ほぼ日刊ベースボール

野球選手の熱い過去や意外な背景を主な切り口に、野球への熱い想いを綴ります。


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里谷多英に謹慎処分5日が下った。一般人であれば妥当といったところか。しかし彼女は国民からメダルの期待を負っている身であり、彼女を可能性に感じてがんばっている人もいるわけで、今後どれだけ巻き返せるか。そういった意味では負ってしまったものは大きいと思う。



里谷多英は自他共に認める酒豪として有名らしいが、飲んで人に迷惑をかけるのは酒豪とは言わない。それは酒乱である。たちが悪いの一言に尽きる。



それでは本当の酒豪とは何か。

どれだけ飲んでもその後の行動に支障が出ない、それどころかそれ以上のパフォーマンスを出す人間、それが酒豪であろう。



プロ野球史上、数多くの酒豪といわれる選手が存在したが、古くは「青バット」の大下弘、近年では元阪急の今井雄太郎であろう。



大下弘は1試合7打席7安打という記録をつくっているが、その時のエピソードが以下の通りである。



1949年11月19日、甲子園球場で対大陽戦が行われ、大下は、スタメンで出場した。

第一打席で先発真田から一二塁間安打、その後、右翼線2塁打、2人目の松田から一塁線強襲安打、3人目の井筒から右翼線二塁打、投手強襲安打、右中間二塁打で6打席連続安打となった。

そして、9回には遊撃内野安打を放って1試合7打席連続安打の日本記録を達成した。最後の内野安打は、間一髪のタイミングでのセーフだったという。

試合も、当然のように東映が大勝。スコアは、22-2だった。

この日、実は、大下は前日の雨で、中止になるだろうと予想して一晩中飲み続けていたという。

大下は「その二日酔いのおかげで、軽くバットを当てるだけのバッティングになったことがよかった」と回顧している。この日だけでなく、大下は、普段から酒豪と女遊びが有名で、マスコミからよく叩かれたが、それをものともせず試合になると結果を残し続けた。



まさに酒豪である。



今井雄太郎もまたユニークである。

彼は入団当初から数年、ブルペンエースだった。ブルペンではチーム一のもの凄いボールを放っておきながら、いざ試合では弱気の虫が現れる。首脳陣からはブルペンの時の半分の力が出せればいいのに、とすら言われていた。彼が「蚤の心臓」と揶揄されたのはこのためである。

そんな彼だったが、昔から酒は好きだった。そこに目をつけた首脳陣が酒を飲ませてマウンドに登らせると何と大活躍、これをきっかけになんと完全試合までやってのけた。そしてその後、阪急のエースへと成長していく。



78年の完全試合達成後、81年に19勝で最多勝(この年は20勝と単独最多勝を狙って何回か登板したものの19勝止まりでロッテの村田と同じ勝ち星でシーズンを終える)。そして、84年には21勝の最多勝に加え最優秀防御率のタイトルを獲得して阪急ブレーブス最後の優勝の立役者になった。投手二冠を取ったこの年だったが、三冠王のブーマーがいたため最優秀選手にはなれず、当時沢村賞はセ・リーグ限定だったためこれも取れず、その活躍の割に知名度がイマイチなのはそのためだろうか。そして42歳まで現役を続け、引退。



彼を見ているとつと感じるが、酒=ガソリン、この構図が成り立ってこそ酒豪と言えよう。
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一年生エース。
まだ年齢的な差が身体的な差につながる10代。

しかも年功序列が強い高校野球で
一年生からエースでしかも甲子園に出場することは
並外れた実力と同時に
3年生エースの故障・チーム編成のタイミングなどが
都合よくめぐり合う運も同時に必要になる。

現巨人のPL桑田投手。
早稲田実業 荒木大輔投手。
東邦高校のバンビこと坂本投手。

ごく稀だが運も味方につけた選手が現れる。
その中でも秋田経法大付属で一年生エースとして活躍した中川申也投手がもっとも印象的である。

「東北のバンビ」と異名をとった彼は
一年生夏 ベスト4
二年生春 1回戦
二年生夏 3回戦

3季連続出場だった。

彼の特徴を思い出すと左腕。
得意な球はスクリューボール。
抜群のコントロールとマウンド度胸の良さ。

高校を卒業後、阪神に入団するも一軍での登板機会は得ることができなかった。

その当時、秋田県の小学生4年生だったのが現ヤクルトの石川 雅規。
小柄で技巧派左腕。彼の得意な球もスクリューボール。同じ秋田県出身。
決して大柄でなかった(身長:176cm)中川申也の投球が少なからず
彼に影響を与えているのではないかと筆者は考える。

体格のハンデを克服して活躍する姿を見ると
中川申也が放った輝きを筆者は忘れることができない。
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筆者には忘れられない選手がいる。決して注目はされないが、キラリと光るプレーを見せるスペシャリスト達だ。

その中でも特別に記憶に残っている選手がいる。 その人とは、84年ロス五輪で金メダルを取った時の主将であり、翌85年にパリーグの新人王になった熊野輝光外野手だ。

選手生活の晩年2年間は巨人に在籍。手堅い野球で知られる名将藤田監督時代に主に守備固めに起用され、もろい外野守備の中で抜群の安定感をもたらした選手である。 その外野守備のうまさは、もちろん高橋由伸もうまいし、屋敷要もうまかったが、筆者は断言する。熊野選手が断然にうまかった。

オレ流落合曰く、「バッティングはセンス、守備は努力で
なんとかなる」と言っていたが、熊野の守備は努力だけでは
補えないものがあることを感じさせるプレーだった。

そんな彼は今年からオリックス・バッファローズのスカウト副部長に
就任した。彼の目に留まったダイヤの原石がすばらしい
スペシャリスト達になることを期待をしている。
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