診察室を出られるとき、私の方から握手を求めてこう言った。
『また、お逢いしましょう』・・残念ながら、それは永遠に叶う事がなかった。
2013年のある日、私の元へFacebook「友達」の方(以下Aさん)が診察に訪れた。
救急医である私は、その当時週1回、千葉県の他の病院で非常勤医師として一般外来を行なっていた。
Aさんは東海地方のある所に住んでいて、東京駅から更に1時間半かかる非常勤先までお越しになられた。
実はAさんはある癌に罹患されていて手術はされたものの、既に肺に転移があり、余命1年の宣告を受けていたようである。
Aさんはホリスティック治療、玄米菜食などをされていた。また抗癌剤は行わず、できるだけ身体に負担の少ないエレクタシナジーという放射線治療を受けていたようである。
基本的に医療否定者である。
Aさんがはるばる私の所までいらしたその理由は「神主になりたいので診断書がほしい」から。
私を医師として信頼して、わざわざお越しになられたとの事、嬉しかった。
初めてお逢いしたが、とても癌が転移しているとは思えないほど元気であった。
FacebookメッセンジャーでのAさんからのメッセージ:
『なるほど。先生はとてもいい方ですね。素晴らしいです。このようなお話を私としてくださっていることに感謝します。私は先生のような活発で元気な人が大好きです。』
診断書の作成には、どうしても胸部X線検査が必要である。
これまでのAさんの癌に対する向き合い方は、とても癌治療とは程遠いものと思えたが、X線を撮る前の私は、気持ちのどこかで転移がなくなっていてほしいと思っていた。
だが結果は、ご本人のこれまでの話からすると、明らかに癌の転移は大きくなっていて、しかも数も増えていた。
Aさんにその結果を話す時の私の顔、後のメッセージからおそらく私は、医師の顔ではなく友人としての顔になっていたと思う。
私は医師としてそれまでの経験を踏まえ、色々とAさんを説得した。
『これまで医療で嫌な思いをしてきたと思うけど、医療と向き合ってほしい。たとえ延命治療になるとしても、お子さんたちと少しでも長い時間過ごすために手術を受けてほしい。』
それまで私は医療否定者の説得をした事がなかった(そもそも医療否定者は受診してこないが)。
残念ながら、私はAさんを説得する事ができなかった。いや今の私でも、医療否定者の思想を簡単に変える事などできないであろう。
医療否定者の多くは、抗癌剤の副作用がどうのこうのより、それに対応した医師の患者の立場に向き合えない冷たい態度、これが多くの医療否定者を作ったと思う。
他には一般社会で言う定年ほどの年齢の精神科医たちがもたらした負の遺産・・すなわち向精神薬の多剤処方も、医療否定者を作った原因の1つ。
また他にも医師の様々なドクハラの態度が、多くの医療否定者を作り上げてしまった。
医師は研修医時代から、年上の看護師・事務職などから「先生」と言われ続ける。その結果、医師以外のものに対して年上・年下などの意識が薄れ、一般社会人として通用しないものも多い。
もっと医師にも社会人としての教育をしないと、今後も医療否定者が減る事はないであろう。
ところで、私の考えは100%の方々に求めるものではない。
80%の方々が理解してくれればいい。1人1人、今まで生きてきた環境・考え方が異なり、全員に理解を求めるのは不可能である。
だから、私のこのブログを読んで、腹正しく思われる人もいると思うが、スルーして頂いて結構である。
人によっては、どうしても思想を変えられず、これからも一生背負って生きていく過去があるかもしれないし、それを変える権利など私にはない。
話を戻す。
私はAさんへ、神主さんの診断書を作成した。Aさんはその後も医療を拒んだ。
AWG(量子・物理療法)治療、ファスティング、森林浴、水は湧水・砂糖なし・肉なし(動物性タンパク質はほぼ摂取しない)などの生活を引き続きされた。
残念ながら、医師である私からは、それはほぼ癌の放置としか思えなかった。
医療と併用してもいいだろうけど、その程度で癌が消える事はまずないし、世界的に認められた論文などない。
神主の資格はとられたものの、その後、癌が背骨にも転移し、ついにAさんは入院された。いい病院だったらしく、Aさんも感謝されていた。
最後のFacebookの投稿が2014年11月、ご夫婦でいっしょに写られていた。
Facebookで、こちらが最後のコメントのやり取りとなった。
私:『幸せですね(^^)/』
・・先が見えているのは明らかなので、私はそれ以上のコメントが出来なかった。
↓
Aさん:『先生、(相方)さんには心から感謝します』
おそらく入院された時点で、Aさんも覚悟を決めていたに違いない。
そしてそれ以降、AさんからのFacebookの更新はなくなった。
西洋医療は限界がある。
では代替医療や他のものも含め、それらですべて病気が完治するのか?。残念ながら代替医療関連でその効果が西洋医療にとって代わる方法は、何一つ証明されていない。
医療に限らず、人を説得するには大規模研究で優位差を出す事(いわゆるエビデンス)が必要である。
仮に100人中3人に効果があったとして、その3人を「症例報告(一例報告)」するだけでは、説得ができない。
日本で代替医療などの研究を行なうには、法律(薬事法など)や大きな組織の圧力があるかもしれない。
私は直接それに携わる立場にはないが、携わっている方々には、そのような大きな壁を乗り越えてほしい。
ただし、西洋医療を敵対視した代替医療は、永遠に一般社会に認められない。
西洋医療と共存する事が大切だと思う。
「予防」と「治療」は全く異なる。
癌が「早期癌」として芽を出すまでに、平均10年かかるとされている。芽を出すまでに「予防」を頑張れば発症しないかもしれない。
だが、長期経過後一度芽を出す・・・すなわち一線を越えてしまったら、もはや「予防」だけでは対応不可能なのである。ここまでくると「治療」との併用が必要になる。
1人1人が「予防」にもっと興味を抱いて、健康になって医療に頼らない身体作りを目指してほしい。
だが「予防」にも完璧なものはない。
『予防は大切だが、予防を超えたところに医療が存在する』
いつか1人1人がそのような考えを持ってほしいと思う。
診察室を出られるとき、私の方から握手を求めてこう言った。
『また、お逢いしましょう』・・残念ながら、それは永遠に叶う事がなかった。
11月8日はAさんの誕生日である。
短かった人生、Aさんは幸せだったのだろうか。
片親だけになったお子さんたちよ、立派に育ってほしい。Aさんもそんな思いに違いない。
(写真は全てネットより拝借)
↓一人でも多くの人に読んでもらいたいので、クリックお願いします。