認知的不協和

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結構な値段がするので、購読できてはいないが「予言がはずれるとき―この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する」という名著がある。 https://www.amazon.co.jp/gp/product/4326101067?ie=UTF8&tag=usuimafumi-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4326101067

アマゾンの内容を観ると、『予言がはずれた後、かえって布教活動が活発になり、信者も増大して大きな教団になっていく…。予言を教義の中心的要素とする宗教グループや教団の布教活動にかかわる社会心理学的・文献的および実証的研究の書。』であるが、認知的不協和理論の実録だといってよいだろう。

世間一般からしたら、いまだにオウムが存続し拡大を続けているのは脅威で仕方ないだろうが、と同時に、何故あれほどの事件を起こしたのに新たに入信してしまうのかも不思議で仕方のない現象であろうと思う。教団から一方的にマインドコントロールされているというだけでは、不十分であろうと思う。自らが進んで自己正当化し自分の都合の良い解釈をしはじめてしまうのである。こういう心理作用のことを認知的不協和理論と言っている。

終末予言が外れても教祖のお陰でこの世の終わりは避けられたなどと考え始める。事件が起きてもこれはグルのマハームドラー(試練)であるとか言い始める。

自分が納得できないものだから(認知的不協和)、自分自身で解釈を変えていく。そして他の信者にも流布し同意を求め始める。他の信者も認知的不協和を感じているので、その考えに飛びついてしまう。自分の認知的不協和を解消するような情報にしか目を向けなくなる。そんなところだろうな。

私は事件後にオウムに入会したので、事件は知っていた。認知的不協和を解消するために「事件を知りたいだけで信仰するつもりはない」などと考えていた。ひかりの輪になって顕著だったのは「私は会員ではない」と主張する人が増えたことである。このような信者も会員にならないということで認知的不協和を解消しているのであろうな。会員以上に頑張っている人であっても。

特にオウムの後継団体の場合は、事件というマイナス要因があるだけに、接触を持つ時点ですでに認知的不協和を解消させようとして自分なりの言い訳を用意していることだろう。そして自分から積極的に団体のマインドコントロールを受け入れていく可能性も高い。

「講話会に参加するだけ」というちょっとした心の緩みから、深みにはまっていく可能性はあるので、自分は大丈夫なんて過信することなく、近寄らないのがベストであろうと思う。



こころの散歩道 1世の中を見る目、人を見る目(2)認知的不協和理論
http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/deai/012ninchi.html


 

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