Vol.55 「転々流浪ドサ廻りの掟(1)」
テーマ:ブログ当時、ノムラでは転勤の辞令が1年に3回あった。現在は2回だという噂を聞いたことがあるが、確か…当時は、3月の第2週と、7月と12月の第2週であった。3月の辞令が出ると、まず単身新しい支店に転勤していく。家族は間近に迫った春休みに子息の学校の転勤手続きなどを済ませ、慌しく次の夫の生活地について行く。7月は夏休み前で、12月は冬休み前であったから、要するに学校の休み前に辞令を出して、末端の悲しい構成員は、家族共々永遠に転々流浪のドサ廻りが続くのだ。
筆者の1年目の終りの頃の春の移動だっただろうか、島根の松江支店から3年先輩のS堀さんという島根大学の体育会剣道部出身の人が転勤してきた。彼は、筆者の虎ノ門支店在籍を通じて最もまともな営業マンであり、人格的にも素晴らしい人だった。虎ノ門支店にいた56年入社のO前さんという若手が、海外留学志望がかない、留学準備のため人事部付で移動したことで、新人から片田舎で出身大学の近くの小さな松江支店に配属された彼は、奮起して非常に優秀な成績を上げ、当時、全国一位を争う虎の穴に大栄転で転勤してきた。
さて通常、辞令が出ると、これまで特に大きな反抗もせず支店への貢献もそれなりであった営業マンは、次の支店で引継ぎ客を確保してもらった方が直ぐにノルマ達成が可能となるため、辞令の日の夜には支店長に直訴して、夜行だろうがなんだろうが、直ぐに新しい赴任先にまず挨拶に行き、最低2~3日滞在して、新しい赴任先でも必ず転勤者がいるだろうから、その転勤者の顧客を引き継ぎ、自分の客として確保しなければ恐ろしいことになる。
新しい赴任先で転勤者の顧客を、残った営業マンが勝手に取り分けて自分の扱いにしてしまった後にノコノコ赴任の挨拶なんかに行ったりしていると、新参者の構成員は、赴任先で客ゼロからスタートするという恐ろしい事態になる。万一そんなことにでもなれば、見ず知らずの土地で、新規の顧客開拓からスタートしなければならない。顧客があろうがなかろうが、否が応でも入社2~3年も経てば立派に中堅営業マンとしての過酷なノルマは絶対に与えられるわけだから、その地獄絵図といったら常軌を逸したものになるのは明白であった。
まして知らない土地で独身であろうが妻帯者であろうが、同じ会社の人間といっても助け合うという感性など誰も持ち合わせていない詐欺集団、そんな甘っちょろい雰囲気は全く無く、まず敵は、同じ支店の人間であり、競争の激しい都心部などは、最大の敵は同じノムラの他の支店であったから、顧客の引継ぎをきちんと受けられるかどうかは、向こう数ヶ月、あるいは新しい赴任地でつつがなく過ごせるかどうか、その運命を決めるのであった。
筆者の新人時代のインストラクターだったH田主任などは、新人で虎ノ門支店に配属されて以来、既に私が入社した当時、満4年を経過していたため、通常3年前後で転勤の辞令が出るのがどの金融機関でも当たり前の時代であったから、彼は冗談でも何でも無く、満4年を経過した頃には、年に3回の辞令発令当日は、小さなボストンバックに2日分の下着とワイシャツと洗面道具を入れて必ず持ってきていた。彼は当日辞令が出たら、直ぐに支店長に直訴し、当日中に新しい赴任先にまずは挨拶に行き、赴任先の転勤者の顧客を確保する強い意志を持っていた???(続く)






