はじめまして! 

東北地方太平洋沖地震 緊急支援チーム ONLY ONE HEARTのATSUSHIと申します。

2011年3月11日

あの凄まじい映像を見た時、僕は激しく魂が揺さぶられ、

「今すぐ被災地に行けば誰かを救える!」と思いすぐさま行動を起こしました。

3月末、雪が激しく降りしきる中、物資を満載にした4トントラックで石巻へ行きました。

地震によってひび割れ、グニャグニャになった東北道を一睡もせず一晩中走り続けました。

そして降り立った石巻で僕は言葉を失い、呆然と立ち尽くした事を覚えています。

跡形も無く破壊された街。

ですがそこで見た光景は僕に更なる衝撃を与えました。

それはこの街に住んでいた方々が、どこから手をつけていいのかわからない程の瓦礫を

ひとつひとつ片付けていたのです。「少しづつ前へ進むしかないんだ」とばかりに。

その光景を見た時、僕は心に誓いました。


瓦礫ひとつをどかせば道が広がる。
瓦礫をふたつどかせば道が伸びる。
そんな心構えで自分で出来る事を出来るだけ行い、東北を応援していこうと。

満載の物資を届け、丸二日間の寝ずの活動を終えました。それが僕の最初の活動でした。

あれから福島、宮城、岩手など、時間の許す限り物資を持って被災地に出向き、

炊き出しを中心に、物資配布、被災地物産販売などの支援活動を行ってきました。

段々と忘れられていく東北。

ですが、まだまだ支援は必要です。

ONLY ONE HEARTのアクションが大きくなれば大きくなる程、

たくさんの笑顔が生まれると信じて頑張っています。


ATSUSHI


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2014年12月31日 08時11分42秒

支援活動とブログ終了のお知らせ

テーマ:お知らせ
2011年3月末より支援活動を始めてから3度目の冬が訪れ、間もなく震災から4年を迎えようとしています。
この活動を始めてから現在に至るまで様々な事がありました。

この活動を通じ、どれだけ被災地の力になれたのか僕にはわかりません。
ですが、ハッキリとわかるのは、本活動に協力してくださった皆様に僕自身が大きな力をいただいたという事です。その想いと力が何度も何度も僕を東北へ運んでくれた大きな原動力でした。皆様には心からのお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました。

本活動を停止する理由は色々ありますが、今現在、東北へ何が出来るかを現実的に考えました。
2011年3月当初は人が人を救うという人道的な気持ちだけで活動ができましたが、今はライフラインも整いはじめ、物流も再開し、僕がよく行った避難所も次々 と閉鎖され、それぞれ元の街に戻るべく復興と努力が続いています。そうなると具体的に求められるのは、僕が行ってきた炊き出しや物資供給という支援活動とは大きくかけ離れてきました。そのギャップは埋めようにもほど遠いものがあり、また緊急支援という趣旨からも鑑みて、ここが本活動としての区切りをつける時期だと思いました。

しかしながら一個人としての支援はこれからも続けていきます。
僕は現在1人親方ではありますが、大工を生業としています。この職を被災地にて役立てる事を考えています。長い支援活動で培った経験とアイディアを最大限に活用したいと思っています。正直な所、大工仲間などに東北の話をしても耳をかたむける人は誰一人いませんでした。寂しい話しですがこれが現実です。
大工ならではの支援活動。色んな事が出来ると思っています。ですから僕はたとえ一人でも東北を応援する気持ちの火は消さず、忘れずに、これからも力一杯東北と向き合っていこうと思っています。


長い間応援していただき本当にありがとうございました。
ATSUSHI
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2014年03月11日 06時11分20秒

