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2006-04-18 05:20:02

スピード

テーマ:日常

そう、異様なスピードなんですよ(笑

仕事がね。

たとえば、編集とかライティング。

1ページ、普通の人が1-2時間かかるところを
15分くらいでやっちゃう。

映像の編集もほぼオンタイム。

なにやっても、速い。

驚かれますけど

なぜかって?


常に発作を、あらゆる発作を抱える僕だから。

心臓発作に、鬱発作、パニック発作に、不安発作。

できるときにやらないと、いつ来るかわからない!!


その強迫観念から、


いつの間にやら、すべてのスピードが速くなっちゃったんですね。


判断のスピードも、現場じゃ一瞬です。


ある意味、病気で得た才能かもしれません。


本気出すと、相手の10歩20歩も先を読んで
動いてしまうんで


待ってください!


って止められます。特に弟子どもには。


時間がとにかくもったいないんです。


いつ死ぬかわからんしね(笑



だから、ブログ書くのも速いっすよ。
推敲しないけど(誤字脱字ご容赦! 仕事じゃないんで)(笑


このブログも大体、3分から5分で書きます。


思ったことを、思ったまま、感じたままに
速く文章にしたいんで
それが本音だと思うし。


商売じゃないんで、ライターとしても書いてないし

その時思った、感じたことを、ストレートに出すには一番かなと。


ちなみに、タイピングも速いです。


真剣にチャットで話すと、「ちょっと待った!」

って良く言われます(笑



今までは、このスピードを活かして生きてきたけど



そろそろ、のんびりでもいいかな?


とか思い始めてるのは、歳だからだろうか?(謎


そんな感じで生き急いでは居ます。


逝き急いでるとも言われますが(苦笑



とにかく、一方的な発信ですが

ここを読んでくれた方々に

少しでも、自閉症やPDやPTSD、鬱等々

そういった患者さんのことを考えてもらえるキッカケになれば?


と、生き恥を再度晒してます。


まあ、そんなんだから


200ページの雑誌を、たった3人で(一人は雑用バイトですけど)
創れていたんだと思います。


100ページ以上、書いてた時は
それでも、マジで死ぬかと思いましたけど(笑
書いても書いても減らないという・・・。


とにかく、このスピードを活かして

速いうちに、早いうちに

独りでも多くの人が、この病気で苦しむのを止めたいんですね。

ほとんどが、周りの無理解、無知から苦しんでますから。



周りの健常者の理解から、この苦しみは一歩前へ進むと思います。


だけど、それを待っていてもしょうがないんで

自衛というか、自分でも立てるようになって欲しいんで


僕は、これからも、こんな内容なのに

敢えて、アントレプレナーのカテゴリで

起業家として


書き続けます。はい。

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2006-04-16 02:09:18

つづく2

テーマ:日常

さて、そして長崎へ到着。

新しい新居で、寝て、朝起きれた。

何ヶ月ぶりに7時間も寝れただろうか。


で、僕は避難して、トラックからの引っ越し作業が開始された。


みるみる部屋ができていって

さあ、ネットはどうするか?

って探してたら、偶然、CATVがあった。


で、電話したら、とても対応良く速攻開通しに来てくれた。

未だに、ここのNさんとは、仲良くさせてもらっている。


で、ここから、療養生活に入るのだが・・・。


当然、我々の病気、いわゆる最近、「メンヘル」と呼ばれる病気は

一般の健康体には理解されない。


足が無い人に、走れ! 飛べ!

って言っているに等しいことを、言われる。される。

手が無い人に、ピアノを、モーツァルトを弾け!

って言っているに等しいことを言われる、される。


見た目が健康体なだけに、まったく理解されてないし


医療機関も政府もメディアも、まったく啓蒙しようとしないから

未だ、まったく周囲から理解されていない。


鬱病のCMもあるけど


あんなんで、鬱病がどんなものか伝わるとでも思っているのか??


