と装飾品だ。敷物に枕、それに壁を隔てた陳家の家族8人のいびきの音は眠りへと誘う必需品だ。生活環境の悪いところは衛生設備が無いところで、トイレは2、30人共用の上に毎日バキュームカーで汲み取りにくる。

この狭い空間の中で見られるのは生存だけでなく、多くの生活で、この中の一つ一つにはみなたくさんの物語があるのだ。このような空間でどれほどの衝突と妥協があるのかは想像に難くないが、人がこのように緊密に触れ合っていれば、衝突は火花のようなものであり、妥協は協力なのだろう。長い時が過ぎた後、このような独特の地域が誕生し、活気に満ちあふれたまま今日まで来たのだ。

会場の一階には中庭があって、その中の物語は僕を物思いに沈ませた。
それはこの空間に仕事と家庭という二つが同時に発生している事が提示されていたためで、おそらく華人のしなやかさというのはこういう空間によって全て説明できるものなのだろう、と僕に思わせた。人間は独立しては存在出来ず、「家」とはどんな時間にも空間の中にも簡単にとけ込むことができるのだ。

一つの家族の形成とは、形のない連結であって、縄で縛ることではない。
もともと、本物の「家」というのはこの牛車水の展示会場のようにどこか一つの場所に固定されたものだと思っていた。だが後になってわかった。家が本当につなぎ止めなければならないのは人であると。それは家族の心が一つに繋がることなのだ。

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平和と繁栄

午後の大雨はこっそりと川を渡ってきて、長らく耳にしなかった雷鳴は、既に忘れた夢を震わせて砕いてしまった。振動は枕元の Arvo Part の楽器の音をも覆った。
まだ目が覚めていなかったせいか、この突然やってきた雷は永遠に続くように思われた。その長さに、今朝シンガポール国立博物館の特別展示室で聞いた第二次世界大戦の戦闘機が空爆する記録音声と写真を思い出した。

地球上にある多くの大国の博物館は、自分の土地に残された歴史の遺物によってその時代を物語る。時には略奪してきた遺物によって自らの偉大さを証明する。一つの青銅製の矢尻には、その裏に枢軸の国と同盟国間の戦争があるのだろうし、エジプトの黄金のファラオは、沈没したスペイン船のものかもしれない。
こういった遺物がどこからきたものであろうと、それらが一カ所に集められていれば、静かに眺め、そしてそれがなぜ創られ、また再現されたのかを考える価値はある。

シンガポール国立博物館には、故宮のような派手さも広大さもないし、大英博物館の覇気も多様性もない。だが、むしろ歴史の軌跡から逃れることができる。彼女がプールォチュン(3世紀の中国の文献に出てくる最古のシンガポールに関する記述での呼称・半島の先端の島という意味)からいかにトマセックへと、そして昭南(太平洋戦争時、日本占領下での呼称)から現在のシンガポールへ変わったのか。
とりわけて恵まれている立地のため、列強が奪い合う要所となり、大小の戦争に常に巻き込まれることとなった彼女は、それでも毎回復興後に生まれ変わり、更に強くなってきた。

一つ一つの展示ホールはそれぞれ違う主題とその背後にある意義を訴える。それはこの土地にある強靱な精神を明らかに示している。そしてその中で最も高揚させてくれるのは自然画集の特別展示の中にある香りの瓶である。博物館の中に大自然の美しさをこのように生き生きと再現出来るとは、それにガラスの円筒型建築の中の「森林の物語」など、全く想像もつかなかった。幻想に身を委ね、展示ホールの床に寝そべり、ファークアー・コレクション(※1)の作品を見れば、空中からゆっくりと落ちてきて、星は色とりどりの花びらへと変わる。他の展示ホールの喧噪も戦争もここでは消え去り、ようやくわかる。そもそも静けさというのはこのように簡単に得られるのに、簡単に消失もしてしまうものだと。

その国家級の博物館は、他と競合はしない、世にも稀なる宝物を追い求めている。そして時間を縦の糸、出来事を横の糸として駆け抜けてきたその道を織りなす。適度に五感を刺激し、彼女を克明に、そして、その遺物の背負ったものの核心を理解させることが出来る。それはみな一つの事実を指し示しているのだ。戦争が招いてきた影響を。
いつか全ての博物館の所蔵品が、再び人にため息をつかせることも、反省をさせる必要もなく、染付が訴えかけてくる職人の目に映った平和と繁栄の姿に、静かに耳を傾けられるようになってほしいものだ。



※1 シンガポールの初代駐在官、ウィリアム・ファークアーが200年前マレーに生息していた動植物を中国人絵師に記録として書かせた資料。




ようやくシンガポール編に入れました。
ってことで、翻訳のお供のBGMが何故かずっと林俊傑なわたし。
…いや、シンガポールだk…←


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