ちょっと、けっこう、期待しているチョウ・ユンファの『孔子』がクランクアップしたそうです。

このところ中国古代史の勉強してまして、孔子に関しては、なんか目からウロコが落ちるぐらいいろいろと発見していたので、映画みるのが楽しみ。


中国では文革で一度、孔子を完全否定してしまい、そこからまた復活はしたものの、かつてのような神格化はされないままだと思います。

近代までは孔子の思想をもとにした論語が官僚のバイブルだったこともあって、儒教という、これは宗教ではなく倫理だと思うのですが、これがひとつの世界観だったわけですが、文革が完全につぶした……のかどうか、それはまだ後世が判断することなのでしょうね。


それはそれとして、キリスト教とイエス・キリスト個人との乖離ぐらいには、儒教と孔子の乖離は存在すると思っています。

というか、歴史を調べれば調べるほど、人間孔子って、そんな儒教の大物思想家じゃないし、へたすりゃ妄想家?という感じですもの。

その一種、狂気じみた思想を、弟子たちがまとめあげて教団を形成して、その後勢力を持っていく、という展開は、たしかに原始キリスト教に似た部分があって、宗教か倫理かは別にしても、面白いものがあると思います。

が、それとは別に、人間孔子というかなり謎めいた存在を、チョウ・ユンファがどうやって演じるのか、もう楽しみで仕方がない。


たぶん、この映画は日本にやってくると思うんだけど、このところ忙しくて全然映画館に足を運べない身としては、やはりDVD鑑賞になっちゃうのかなぁ、といまからがっくりきてます。

でもみるぞ。

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『ヤッターマン』

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ちょっと間があいてしまいました

忙しくて映画もみれなかった……って、ちょい恥じかも。

でも、実際にみられなかったんですね、しくしく。


それが偶然ぽっこりあいたところへ、お誘いを受けて、『ヤッターマン』の試写会にでかけてきました。

蓋をあけてみたら、出演者一同舞台挨拶というプレミアで、それはそれは贅沢な試写会でした。

誘ってくれた友人に感謝感激。


さて、わたくし実はアニメの『ヤッターマン』をみたことはありません。

だから、特に思い入れもなくみたのですが、なんか妙に面白かった。

こういう言いかたは失礼かもしれないんですが、アニメ的なギャグをそのまま実写にしたら、ふつー、つまんないと思うんですよ。

それが、つまんなくない!