ちゃんちゃらオカシイ。


当然、家内の両親からも理解されず・・・



どんどん険悪になっていく。


大晦日は、今でも覚えてるけど

発作で寝てたら

起こされて

夜の19時から夜中の3時まで

ずーっと正座で説教されていた。

家内が夜勤から帰ってきたら、何事もなかったかのように終わった。


そんなことが続いて


僕もおかしくなって


自分で、自分の腕をナイフで切り裂き始める。


それを発見した家内が、


もう限界だと、家を出る決意をする。


そして、金も無いのに


家を借りて、スグに出た。

長崎で良かった。1戸建て駐車場付きが、4万円ちょいで借りれるのだから。



そして家内が勤務中誰も助けが居ない状況が生まれた。


しばらく、実家の実母が来ていたが
根を上げて帰って行った。

そこで、警備会社の、緊急通報システムを格安で入れてもらった。

ボタンを押すと、警報が伝わって、
同時に登録してある、病院と、家内に連絡。
警備員が飛んでくる。

それでも、安心材料にはならず

ダメで、近所の主婦の方が、パソコンを習いたいと通ってくれるようになって

僕の面倒を見てくれる人が生まれた。


そして、パソコン教室をはじめて

微々たる収入を得ることになる。


これが、長崎復活物語の序曲だった。


その後、地元を盛り上げる組織を結成し

その後法人化し


現在に至る。


そして、これから、メンヘラー+心臓病としての起業家が
本当の闘いを始めるのだ。


さて、どうなることやら・・・。

今後は、症状のことや、接し方

早期発見の仕方、早期治療の仕方

重病になってしまった時の家族の対応の仕方
本人の動き方

等書いていこうと思う。

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2006-04-14 21:56:45

つづき

テーマ:日常

さて、続き(笑

自分の会社に戻って、業績も上がって

ふと、ここで考えた・・・。

というか、思い出した。


「20代でレーシングチームを持つ」


これを忘れていた。

歳は29歳だった。

こんな時、偶然は続く。

当時全日本ロードレース選手権に参戦していた

とあるチームの代表と知り合う。


そこで、全日本の人気の無さ、ひどさを聞く。


だったら、面白くやろうよ!

って、一緒にやることになった。

当然、レースをやるための資金は、29までに確保していた。

で、一気にレース中心の生活となる。


その生活パターンと言えば


月曜は、朝方レースから返ってきて寝る。

昼間起きて、というか、仕事の電話で起こされて

当時、仕事用とプライベート用と一般電話があった。

これが月曜は、同時に鳴り響く。

電話を代わる代わる出ては

処理していく。

気づいたら、夜だったってのも普通にあった。

で、火曜、水曜と仕事をして

水曜の夜から、サーキットへ向かう。

身体のことも考えて、無理をしてモーターホームを買った。

世界GPとか、欧米ではモーターホームは当たり前だったけど

まだ日本では、珍しかった。

モーターホームがあれば、パドックにそのまま泊まれる。

これは、ホテルとの移動を考えると身体的に非常に楽。

で、木曜の明け方サーキットに着いて

そこからレース。

日曜の夕方にサーキットを出て

帰路へ向かう。

想えば、こんな生活良くできたもんだ(笑


サーキットに入ったら、

寝るのは、大体朝4時か5時。

起きるのは、6時(笑)


ホント良く頑張ってたと想う。若さも体力もあったんだね。


で、レースを3年続けたところで


とある事件で、会社が傾き始める。


ていうか、完全に傾いた(笑


家も無くなり、てか、夜逃げして(初体験!


それでも、責任を果たすために、ボクは家で留守番で
家内が、レースへ向かうという日々が続いた。


そして1年、完全に、ボクはダウン。

六本木の安マンションの1Kの一室で

喘息が止まらず、夜は寝られない。

やっと朝になって寝れたと思ったら

心臓発作で起きて

そのまま、病院へ運ばれる日々を続けた。


真夏の暑いジメジメした日々だったのを覚えている。


これはもう無理だ・・・と自分でも判断


家内の実家である、長崎へ療養をかねて
完全移住することになった。


それが、また地獄の始まりだったことも知らずに・・・



当時は、やっとゆっくりできるってひたすら安心してた。


ただし、そこには、1つの問題があった。


金も無い。何も無い。


チームトラックを借り出して

それに皆で荷物を押し込んで

トラックで、長崎まで向かうことになったからだ。


リクライニングもしないトラックで


20時間近い移動に耐えられるのか?


正直言って、死を覚悟した。


夜の23時頃、六本木を出発した。

管理人夫妻さん達が、笑顔で見送ってくれたことを今でも覚えている。


浜名湖あたりで、気絶した・・・。発作で・・・。


すごい雷鳴で起きたら、名古屋を過ぎて岐阜に入っていた。


目の前が雨でまったく見えず
雷が凄い。


その光景を見て、またひどい発作に襲われた・・・。


発作に襲われると、高速走行に耐えられなくなる。


そのたびに、SAやPAに無理矢理止まってもらって
発作が止まるのを待つ。


結局、5回くらい死にかけながら

新しい家族にこの日からなった、ダックスのモモをずっと膝の上で抱きながら
二人で耐えた。


普通は、13時間くらいで着くところを、20時間以上かかって到着した。


そして、泥水のように、家内の実家の2Fで寝た。


不思議と喘息もなにもかも、治まっていた。


さぁ、新しい人生のスタートだ!


