「生きる権利、生きる自由、いのち」が危ない!

その危機意識の普及・共有が、私達の存続の手がかりで、
必要なのは、あなたの機転と勇気とクチコミです。
https://twitter.com/AntiBilderbergs

2015年9月19日
安全保障関連法案の強行採決についての
平 哲也 新潟弁護士会会長のコメント

それぞれの画像をクリックすると、リンク移動できます
《希望のまち東京をつくる会》へリンク

「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」

「生きる権利、生きる自由、いのち」が危ない!

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Ⓒ 「国公労新聞」 $「生きる権利、生きる自由、いのち」が危ない!
Ⓒ 財務省



テレビや新聞など大手マスコミは、


私たちに真相本当の動き


教えないばかりでなく、誘導・扇動さえしています


「憲法全面改悪」や「廃民的な政権運営」


「原発=核の権力構造」内部被曝被害の拡大


原発被害の野放図・拡大状況」


市場原理主義/新自由主義」の存在自体


グローバル化の真実


TPP等」や「道州制地方分権/地域主権改革)」


国民主権民主主義実質的な破壊・空洞化の動き


秘密保全法案」や「国家安全保障法案


マイナンバー法/国民総背番号制」など


1984化”の動きなど


マスコミを情報源とする多くの火宅の人々」に


こうした絶体絶命の火急の危機を広めないと
私たちはオシマイで、


風前のともしびの状態になります!


でも、”クチコミが困難である”アナタ
よ~く共感できます。



アナタの近所など周辺住民にとっては、
見ず知らずの顔である<知り合い>と


<アナタ>とで、
それぞれ相手の近所周辺を、
チラシを投函して回る「交換ポスティング」作戦
(”交換サツジン”みたいな格好)は、いかがですか?


知人と交互での交換ポスティング作戦」だと、


”御自身で御近所を投函しまわる”よりは、


御近所に、アナタの顔がさす事なく、
はるかに気楽に、
真実や危険性を広める
事ができませんか



ちょっと御検討をお願いいたします。
Twitterアカウントは
https://twitter.com/AntiBilderbergs です。


テーマ:
「TPPを批准させない!
全国共同行動8.20キックオフ集会」  

この全国共同行動スタート集会として、
秋の臨時国会でのTPP協定批准阻止向けた中央・地方での行動について、
大いに議論し意思統一するため、次の通り「キックオフ集会」を開催します。
(1)【日時】8月20日(土)10時30分~15時(途中昼食休憩)
(2)【会場】東京・お茶の水 「明治大学リバティータワー1階・1011号室」
キャンパスマップ http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html
(3)【参加費】500円
――――――――――――――――――――
〈県民会議オスプレイヘリパッド建設阻止
高江現地行動実行委員会〉
代表・山城博治

(カンパ先)
口座番号  琉球銀行大宮支店
普通 404-607754
間島孝彦
―――――――――――――――――
首都圏反原発連合 ‏@MCANjpさんの
8月15日付の或るツイート

【伊方原発の危険性】
1.中央構造線・南海トラフ巨大地震のリスク
2.脆い地盤が崩れたら避難は不可能
3.ウランの比ではない危険なプルトニウムMOX燃料
4.一旦放射能汚染されれば自然豊かな瀬戸内海に放射性物質がたまり続け死の海と化す危険性

(カンパ先)
城南信用金庫 横浜支店 店番号063
普通預金 285654
口座名 シュトケンハンゲンパツレンゴウ ――――――――――――――――――――

20160729 UPLAN
【抜粋】小西洋之参議院議員・改憲阻止と安倍政権打倒にむけて
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

        【前回記事からの続き】
――――――――――――――――――――

1980年代~1990年代初めまでアメリカで起こった
ジャパン・バッシング》について検索していたら、
興味深いゲームソフトを見つけました。

その名も「ジャパンバッシング」というゲームです。


ジャパン・バッシング》が
アメリカで流行した1980年代~は、

ロナルド・レーガン/ジョージ・H・ブッシュ政権の時代〉で、

旧ソ連〉を敵国として据えたまま
軍事的に強いアメリカ姿勢を見せつつ



規制緩和」や「応益負担税制化」など
新自由主義政策》が行なわれ、
自動車メーカーによる「大幅なリストラ」などにより
失業率が一時期10パーセントにまで迫るなど、
アメリカ社会が荒むと同時に、
アメリカでは反日感情》が高まりました。


