経済とは人が生活するためのすべての運動のことで、貨幣経済とは貨幣というお金により人々が生活する一つの姿のことである。
そこに主義的な社会主義とか資本主義などという流派があるのだ。
それでは今の日本はなんの流派かというと、かたや社会主義で、かたや資本主義という両派を組み合わせたものと、ときどきの人々や権力者の恣意的個人的な心情によるエゴが混ざっているものである。
日本では資本主義も社会主義もどちらか片方を主張すると必ずどちらにも強烈な反発を持つ人たちが猛烈に非難をはじめる。
が、日本は社会主義であり、資本主義である。
未だにこれすらわかってない阿呆が多い。
それでいて、そのときどきの信条でふらふらと動く感情も経済に組み込むからなおさら理解しにくいだろうし、だから余計に自分たちの国の現実も理解不能な人が多いのだろう。
貨幣経済とはお金による生産、流通、消費、蓄積などを行う経済体系のことだ。
情報や体験も”消費”するところでお金を支払う。
物やサービスの対価たるお金だ。
お金だけが動くものには、寄付や援助があるがこれも貨幣経済の一部だ。
為替は別種のお金を売買するものだから、これも貨幣経済である。
この貨幣経済がほとんどの人々が使われるのには理由がある、それは便利だからだ。
物と物を交換したりする物々交換などは、需要と供給の合致が難しいが、お金という価値観を統一した道具を使うことで需要と供給の合致を簡単にしている。
つまり、貨幣経済によりその優劣もわかりやすくなり、お金が多く持つ人が裕福であるという優劣をつけやすい。
優劣とはあくまでも貨幣経済を語る以上、貨幣を多く持つものが優秀であるというルールだ。
さらに、この貨幣の多寡は未来永劫その人のものではなく、時とともに貨幣を持つ人を移動していく。
今、お金持ちでも10年後には借金だらけになってるかもしれない。
貨幣経済とはそういう世界だ。
お金を持つことが目的ではなく、貨幣経済とは貨幣を流動させることが目的であり、この貨幣の総量を増大させることが裕福への道でもある。
貨幣の目的と総量が増大すると裕福になるということに「ん?」と疑問を持つ人が多いだろうか?
例えば日本円の総量が増え、それがすべて流動していればどうだろう?
増えた日本円の総量はどんどん増大していて、この日本円がひとところにとどまらずに動き続ける、流動しつづける。
もしもそんな状態が現実にあるなら、日本はとんでもない好景気だろう。
「何かアベノミクスとかで金融緩和がうんぬんとかいってても、今は物価があがって裕福とはいえないよ。」
そう、いいことをいう。
それは先にあげた未曽有の好景気の条件である、貨幣の流動が行われていないからだ。
日本円の総量が増えても、これが動かずにどこかにとどまっていれば、それは物やサービスもそれだけ動いていないのだから、現状の流動している貨幣という一部の日本円分の貨幣経済でしかない。
流動してるのは一部の日本円。
一つの指標ではGDPという数字でも大まかな規模は把握できるだろう。
GDPで一つの、のべ流動貨幣経済規模を把握しているのだ。
このGDPの金額が増えると、経済が成長したといえ、これが同じままならば決まった経済の規模の中での貨幣の分配が続き、減れば分配される金額も減少していく。
つまりGDPの一つの指標でたとえても、この規模が増大すると分配金額も増大、つまり裕福にむかうことになる。
一応いうと、このGDPも資本主義と社会主義の合算された貨幣経済だということ。
日本が社会主義であるという面を明確に述べる人がどれだけいるか知らないが、先のコロナ禍の医療やワクチンなどの無償化は社会主義の仕組みだ。
健康保険や年金などというものは、保険という言葉と体裁を保とうとしているが、正直実質的には社会主義であると僕は思うが、表だって社会主義のしろものというといろいろ反発も起きるから保険と呼んでいるだけだ。
もちろん、先に述べたように人のエゴも明快に経済に影響しているので、この保険も将来的に決まり事をかえる、法律などをかえていくならばその限りではない。
高額な所得に対する納税などは資本主義的思想であるが、そこには現実という現物、つまりないものはない、あるということはあるという、ごくごく当たり前の現実感による手口であるから、資本主義とは違う。
つまり、お金に困らないレベルの人々に援助はいらないという社会主義としてもしごくまっとうな現実主義でしかない。
脳内だけの、言葉上の、原理的な公平だの平等だのというものではないが、そのレベルで求めるならみんなが豊かに、みんなが貧困にという平等と公平になり、裕福な生活に困らない人というジャンルの人々の存在自体が悪である。
とりあえず原理的な平等と公平な生活レベルとは、みんなが貧しい社会しか現実には存在しない、していない。
挙句に、そんな状況の経済にも人のエゴが生じて、横領した数少ない豊かな人と、それ以外の貧しい人々が現実である。
なんか疲れてきた…先も流そう・・・・それに俺も経済理論に詳しいわけでもないのでこの辺で終わっておく。