神様は、私達の人生を支配しておられる。

特に、クリスチャンになると、神の子になるわけだから、人間の父と子の関係が例えとしてふさわしい。

父は、子を愛し、愛するがゆえに、子にとって最適の環境を整えられる。

しかし、子はそれが最適だと気がつかない。

感謝するどころか、不平不満を洩らす。

クリスチャンになっても同じである。

 

神は、すべてが可能なお方であるのを知っているので、状況に不満足で、祝福が足りないと思ったりする。

小さな幸せでは満足できない、もっと大きな祝福が欲しいと思う。

しかし、小さな幸せは、実はとても大きいのだとも気がつかずに。

こうなってくると、神としても対応に困るかもしれない。

 

エレミヤ書のバルクの神に対する不平不満に対する主が仰せられたことを思う。

エレミヤ45.5

あなたは、自分のために大きなことを求めるのか。求めるな。・・・

 

子の成長にとって、ベストの環境であるはずなのに、それに気がつかない。

あまり、感謝していない。

となると、それ以上の手は、当面打てないことになる。

 

一方、現状に、とにかく、感謝している子がいるとしよう。

すると、父は、こんなに喜んでくれる、それなら、もっと大きな状況を与えようとする。

それは、試練を通る道かもしれない。

しかし、子は、それを感謝し、さらに成長を遂げる。

クリスチャンもそうである。

感謝の姿勢が、神の更なる大きな祝福を生むというサイクルになっていく。

 

毎日の恵みに感謝しない者に、大きな恵みは与えられないのだろう。

バルクのように、熱心になればなるほど、過剰な期待を持つかもしれない。

自己愛、自己憐憫が忍び寄る。

注意しなければならない。

とにかく、毎日すべてに感謝する姿勢と習慣が大切なのだろう。

 

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