“アメリカの経常収支の赤字の原因は、
日本の「保護貿易主義せい”という批判が起こったり、

アメリカ国内の自動車産業団体のオジちゃん達が、
日本製のクルマをハンマーで叩き潰したり、
日章旗を燃やしたり、


ブルース・ウィリスが一躍大スターとなる出世作
『ダイハード』(1988)という映画の中で、
ブルース・ウィリスが主人公を演じる、
NY警察職員のジョン・マクレーンの奥さん
勤務しているロサンゼルスにある日系企業が、
テロリストグループに占拠されて、
日系人の社長テロリストに頭を撃ち抜かれる
というシーンがあったり、

アメリカ自動車業界のトップの〈ビッグ3〉の圧力に
潰される、
自動車開発者のプレストン・タッカーを描いた
『タッカー』(1988)という映画の中で、
詐欺師として刑事裁判に立たされたタッカーが、
“もし大企業が斬新な発想を持った個人を潰したなら、
進歩の道を閉ざしたばかりか、
自由という理念を破壊することになる。
こういう理不尽を許せば、
いつか我々は世界のナンバーワンから落ち
敗戦国から工業製品を買うことになる
と陪審員に訴えると、
それを聞いている傍聴者たちが嘲笑する、
という、
1980年代当時の《日米貿易摩擦の背景を
反映させたシーン
があったりしました。

このアメリカ社会における
ジャパン・バッシング/反日感情》を利用して、
アメリカの議会〉は、1988年8月に可決させた
包括通商・競争力法」に基づいて、
アメリカ企業外国の主権国家
不公正の罪で一方的に告発することができる
スーパー301条》という「恫喝手段」を手にしています。


冒頭に貼りつけさせてもらった
ジャパンバッシング」というゲームには、
スーパー301条》とか
プラザ合意》による「政治的なドル高/円安是正
日米構造協議》のような「超裏技」は
あったのでしょうかね?


あったら、さぞかし、
ゲームとしては面白くなくなるでしょうね。


いま現在からすれば想像しにくいですが、
他方で日本の1980年代(前半あたりまで)当時
経団連〉は、基本的に
重厚長大産業を基本とする〈一国主義〉の
輸出主導型経済〉を目指すもの」で、
まだ「経済のグローバル化馴染まない」ものだったようで、
この点に関して、
今日の財界の姿勢〉とは“異なっています
――しかし、一方で同時に
民営化&財政の緊縮化などの方向性の一面は、
すでに見せてはいました――。
たとえば、
鉄鋼産業国内に膨大な工場を持っているので、
鉄鋼工場を海外に移すワケにも行きません


そしてまた興味深いことに、
1993年8月に〈細川護熙連立政権〉が誕生し、
翌1994年2月の日米首脳会談で、
アメリカ政府〉が“突きつけてきた
ミクロの数値目標日本が受け入れる」ことに対して
細川政権〉は「拒否した」のですが、
しかし、この「細川政権の姿勢」は、
この当時経団連の姿勢」に
忠実だった”からでありました。
経団連日米フレームワーク協議についての民間経済界の考え方1994年1月


こうした事から
まだ1990年代前半当時は未だ、
ハゲタカ外資〉と〈日本の財界〉との「利害」が、
今日〉のように一致しているとは
必ずしも無かった”ことを、
垣間見ることができます。


しかし、1985年9月の《プラザ合意以前まで
重厚長大産業の一国主義輸出経済〉は、
それまでの超‐円安構造」があってこそ、
はじめて可能であったように思います。


実際のところ、戦後日本経済支えたり
成立せしめた
環境や土台」を考えてみると、
冷戦構造の文脈》のもと、
アメリカからの技術導入」と
アメリカの市場への輸出販路」とを得つつ
日本国内では、《社畜≒企業社会》という指摘や揶揄で捉えられるように、
低賃金&長時間過密労働」を武器とした競争力
重化学工業製品を大量生産して輸出を拡大する》
という事をもって、
日本は《高度経済成長》を成し遂げました。

しかし、1971年の《ニクソン・ショック》の、
〈固定相場制〉から〈変動相場制〉への移行による
「国際通貨制度の動揺」、
1973年の《第1次石油ショック》による
「原油価格の高騰」、
また国内的には、
環境や健康を考えず突っ走って生産した事からくる
「公害などの環境問題
――そして〈革新自治体〉の誕生――が相まって
その《高度経済成長》に“ストップ”がかかります。

1970年代からの《石油危機》で、
日本企業〉は
省エネ・省資源」の必要を感じ
工場のオートメーション化」や「事務の機械化
メカトロニクス革命/ME革命》と、
そして同時に、
正規従業員の削減、非正規従業員への代替動員、
赤字部門の切り捨て、経費削減など
といった
減量経営とを、身につけるのでした。
――皮肉なことに、
日本における《企業社会システム》が
最終的に確立される”のは、
この「1973年不況」によってだ、という指摘が、
渡辺治「高度成長と企業社会」で為されています。
というのも、《減量経営》に対して
労働組合的に抵抗する術持って来なかった
一人ひとりの社員たち〉は、
「企業内での正社員間の更なる生き残り競争」に
晒される”こととなり、
「企業への忠誠を深めることになった」からでした――。

