歴史家とっきぃの 振り返れば未来

歴史家とっきぃのブログです。

歴史、日本のカルチャー、勉強法、生徒物語などを随時、更新していきます。


テーマ:
こんにちは。
歴史家とっきぃです。
 
緊急開催した、第二回 とっきぃ講座。
おかげさまで無事に開催できました。
ありがとうございます。
 
予告どおり、「逍遙派」(しょうようは)でいきました。
逍遙(しょうよう)とは散歩のことで、その昔、
プラトンやアリストテレスが歩きながら講義したことに由来します。
 
場所は新宿御苑。黄金色に輝く芝生がとてもきれいでした。
池に映える水面の輝きはクロード・モネの「印象 日の出」そのものでした。
そういう絶景の環境の中、寒さも忘れて講義が進んだのは本当にすばらしいことです。
 
講義内容ですが、融通無碍がとっきぃ流です
当初は地政学のお話をする予定でした。英名のGeopolitics(ジオポリティックス)の説明。どうしてこういう学問が発生したのかを、ユーラシア大陸中央部への恐怖感から切り出します。根底にはかつてモンゴルにフルボッコされたトラウマがあるんです。欧州全域を半島とみなして自虐になる側面もそこから生じています。
ここまで話して受講生から「モンゴルはそんなにすごかったのか」という感想が出て授業の流れがモンゴルの話に変わりました。
 
チンギス・カンによる遊牧民の取りまとめからクリルタイ(遊牧民の会議)に至る過程、敵と味方を峻別する果断さ、組織が大きくなっても維持できた秘密などが、とっきぃペースで解明されていきます。天才モンゲ、賢帝クビライ、そしてモンゴル帝国の弱点へと話が進んで、大日本帝国憲法の欠陥との相似性まで話が及びました。結論を言えば、船頭多くして船山に登るというやつです。
 
ここまできて更に講義は流れを変えます。
組織論から人物論に変わって、受講生からのエピソード披露。そして現在における様々な心境などの傾聴と、第一回と同じ流れとなりました。自分の体験を話して肯定的に受け取ってくれる人、逆に僻む人とイロイロあることなど、やっぱり人と人との関係が最終テーマになるんですね。
 
意識の覚醒は人によって様々です。一生をいじけ虫で終わる人もいます。それはそれでいい、がとっきぃの意見です。
とっきぃ自身も、ものすごい晩稲(オクテ)で心身の成長が遅いんです。子供を作れる身体になったのは17歳で、これには受講生さんもビックリしていました。精神の発達はワをかけて遅いですから、小中高とイジメの対象になっていました。
それでも意識が覚醒すれば、混元一気の陣を駆使する歴史家とっきぃです。ですので、現在イジイジしたりひがみ根性に腐っている人も、時が満ちれば自然に変わります。
”みにくいアヒルの子”は白鳥に必ずなれると相場は決まっているのです
昨日のグズノロマだった人間が今日、水面を覗いたら歴史家とっきぃに変貌していたのですから。
 
講義終盤は、書籍紹介です。紀伊國屋書店にて『 老子』と『 老子マキアヴェッリ語録』を薦めて、前者に軍配があがりました。偶然開けたそのページに今必要なことが書かれているのですから、不思議な書物です。
 
最後は、画像に貼り付けたヒトデヒットラーとか、クモナポレオンの説明。当時の特撮番組は教育番組でもあった事。平山亨プロデューサーの偉大さを話して終了しました。
 
前回のフィードバックが生きて、質疑応答を交えた熱い講義ができて最高の「瞬間」でした。受講生様にも心より感謝致します。第三回も必ず実施すると約束して解散しました。
 
今回のフィードバックですが、晴天霹靂だったのは、受講生様は歴史の話とかの知識が聴きたくて応募しているのではないことがわかったことでした。とっきぃ目線でのいろいろな話が聞きたくてわざわざ受講料を払って下さっていること。要するに知識云々ではなく、とっきぃの話が聴きたくてはるばる来てくださっている・・・。目から鱗が落ちた瞬間でした。自意識過剰でも何でもなく卑下もせず素直に受け取ればいい。池の水面をのぞいた瞬間でした
とっきぃをここまで導いてくださったとっきぃ講座の受講生様、応援メッセージを送ってくださる「大阪のお兄ちゃん」様や匿名様、拙ブログを応援してくださる読者様、そして何より中世講座受講生の諸姉諸兄、本当に本当にありがとうございます。
 