むしろ、「実写にしたんだ、どうだ!」という監督の思い入れが随所にあらわれていて、世界が広がった感じでした。


特に細かいところまで造形にこだわっていて、ヤッターワンやヤッターキングなどのメカ類もCGではなく小道具で作ってみせるというこだわり。

そのヤッターワンにのって出動するヤッターマン1号と2号の出撃シーンなども、アニメそのままに作っているのだそうですけど、それがまた、すごくかっこいい。

主役の二人、嵐の櫻井翔くんと福田沙紀ちゃんが、半端ないいれこみようで、みていて気持ちよかったです。


わたしのお目当ては、実はドロンジョさまの深田恭子さんでした。

深キョン、さいこ~\(^o^)/。

いや、あのセクシーなお姿もさることながら、あのお衣裳で、アニメまんまの滑稽な踊りを、見事に演じているんですよね~。すんばらしい。

コメディというよりもギャグなんですが、それを真剣に演じていて、だからこそ、ギャグが際立つというか、とにかくたのしかったのです。


そして、ボヤッキーの生瀬勝久さん。

ここまでやってくれて、ありがとう、といいたいぐらいの演技。

なんかもー、この演技がみられただけでも、でかけていった甲斐がありました。

つーか、もう一度みたいぐらい。

迫真の演技でしたよ。


トンズラーのケンドーコバヤシさん。

生瀬さんとのからみ、深キョンと三人のからみ、すごく呼吸を読みまくった演技で、ボヤッキーへの愛がすばらしかったです。


それとオリジナルキャラの翔子ちゃんを演じた岡本杏里ちゃん。

蒼井優ちゃんを彷彿とさせる憂いを帯びた美少女で、美しいあんよを惜しげもなくさらけだし、実に好演でした。

先が楽しみです。


そんなこんなであっというまの二時間。

本公開ではこれに、あっとオドロクおまけ映像がつくようです。どきどき。

また見に行っちゃいそう。


でもまだ、『レッドクリフ』もアンディ・ラウの三国志も見に行けてないのです。

ぐすぐす。

そしてまた、忙しい日々が復活しそうなので、またぞろ、しばらく見に行けないのかも。

ほんと、ぽかんとあいた日に、運よく試写会でよかった~。

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見に行きたい!と思っていたので、運良く見に行けてよかった。

すっごくよかったのです、この映画。

監督のこだわりが、全面にでていて、京極作品なのだけど、原田ワールド。

この監督の作品はみていないけど、演技はみている。『SPIRIT』に出ていた、あの悪い日本人やってた人だ!

というわけで、スピリットに参加したついでにみてきた中国の映画界の最新情報をうまく取り入れて上海ロケ!

これがはまってます。

なんというか、京極ものっていうだけでなく、日本映画としていい作品に仕上がっているなぁという印象。

役者の演技が噛み合っているのもいいなぁ。

などという散漫な印象だけですみません。

細かいことなど、あらためてまた書いてみますね。

まずは感想のみということで。

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ちょっと注目の映画であります。

なんといっても、アンドリュー・ラウのハリウッド本格進出作品。

これがまた、主役がリチャード・ギアですって? なんで? と思ったけど、リチャード・ギアも鬼気せまる演技らしいです……とゆーか、強引ぐマイウェイで独断専行な刑事って、それだけで心ひかれるものがありまくり。

娯楽作品ではなく、問題提起でショッキングな内容っぽいですが、このネタをアメリカで敢えて取り上げるアンドリュー・ラウの心意気に乾杯ってとこです。


http://www.kieta.jp

失業続きのラリーがようやくついたのは、博物館の夜警の仕事。これがもう、居つかなくってね、といわれるゆえんは……?

ベン・スティラー主演の楽しい楽しいコメディ映画であります。


アメリカには、スタンダップ・コメディというジャンルがあって、これはまぁ、一人漫才というのかしら。そこで修行してコメディアンになるというケースが多いらしいです。

この『ナイト・ミュージアム』には、そんな形でスタンダップ・コメディアンとして名前をなしてコメディ俳優としても評価の高い、あんな人やこんな人がぼこぼこ出ていて、これがまた面白いんですね。


私はベン・スティラーをはじめてみるのですが、この人がシリアスやったら、はまりすぎるだろー的な顔なのに、なぜかコメディなんだなー。これはもう彼のお家芸のようなものらしく、両親がそろってコメディ役者なのですね。ママはこの映画にも出てます。


もとネタは、ミラン・トレンクの『夜の博物館』(講談社からでているけど、現在、入手できないみたいです)、博物館の夜、恐竜が展示されていたはずの場所には骨が一本あるだけ……という出だしだそうですから、もう作風からしてちがっていますけど、これも読んでみたいな~。原作ってことで復刊しないかしら~。


私個人がとても面白かったのは、セオドア・ルーズベルト。なんか見覚えあるなぁと思ったら、ロビン・ウィリアムズでした。あの『グッドモーニング・ベトナム』のマシンガン・トークなDJです。なるほど、あれがスタンダップ・コメディなのね、と納得。


それから、ラリー(ベン・スティラー)の先輩となる三人の年寄り夜警役は、どうやら往年のコメディ役者らしく、お年寄りがみても懐かしい仕立てになってます。


そのうえ筋立ては、失業ばっかりしてどうにも困ったパパと、いかにもこういうパパにはこういう子だねぇという、ちょっと気がききすぎて頭もよすぎて、でもパパにいいとこみせてほしいなぁな息子との、信頼復活ストーリーなのですね。

