名球会とは?
テーマ:コラム日本プロ野球名球会(名球会)は78年に400勝投手、カネやんこと金田正一を発起人のもと発足した。メンバーは昭和生まれのプロ野球選手とそのOBで構成され、投手は200勝以上、打者2000本安打以上を有資格者とし、発足時のメンバーはカネやん以下、長嶋茂雄、村山実、稲尾和久、米田哲也、小山正明、山内一弘、江藤慎一、梶本隆夫、皆川睦男、広瀬叔功、そして当時はまだ現役だった王貞治、張本勲、野村克也、高木守道、土井正博、鈴木啓示であった。
なぜ、参加資格が「200勝・2000本」なのか分からないが、一説ではカネやんが「投手はワシ(400勝)の半分でいいだろう」と決めたので、打者もそれに数字を合わせたという話もある。また、「昭和生まれ」に限定されているのは、セ・パ両リーグ(2リーグ制)で活躍した選手で発足したからというのが理由だそうである。しかし、裏を返せば、大正生まれで金田らのすぐ上の先輩にあたる川上哲治、別所毅彦、杉下茂らを除外するということであり、要はカネやんにとって邪魔な存在だったのだ。その錦の御旗はON、つまり王と長嶋、現在の名球会の副会長である。
発足当時、戦後生まれ(少年時代ONに憧れた最初の世代である団塊世代)はほとんどの選手が名球会入りしていなかった。投手では鈴木啓示が200勝に達したぐらいで、打者ではまだ誰もいなかった。従ってONに憧れ、そして共に戦いもした世代でもある彼らの現役にとってはまさに目の前にぶらさがった人参が「ON会」入りの名誉であり、そのための200勝・2000本安打であった。
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しかし、名球会に入ると言う名誉は薄れてきている。ONの現役時代を知る世代はほぼいない。長嶋を崇拝していた落合は名球会入りを拒否。理由は「その記録に達しなくても優れた選手が多くいるのに、長くやっていればできる記録が判定基準になっているから。」だそうである。基準の不公平さに異論を唱えるとともに、名球会入りできなかった大選手に配慮したからと言われている。しかし、真相はおそらく、カネやんと落合の不仲が原因だろうと思われる。後に落合はプロ経験者なら誰でも入れるプロ野球OBクラブに加入している。
最近だと、大魔神佐々木、工藤公康、駒田、清原、石井琢、野村謙二郎、立浪が名球会入りを果たしている。イチローは日米通算で2000安打以上を達成。野茂は保留になっている。名球会の入会に関しては国籍を問わないため、規約の改正(アメリカメジャーリーグにおける成績の算入)後はいわゆる「助っ人外国人」選手にも有資格者が出てきた。ただその成績の大半がアメリカであげたものであり、日本プロ野球の選手で構成される名球会の性格にそぐわないおそれがある。そのためか、名球会側も外国人選手への勧誘には消極的で、外国人選手は事実上排除されている状態である。



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