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2012-03-31 18:50:58

一年間お世話になりました

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一年間お世話になりました。


昨年4月より51期会長を拝命致しまして、今日3月31日で任期満了となります。


今期当初は、50周年事業の翌年の年、北青会継続事業の充実のみと考えておりましたが、昨年3月に東日本大震災が起こり、甚大なる被害が発生いたしました。


私達も何とか被災された方々のお役に立ちたいとの思いで、今期は震災復興支援事業を立ち上げました。


主たる事業は、OB会の御協力の元、7月に八幡市民会館にて佐藤先生をお招きしてのチャリティー講演、9月には黒崎地区でのチャリティーバザー、見事に成功しました。そのほか街頭募金活動にも力を入れました。


本当に今期は、北青会継続事業に加えて震災復興支援事業がプラスされて、とても目まぐるしく忙しい一年だったと思います。


また、継続事業に目を向けますと、北青会2大看板事業、起業祭おどり、ヤングサンタ、完璧にこなしてくれました。


そして、例会においては初の海外持ち出し例会、始めは本当に実現するのかと思いましたが、見事に実行でき異国の文化を取得することが出来ました。


そして、何より嬉しいのが会員増強の成功です。


会員は、すなわち北青会の財産、流れ行く魂そのものであります。


今期は9人もの新入会員が入会して、即戦力として見事なまでに力を発揮してくれています



そして、今日51期の5人はめでたく!本当に北青会を卒業します。


現役会員の皆さんは、今期事業で学んだ事を生かして更なる北青会の発展に向けて「勇往邁進」して行って下さい。


51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

それでは、そろそろ、この胸に輝く北青のマークともお別れの時が来たようです。

皆様、本当にありがとう御座いました。


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2012-03-29 09:31:04

ありがとう

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3月23日の51期最終例会(反省会) 51期卒業生5人、皆様方に大変お世話になりました。


ありがとうございました。


さて、先日頂きました卒業生に送られる感謝状を改めて見てみると、立派なもので賞状をもらうのははてなマーク今思い起こすと高校卒業以来です。

只今、何処に飾るか検討中です。


その中で、毎年退会記念品なるものがあります。

確かはてなマーク三役会の時と思いますが・・・・・松尾専務 「今年の51期退会記念品何か欲しい物有りますか?」

私 「別に何でもいいよ」 と言った記憶があります。

何気なく言った言葉ですが・・・・・


昨晩、その退会記念品の包装紙豪快に、ビリビリ~っ!!と破ると、中から1冊のポケットノートはてなマーク中を開いてみると今までの北青会での思い出の名場面写真の数々がビックリマーク

そして、メインの箱を開けてみると、カッコイイ写真立てが!!


感激です!!写真のチョイスがすごく良かったので、涙が出るほどしょぼん嬉しかったですアップ


特に嬉しかったのがにひひ50周年記念事業で司会を務めた音譜美魔女 中西 久美さんとの2ショット写真アップ私の手元にないので探していたんですよ~っにひひ



51期会長通信  勇往邁進 ~新たな一歩を踏み出す~

心のこもった贈り物、本当にありがとうございましたニコニコ

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2012-03-27 13:01:34

東日本大震災被災地訪問を終えて

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皆様こんにちは


昨晩、21時に51期全員、釜石市から北青会事務局に、事故無く無事に帰り着くことが出来ました。


ありがとうございました。


釜石市までの往復移動距離2700キロ、1泊2日ハードな移動となりましたが、北青会の代表として51期全員で訪問させていただきました。


道のりは、北青会事務局より福岡空港まで車で移動、福岡より飛行機にて仙台空港に2時間かけて移動、仙台空港より、目的地釜石市まで車で約200キロ以上の移動となりました。


25日日曜日は仙台空港から釜石市までの200キロ道のり、津波被害の各地を訪問させていただきました。


まず、被災された地を訪れた瞬間、一同絶句でした。


私達51期が被災された地域を訪れるのは初めて、報道では知っていても、その現実を目の当たりにして・・・・折れ曲がった電柱、ガードレール、壊れ果てた住居、事業所、商店、ビル、学校、波打った地面、またその場所に置かれている献花、その場所には以前人が住み日常生活を送っていたでしょう。家族が仲間がそこに集い、会話や笑顔があったであろうその場所、本当に言葉では表せない様な現実でした。


場所によっても違いますが、沿岸域は被災されたままの場所、ガレキを片付けた場所、釜石までの道のり200キロのいたる所で1年が経った今ですが、膨大な地域を津波がのみ込んでいき、人々の命、家族、生活全てを奪っていったんだと感じました。


特に印象深いのが、ガレキの山でした。北九州市も受け入れの検討を始めましたが、市民の色々な意見が今議論されています。


その反面、震災から一年経ち、綺麗に片付けられた土地だけの地域、元の生活が出来る場所にする為には、膨大な人力やお金、時間が掛かるのではないでしょうか。


そんな中、私達も地元の為そして地域の方と交流を諮りたいとの思いで、1日目の宿泊先釜石市で夕食をいただきました。ですが、再開しているお店は約10軒ぐらいで、中には再開後に閉店したお店も1軒ありました。

まだまだ街が活気を取り戻すのは時間がかかるようでした。


私達が夕食を食べたお店にも1年前津波が押し寄せて半壊、その回りを見ても壊れたままの建物がある中、その場所で震災後の余震の続く中で地域復興の為に昨年10月ごろに再開したお店の方々とお話することが出来ました。

お店はそんなに大きくはありませんでしたが、地元の方や場所が釜石ということもあり製鉄関係の方と交流することが出来ました。

料理はやはり海の街釜石市、釜石港で取れた新鮮な魚介類をいただきました。


その店主の方とお話する中で、私達の心に焼き付いて離れない言葉がありました。

「震災は仕方ない、ここで生きていかなければならない」と・・・・

(しかも笑顔で元気に)


また、帰りに立ち寄った鮮魚店の御老人の言葉は、

「津波に持っていかれた、娘も孫も」と・・・・

(元気に地元の港で水揚げされた魚を訪れた人々に販売してました)


家族を奪った海、でもその恩恵を受けている街、一部の偏見、風評被害で漁師の方も苦しんでおられると聞きました。ですが、この街でこの場所で元に戻る事を思い、賢明に働かれいるその姿に私達は、励まされたような気持ちになり逆に勇気づけられました。

この一年間、北青会震災復興支援活動で北九州市民から頂いた善意の義捐金、この街の為に、この人々の為に釜石市限定ではありますが、釜石市に1,805,604円託して参りました。


釜石市のみならず被災された地域の方々が元の笑顔で暮らせる街に戻るまで、震災後1年が経過した今ですが決してあの3月11日の光景を忘れてはいけません。


今期会長として北青会に在籍するのも後数日となりましたが、会員の皆さんこの一年の活動を胸に刻み来期の活動を頑張って頂きたいと願います。


また、今期の北青会震災復興事業に御協力いただいた、北九州市民の皆様、北九州市、関係諸団体、OB会、現役会員、会員家族、会員企業の皆様に改めて御礼申し上げます。




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