いや、しかし信頼復活のために、博物館の夜はむちゃくちゃだよ……(^_^;)。

しかも雪降るニューヨークに博物館の住人が逃げ出して、しっちゃかめっちゃかやったのがニュースになって……それが話題になって客がいっぱいはいってきたから、それでいいんですか?という突っ込みはあるんですが。


まぁ、楽しいからいいんじゃないですか♪

ミニチュアサイズなら、骨をおっかけるティラノなレックス君、ペットに欲しいとこですね~。あの大きさじゃ、自分ちにはいらないけどねっ。


出演:ベン・スティラー、ロビン・ウィリアムズ、カーラ・グギーノ、ディック・ヴァン・ダイク、ミッキー・ルーニー、ビル・コップス。ほかにオーエン・ウィルソンがノー・クレジットででています。

監督はショーン・レヴィ。

監督:ゴア・ヴァービンスキー

制作:ジェリー・ブラッカイマー

脚本:テッド・エリオット&テリー・ロッシオ

衣装:ベニー・ローズ

音楽:ハンス・ジマー


キャプテン・ジャック・スパロウ:ジョニー・デップ

ウィル・ターナー:オーランド・ブルーム

エリザベス・スワン:キーラ・ナイトレイ

ビル・ターナー:ステラン・スカルスゲールド

デイヴィ・ジョーンズ:ビル・ナイ

ジェームズ・ノリントン:ジャック・ダヴェンポート

ギブス:ケヴィン・マクナリー

スワン総督:ジョナサン・プライス

ティア・ダルマ:ナオミ・ハリス

ベケット卿:トム・ホランダー


ようやくみてまいりました、海賊映画2。

思ったよりもこの夏、体調が悪くて、『太陽』しかみられなかったんですが、できれば大画面てみたいなぁと思っていたのです。まだ公開していてよかった。


さて、試写会当時から、この作品は思いっきり3に続く、「そこで終わりか」な内容だと聞いてましたので、見終わって違和感はなかったです。

とにかく細かいところがすごくよくできていて、楽しめる。

個人的に一番ツボだったのは、ビル・ナイ演じるデイヴィ・ジョーンズの、にゅるにゅる動く触手がパイプ・オルガンを演奏するところです。

パイプ・オルガンって、じつはちょっと触ったことあるんですが、ピアノとちがって、鍵盤が何段もあるんですよ。そこをいったりきたりして、しかも脇のレバーとかで音色を変えたりしながら演奏するんです。触手あったら便利だなぁ、としみじみ思いました。

じゃなくって。

パイプ・オルガンを設置してある幽霊船ってどうよ!と突っ込みいれるべきでしょうか。


1のときも思ったのですが、二人組のコントが実にうまく活かされています。1では冒頭、ジャック相手に船を守ろうとした二人の護衛兵のコンビがいい感じでした。彼らは1で退場したようですが、キャプテン・バルボッサ配下の二人組は、2でも元気です。

しかも片方が、なんと、宗教に目覚めてる! 聖書ネタは爆笑ものでした。うますぎるっ。


1と2で、もっとも様変わりしたのは、我等がノリちゃんこと、ノリントン元提督でしょう。あの落ちぶれかたは素晴らしい~。しかも野望を失っていない。3での活躍が楽しみです。


もう、1でこれ以上ないってぐらい演技を見せつけてくれたジョニー・デップの、まったく変わらない素晴らしい演技は、称賛しようにも言葉がないぐらいで、とにかくジョニーがこの役を気にいってくれていて、次もまたやりたいと言ってくれていることを感謝したいという気持ちです。

私は、こんなブログでつらつら書きつらねれていることからもお分かりのように、欧米系の役者さんよりアジア系の役者さんのほうが好きです。というわけで、アメリカン・インディアンの血をひいているジョニー・デップは、ハリウッド系としては例外的にアジアンな印象で、受け入れやすいのです。

