年始以来の家族とのしあわせな時間に感謝すると共に、その合間に我が家を取り巻く広島の花たちとの出会いを楽しみました。今日は、その花たちを一緒に観てもらいたいと思います。

 

 

花たちを観ると私との出会いを家族同様に楽しみにしてくれているようで、いつものことですが、私が花なのか、花が私なのかわからなくなるほどに、私は花たちと向き合いました。そして、花たちが描き、奏でる美しい愛のメロディーが聴こえて来るようで、私はその花の美にすっかり酔ってしまいました。

 

そのままで十分過ぎるほど美しい花たちを観ながら、同様にそのままで十分過ぎるほど美しい自分と家族、周りの人たちの姿にも気づかせてもらい、とても励まされる時間となったのです。

 

 

 

 

昨日、行き帰りの日を含めて一週間広島にいた私は家族と別れて北海道へ戻って来たのですが、わずかな時間でも一緒に過ごすことで、またがんばる力を与えられました。そして家族とは本当にありがたい存在だと身にしみて感じています。

 

散歩道を歩くと、普段目に入らない花たちが目にとまり、一緒に咲いている命の輝きを目にしながら、頭を垂れて「ありがとう♪」と語りかけずにはいられない気持ちになりますが、それはこの観る花ともつながりを持ち、励まし続けてくれていることを感じる感動からです。ましてや家族は、その花たちに劣るでしょうか。

 

 

 

 

そして、広島に行くときにあずけたセキセイインコのピピちゃんと再会しましたが、私の声を聴くと籠の中を飛び回って喜び、はしゃいでいました。しかし、札幌に戻ったのに、ここが札幌なのか、まだ広島にいるのかわからなくなるほどに、家族と共に過ごして、心の中に咲いた愛の花たちは、時間空間を飛び越えて、私の影のようについてまわって離れることがないのです。

 

 

陽に照らされて、青空に負けない澄んだ花たちの清らかな姿は、どんな宝石よりも美しく、私の心を刺激してくれるのですが、私の愛の宝石箱の中で、そのどの花たちにも優る輝きを誇って咲いているのは、他でもない「家族の笑顔」なのです。その笑顔のために私は今ここにいるのだと思わされました。

 

 

 

 

 

次家族と会うのはお盆になりますが、離れて生活していても決して離れることがなく、つながりを持ち、いつでも、どこでも、何度でも励まし続けてくれる家族のために、昨日よりも今日、今日よりも明日と、自分自身の生活すべてが甲斐のある、価値あるものにしようと決意しています。今日は、「愛すべき広島の花たち」というタイトルで、広島の家族と花たちを重ねながら、感じたことを記事にしてみました。(谷口禎和)