80'sアーケーダー

80年代アーケードゲームの記憶を後世に残すのがライフスタイルの一つ





駄菓子屋ゲーセンが消えて何年になるのか・・

プライズゲームや大型メダル筐体ネットワークゲームだらけになったゲーセンに
あの頃のワクワク感とアヤシサが同居したあの独特の空気は、
もうない。


時代の流れには逆らえないが、失ってはじめて分かるあの頃の濃密な時間。

あの頃の事を忘れはしない。







$駄菓子屋ゲーマー時代


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当時の雑誌を見ながらあの頃を振り返るシリーズ第二弾!

 

今回は、ベーシックマガジン1985年1月号を見ながら振り返ってみます。

 

 

1984年の12月に発売された、1985年1月号の表紙です。

 

あの頃最強のゲーム情報源であるベーマガ。

当時は、発売日を指折り数えて待っていました。

 

もう表紙を見るだけで、ワクワク感が高まりますw

 

 

 

 

タモリがイメージキャラの富士通FMシリーズ。

 

このころのタモリは、エキセントリックな芸風がウリでした。

 

 

 

今は無くなった、ナショナルブランドのMSXキングコング。

 

家電メーカーは、こぞってMSXに参入しましたね。

 

 

 

今話題の東芝と言えば、パソピアシリーズです。

これはMSXですが、パソピアの名称がつけられています。

 

永遠の美少女のままで時が止まってしまった、岡田有希子。

今生きていたらどうなっていたのだろうか?

 

 

 

つい先ごろ亡くなられた鈴木清順監督と当時のセクシー系?

アイドル(なのか?)美保純です。

 

スター精密というプリンター会社ですが、現在も業務用プリンターを

販売している会社として存在していました。

 

 

 

 

 

小泉今日子が持っているパソコンは、ビクターのMSXパソコンHC-7で、

通称ioイオというらしいですが、そんな名称があったとは全く覚えていませんw

 

画面にスーパーインポーズでアニメが表示できるなどAVパソコンを

謳っているようです。

 

ソニーを意識していたのか?

 

 

 

 

大手企業以外にも、こんなローカルなショップの広告も載っています。

これらのショップのその後が気になります。

 

 

ベーマガと言えば、読者投稿のゲームですね。

これは、FM7用のシューティングゲームみたいです。

 

パソコンを持っていないので、この記事を読みながら、

想像の世界で、ゲームを楽しんだものですw(半分ウソ)

 

 

 

チェッカーフラッグと言う投稿プログラムを講評するコーナーを

読むのがまた非常に楽しみでした。

 

 

 

こちらは、RX-78用のスクロールアクションゲームです。

 

RX-78とは、通称ガンダムというバンダイが販売していた、

非常に珍しいパソコンです。

 

当時ほとんど見たことがなかったパソコンです。

 

 

 

後半には、ゲームソフトの広告が続きます。

この広告を見るのも楽しみでした。

 

これは、ハドソンの広告です。

デゼニワールドやサラダの国のトマト姫は、大ヒットしていました。

 

ハドソンの広告は、カラーで5ページもあり当時の勢いを感じます。

 

 

 

タイトーのMSX用ゲームです。

 

ちゃっくんぽっぷとか欲しかったですw

 

 

 

これは、アメリカのゲームの広告です。

いわゆる洋ゲーのはしりですね。

 

アメリカのゲームは、完成度は高いものの難易度が高かったり、

ゲームバランス的にイマイチで、日本のゲーマーには

あまり受け入れられなかったと思います。

 

 

 

 

一番ワクワクしたのが、やはりナムコの広告ですね。

 

他の広告と比べても洗練されているのが分りますね。

 

 

エニックスの広告です。

ナムコに比べるとかなり地味な印象ですね。

 

ドアドアやポートピアなど傑作ゲームの登場で、

後に大躍進をすることになろうとは、想像もしていませんでした。

 

 

 

再びナムコです。

 

ナムコ黄金期のゲーム史に燦然と輝くゲームが並んでいます。

他の広告と一線を画す圧倒的なオーラを放っていました。

 

何度も何度も見ていたことを思い出します。

 

 

 

 

 

B-WINGSの必勝法です。

 

こんなアーケードゲーム攻略法を読むのも楽しみで仕方なかったですね。

 

 

 

こちらは、任天堂のパンチアウト攻略法です。

まだ任天堂がアーケードゲームに参入していた頃の

珍しい攻略記事です。

 

 

 

これは、スターフォースの100万点ボーナスに関するスクープ記事です。

今ではネットで拡散するような記事ですが、当時はベーマガの記事で、

裏技などを知ったものです。

 

 

ゲーセンのハイスコア情報をまとめたチャレンジハイスコアです。

これで、全国のゲーマーのレベルを知ることができました。

 

 

とんでもないハイスコアが並んでいるのを見て、

やる気になったり、愕然として戦意喪失したりしたものですw

 

 

今見てもスゴイレベルのゲーマーたちですね。

 

それから32年以上経って、このゲーマー達は、

どうしているのか?