てなことはさておいても、ジョニーの人気はすごいですねぇ。でも本人、自分がスターだって自覚ないみたいですが。


指輪で一足先に人気のでたオーランド・ブルームは、その後も大作に恵まれていて順風満帆という感じですが、海賊1から海賊2へと役柄が一回り成長した感じがして、頼もしい限りです。ジャック相手にやられっぱなしじゃないとか、骨太なところをみせるとか、相変わらず青臭い部分はあるにしても、それは役柄だしね。

正直、2でオーランドがここまでかっこよくなるとは思っていなかったので、得した気分です。


キーラ・ナイトレイは、海賊1ですっかりファンになってしまい、『キング・アーサー』で虜になった役者なので、もう何やってくれてもいいです状態。というか、海賊1を撮り始めたとき、彼女かまだ17歳だったというのが信じられませんな。

演技力もあるし、海賊映画の紅一点というよりも、一番のヒーローみたいな活躍っぷりが楽しいので、このまま一緒にシンガポールに突っ込んでってくれるラストは嬉しい限り。陸に残されて男を待つなんて役柄、引き受けるはずないと思っていたので、ほっとしましたよ。(だって、一昔前ならそういう展開でしょ?)


個人的に、海賊3にはチョウ・ユンファが出演すると分かっているので、もうなんというか、期待しすぎてもしすぎることはないぞという気分なのですが、それとは別に、キース・リチャーズも本気で出るみたいですねぇ。

もうこれまでの状態でもすごいのに、これ以上でてきてどうしてくれるってところで、海賊2のラスト、でてきましたよ、あの人が。

クレジットされてないけどあの人が!

いやー、待ってました! なのでした。

このまま怒濤で3に雪崩込むわけですから、来年の公開が待ち遠しいです。

体力つけて、初日にいけるぐらいにがんばらないと……(^ ^;)。

『太陽』

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監督、撮影監督:アレクサンドル・ソクーロフ


昭和天皇:イッセー尾形

マッカーサー将軍:ロバート・ドーソン

香淳皇后:桃井かおり

侍従長:佐野史郎


まさか「太陽」が日本で公開されるとは思ってもいなかった。

制作が伝わっていた当時から興味を持ち、海外の映画祭での好評にじーんときて、いつかDVDだったらみられるのかなぁと思っていたこの作品が、思いがけず、日本て公開された。

わが家の近くでも、三週間限定朝一のみの公開だったけれど、がんばっていってきました(←実は朝が弱い)。

いってよかった~。

ほんと、この作品がみれてよかったと心から思いました。


とことん、演技力のある役者たちの、心理劇のような味わい。

ソクーロフの美学が見せる東京大空襲のイメージ世界。

どちらも、ぜひ、味わっていただきたいと思います。

なんというか、こう、自分の口で語るのがもどかしいというか、とにかく見ろよっていいたくなる。


ふだん、わたしはもっぱらエンターテインメントな作品をみるのが好きで、そういう意味でわたしの守備範囲からは少しはずれているはずなんだけど、どうしても見たかった。

なぜかなー。

やっぱりテーマに惹かれたんでしょうね。

あと、イッセー尾形が昭和天皇という、このキャスティングの見事さ。


でも冒頭、イッセー尾形はやっぱりイッセー尾形な感じでした。

彼はとことん演じる人で、しかもそれが一人芝居という特異なジャンルです。

そうやって、昭和天皇を演じているという様が、もしかすると鼻につくかもしれない。

でも、みているうちに、あぁ、ヒロヒトという人は、こんなふうに昭和天皇を演じてきたのかもしれないな、と思い始めたら、もうソクーロフのマジックに嵌まったも同然。

いろいろな意味でフィクションをうまく取り入れ、二時間足らずの小品に仕立て上げているわけですが、そして、どちらかというとヒロヒトの私生活を、これでもかってぐらい舐めるようにして撮っているのだけれど、作りすぎというわけでもなく、むしろしっくりくる感じなのです。