つづく・・・。



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2006-04-14 03:44:14

陳謝

テーマ:日常

さて、大変長らくお休みしておりました。


2月からの激務。その後体調を完全に崩し、倒れ運ばれ


そして、持病の鬱が悪化し


3月中旬から、まったく動けなくなっておりました。


それでも、ナイフで腕を抉り、切り裂き、


痛みで正気を取り戻し、仕事を続けていましたが





「あれ? ここまでしてるけど、なんか違うな?」





と、自分のビジョンと道のズレを実感してしまいました。


ボクは、不治の心臓病に16歳で医療ミスからなったことから

不安神経症・抑鬱神経症・医者PTSD・病院PTSD・PD(パニック症候群)に

なり、今年で23年目を迎えます。


いつ死ぬかわからない恐怖と常に闘いながら


26歳で独立起業。


そう、病人は、就職などできなのです。


定時通勤なんて不可能だからです。


自分でやるしかなかったのです。


24からだったかな?


今は小さくなってしまった、当時ベンチャーの雄


アスキーに入ってはみたものの


コキ使われまくられ(笑


その変わり、1年で成長させてもらって


1年で退社。


フリーになって、1年間必死にフリーライターとして書き続け

月に40ページから50ページ書いて


そして、結婚を機に、独立起業。小さな有限会社だったけど

今はいい想い出だ。


そして、そんなことをやっていたら


ビックカメラと提携した、現ソフマップに見初められ?

ヘッドハンティングされて、ソフマップの子会社だった出版社へ入る。


いきなりの編集長。


大変だった。なんでって、編集やって1年で、いきなり編集長。


しかも、スタッフは相棒(学生時代から一緒の)とバイトの3人だけ(苦笑


それで、200ページ近い月刊誌を毎月作った。


この身体でそこまでやるのは、大変だった。


外注ライターが使えない時は、何日徹夜したかわかんないけど


100ページ以上を人格を変えてペンネームを使って書いた。


看護師だった家内が、限界が来ると、車で差入れ持って来てくれて(会社にね)


車をフルフラットにして、寝て、食べて


また仕事した。


このころの秋葉原は、出前は、ピザしかなかったら


ボクはこれがキッカケで、出前ピザが大嫌いになった(飽きるっての)



