ほぼ日刊ベースボール

野球選手の熱い過去や意外な背景を主な切り口に、野球への熱い想いを綴ります。


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野村



 









かつてメジャーにいちばん近いといわれた男が2000本安打を達成した。野村謙二郎38歳。1500本安打までは史上4番目のスピード、その後は度重なる怪我との格闘の末の快挙だった。









レフト左にポトリと落ちる打球は、全盛期の野村からすればいかにも格好の悪い当たりだったが、ここ数年の野村の労苦を表したものならば、いかにも感慨深い。
















思えば巨人戦に滅法強かったような気がする。緒方・野村・前田・江藤の4人を軸とした打線はまさに脅威で、しかも野村のガッツ溢れるプレーがいつも局面を切り開いていたような気がする。
















FA時にはメジャーからもオファーがあった。個人的には行って欲しかったし、本人も「行きたかった」と後悔している。結果的には広島に残ることとなったが、それもまたよしではないか。いかにも泥臭い野村っぽい。
















ファンに愛され続けた男の記録達成。残りの野球人生で今度は何を残してくれるか、期待をもってその活躍を見守りたい。














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先日はヒルマンのダメッぷりを綴ったが、今回は打者に焦点を当てた。

ダメ外国人として頂点を極め、今も野球ファンの心に残り続けているのが元巨人ルイス・サントス。来日時の触れ込みは何と「台湾のイチロー」。台湾プロ野球界で3年連続で.350以上で首位打者を獲得し、鳴り物入りで巨人入団をしたルイスはこう呼ばれて期待された。

ところがシーズンが始まるやいなや、「常にバントシフト並に前で守る」「ジャストミートした打球がやっと内野の頭を超える」という理解不能の助っ人ぶりを披露。打てない、守れない、走れないで、「走攻守」の何も持ち合わせず、イチローの正反対を地でいった選手だった。

結局97年に39試合に出場、27安打、打率.237、本塁打ゼロ。三振15と三振が外国人の割りに少なかったのが、唯一の「イチローばり」だった。その後、全プロ野球ファンの苦笑を受けながら退団となった。

 退団後は台湾球界に戻り、以前のように大活躍。さらには、韓国球界でも活躍しているようである。


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藤川球児


 







権藤、権藤、雨、権藤という言葉があるが、さすがに先発投手の酷使はなくなった日本。しかし投手分業が進んだ今、リリーフ投手の酷使がすごいことになっている。












例えばコレ↓



http://tugend1.hp.infoseek.co.jp/kokushi-calendar.html


 








阪神・藤川球児と広島・佐竹健太の登板状況である。











投げる球数は少ないものの、毎試合緊張感をもって準備するという点、そして準備しても投げずに終わる可能性もあるという点、諸々加味しても疲労は相当なものだろう。



勤続疲労という言葉があるが、大概のリリーフ投手は2、3年活躍して成績ががた落ちしたり、ともすれば引退というケースもある。












もっとも中日・岩瀬のようなケースもあるため、連投できるのも実力、ということも言える。












何が言いたいかといえば、藤川が心配ということ。



あれだけ素晴らしいストレートを投げる投手はなかなかいない。



首脳陣としては「困った時は藤川」となってしまうだろうが、それでは潰れてしまう。






きちんとその選手の可能性を見据えて、起用してもらいたいものである。







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ヒルマン
 



サウスポーが続いたので、また一人、思い出のサウスポーを綴りたい。

その名はエリック・ヒルマン。




第一期バレンタイン政権の時、伊良部、小宮山と並び左のエースとして活躍。背が高いが、星野伸之のような軟投派。確か2mくらい身長があったのではないだろうか。とにかく外国人投手としては珍しいタイプだった。ロッテでは2年間で26勝、防御率も2点台と安定した成績を残した。96年にはベストナインにも輝いている。しかし金銭面での折り合いがつかず2億5000万で巨人へトレードとなった。




巨人では「肩に違和感がある」等、逃げ文句を多用してサボり続け全く働かなかった。

氏の残したサボり文句「肩に小錦が乗っているようだ」は名言。

二軍落ちしたあとも練習も適当に切り上げ、昼には帰宅していた事から、「昼マン」とも呼ばれたという。

結局巨人では2年間で6イニングしか投げず解雇。




使ってみないと分からないのが外国人選手の定説だが、実績を挙げていた選手がまさかこのようなことになろうとは・・・。外国人獲得が下手な巨人のフロントだけでなく、プロ野球関係者、ファン、多くの人が驚くまさに事件であった。





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今中
 



大阪桐蔭・辻内投手を紹介したが、同じ大阪桐蔭出身、左腕といえば今中慎二であろう。高卒2年目には二桁勝利、140キロ台の切れ味鋭いストレートと打者を嘲笑うかのような80キロ台のスローカーブでセリーグの並み居る強打者を封じ込めた天才投手である。




細身の体は確かに故障を予感させるものがあったが、それ以上にマウンドでの圧倒的な存在感は90年代ナンバー1サウスポーの称号がふさわしい。




特に93年の投球は圧巻で、17勝7敗1セーブ、防御率2.20、247奪三振で最多勝と最多奪三振のタイトルを獲得し、沢村賞にも選出された。7月6日のヤクルト戦では1試合16奪三振のセリーグタイ記録を作っている。




今中といえば94年、あの伝説の10.8であろう。長嶋茂雄が「国民的行事」と呼ぶまでのあの名試合は、生放送を観ていてブラウン管を通してもかつて経験したことのない異様な雰囲気が感じられた。


なぜか今中は落合博満にストレートしか投げられず、その落合に打ち込まれたために勝負は巨人のものとなった。




これには実は裏話がある。


中日ドラゴンスから読売巨人に移籍した落合博満が「今中のストレートならいつでも打てる」と発言。以来、今中は落合との対戦の時には 落合の得意のインコース低めにストレートをむきになって投げ込む勝負にでて打ち込まれる結果になっていたのである。

落合の元同僚だった今中の性格を見抜いた心理作戦に 完全にはまっていたのだ。

落合にはわかっていた、「今中は勝負球には、ストレートをむきになって投げ込んでくる」と。

今中もそれを分かっていた。

分かっていても、それでもストレートで勝負した今中だったのである。




その後、96年に左肩炎症により手術を繰り返すものの、全盛期の球威は戻らず2001年、30歳にして現役引退。太く短い野球人生にピリオドを打つこととなる。



数多くの好投手の中でも今中ほど野球少年の目標になった選手もなかなかいないのではないだろうか。

今後いつあれほどのサウスポーが出てくるか分からないと思うと非常に惜しすぎる。

次代の今中が現れることを願って止まない。





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