そして同じく、「高度成長と企業社会」には、
この〈1973年不況期〉を機に
日本の大企業〉は、
不況下で経営破綻する中小企業が続出する中
〈中小企業〉に対する《下請け支配化》をも、
一気に進めた”ようです。
――また、
この《石油ショック》からくる原油価格の高騰により、
燃費の“悪い”〈アメリカ車〉は
大打撃を受ける」他方で、
燃費の“善い”〈日本車〉が
海外市場で売れる」ようになりました。
しかも《プラザ合意で、円安状況なので、
燃費も好くって買いやすい」――。

こうして、1970年代からの《石油危機》を通じて、
日本の大企業〉は、
企業社会化(社員に対する支配=社畜社会化)》、
中小企業への下請けの拡大=中小企業への支配》、
そして1970年代後半からの「行政改革」の下の
公共部門の民営化》など支配力を強めるのですが、
さきの《ME化》と《減量経営化》とによって、
〈日本の大企業〉は〈金融機関〉から
設備投資のため融資をうける必要
軽減されます

さらに加えて、
1985年9月の《プラザ合意
1ドル235円→1ドル150円台【1年後】)》による
超円高」&「円高不況」で、
日本の金融機関〉は《融資先を失い》ます。

また、この《プラザ合意》による超円高のショック
そして「アメリカからの対日要求」に応える、
規制緩和市場開放金融の自由化内需拡大
前川レポート」が出されます。


日本政府は、
公共投資拡大などの積極財政をとる一方で、
〈日本銀行〉は1986年から
4%台から最終的には2.5%にまで公定歩合を
引き下げる
」《長期的な金融緩和》を続けて
株式・土地などへの投機可能に」し、
バブル経済の発生》に“繋がる”のでした。

さらに、
この《土地への投機バブル経済》に関し、
中曽根康弘政権〉では、1983年に、
大蔵省理財局長の西垣昭が首相官邸に呼ばれ、
大蔵省理財局長の私的諮問機関として
公務員宿舎問題研究会〉が設置され、
国公有地払い下げ」を検討するように
指示されます。

新宿区百人町の公務員宿舎跡地払い下げ」で
新宿の百人町に高層ビルの建設などの開発が
始まる
のを受けて
新宿区や中央区、千代田区など他の地区の地価
上昇していったのでした。

さて、
この1980年代に東京銀行(当時)に入行した
関岡英之氏は、『拒否できない日本』のなかで、
1984年5月の《日米円ドル委員会》からの「対日恫喝
(と『前川レポート』)からくる、
預金金利の自由化」「ユーロ円市場の規制緩和
銀行の国債ディーリングの解禁
外国金融機関の日本の金融資本市場への参入
によって、当時の日本の銀行業界にとっては、
証券業務国際金融業務拡大のチャンスと映り、
当時の銀行業界は、
新しい儲けのチャンスに目を奪われるばかりだった
と述懐しています。

“〈アメリカからの外圧と「トロイの木馬」〉
私事で恐縮だが、私が銀行に入行したのは
まさにこの日米円ドル委員会が開催された1984年のことだが、
当時の銀行業界は
「国債化と国際化、二つのコクサイ化」などと大はしゃぎで、
新しい儲けのチャンス目を奪われており
アメリカからの外圧を警戒するどころかむしろ歓迎さえしていたのだ。
日本の銀行は証券部門を次々に設立して、
若手の行員を大量に投入し始めた
 そうした流れに巻き込まれて
私も入行3年目に証券投資部門に配属され
銀行に就職したにもかかわらず
株や債券に投資する業務を担当することになったわけである。
しかし今から思うと、われわれ銀行員は
「トロイの木馬」を演じていたことを自覚していなかった

これは日本の利益にもなる」という、
いつものアメリカおためごかしのレトリック
すっかり乗せられてしまったのだ。”
(関岡英之『拒否できない日本』P.72-73)



話が前後し、混乱をもたらしてしまう事に関して
恐縮しますが、
1985年9月の《プラザ合意以前まで
重厚長大産業の一国主義輸出経済〉の
成立条件について、いまひとつ。