 

ふとその後の人生を思ってみたりします。

 

しかしベーマガ、今でもつい読みふけってしまいますねw

 

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ちょっと前にヤフオクを眺めていて、ある本が目に留まり

落札しました。

 

それは・・・

 

 

 

 

 

 

マイクロマウス マイコン知能ロボットへの招待

 

1982年の本です。

 

マイクロマウスとは迷路脱出というか迷路の中心に

いかに早くたどり着くかを競う競技用のロボットです。

 

日本では1980年に始まった競技で、すでに37年も続いています。

 

なぜこれを落札したのか?

 

それはあの頃あこがれていたというか、

チャレンジしたかった事の一つに、

 

マイクロマウスを作る!

 

というのがありました。

 

たしかあるマイコン誌でこの競技の特集を見て、

こんなの作りたいと思い、どうやって作るかを

調べるために本屋にいったらこの本を見つけて、

 

高かったにもかかわず(1800円)速攻で購入して、

早速読み始めたもののあまりに高度な技術が必要なことに

愕然として、ついにあきらめたという思い出の本だったからです。

 

たぶん30年以上ぶりにこれを見て、

あらためてその難しさを再確認しましたw

 

 

 

ちょっと中を見てみましょう。

 

 

 

表紙の裏は、広告になっています。

 

ハードを制御するためのマイコンキットです。

 

テンキーで入力する初期のマイコンです。

 

RAM1Kバイトとなっています。

 

 

この人が、1981年の第2回大会で優勝した人です。

 

この開発室のような部屋を見て、

こんな部屋欲しいとか思ったものですw

 

 

 

 

よく見ると、PC-8001で動かしているようです。

データレコーダー代わりのラジカセが時代を感じさせます。

 

 

 

 

 

この人が、準優勝の人です。

 

この部屋も研究室みたいであこがれました。

ちなみにこの人当時(1981年)19歳だったそうです。

もっと大人びて見えますね。

 

 

 

1981年のマイクロマウスたち。

それぞれ壁を探知する方法が違います。

 

 

大会の様子です。

 

当時は、マイクロキャットといってマイクロマウスより

一回りサイズが大きいロボットによる競技も行われていた

ようです。

 

ホワイトベースのロボットは、動くところを見てみたいですw

 

この辺までは読み物として楽しめるのですが、

本文は、かなり高度な内容です。

 

 

 

これはステッピングモーターの回路図です。

前オーナーの人が書き込んでいます。

 

 

 

これは、制御用のプログラムリストです。

解読した書き込みがありますね。

 

これ以外にも書き込みが多くありましたが、

前オーナーは、マイクロマウスを完成させたのだろうか?

 

 

 

準優勝したマイクロマウスの構造解説です。

 

モーター、バッテリー、マイコンボードが重なった

階層構造で、センサーがいくつも付いているという

非常に高度な技術が凝縮されているロボットです。

 

これを作るには、ハードとソフトのかなり専門的な知識が

必要です。

 

こんなのを当時19歳の学生が一人で作ったとは、

驚きです。

 

この人は、今どうなっているのか気になりますw

歯科大学生だったらしいので、歯科医院を開業しているのだろうか?

 

当時この本を見て、優勝者、準優勝者にあこがれるとともに、

あまりのハードルの高さにいつしか気力が萎えてしまっていましたw

 

まぁ今思えば、やっぱりこんな物を作るのには向いていなかった

とは思いますけどね。

 

今は、読み物として興味深いですw

 

 

裏表紙は、今話題の?東芝のMOSメモリの広告です。

 

1kbitから256kbitまでのラインナップがあります。

 

バイトではなくてビットです。

最高の256キロビットが32キロバイトです。

 

メガでもギガでもなくキロです。

今の数十万分の一の容量とは、驚きです。

 

ちなみに値段は書いてありません。

たぶん当時(1982年)の32キロバイトと言えば数万円ではないでしょうか。

 

それから当時のマイクロマウスの優勝タイムは、

何秒くらいだと思いますか?

 

 

マイクロマウスは、最初に迷路探索モードでゆっくり走りながら、

最短ルートを探して2回目に高速モードで、

最短距離を走った時間を競います。

 

1981年の優勝タイムが37秒、準優勝が1分15秒となっています。

(第1回大会は、1台もゴールできなかったらしい)

 

それから30年以上たった現在は、どうなっているでしょうか?