これからもよろしくお願い致します!
とっきぃ拝
ペタしてね
とっきぃ講座にご興味がある慧眼なお方は
アメブロメッセージ若しくは、以下の連絡先にてコンタクト願います。
※1 アメブロ登録者以外の方は historianus33★gmail.com (★⇨ @)
※2 中傷誹謗と判断した場合スルーしますので予めご容赦願います。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。
歴史家とっきぃです。
 
いきなりですが、受講生様の熱意にうなずき
第二回とっきぃ講座を行うことになりました。
 
といっても、場所も時間も準備なしですから
もしかしたら「逍遥派」でやるかもしれません。
上野公園とか、明治神宮とかで歩きながら・・・いいですね。
あっという間に2時間が過ぎそうです。
或いはスタバで(缶ビールは駄目ですが)
ゼミナール形式もいいですね。
 
前回のフィードバックから受講生様の「真意」に
寄り添うことを旨と致します。
融通無碍を根本と為す、とっきぃ流混元一気の陣です。
「混元一気の陣」の画像検索結果
今回は地政学をメインテーマに考えております。
入門編です。
地政学とは何か。ランドパワーとシーパワーとは。
後背地(ヒンターラント)とは何か。
同じ半島国家なのに、ローマと朝鮮はどうして違う軌跡を辿ったのか。個人としての生き方にも還元できますので、この辺は力が入りそうです!
 
ランドパワーとはユーラシア大陸の陸軍国のことです。モンゴル帝国が典型ですね。広大な後背地でナポレオンやヒットラーの遠征を乗り切ったロシア(ソ連)もそうです。
「テムジン将軍」の画像検索結果「クモナポレオン」の画像検索結果「ヒトデヒットラー」の画像検索結果
オードリー・ヘップバーンの映画「戦争と平和」は名作です。オスカー・ホモルカ演じるクトゥーゾフ将軍の「time and patience, patience and time...」は至言ですね。
シーパワーとは海運で国を拓いた国です。海軍国でもあります。ヴェネツィア共和国、大英帝国、そしてご存知アメリカさまがこの範疇に入ります。
 
シーパワー大国アメリカと真っ向からタイマン張って、
結局負けたけれども重度のトラウマを相手に与えた大日本帝国海軍は日本人の誇りです。
同じくシーパワー大国の大英帝国は新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズを撃沈されて、チャーチルは泣かされました。
関連画像
日本は元々陸軍国ですが、史上稀に見る陸海軍国だったのですね。
 
偖(さて)、
半島国家というのは、地政学上とにかく不利なんです。
地政学関係の文献では、いずれもそう述べています。
ローマも例外ではなく、アルプス方面からケルト人(ガリア人)の来襲に絶えず脅かされています。三方を海に囲まれている。要するに後背地がないんです。
 
朝鮮半島も同じです。最初に言及しておきます。最近の韓国では「太古の昔、大朝鮮帝国がユーラシア大陸を支配した」学説があるそうですが、当ブログでは妄想学説と判断して相手にしませんのであしからず。
 
ローマと朝鮮の違い。それは周囲との関係性です。ローマは周辺と戦っては負け、戦っては負けでもヘコたれずに前進を続け、やがて勝ち始めると敗戦国を同僚として受け入れるんです。もちろん条件付きですが。その繰り返しで宿敵ケルト人すらも呑み込んで、大陸に伸びていくんです。
「ローマ カエサル」の画像検索結果
逆に朝鮮は上下関係に囚(とら)われてしまいました。勝ったら敗者を徹底して叩くんです。それの繰り返しで、いわゆる「蓄積」という概念が理解できないんです
「類は友を呼ぶ」で儒教とか、共産主義とか、ウリスト教とか偏狭な思想ばかり流れていくんです。ウリスト教に飽きてイスラム教に流れたらどうなるんでしょうね・・・。
とまあ、こういったお話を具体的にかみ砕いて、お話し会のメインにしようかと考えています。
 
2月14日火曜日10時あたりを考えております。
募集はもう締切り済みです。ごめんなさい。
 
ペタしてね
とっきぃ講座にご興味がある慧眼なお方は
アメブロメッセージ若しくは、以下の連絡先にてコンタクト願います。
※1 アメブロ登録者以外の方は historianus33★gmail.com (★⇨ @)
※2 中傷誹謗と判断した場合スルーしますので予めご容赦願います。
とっきぃ拝
 
