救急外来で経験した一症例:過換気で搬送された若い女性 | 総合診療医:誰もがわかりやすく医療を理解する事ができるブログ

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「否定の極論」記事に疲れたあなたへ贈る:「食事」「睡眠」「運動」・・これら「健康の三本柱」をねじ曲げずにポジティブに考えるブログです。

たまには私の本職である、救急外来に搬送されたある患者さんについて紹介してみたい。
  
今回は、一部専門用語がどうしても必要になってしまう事をご了承願いたい。
尚、今回の内容の前半部分はFacebook限定時代に投稿した事がある。
  
  
今の恵まれた時代のように、生き方の選択肢が多数あって、それを自由に選べるという時代は、逆にストレスとなって、疲れてしまう人も結構多いであろう。
この人も、日常生活にお疲れモードであった。
  

  
患者:25歳、女性
  
【既往歴】
20歳より「パニック障害」「過換気症候群」「リストカット」に対し、安定剤3剤+漢方薬1剤が不定期に処方されていた。
  
注:現在は保険上、安定剤・向精神薬の処方は2剤までとなっている。
  
【現病歴・所見】
路上を歩行中に急に倒れ、通行人が救急車を要請。
救急隊現場到着から病院搬送時まで、意識はややボーッとした様子(JCSI-1)。
胸苦しさを訴えており、呼吸数20回/分とやや過呼吸のため、救急隊及び来院後もゆっくりと呼吸をするように促す。
今までも同様の経験があるため、本人も何とかゆっくりと呼吸しようと努力していた。
  
明らかに痩せすぎの体型、ただし「神経性食思不振症」ではないようで、意識的に嘔吐をした事はないし、本人は人並みに(?)食事をしているという自覚がある。
また本人は自分が他人より痩せすぎているとは思っていない。
2歳の男の子がいるが、本人の見た目は女子高生のようにも思えた。
  
胸苦しさは過呼吸症状で説明がつくと思われたが、念のため心電図検査を行なうも、やはり異常なし。
他の医師だったら、しばらく回復室で休ませて、後日心療内科・精神科を受診するように説明してお終いであろう。
  
だが私はある事を考え、血液検査をオーダーした。
そして、その結果は予想通りであった。
  

  
ここの枠は、医療従事者にしかわからない内容になってしまう。
尚、()内は正常値。
  
・肝機能検査:GOT19(8-38)、GPT12(4-44)
両方とも正常範囲内ではあるが、20未満の数字の時は「ビタミンB6不足」の可能性がある。
  
・胆道系検査:ALP124(104-338)
こちらも正常範囲内ではあるが、正常下限の場合は「亜鉛不足」の可能性がある。
  
・腎機能検査:BUN6(8-20)
正常値より低く、この場合は「タンパク質摂取量の不足」を考える。
  
・貧血検査:鉄25未満(29-164)、フェリチン10未満(12-60)
他には赤血球数、ヘモグロビン値、MCV、MCHも低く、明らかに「鉄欠乏性貧血」である。
若い女性の場合は、月経があるので多少の鉄欠乏性貧血を持っている事が多い。
この患者さんの場合は、重度の鉄欠乏性貧血であった。「未満」という事は、車で言うとガソリンの枯渇状態である。
  

  

日常の生活でビタミンB6だけが限定して不足する事はまずない。
つまり血液検査の結果として、この患者さんを一言で言うと「栄養不足」なのである。改めて本人に話を聞くと、肉類はほとんど食べない、スナック菓子などの甘いものは大好き、コンビニやファストフードなどで食事を済ませる事も多々あるようだ。

  

このように「欠乏症」だけで、「不定愁訴」や「精神症状」が出現する事は珍しいことではない。
  

  
だが一般の医師は、上記の検査で特に肝機能・腎機能検査は、高値には注目するが、低めの数値ならばスルーしてしまう。
また「欠乏症」の症状を知らない・・・と言うより覚えていない場合が多く、漫然と「向精神薬」を処方する場合が多々ある。
  
この概念は「オーソモレキュラー」すなわち、「栄養を補う事で健康を維持する代替医療の一種」である。
これに関して、以前までは私もスルーしていたが、講習会を受けた後、我流ではあるが勉強してみた。
すると、「精神疾患とされている患者を最初から精神疾患と決めつけるべきではない」事が、この時初めてわかった。
  