なんだろー、どうにも説明しにくくてもどかしいんですが、とにかく面白い。

佐野史郎侍従長はいうにおよばず、老僕を演じたつじしんめいもいい味出してます。

そしてラストほんの数分なのに、桃井かおりの圧倒的なこと。というかこれ以上、桃井かおりをだしたら、全部もってかれちゃうのかしら、というぐらいのインパクトでしたね。

場面のひとつひとつが、鮮明に脳内に記憶されてしまって、ひとつひとつフィードバックできるぐらい印象づけられてしまっている。

ふだん、そんなふうに映画を見ないわたしなので、ちょっとオドロキです。


なんというか、先入観なしにみてほしい。

とにかく一度みてほしい。

そう思わせる映画でした。

C.S.ルイスの「ナルニア国物語」完全映画化です。

原作に愛があるので、複雑な気分で見に行きましたが、がつんとやられて帰ってきました。

完敗……じゃなくて、感動です、えぇ。


冒頭、ロンドン空襲シーンからはじまります。

ペヴェンシー家の四人兄弟(ピーター、スーザン、エドモンド、ルーシー)は、母とともにロンドンで暮らしているのですが、それは父親が戦争にいってるからなんですね。

で、空襲がひどくなって、疎開することになる。

母親から、みんなを守ってと言われているピーターは、父親らしく振る舞おうとするけれど、父親を愛しているエドモンドはそんな兄に反発している。

冒頭、この兄と弟の葛藤がよく描かれているので、その後のエドモンドの行動がすごく納得できるし、決してエドモンドだけが悪い子じゃないんだってことが理解できます。


子供たちのつまった疎開列車も、行く先々でどんどんほかの子供がおりていって、四人兄弟が降り立った駅に人影はなく、お迎えかと思った車も通りすぎていってしまいます。

すっかり途方にくれた子供たちを、馬車が迎えにきます。

疎開先の教授宅の家政婦がまた、こわそうな人なんだなぁ。

いかにもこの時代にはいそうです。子供たちに次から次へと一方的にルールを押しつける、家庭教師のようなご婦人です。


はじめての田舎でルーシーはすっかりたそがれ、明日はきっといいお天気になるから外に遊びにいきましょうというスーザンの言葉もむなしく雨降りになってしまいます。

そこで機転をきかせたピーターがかくれんぼの鬼になって、ルーシーは二階の小部屋に置かれた衣装ダンスを見つけ、ナルニアへと旅立つのです。

雪の森の中、ガス街灯が一本、永遠の灯をともしているそのシーンが、もう感動。

そしてフォーンのタムナスとの出会いと別れ、こちらの世界に戻ってきたルーシーの言葉を、兄や姉は信じません。

何しろこの衣装ダンス、いつでもナルニアに抜けるとは限らないのです。


とにかく純真無垢なルーシーがいいですね。それとフォーンのタムナス、最高です。

氷の女王がまた、素晴らしい迫力で、全編を支配してくれます。

ナルニアに渡って、ビーバー夫妻に出会うあたりからディズニー映画の本領発揮。

動物はすべてCGらしいのですが、動物映画で培ったノウハウを余すところなく展開しているので、違和感がなく、とても自然に見えます。

あまりCGらしくないんですよ。


アスランは普通にライオンっぽかったです。

原作の挿絵もそんな感じだったので、これもさほど違和感はなかったですね。

全体は予言にしたがって、四人の人間の子供が、氷の女王に打ち勝って、ナルニアを再建するという、いってしまえばそれだけの話なのですが、ピーターとエドモンドの成長ぶりが眼目となります。

そのぶん、アスランと出会って合戦に向かうあたりは原作を知っていると唐突なんですけど、唐突さを感じさせない脚本が生きていますねぇ。

あと子供たちのルートを縮めるために登場したサンタクロースも、なかなかナイスな演出でした。


しかし何年かのちの成長した四人が、子役によく似ていたなぁ(^_^;)。


茶目っけたっぷりの教授が、個人的にポイント高かったです。


ところで次回は『カスピアン王子の角笛』なのかな?