しかも、普段は、会社の床の上に寝ていたから

ダニとの闘いも・・・。

これが後々、事務所はマンション! と決めるキッカケになる。



当時の秋葉原は風呂も無いし・・・ナニも無い・・・


明け方やってる店は、富士そばだけ・・・。


なーんもなかった。



で、そこで実売7000部だった雑誌を3万部近くまでに売り上げを伸ばして

実績が認められ、新しい雑誌を出す。

こいつも日本初の雑誌だったけど、うまく行って

8万部くらい出してた。


このころには、スタッフも増えて、ちゃんとした出版社になっていた。


で、本社からお呼びがかかって、課長として入社。


当時、無料でこんなの出していいの? と言われた

今でいうフリーペーパー、ソフマップワールド編集部をすべて見て

さらに、それをしながら、ソフマップワールドハイパーという有料版も出す。


ソフマップワールドは、編集人と発行人。

ソフマップワールドハイパーは、編集長と編集人。


キツイ期間だった。身体的にも、症状的にもね。


でも必死にやった。明日の無い人生だからね。


で、気付いたら半年で、次長・部長と上がっていって

メディア局というのも立ち上げて局長になってた。


で、メディア局と子会社の出版社をくっつけて

新しい出版社を立ち上げることになった。


で、その会社の常務取締役になり、編集長も続けながら

会社の経営と雑誌の最高責任者と

ソフマップ本社のメディア統括を任される。


しかも、自分の会社もあったという・・・。


よくやれたな・・・って時代でした。若さ故でしょう。


なんせ、それしながら、

他の雑誌にも連載持ってましたから・・・。


点滴をカーテンレールに吊して、原稿書いてましたよ(笑

それが、また連載に写真付きで載ったりしてね(苦笑


そんなこんなで第一次黄金期が終わる。



そっからが、体調を壊して、サラリーマンへの不適合を実感する。


3年間勤めたけど、限界だった。


家とは別に、会社の近くにアパートを借りて

通勤時間を短くする努力もしたけど

身体はもたなかった・・・。


発作には勝てず・・・です。


で、辞職して


自分の会社に戻って


編集制作プロダクションとして


一戸建てを借りて、その一戸建てに住みながら

1Fを会社にして事業を展開。


これがまたうまくいってしまった・・・。


第二次黄金期。


それでも、体調悪化とともに、黄金期は終わっていく。


健康な人ならば、そのまま続くんだろうけど


体調が悪化して、寝たきりになれば、当然働けない。


=仕事ができない=収入が減る


これの繰り返しですな。



で、その後、人生最大の危機を迎えるのだけど



それは、また後日。


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2006-03-29 08:48:26

ずびばぜん・・・

テーマ:日常

体調を激しく崩して、まったく更新できてませんでした。

更新しない間、いろいろありました。

ごく最近では、大切な人に去られました。


まぁ、理由は、22年間ついてまわっている

ボクの病気なんですが

心臓病3つのほかに

精神疾患、PTSD、PD、不安神経症、鬱等あるんですが

どうしても、スケジュールが過密になり
体調が悪化して
悪化しても、プロとして無理矢理働かなくてはならない。

そんな状況が続くと

これも症状の1つなんですが

非常に、キレやすくなります。

特にプライベートな関係奈相手には
仕事で我慢してる分、言いたくないことを言ってしまったり
ヒドイことをしてしまったり
モノに当たってみたりと始まります。

その結果、負のスパイラルで

人間関係が壊れていって

人に去られる・・・


ということが22年間多々ありました。


今回も、体調が悪化し

でも、例年に無い激務で


心底ボロボロになっていたボクは


また同じことをしてしまったのでした。



ナイフで腕を刺して、痛みで正気を保ったり

いろいろしたんですが(リスカじゃないですよ(笑))


限界でした・・・。


その相手も、必死にボクの病気を理解してくれようと
調べたりしてくれたんですが

やはり、調べてわかるモノでもなく


結果は、悪い方に出ました。。。


この病気がある限り


今後も続くのでしょう。


実家時代は、テーブルぶん投げたこともありましたし

椅子をぶん投げて、壁に突き刺さって穴開けたこともあったし


入院時代は、同病の患者は、皆、壁を殴って、壁は穴だらけでした・・・。


でも、プロとして

普段は、何食わぬ顔をして

仕事をしなくてはなりません。


ふぅ・・・自分の身体ながら、困ったものだ・・・。

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2006-02-10 07:12:01

さて

テーマ:日常

今創っている、通販会社の特別サイトは

プロフェッショナルのインタビュー等も入るので


取材も必要だったりする。


今日は、朝6時起きで


遠く遠く遠い某球場まで、取材だ・・・。


技術的には


CSSを使ってるだけだが


それよりも、どう「見せるか?」なのだ。


そこで、かなり試行錯誤している。


まぁ、20日OPENまでには

間に合うでしょう!!

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2006-02-07 15:53:49

多忙

テーマ:日常

体調が悪いんですが

某通販企業のスペシャルサイトを

ひたすら創っている毎日です。


なかなか思った風に行かずに


取材系なんで、取材対象とのスケジュールもうまくあわず


四苦八苦悪戦苦闘してますが


2月20日OPEN目指して


ひたすら創っておりますです。



さらに、別な案件やら、雑誌の入稿が重なっているので


ひたすら、仕事人と化しております。


とにかく、死なないようにがむばります!

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2006-02-03 09:27:54

すいません

テーマ:日常

忙しくて


体調もあんまよくなくて


でも、忙しくて


更新完全に忘れてましたw



最近、クリエイティブワークが多く


某社のWebサイト創っていたり


いろいろ創ってるので



忙しいです。はい。



時間ができたら



またゆっくり書きますが




とりあえず、生存確認をば(笑)




にしても、マスコミってハイエナだな・・・。



IT関係上場企業十把一絡げだもんなぁ・・・。


週刊ポストにサイバーさんもやられたようで・・・。



視聴率取れれば、売れればなんでもいんだろうなぁ・・・。



モラルねーのかなぁ・・・。



メディアの暴力が最大の暴力なのになぁ・・・。



ホント同じメディアの人間として恥ずかしいです・・・。



真の報道なんてされたことがない。



てか、できないんですけどね。

マスになれば、なるほど。


なんせ、「稲垣メンバー」って特例やっちゃうくらいですから(苦笑)



様々な圧力とバランスで、できている

下らない世界が、マスメディアです。はい。


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2006-01-15 14:33:08

ひさびさに・・・

テーマ:日常

倒れました・・・



てか、発作で起きてそのまま運ばれたから



倒れたんじゃないな(笑)



というわけで、昨日書けませんでした・・・。



数ヶ月ぶりに運ばれました・・・。



うーむ。



がんばろ!


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2006-01-12 14:58:14

テレビで・・・

テーマ:日常

東京むつごろう王国で


餌として入れたハムスターと


アオダイショウが、


仲良く食べられることなく


同棲しているというのをやっていた。



不思議なこともあるもんですなぁ・・・。



しかも、その餌だったハムスターについた名前が



「ごはん」




をいをい・・・



って感じでした(笑)。


今後はこういう短いコネタをたくさん更新しようかな(笑)。


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