  
この「オーソモレキュラー」は、一部の医療機関でしか行なわれていない。
そもそも「オーソモレキュラー」自体、まだエビデンスが足りていない。
  
更には「オーソモレキュラー」を行なっている医療機関の多くは「自費診療」である。検査や治療自体が健康保険の範囲内でできない事が多いからである。
だから正直のところ、ある程度お金がないと受診できない。一般医師の中には、「オーソモレキュラー」を批判する者も決して少なくない。
  

  
実は私は、自費診療を行なっている病院は、どこも経営が潤っていると思っていた。
例えば、女性誌に見開き1ページで、太っ~といネックレスをつけて、営業用スマイルをした形成外科医の院長が病院のCMをしている事がある。そんなイメージしかなかった。
  
最近、大学の後輩で自費診療と保険診療を併用している開業医と飲んだ。
彼自身、開業前は病院経営をあまり心配していなかったのだが、いざ開業してみると結構大変なそうだ。
  
自費の検査と言っても、病院側にとっても元々の検査にお金がかかる。また高額なサプリと言っても、仕入れのサプリ代にお金がかかる。しかも有効期限がある。
つまり、「利ザヤ」をあまり得る事が出来ないのである。
  

 

  
ちなみに私は総合病院の一医師であり、保険の範囲内でしか対応できない。
この患者さんに対しては、保険の範囲内で鉄剤を処方し、保険の範囲内で処方できないビタミン剤は、街中の薬局でマルチビタミン・ミネラルを3ヶ月以上は飲み続けるように説明した。
  
そして何より患者さんにとって大切な事を、患者さんとお母さんの前で指導した。
「あなたは栄養不足です。栄養状態が改善すればあなたは向精神薬を飲まなくて済む、絶対に治る。美しくなりたければ食べなさい。」
またこの患者さんには、特にビタミンB1が多い豚肉を食べるように勧めた(本当はレバーも食べてほしいのだが・・・)。
  
上の最後の一文は、○野先生の著書の題名そのままである。
通常、医師は訴訟を恐れて「絶対」という言葉は使うものではない。だがこの患者さんには強い決断が必要と考え、あえて「絶対」という言葉を使った。
  
その後のカルテ記録を見ると、もうこの患者さんは来院していない。症状が改善したのかはわからないが、私の言葉が心に響いてほしいと思う。
  

  
基本的に私は、お金がかかり過ぎる話はしないようにしている。またFacebook上でも、高額なビジネス関係の記事には、原則としていいね!しない。
私のブログは、80%の人が納得してもらえる事を心がけているからだ。
  
ただし、この患者さんのようにある程度お金をかける必要がある人もいる。
オーソモレキュラーを推奨する医師の中には、お金をかける必要がない人まで巻き込む医師も多く、全てに賛同できるわけではないが、後輩の開業医の話を聞いて、自由診療をちょっと見直すものがあった。
またオーソモレキュラーの考え方は、エビデンスがあるわけではないが、一般の医師も知っておいて損はないと思う。
  

  
薬は対症療法であって、根本治療だから飲むべきではないという「否定の極論」的な発信も度々目にする。確かに薬の多くは「対症療法」である。
自分の身体を病院に丸投げは、確かに改めるべき日本人の課題ではある。だが世の中には身体や心が弱く、対症療法の処方がどうしても必要な患者さんもいるし、かなり病状が進んだ状態で初めて受診してくる患者さんもいる。
  

ある程度一線を超えると、もはや薬なしで「自然治癒力」とやらでの改善は難しい。

参考ブログ
⇒ 『「メタボリックドミノ」「病気とは人生そのもの」「予防医学の始まりは母親の手料理から」
  

  

この患者さんのように、「一旦リセットする処方も必要」と私は考える。
薬で血液検査が正常値になって、本人の意欲もアップして食事が人並みになれば、向精神薬やリセット処方が必要なくなる可能性もある。
  
大きな持病がなかったり、持病を完全に克服できた方々は、できるだけ薬や医療機関に頼るべきではないであろう。また言葉に心が通っていない医師が多い事は、私も救急医という立場上、よくわかっている。
だが薬や心ある医師が、その患者さんの人生をもしかしたら良い方向に変えてくれる可能性がある事を、特に医療否定者の方々には知ってもらいたい。
  
(画像はネットより拝借)

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