異次元の世界

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ずいぶん前に、深夜、車で一本道を走っているのに、同じ場所を2回通って怖かった、という話を書きました。

”時空の迷路” というタイトルの記事です。

それとは別に、異次元の世界に行ったのかな~、と思っていることがあります。

でも、私の勘違いという可能性もあり、まだ検証中なので、ブログに書くことではないと考えていました。

が、最近、いただいたメッセージに不思議な話が書いてあって、 ”あるある、そういうことあるんだよね~” と共感したので、私の話も書いてみることにしました。

まず、いただいたメッセージの不思議話です。

厳しいことで有名な山岳修行の山々を、時々1人で縦走している男性からのメッセージです。

その方は、深い山の中で円柱形の小さな建物を見たのだそうです。

中を覗いてみると、中は明るくてきれいで、ふんわりとした座布団があったそうです。

その時、外は暴風雨で、それなのに中に誰もいないのは変だ、と思ったらしいです。

その方は結局、中には入らず先を急いだそうです。

去年、同じコースを歩いてみたけど、その建物はなかった、ということでした。

この方は、別の時に、何回も登っていたコースで、あるはずのない道を見た経験もあるそうです。

次は先月いただいたメッセージで、とても詳細に状況を書かれていましたが、ざっと説明します。

こちらも男性で、10年くらい前に新車で、とある山の方面へ行ったそうです。

車幅ギリギリの狭い山道に入ってしまい、Uターンも出来ず、どんどん山奥へと進んだそうです。

夕刻が近づいて、山道はますます薄暗くなり、不安になったところで、急に広場のような場所に出たのだそうです。

そこにはお城の跡のようなものがあり、立て札もありました。

広場の真ん中には祠があって、そこに白い2メートルくらいの大きな狐の像があったそうです。

その祠に手を合わせて帰ったということでした。

その時に、また来ます、と言ったことを去年思い出し、立て札に書かれていたお城の名前の城址に行ってみると、もうまったく、全然別の場所だった、ということでした。

幻の場所で、また来ます、とお稲荷さんと約束したのだが行くことが出来ない、という内容です。

そこで、私の話です。

去年、私は京都に行った時に、ぶらっと坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓を訪ねました。

このお墓に行くのは2度目でした。

墓地の入口に料金ゲートみたいなものが出来ていて、 ”へ~、お金を取るようになったんだ~” と思いました。

料金を支払って中に入り、墓地への坂道を上って行って・・・。

「???」 となりました。

まず、以前行った時は、見晴らし台からさらに上へ行った所にお墓があったのですが、見晴らし台の所になっていて、あれれ? と思いました。

次に、坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓に鳥居があったので驚きました。

前に訪れた時は、鳥居はありませんでした。

石で作った柵みたいな囲いも前はなかったです。

お墓は地面にそのまま立てられていたのに、今回行くと、石組みの上にあって、地面より一段高くなっています。

そして何より、お墓の前が広いのです。

私が、初めてそこを訪れたのは、26年前でした。

当時はまだ福岡に住んでいました。

3泊4日の日程で京都・奈良へ旅行に来たのです。

坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓に行ったのは、夕暮れ時でした。

日は落ちていたと思います。

今、考えると、よくそんな時間に墓地に行ったなー、と自分の無謀さが怖いです。

1人で坂道をてくてく登って、2人のお墓の前に行きました。

2人のお墓は、墓石こそ石でしたが、囲いはなく、粗末な感じでした。

もちろん、鳥居などありませんし、お墓の前に今のようなスペースもなく、真ん前は直接道というか、参道になっていました。

それも舗装されてなくて、土でした。

”維新の立役者なのに、なんでこんな扱いなの?” と思いました。

とりあえず、お墓の真ん前にかがんで手を合わせました。

当時は前世の詳しい記憶もなかったので、 「こんにちは。福岡から来ました」 くらいしか言わなかったと思います。

するとその時、 ”風がまったくないのに” そばにあった木が、バサバサバサーッと、ものすごい音をたてて揺れました。

台風でもそこまで揺れるのは無理、というくらいの揺れようです。

その揺れで、木に残っていた、前日に降った雨の水滴が、私にバラバラバラーッとかかりました。

当時の私は、出てくる幽霊は見えても、いろんなことがわかる能力はありません。

でも、坂本龍馬か中岡慎太郎か藤吉の誰かが、喜んでいることはわかりました。

風がないのに、どうして木があんなに揺れたのか・・・なんとも不思議なことがあるもんだ、と思いました。

その ”木” ですが、私の背丈より少し高いくらいだった記憶があります。

埋葬した時に植えたのなら、100年以上たっています。

それなのにえらく小さいなぁ、おかしいなぁ・・・と思いました。

去年、再訪してみて、全然違うお墓になっていたので本当に驚きました。

行ったのは26年も前だし、お参りする人が多いから場所を移動して、鳥居はきっと、その後に設置されたのだろう、と考えました。

鳥居を作る際、お墓の前のスペースも作って、囲いも石組みも作ったのかもしれません。

が、近づいてみると、鳥居は結構古く、最近設置したものではなさそうでした。

う~ん、なんだかよくわからない・・・と思いつつ、ま、いいか、と放っていました。

異次元体験のメッセージをもらってから、このことを思い出し、いろいろ調べているのですが、鳥居がここ26年で設置された形跡はなく・・・さっぱりわかりません。

ネットに一件だけ、昔はたしかあの鳥居はなかった、と書いていた人がいました。

その人は、その疑問を自分で調べて、鳥居は明治政府が護国神社を創建した時に設置したものである、という答えをみつけていました。

そうだったのかと思う反面、でもやっぱり私が行った時に鳥居はなかった、とも思います。

もしあったとしたら、お墓に鳥居、という奇妙な組み合わせに何も思わないはずがないし、維新の立役者なのに粗末なお墓、などと考えないと思うのです。

不思議です。

本当に明治の頃から鳥居があったのであれば、私が26年前に訪れたお墓は ”異次元世界のもの” か ”時空を超えて埋葬間もない時のお墓に行った” か ”同じく時空を超えて、整備される直前の明治時代のお墓に行った” としか考えられません。

そんな馬鹿な・・・と自分でも思います。

たった1人ですが、昔はたしかにあの鳥居はなかった、と言う人がいるということは、もしかしたら26年前あたりに何かの理由で鳥居はなかった可能性もあります。

もしもそうだとしたら、お墓の前のスペースや、石囲いや石組みはなかった、お墓の前は土の道だった、というのは、単なる私の勘違い、ということで決着がつきます。

しかし、それなら一時期鳥居はなかった、再設置したという情報がもっとあってもいいはずで・・・。

ヽ(`Д´)ノ  あー、もー、わからんっ! 

と、頭をかきむしっています。

つまり、まだ答えは出ていないわけで・・・引き続き、いろいろと調べて、検証していきたいと思います。

でも、私が26年前に見たあの周囲が粗末な感じは、埋葬からそう時間がたっていない時のような気がして、私自身は異次元説が有力ではないか・・・と。




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