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ツキを呼び込むとっておきの方法 ♪

2009-06-30 23:04:52
テーマ:ブログ

前回のブログ、新庄のツキの秘密を書いたのですが、これが

意外にも反響が大きくて、びっくりしました得意げ

新庄の隠れファンって、多いんですね音譜


さてさて…今日は、新庄の話題ではありませんが、前回の内容に

関連させて、 Hitomi-MaZenda 流のツキを呼び込むとっておきの

方法をお伝えします。


実はこれ、1年半ほど前に、大学の同窓会のスタッフを経験して

学んだことなんです。


わたしが卒業した大学は、毎年秋に、全卒業生を対象にした大同窓会が

ありまして、一昨年、そのイベントに卒業後はじめて参加しました。


「どうせ参加するなら、少しでも母校のお役に立ちたい」 と考え、

当日一日だけのスタッフを引き受けました。


スタッフといっても仕事はいたって簡単で、正門の前で来場者にプログラム

を配る担当になりました。

(実はこの時、70才ぐらいの OB にプログラムを渡したら、

 「在校生でも手伝うのかい?」 と真顔で言われ、大いに

 気をよくしたのでしたにひひ


この同窓会の一番の盛り上がりは、大抽選会です。


経済界で活躍中の卒業生の協力で、景品がすごいのなんのってアップ 

(“景品” なんて呼び方では失礼なくらい豪華!)


ベンツやパリ旅行が当たっちゃうんですよ目


わたしは、自分の能力や性格は信じられませんが、運の良さだけは100%

信頼しているんです…だから、当然、ベンツが当たる気 満々で、帰りは

東京⇒福岡を一人で運転して帰るつもりで、羽田までの片道切符を携え、

家族の期待を一身に背負って家を出ました。


緊張の抽選会場!!


4台用意された車のうち、3台が次々に発表されましたが、わたしの狙いは

ベンツだけだったので、はずれにも大納得ニコニコ


そして運命の瞬間ビックリマーク


その瞬間まで当たることを信じて疑わなかったのに、ありえない展開に…

なんとはずれたんですよダウン


…でね、誰がベンツをゲットしたと思います?


財界の大御所が当たったんですよえっ


「な~んだ、やっぱりお金はお金持ちが好きなのか…」


と投げやりになりかけた私でしたが、スタッフ控室に戻ってびっくり仰天ショック!


なんと、ベンツを当てた方も含め、パリ旅行やハワイ旅行など、超豪華景品を

引き当てた人のほとんどが、スタッフだったんです!!


しかも、景品をゲットした皆さまは、私のように当日一日だけのにわかスタッフ

ではなく、幹事を引き受けて2年ぐらい前から準備に明け暮れていた方々

だったんです。


やっぱり神様って、何でもお見通しなんだな~ドキドキ


みんなのために尽くすってことが、運を引き寄せるパワーになるんだな~ラブラブ!



ほら、よく 「頼まれ事は試され事」 って言うじゃない?

まさにその通りなんだよね。


でもね、肝心なのは、試され事である 『頼まれ事』 を、どこまで自分の喜びと

して笑顔でできるか…なんじゃないかな。

(つまり、せっかく頼まれ事を引き受けても、愚痴を言ってたら、エネルギーの

 無駄遣いになるってことガーン


当たった方々は、皆さん本当に謙虚で、いやな顔を見せずニコニコしながら

幹事をしてくださってたもん。


しかも、当たったあとも、「スタッフより来場者が当たった方がいいから、

返上しようかな」 なんて言っちゃう方々なんですよラブラブ!



というわけで、「新庄のようなキュートさは、天性のものだから、わたしには無理」

と思っていらっしゃる方、こっちの路線なら心がけと努力しだいで出来るよね音譜


笑顔の力って、やっぱりスゴイですニコニコニコニコ






新庄流 ツキの大原則

2009-06-26 22:54:04
テーマ:ブログ

6月18日のひすいこたろうサンのメルマガ 『名言セラピー』 に、

新庄が敬遠球をサヨナラヒットにした時の笑いと感動のエピソードが

出ていましたが、皆さんはご覧になりましたか?


まだの方は、ぜひ 『名言セラピー』 で検索して、新庄のキュートな

エピソードを読んでみて下さい。


実はわたしも、新庄のお茶目でキュートなところがだーい好きラブラブ!