完全ネタバレです。

まだごらんになっていらっしゃらない方には、全然面白くないネタなので、ご注意ください。


珍しく二度も同じ映画を見ようと言った夫は、二度みたこの作品について、ふと、こう言った。


「この映画って、歌ってないキャラクターは、いらないね」


ポン!

思わず膝を叩いた。


そうなんだ。いらないキャラが多いのだ。

いや、いらないというよりも、存在の薄いというか、キャラのたたない役柄が多いのだ。


冒頭とラストに口上を述べる百姓夫妻とこれにからむ駝鳥道士(いずれもいい役者がそろってる……だって、篠井英介、市川実和子、山本太郎だよん)が、結局、「なんのためにいるのか分からなかった」とまで言われてしまったのも、歌っていないというのがでかい。

彼らが、口上にしろ、「俺は狸じゃない」にしろ、歌っていたらどうだったろう。

もう、全然印象がちがっていたんじゃないかな。


もう一人、お萩の局の分身のうち、若侍の団三郎狸というのが、印象が薄い。

美麗な若侍造りなので、オダジョーと役柄がかぶって、どっちがどっちってのもあるけど、なんのためにいたのか、てんで分からない。

あとで考えたらやっぱり、こいつは歌っていなかった。


お萩の局にはもう一人分身がいて、こいつは牢番の次郎狸というのだけれど、現在、都議選のイメージキャラクターになっている(そのせいで、どうも都議選が狸に化かされてるような気がするのは、わたしだけ?)パパイヤ鈴木が扮している。こいつはちゃんと自分一人の曲を与えられているから、とても印象が強いし、ちゃんとキャラもたっている。


腰元四人衆なんかは、大変に印象が薄くなりがちなキャラなのだが、お姫とからむ歌があるせいで、ちゃんと存在感があるのだ。(まぁ、四人目のりんこさんは、極楽蛙の歌もあって印象強いのは当然だけど、それはさておいても)


家老狸の高橋元太郎だって、ただのおとぼけギャグ・キャラかと思いきや、堂々と歌ってくれたもんね。


オペレッタなんだからあたりまえだけど。

歌わないキャラは、立たない。

そういうことなんだな、この映画においては。


そうしてみると、この歌わないがために、無駄になってしまったキャラたちは、ちょっとかわいそうだったりする。

割り当てられたキャラのせいであって、俳優たちのせいではなさそうだもんね。


まぁ、わたしは音楽にも声にもうるさいタイプなんで、余計にそう感じるのかもしれないけれど、本来そっち方面にあまりうるさくない夫がそんなふうに考えるってことは、これは劇構成上の問題なのかもしれない。



次に。

こんどはオペレッタとして考えたときに、及ばないと思われる踊りの部分について、考えてみる。

というか、ほんっとーに、及んでないよ。

振り付けはどうした、振り付けはー、という感じだよ。

踊らせてないとも言うけれど。


何も『シカゴ』のように踊れと言ってるわけではないのです。

でも振り付けについては、かなりよさげな人脈もそろっているのに、なんできちんと振り付けしなかったんだろう。

そして、なんでちゃんと踊らせなかったんだろう。


一番気になるのが、狸城でのどんちゃん騒ぎのシーン。

東京スカパラダイス・オーケストラの売りのシーンだ。カリプソなのだ。

陽気な音楽にあわせて、楽しそうな狸たちがいろいろ遊んでいる。

大道芸人のような連中がわいわいやっていて、それを「毎日」続けているという話なのだ。

牢番狸言うところの「狸姫さまのお誕生日ではない日をお祝いする日」ってやつね。

大道芸やってるところはいいんだ。

ところが群集が踊ってるシーンが、それはそれはなさけない。

男と女が組になって、ワルツを踊っている。

上半身はなんとなく組んでるんだけど、下半身がお互い退けてるから、まるで「人」の字みたいな格好で、だらだらと踊っている。

ものすごーく、だらしがない。


どうせ下品にするならってんで、女たちが蹴出しからげて男たちがそのあいだをすり抜けるシーンなんかは、それなりに振り付けもはいって、下品は下品なりにちゃんと踊りになってるから、それはまぁいいとしよう。

