言葉中毒

テーマ:

録画してあった映画『シン・ゴジラ』を視聴しました。

いや~、矢継ぎ早の「言葉」の数々に圧倒されたと同時に、幾多のセリフが鋭く胸に刺さりました。

 

映像もさることながら、登場人物に吐かせる「言葉」に魂がこもっていて、とても興味深かったです。「言葉」をもっと深く追いたくて、2度も視聴しましたよ。

 

今月初頭から小説を書き始めたということもあって、なおさら沁みましたね。

 

 

 

ご存知のとおり、小説には心理描写を文字として表現する部分が多いですが、映画やドラマはそのほとんどがセリフです。

 

脚本にも、「ト書き」という登場人物の動きを説明した部分がありますが、小説の描写表現とはまったくもって違います。

 

要するに、小説は登場人物の心情を主観的に表現したもので、脚本は最終的に映像を創り上げるための客観的な表現といえるでしょう。

 

 

 

今年の行政書士試験に『白い巨塔』を正解とする問題が出題されたらしいですね。小説は読んだことがありませんが、テレビドラマで視聴しました。田宮二郎版と唐沢寿明版、どちらもです。

 

私の場合は、脚本の観点からドラマを観ているといえます。つまり、脚本が私に与える影響が大きいということです。ときには映像と切り離されて「言葉」だけが私の中で独り歩きしていることもあります。それは私が、とてつもなく「言葉」というものが好きだからです。

 

いわば、『言葉中毒』。

 

NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』の脚本も素晴らしいですね!鬼気迫るセリフが随所に盛り込まれ、「言葉」そのものがセリフではなく、役者を通して自分自身に向かって発せられているような錯覚にも陥ります。

 

 

 

「言葉」は人の感情を揺さぶります。喜怒哀楽すべての感情を誘発するといえるでしょう。

 

一つの事象を伝えるために、どのような「言葉」を組み立てるか、その組み合わせによって受け手の感情は違ってきます。さながら、頭の中で「言葉」を使った設計をしているようなものですね。

 

小説を書き始めてから、世界が広がったような気がします。そして「言葉」に対する見方も。

たとえば、心の中にある、この何とも言えないアンニュイなつかみどころのない感情を、どうやって「言葉」に表すのか。そこが難しくもあり、面白いところでもあります。ましてや、自分自身ではない人物の感情を推し量って文字にする、この作業って結構なエネルギーを要するのですけど、感情と「言葉」がつながった瞬間には心が震えます。

こんな人生の楽しみ方があったなんて!

今まで何気なく流れていた「言葉」の束が、こんなにも人生を潤してくれるなんて!



そして、小説『薄氷(うすらい)の彼方』の原稿、ただ今29000字。ページ数にして98ページです。優先順位を考慮して執筆を1週間中断していましたが、リスタートしました。浮かんだストーリーをまとまって文字にする時間がないときは、細切れですがスマホに入力し、後からつなぎ合わせています。

一軒の家にたとえると、柱と壁、天井と床はできあがったけど、まだクロスも貼れていないし、設備も整っていない状態です。

今後も楽しみの一つとして、本業を侵さない程度に「言葉」と向かい合いたいと思っています。


(原稿の一部)

AD