あの日、ひすいさんのメルマガを読んで、現役時代の新庄の記憶が

ありありと蘇ってきて、思わずひすいさんに連絡とって、二人で熱く

新庄論を語り合っちゃいましたアップ


その時ひすいさんから教えていただいた、とっておきのエピソードを

ご紹介します。


新庄がニューヨークメッツの選手だった頃のお話。


たしか新庄はそんなに年俸が高かったわけではないのですが、

タクシーに乗った時に、決まって 「あること」 をしていたそうです。


ニューヨークでタクシーに乗る時には、料金にチップをプラスして

渡しますが…

新庄は、びっくりするぐらい多く渡して、

「お釣りはいらないよ」 って言うんですって。


「えっ!? こんなにもらっていいの?」

って驚くドライバーに、新庄は決まってこう答えたそうです。


「お釣りはいらないよ。そのかわり、次に乗る日本人に親切にして

やってね!」



新庄、カッコよすぎドキドキ


素敵なお金の使い方ができる人って、神様から愛されますよね音譜


自分一人が喜ぶんじゃなくて、みんなが笑顔になれることにお金を

使うのって、素敵なお金の使い道なんじゃないかな~ニコニコ


そういえば、5~6年前だと思いますが、アメリカから帰国して

日本ハムに入団した新庄が、 『クイズ ミリオネア』 に出たんです。


その時、たまたまわたしは番組を見ていたのですが…

新庄の魅力を十分にわかっていたつもりのわたしでさえ、ありえない

ことが起こって、大きな衝撃 (笑撃?) を受けたのです!


新庄は順調に問題をクリアしていきましたが、いつも下を向いている

ので、最初、「カンニングしているのかな」 と思ったんです。


新庄のその不審な動きを、司会の みのもんた が見逃すはずは

ありません。

みのもんた の指摘を受けて、新庄が見せたものは…


カンニングペーパーではありませんでした。

『クイズミリオネア』 はAからDの四択で答えるのですが、なんと

新庄は、あらかじめ記号を書いた鉛筆を用意していて、鉛筆を転がして

出た記号を答えていたのですショック!


しかも…なんと、なんと!!


15問全問クリアして、賞金1000万円を獲得したんですビックリマーク


この時、たしか新庄の1000万円の使い道は、「札幌ドームに子どもたちを

招待する」 だったと思います。


実はわたし、クイズミリオネアのファンで、毎週楽しみに見ていましたが、

1000万円を獲得した人の共通点があるんですよ目


例えば、「借金を返済したい」 とか 「家族で旅行に行きたい」 というように、

自分の夢を語る人は、決まって途中で間違えてしまいます。


新庄のように、「誰かを喜ばせる」 夢を持っている人、さらに 「より多くの

人に喜んでもらおう」 とする人が、賞金を獲得しているんです!


もうおわかりですね? 新庄流 ツキの大原則音譜


与えたものを受け取れるのが人生、

人は、喜ばせた人の数だけ自分が輝く星キラキラ


今日もたくさんの笑顔に囲まれていることに、心から感謝しますクローバー





神様の粋なはからい♪

2009-06-24 23:34:09
テーマ:ブログ

わたしの人生観の一つ、それは

「必要なことはすべて与えられる」

ということ。


このことに気づいてから、むやみに人の人生を羨ましがったり、

自分の境遇を卑下したり、焦ったりすることがなくなり、あらゆる

ことに感謝できるようになりました。


わたしにそのことを気づかせてくれたのは、

福沢 諭吉さんです。


諭吉さんは、豊前中津藩の下級武士の次男として生まれました。


中津藩というのは、10万石の小藩で、あの激動の幕末期にも

さしてパッとした働きをするわけでもなく、どちらかといえば存在感

は薄かったと言わざるを得ません。


それに対して、薩摩・長州・会津などは、好き嫌いは別にして、

幕末期に鮮やかな存在感を残しています。


もし諭吉さんがこれらの藩のどこかに生まれていたら…


あれだけの優秀な人材ですから、きっと政治の道に引っ張られて

いたと思うんですね。


ところが、彼が生まれたのは中津藩だった!