とんでもないことになっていました。

 

なんと優勝タイムが6秒台!ですw

 

そんな長足の進歩を遂げたマイクロマウス競技の様子です。

 

 

マウスの小型化が進んでいるのと、そのスピードの速さと

コーナーを曲がる正確さがとんでもないです。

 

そういえばあのマッピーが最初に登場したのも、

第2回マイクロマウス大会でした。

 

 

 

競技には参加せずにデモ走行をしていました。

 

途中で警棒を振るなどコミカルな動きをするところは、

さすがにメーカーが作ったものだと感心しました。

 

このマッピーを見てナムコがロボットを作っているのを

知った事を思い出します。

 

ちなみにとなりのニャームコは、前年1980年の第1回大会から

登場したらしいです。(マイクロマウスではなく、マイクロキャット)

 

その後マッピーはキット化されて市販されましたが

8万円以上したため、買えませんでした。

 

そのころには、マイクロマウス熱も冷めていましたがw

 

今だったら思い出の品としてコレクション用に欲しいですね。

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かつてパソコン雑誌の一つとして創刊され、
最後は美少女ゲーム誌に変わり果て休刊した、

「テクノポリス誌」

その創刊号(1982年6月発売)を久しぶりに引っ張り出して、
眺めていました。

当時は、こんな雑誌を読んでゲームデザイナーになりたい・・
とか夢を抱いていたものですw

記事も懐かしいのですが、広告がまた非常に懐かしので
紹介します。




創刊号からしばらくは、マイコン関連の記事やゲームの紹介とか
科学一般の記事も多く掲載されていました。


最初に現れるのが、このPC-6001の広告です。
パピコンの愛称で親しまれていま・・・せんでしたw

誰も”パピコン”などと呼ぶ人はいなかったような。
ホビーパソコンの元祖ですね。


ホビーパソコンと言えば、VIC-1001も忘れてはいけません。
本体は安かった(69800円?)けれども、メモリーとか異常に
少なくてたったの5Kバイト!
5ギガでも5メガでもなく5キロバイト。

今じゃテキストデータレベル(以下?)。
こんな少ないメモリーで、ゲームとか出来ていたのが
信じられないw

そういえばナムコのアーケードゲームシリーズの
ROMカセットが販売されていたので、とても欲しかったことを思い出しました。

しかしこの広告の写真は、白・黒で統一されていて、
今見てもシンプルでセンスがありますね。
こんなフルセットなんて夢のまた夢でしたがw



マイコンを使っている有名人として、タモリが紹介されていました。
実は、タモリは当時VIC-1001を使っていたのだとかw

このタモリの記事は、高校生の頃アマチュア無線に凝っていた話や
マイコンに対するタモリの見解などが載っていて今読んでも
面白く、さすが博学なタモリだと唸らされます。




エプソンのHC-20の広告です。
坂本龍一を起用して、知的なイメージを演出しています。

これは、本体・液晶ディスプレイ・マイクロカセット・プリンターが
一体となった夢のような?マシーンでした。

と言っても、一体誰がこれを使っていたのか謎ですがw
坂本龍一のようなミュージシャンが作曲に使っていたとても言うのでしょうか?

液晶ディスプレイと言ってもモノクロで、文字と簡単な図形が
表示される程度の物でプリンターは、まるでレシートが出ているようですw

しかしこのデザインは、今でも通用するくらい斬新ですね。
当時カッコよくて欲しいと思っていました。




ナショナルのJR-100です。
入門機として、当時破格の54800円!という低価格で発売されました。

実は、当時これを持ってました。

一番安いマイコンという事で、無理言って買ってもらいましたが、
画面はモノクロだしやっぱり他のマイコンと比べるとしょぼいしで、
飽きるのも早かったですw

まぁ自分が使いこなせなかっただけですが・・。

これの特徴として、キーボード(通称消しゴムキーボード)に
BASICのコマンドが割り振られていて、ワンタッチで入力することが
できました。

これにラジカセをつないで入力したゲームをセーブして
オーディオカセットに保存していましたが、

いざゲームで遊ぼうとした時、相性が悪くてなかなかロードされずに
エラーが出て、何度もやり直したものですw
ロードしているときのピーガー音が頭から離れません。




ゲーム紹介のページです。

ディープスキャン・パックマン・ギャラクシアン・クレイジークライマー
当時人気のアーケードゲームの移植版が紹介されています。

値段は、3000円~4800円となっています。
35年前の価格ですが、まぁ高いですねw

でも当時は、これが自分の家で遊べるというだけで、
満足でした。

たとえ中身がかなり本物とは違っていても・・・

ちなみにファミコンの発売は、この1年後の1983年です。



これは、あの”ログイン”が創刊されますと言う、
予告の広告です。

これも後にゲーム情報誌と化してゲーマーの情報源として
人気の雑誌となりました。

発売日を楽しみにしていたものです。

最終号は、2008年7月号なので、休刊してからもう8年半になりました。


アマゾンで販売中





あと、こんな広告もありました。

電子ライター型カメラw
いわゆる”スパイカメラ”ですね。

今のようなデジカメではく、フィルムカメラなので現像セットも
あります。

電子ライターが、15000円くらい
現像セットが35000円くらいしますが、売れたんでしょうかw



これは当時流行っていたLSIゲームです。
しかもフリスキートム!

これをFLのゲームにするとは、かなり無理があるような?
でもどんなモノか見てみたいですが。

とにかく当時の広告を見ていると、いろいろと思い出して、
感慨深いものがありますね。
 
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