Vol.24 「仕切り玉(4)」
テーマ:ブログ「株屋」と呼ぶのが通常あの時代の証券マンへの適切な職業を表す言葉だと思うが、「~屋」と付く職業はそもそも時代の中であまり尊敬されていなかった職業に違いない。「不動産屋」「株屋」「的屋」…だいたいバブル期に他の証券会社とは一線を画していたと(収益力だけは詐欺集団の親分衆の団体にとっては間違いなく群を抜いていた)本人達だけが思い「大手金融機関」と自称していたこと自体そもそも大いなる驕りであり勘違いである。
専門用語のボキャブラリーの多さなら頭の柔らかい学生に覚えさせれば良いのであって、毎日オウム返しのように同じ事を繰り返しているだけだから、その場限りの好い加減な対応で何とか言い逃れをするのが株屋の基本で、株屋の営業マンには、それ以外彼等に本質的な向上心など無いと断言しても良い。相場任せの無責任さの中で、それでも天才的な詐欺師振りを発揮するスーパーセールスマンがあの会社には当時本当に沢山いた。
さて、ましてT岡店内主任はそもそも株の知識などほとんど無かった。客から何度も直通の電話が鳴ると最初は我々が代わりに居留守を使って誤魔化していても、最終的にはお客は怒って電話してきているのだから、いずれ電話に出ざるを得ない状況が来る。客は買った覚えの無い、持っている株を売ったつもりも無いのに「ダマ転」の3日後の昼過ぎには、必ず売買報告書が自宅に届くことになり、当たり前だが、全く身に覚えの無い顧客は、必ず血相を変えて店に電話してくることになる。その時の彼の対応は必ず決まっていた。
まず、彼は何度目かの電話におもむろに電話を握り締めると「あっ!社長ぉ~!!!すみません。席を外してましてぇ~いつもお世話になりますぅぅ~!」と大きな声で第一声でまず客の気勢を制す。その後、椅子をお尻で後ろに押しやる押しやるとと、頭を机の下に潜ってしまう。電話だけは机の上に乗っているが、コードが伸びて彼は頭を完全に机の下に押し込みいつも何やら小さな声で喋っていた。最初は何をしているのだろうと不思議だったが配置換えで彼の隣に席を移された時にその全貌が明らかになった。(続く)