だから終生、民間の立場で、教育と啓蒙活動に集中できたわけです。

(諭吉さんは慶応義塾の創始者として有名ですが、日本初の新聞を

 発行したり、日本で初めて授業料を制度化したり、英語の “ Love ”

を “愛” と訳したり…新時代の日本を象徴する一人だったと思います。)


歴史を変えるのは、政治以上に教育かもしれない…

と考えると、彼が中津藩の下級武士の子として生まれたことは、

神様の粋なはからいだな~って、思います音譜


中津藩は、政治的にはあまりパッとしませんでしたが、中津藩には、

元来、学問を重視する気風がありました。


中津藩の第八代藩主は、奥平 昌高。


この人は、薩摩藩の島津 重豪(しげひで)の次男で、後継ぎの

いなかった奥平家に養子に入ったのです。


島津 重豪は、篤姫の養父である島津 斉彬(なりあきら)の曽祖父、

つまりひいおじいちゃんです。


この爺ちゃん、歴史マニアのわたしにとって、かなりの大ヒットなんですにひひ


だいたいあの時代に89歳まで生きたことも驚きだし、側室が10人以上

いて、子どもが(わかっているだけでも)26人!


さらに家臣と中国語で会話していたと伝えられ、オランダ語の読み書きも

できたというから、かなりマニアックでハイカラなインテリですよね。

(わたしは以前、何かの本で、重豪がローマ字で書いたと伝えられる

 『君が代』 の歌詞を見たことがあります。)


この重豪じいちゃん、曾孫である斉彬の才能を誰よりも早く見いだし、

斉彬の教育に没頭するんです。

斉彬があれだけの教養を身につけ、当代きっての名君になったのは、

本人の素質と努力もさることながら、重豪じいちゃんの影響も大きかった

はずです。


この後の薩摩藩の活躍と明治維新を考える時、重豪じいちゃんの果たした

役割ってスゴイと思うのですが、すべてのものに光と影があるように、

重豪じいちゃんのせいで、薩摩藩は、天文学的数字の借金を抱えることに

なります叫び (おっと、これは余談でしたべーっだ!


重豪じいちゃんは元々、新し物好きでゴージャスだったから、バンバン

お金を使いまくっていたところへ、さらに子どもたちの多くが他藩に養子に

入ったり娘が将軍家に嫁いだことで、親戚づきあいに多額の出費が

かさむようになったんですね。


この重豪じいちゃんの旺盛な好奇心とチャレンジ精神を物語るエピソード

があります。


シーボルトが江戸を訪れた時に、目の中に入れても痛くないくらい

かわいがっていた斉彬を連れて会いに行くんですが、その時に、中津藩

奥平家に養子に入って家督を継いでいた次男の奥平 昌高にも声を

かけます。


「一緒にシーボルトに会いに行って、西洋の話を聞こう」


というわけです。


重豪じいちゃんは、すでに隠居の身なので、いいんです。

問題は、奥平 昌高です。

彼は、中津藩主=現役の殿様です。

一介の医師にすぎないシーボルトとは、身分が違いすぎて、本来なら

会うことができないんです。(正確には、無位無官のシーボルトが昌高に

拝謁することが許されないのです。)


その時、昌高はどうしたか。


なんと家督を息子に譲り、自分も隠居の身になって、シーボルトに会うの

ですから、なんとも酔狂な親子ですよね目


もともと学問重視の気風があった中津藩に、このような藩主が出現したの

ですから、さらにその傾向は強まります。


そのような藩に福沢 諭吉が生まれた…

神様の粋なはからいと言うしかないでしょう。


諭吉さんが緒方 洪庵の適塾に入るために大阪に向かう時、藩に出した

届け出は、「砲術修業」 ですよ。

医師であり、蘭学者としての名声も高かった洪庵が、砲術を教えるわけが

ないことは、藩の重鎮たちもわかっているのですが、学問好きで、さらに

酔狂な殿様をも受け入れる中津藩ですから、諭吉の大阪行きは、簡単に

許可されるんですね。


適塾でメキメキと頭角を現し、ついに塾頭になり、江戸に出てオランダ語から

英語にあっさりと転向し、咸臨丸にまんまと乗り込み、西洋文明の本質を

つかむに至った諭吉の生涯を思う時、ベストの環境が中津藩だったのでは

ないかと思います。


一見すると、あの時代、薩長出身者だけが恵まれていたように思えますが、

神様は、その人の人生に必要なものをすべて与えてくれて、最高の舞台を

用意してくれているのだと思います音譜




 

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