誕生日の過ごし方。

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先日の8月6日(土)は、ワタシの34回目の誕生日。


友人達から、たくさんの「オメデトウ!!」をいただきました。

友人達にはワタシの誕生日を忘れられないよう、

「ハム(86)の日」と覚えさせることにしています。

作戦は成功のようです。


「ようこそ、34歳の世界へ。」という魔界への招待状のようなものもあれば、

おめでとう!のメッセージと一緒に上司の愚痴までいただきました。

どんな内容でも、ワタシの誕生日を心にとめてくれたことが嬉しいのです。


しかし、誕生日でもアクシデントは容赦なくやってきます。

そんな時、ワタシは「んも~、誕生日なのにぃ。」とは言いません。思いません。


しかし、他の日よりも重く感じられるのは、いたしかたありません。


頭にタライが落ちてくるようなアクシデントであれば、

オイシイのでいいのですが、今回はそうではなく、

心無い人の行為により、心が震えました。


数日前、このブログを見た新聞記者から取材を受けました。

その記者の取材目的を伺うと、このブログのコンセプトに添う内容だったので

協力することにしました。


が、その期待は裏切られました。

「負け犬」の代表として挙げられたのです。

「負け犬論争と闘う未婚者」という意図のもと書かれてしまいました。


また、ブログの他に詳しく説明した内容があるのですが、

全く違う内容として書かれていました。


実はこれが一番こたえました。

内容はここでは詳しく書きません。

書くと悔しい思いがふくらむので書きません。


ワタシは新聞が嫌いになりました。


全ての記者が同じ人格ではないことは、わかっています。

が、ワタシの心境は「新聞はキライだ!」です。


誕生日の一日に人生」を見たように思います。



また、8月6日は本当は「ハムの日」ではなく、

広島に原爆が投下された日です。

今から60年前の出来事です。


この時期になるとTVでは、よく戦争時のエピソードを特集します。

「ほたるの墓」も放送されていましたね。

ワタシはそれらの特集を見ます。


戦争の背景には、一人一人の人間の背景・環境があり、

そこに焦点をあてると、本当に戦争は愚かな行為だと思えてなりません。


戦争ではなくとも、日常の生活の中でも、

人を人とも思わない人々が時々現れます。

また、最近では、家族が家族を殺しあう事件は、

もう珍しくはありません。


子供が殺されています。

母に父に、変質者に・・・


皮肉なことに、戦時中に家族の結束は固く、

戦後の平和に、人間達は身近な人を殺しているのです。


まったく・・・。



来年の夏にも、誕生日がやってきます。

パッピーな出来事も、

アクシデントもなんでも来いです。

全力で乗り切りますとも。



只今、人間34年目です。










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