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。
歴史家とっきぃです。

安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した武将で、藤堂高虎という人物がいます。最近は大河ドラマの脇役でもちょくちょく出ています。
司馬遼太郎の歴史小説では、主君を7回も取り替えたとして、評価はかなり低いです。昭和期の歴史学者もその後を追っていました。

風向きが変わってきたのは最近です。
三重大学教育学部の藤田達生
教授と津市教育委員会が筆頭となって、地元の殿様でもあった高虎を評価しています。藤田先生は本能寺の変の研究や、追放後の足利義昭政権を「鞆幕府」と位置づける等、近世研究の最前線を行っておられます。そして講談社現代新書の、
『江戸時代の設計者:異能の武将・藤堂高虎』は高虎研究の金字塔です。

また、大河ドラマ原作者の故火坂雅志氏の『虎の城』、直木賞作家、安部龍太郎氏の『下天を謀る』でも、高虎を一途な武将として描いています。前者では、大和大納言秀長と、後者では徳川家康との交流がメインの流れを占めています。いずれも文庫で読めます。

高虎とはいかなる人物だったのか?
いろんな見方があると思いますが、実際に高虎が後世に残した「作品」を虚心に見つめるのもいいかもしれません。
美術であれ、建築であれ、「作品」はウソがつけません。必ず人間性を量られます。
高虎が築城した城は全国各地に点在していますから、ロケも楽しみですね。栃木県から静岡県、愛知県、京都府、大阪府、滋賀県、愛媛県、もちろん江戸城の東京都とか、まだまだありそうですね。


人口に膾炙しているように、藤堂高虎は築城に関しては加藤清正と二分するほどの、名建築家です。
清正の「扇の勾配」とは対照的に、高虎の「高石垣」と呼ばれています。「扇の勾配」は人気ナンバーワンの熊本城や岐阜県の岩村城が有名です。「高石垣」は最高傑作である伊賀上野城の石垣、そして圧巻の徳川大阪城です。
「扇の勾配」の画像検索結果「大阪城石垣」の画像検索結果
高虎の「高石垣」は、この男の真っ直ぐな性分をそのまま石で表現したようなそんな積み方です。

事実、藤堂高虎は、真っ直ぐな男でした
主君を変えたのは、主君が高虎の実力を正当に評価しなかったからでしょう。
磯野丹波守、阿閉淡路守、
織田信澄(信長の甥)、いずれも身分の低い高虎をその身分で評価したのだろうと推測できます。

その後何度目かの正直で、羽柴小一郎と邂逅(かいこう/大事な出会い)を果たすのですが、その時のやり取りを故火坂雅志氏の『虎の城』を参考に表現してみました。貨幣単位は現代に置き換えます(
火坂先生の急逝を悼みます)。

高虎は、羽柴
小一郎と名乗る冴えない農夫顔の男が、いくらで自分を派遣雇用してくれるのか、やきもきしていた。
高虎は思う。
織田(信澄)は時給1000円交通費なしだった。
よし、時給1200円の交通費支給あり、これをギリとしよう。それ以下なら断ろう・・・。
(何となく零細派遣会社のコーディにみえる)小一郎は右手の指3本を上げて高虎に示した。
「これでどうだ」
高虎は考える。〈時給1300円か、うーん、思案のしどころだな。交通費ナシなら意味ないしなぁ・・・〉。
「不足か? 手取り30万で、社宅有り、交通費支給、各種保険完備、昼食無料支給でもダメなのか? うーん」
小一郎は勝手に悩んでいる。
「はあーっ?」
高虎は頭がおかしくなってきた。ここまで自分のことを大事にしてくれた人はいなかったからだ。それも単発バイトや契約社員でもなく、正社員だったから。どころか、羽柴産業独特のシステムで、昼食も支給されるらしい。
社長の羽柴藤吉郎は「大飯、早食らい、憂いこと無用」を
企業理念としているとのことだった。
迷いはもうない。
「お願いします!」
小一郎に
内意を伝え、雇用契約書も交わした。
「申し遅れました、私、織田コーポレーショングループの羽柴産業副社長で、羽柴小一郎と申します」
名刺を遅ればせながらに取り出す小一郎。
羽柴産業は
織田コーポレーション社長織田上総介のおぼえめでたく驀進中。人材が必要とのことだった。
何度も派遣切りやパワハラで悔しい思いをしてきた高虎の想いや如何に・・・。