でも、下品だけどな。

なぜあそこで、ことさらに下品さを強調する踊りを展開しなければならないのか、ちょっと疑問。いや、だいぶん疑問。

別に下品にやっちゃいかん、というわけではない。

極楽蛙を取りにいくやつはいないか~、と家老狸が歌うときに、だれも言い出せずに右往左往するシーンなんかはきちんとストーリーに沿ってできあがっているだけに、意味もなく下品なのが解せないのだ。


せっかく、チャン・ツィイーに歌舞伎の所作までやらせたんだから、要所要所に日本舞踊の一シーンなりと取り入れて、「見立て」で見せてくれたら、と思うのよね。

せっかく、篠井英介なんていう舞踊家もいるわけだしさ。

まるごときっちり踊れというのではなく、そういう日本らしい舞踊の所作を見せることは、別に画面を損なわないと思うわけだ。

下手なワルツで画面を猥雑にすることの意味のほうが、わからんちゅーだけです。


そういうわけで、歌と踊り、勿体ないなぁってところが多々ありますな。

ストーリーに関しては、また別だてでいってみよー(まだいくのか?(爆))


監督 ルイ・レテリエ

脚本 リュック・ベッソン

アクション演出 ユエン・ウーピン

音楽 マッシヴ・アタック


ダニー ジェット・リー

サム モーガン・フリーマン

バート ボブ・ホスキンス

ヴィクトリア ケリー・コンドン


五歳の時に誘拐され、悪漢バートに闘う犬として育てられたダニー。

首輪をはずされ命令されれば、そのまま殺し屋となるが、それ以外は、天真爛漫な何も知らない子どものようだ。

あるとき、バートに連れられていった骨董倉庫にずらりと並んだピアノを、盲目の調律師サムが調律しにやってくる。サムに導かれるままに鍵盤を叩き、音楽に目覚めるダニー。

ダニーの戦いで巨額を入手したバートは、ダニーに何かほしいものを買ってやると言った。ピアノが欲しいというダニーを一笑に付すバート。

そしてバート一味は殺し屋に狙われ、唯一生き延びたダニーは、再び骨董倉庫へ足を運び、サムに助けられる。

サムと養女のヴィクトリアに家族として迎えられ、音楽に包まれた生活の中で、人として生きていくことの大切さをひとつひとつ覚えていくダニー。

しかし、バートは殺されておらず、その部下に見つかったダニーは、サムたちを巻き込まないために、再びバートのもとへ戻る。

だが、自分はもう人を殺すことはできなかった。

愛を知ってしまったから……。


という感じでしょうかね。

ユエン・ウーピン師父の素晴らしいアクション指導が冴えてます。

ふだんは十歳ぐらいの感情に乏しい子どものようなしぐさのジェット・リーが、突如として殺し屋と化し、アクションの限りを見せるそのギャップが、まずはこの映画の主眼でしょうか。

そして、音楽。

これは音楽な映画です。

なぜか音楽に惹かれるダニー。なぜかピアノに惹かれるダニー。

ピアノの音を聞いて、それで癒される話かと思ったらとんでもない。

……そのあとはネタバレになるので、ぜひ、劇場でお確かめください。


脚本が実によくできています。

盲目のピアニストを演じるモーガン・フリーマンは名優だなぁ。

平和の象徴であるサムの家庭を補うのは、おしゃべりなヴィクトリア18歳。可愛いです。(しかし、煽り文句のラヴ・シーンがどこにあったんだか……(爆))

ヒロインが金髪巨乳でなく、ロリータ(とはいわないが。リセエンヌみたいだ)であるところが、フランス映画なんだろーなー。


悪の象徴であるバートのほかにも、悪いやつがいっぱいでてきて、悪い世界に関していうと、かなり救いがない感じがするんですが、ラスト、ハッピーエンドに持っていく力量はさすがだ。

あ、こいつはネタバレですかね(^_^;)。

ともあれ年齢不詳のダニー犬を、ぜひ、お楽しみください。