東北を想う

テーマ:ブログ
あれから3年。東北が被災し、失ったものってなんだろうといつも考える。
家族、恋人、家、仕事、思い出、笑顔。
もう二度と元には戻らない日々。
言葉にすればこんな感じの表現になってしまうけど、なんかこう、違う気がする。
もっともっと深くて、俺たちなんかの想像を遥かに超えて、辛く、苦しく、悲しいものなんだと思います。被災された方々も、言葉や文章では伝えきれないものがあるんだろうなと、心から思います。

俺は気軽に分かりますなんて言えない。
でも分かろうとする努力だけは続けていこうと思っています。

今日は何か考えるきっかけになればと思い、被災地でのエピソードをひとつ紹介します。それは当時、各地の避難所を回っている時、常々思っていた事なんですが、それはトイレです。水洗トイレが当たり前になった今の世の中で、避難所のトイレは仮設トイレでした。
いわゆる、ぼっとん便所ですね。このトイレ。
避難所で生活を余儀無くされてる人々が皆が皆、綺麗に使っている訳ではありません。
よって、汚れる。
それを誰かが見かねて掃除をする。しかし、また汚れる。掃除していた人もこんな事が毎回続けば段々と嫌気がさしてきます。そしていつしか放置します。どんどん汚れるトイレ。
鼻を突く悪臭、排便が飛び散ったトイレ。あなたならこの中で用を足せますか?
俺みたいにガサツな人間でも吐き気がしたくらいです。

女性の方や、普段から清潔にしている人にとっては非常に苦痛だったのでは無いでしょうか。また、そのトイレ付近で、男性がタバコを吸ったり、談笑していれば「年頃の女性はトイレに行きたくても我慢する人もいますよ」と避難所の職員の方に聞きました。職員の方が気がついた時はトイレの辺りに溜まらない様に注意をするらしいのですが、それが原因で揉めたりもしたそうです。
このように、トイレひとつとっても精神衛生上良くない環境にさらされていたと想像出来ます。
なんにせよ、全ての生活が思うようにならないイライラするような事ばかりの暮らし。


日常だった当たり前が突然無くなる。
不安と焦り。
のしかかる重圧。
先が見えない毎日。
俺なら耐えきれず、とにかく他県に逃げ出していたと思います。

それからもう一つ。
これは俺の憶測ですが、女子トイレ付近でタムロしているような男性は何かしらの意図がある気がしてなりません。
被災直後は色んな噂が錯綜しました。女子はレイプ、またはレイプまがいの行為をされるとか。
トイレは人目につく所には普通ありません。しばらくすると、それは嘘、デマといった文言がTwitterなどで出回りましたが、俺は実際レイプ、レイプ未遂はあったと感じています。
でなければ、こんな貼り紙をわざわざ町のあちこちに貼るつけるでしょうか。
論より証拠。俺はこの貼り紙には相当のショックを受け、怒りを覚えたのを今でもハッキリ覚えています。

今日書いたのは一例ではありますが、トイレのお話でした。
そしてこういう事を山ほど乗り越えて暮らす被災地の方々の事をもっともっと理解し、復興への手伝いが少しでもできればと思っています。。

3年も経ったからもう平気?テレビも今じゃ殆ど報道やってないから復興はドンドン進んでる?
俺は今年の元旦早々に南三陸、石巻、南相馬を回ってきましたが、正直、復興のふの字も感じることは出来ませんでした。我歴が片付いたら復興?阪神淡路の時と比べあきらかに復興へのスピード感がない。俺はそう感じました。

もうすぐ東京直下地震、南海トラフ地震、東海地方の地震が来ると言われています。果ては富士山の噴火、現実的にはPM2.5の汚染、原発廃棄物による汚染。明日は我が身であり、今、目の前にある日常が何もかも奪われ、大切な人が死んでいくのは、今度は僕たちの番です。

その意味でも自分の中で風化させず、「来るかも?」ではなく「来る」と思い俺は備えています。

今日は亡くなった方たちへのご冥福を心より祈りつつ、より深く被災地について考える日にしたいと思います。

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2012年06月27日 23時15分06秒

支援活動 

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