こんなところでしょうか。
小一郎秀長は高虎の評判を聞き、徒歩でわざわざ藤堂村まで出向いてきたのでした。
こんな上司がいたら大感激するのは、高虎だけではないですよね。
槍一筋!、仕事に誠実なこの高虎に光るものを感じた小一郎でした。
おそらく、史実でも似たようなものだったと思います。
ちなみに、アイドル、KinKi Kidsの堂本光一氏も仕事に一途だと、仄聞ですが伺ったことがあります。

高虎は、羽柴小一郎秀長のもとで、事務処理からコミュニケーション能力、戦のない世の中という企業目的まで多くのことを学ぶことになります。
『虎の城』では、城大工たちの信頼を得るために技術向上に明け暮れる描写もあります。そうやって、じょじょに理系テクノクラートとしての能力を身に着けていきます。

やがて羽柴小一郎は大和大納言秀長として、豊臣家の重鎮になります。
「豊臣秀長」の画像検索結果
高虎も大和豊臣家の家老として2万石の封を得ます。
秀長は、大名連合による連邦国家のようなものを構想していました。そのへんで似た国家観をもつ徳川家康と
秀長はウマがあっていたかもしれません。
一方、兄の豊臣秀吉は、中央集権化をガンガン進めます。
中心になったのは、もちろん本作の敵役、石田治部少輔
三成です。

大納言秀長はやがて病死して、いろいろあって高虎は秀吉の直臣になります。その後、家康と仲良くなり、譜代大名並の信頼を得ます。

以降の高虎については、安部龍太郎氏の『下天を謀る』が真骨頂です。
本作品には、金融ベンチャーとしての大阪方がでてきます。
淀殿は、大名に金子や船を貸し付ける女性アントレ・プレヌールという位置づけでした。瀬戸内を大動脈として流通を主体に基盤づくりをするのは、西の政権の十八番です。
詳細は拙ブログのどっかに「西の都の物語」がありますから、ご参考までに。
西の都の物語1
西の都の物語2
西の都の物語2
「淀殿」の画像検索結果

やがて大坂の陣が勃発、高虎たち東軍は豊臣家を滅ぼします。
大坂城が滅んだら、次のハードルは朝廷です。天下静謐のためには、後鳥羽院や後醍醐天皇みたいなやんちゃは困るのです。徳川は女御入内という選択肢を採ります。
そして、和子入内という大役が、幕臣、藤堂和泉守としての高虎の晴れ舞台を飾ります。天下泰平のために身も心も捧げた高虎の背中がまぶしいです。

他方『虎の城』では、大坂夏の陣の後、大納言秀長の墓に参じる高虎の姿を描いています。
すべて、終わりましてございます
高虎は墓前の秀長に語りかけます。それに応える秀長の言葉があるのですが、それは割愛します。実際に読んで涙してください。

涙といえば、高虎の正妻、お久(おひさ)が亡くなった時の高虎の号泣が印象的です。同じく
『虎の城』です。
さびしかったろう・・・に、つらかったろうに・・・、すまぬ・・・、すまぬ、赦せ、うあ~っ
と憚りなく、妻のために泣く高虎の姿、ぜひとも映像でみたいですね。お人形様のように、じっとしていることで高虎を支えたのが奥さんの久姫でした。女性はただ存在しているだけでいい、(カルト系高額セミナー路線に走る前の)子宮委員長はるちゃんの教えです。久姫は21世紀のAGEMANの規範といってもいいのではないか、とっきぃは拝察します。

そんなわけで、大河ドラマとして絶好の逸材だと思います。
前半の成長時代での
陰の主役は大納言秀長
後半は幕藩体制と平和の構築者、表裏ともに主役は藤堂和泉守
。和泉守高虎の活躍を家康が見守るなんて、かなりアツいドラマになると思います。
原作は火坂氏、安部氏の両作とも一長一短ですが、この2作品を参考にして三重大の藤田教授がまとまるとか、いかがでしょう。期待してしまいますね。

ペタしてね
AD
いいね!した人  |  コメント(20)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。