本山美彦『金融権力』による解説を通じて、
この〈重厚長大産業〉を成立せしめた
金融システム面での(成立)条件を拾い読むと、
長期信用金融機関〉が発行する、
長期資金の源泉である)「長期債」を、
金融当局の介在」のもと、
自治体〉や〈金融機関〉が「引き受ける」ことで、
重厚長大の基幹産業〉が「育成された」と言います。
その長期資金供給」は、
日本長期信用銀行などの政府系銀行〉が
担っていた”と言います。

しかし1998に、その〈日本長期信用銀行〉は
破綻”しましたが、
しかし、この象徴的な出来事は、
経営者たちの不手際、というよりも、
金融システムそのものが、
〈銀行〉が
預金者からの短期預金を長期貸付に使う」という
間接金融システム〉から、
米国などアングロサクソン諸国〉からの圧力による
BIS規制の導入》や《金融機関の自由競争化》を
跨いで
証券発行」を基軸とする《直接金融システム》に
変えさせられた”からだ、と言います。

それまでの預金=間接金融〉は、
重厚長大の基幹産業を支え育む」うえで
不可欠だった”のですが、
その《BIS規制》の「仕組み」により、
それまでのように預金を集めれば集める〉と、
その銀行の自己資本比率が《低くなってしまう
――自己資本比率が下限を切れば
営業できなくなってしまう
――
という「まったく別世界の金融システム」が
もたらされた》のでした。


こういった「さまざまな仕掛け要素」により、
日本国内に《バブル経済》が発生しては“弾け”、
〈重厚長大の産業システム〉を“支えていた
戦後日本の金融システム〉が、
まったく別世界の論理のものに“変えられた”》
一方で、〈日本の巨大輸出企業〉のほうは、
《生産拠点を海外に移す動き》に、
つまり、ついに《経済のグローバル化戦略》に
本格的に出るようになったのでした。


さらに、〈日本の財界〉が
1985年《プラザ合意》の「超円高化」を境界線にして、
経済のグローバル戦略化》を“余儀なくされて”、
〈1990年以前〉に比べれば、
アジアへの著しい海外進出を遂げた〈現在〉から、
1980年代後半から1990年代中ごろの過去を
歴史的に眺めたときに、
生産拠点の海外移転を本格化するようになった
当時の、
この
海外進出》と《アジア侵略戦争史観》は、
この当時の「政治経済的都合」から、
相関関係にあるもの”ではなかったのか?と
個人的には穿ってさえいます。


今日では、
日本のアジア侵略戦争に対する歴史的なけじめ
としては、
村山談話」や「河野談話」という形の成果が
実っていることを、すぐに思いつくことができ、
そのこと自体は肯定的に評価すべきですが、
しかし興味深いことに
日本によるアジア侵略
侵略戦争”と発言し始めたのは、
村山富市政権ではなく
細川護熙首相〉だったからです。
高樹は、このことを
吉田裕『日本人の戦争観』(1995年)で知りました。

“            〈転換の持つ政治的意味〉
 就任後最初の記者会見における細川首相の「侵略戦争発言に関していえば、連立政権内部の十分なコンセンサスなしに
この発言行なわれた事実が指摘できる。
(引用者中略)
・・・細川・羽田両連立内閣の「真の舞台監督」であった小沢一郎
新進党代表幹事
の著作『日本改造計画』(講談社、1993年)である。
小沢は、この本の中で、
「日本がアジア・太平洋地域の一員であり、
この地域が日本外交の最重要地点であることはいうまでもない。
・・・・しかし同時に、この地域には
日本に対して『歴史』の記憶に由来する不振と警戒も存在
している。
政治面で日本がアジア・太平洋重視の外交を進めるにあたって、
その出発点ともいえる地域内の信頼確保のために、
避けることができない
のが歴史問題である」とした上で、
「過去の歴史の一面として、
日本がかつてこの地域の侵略者となった事実
否定するわけにはいかない」と指摘している。

 小沢はその一方で、
「この地域に対する日本の歴史が侵略者の一面だけでないこと」
「かつての日本にも地域との共生をめざす動きがあったこと」を
強調しており、
そこには明らかに羽田首相の「結果としての侵略戦争」論
同質の歴史認識が示されているのである。

 こうした小沢の議論の中で特に注目しておく必要があるのは、
彼の問題意識根底に、
アジア諸国の世論にいかに効果的にアピールするかということだけであって、
戦争の侵略性や加害性を認める方向での政策転換にみあう形で、
日本人自身の意識改革をいかに行なうかという問題関心は
きわめて希薄である。
具体的にいうならば、
学校教育における近現代教育の重視といった問題や、
侵略戦争の実態隠蔽することに終始してきた感すらある
教科書検定制度
抜本的見直しという問題は、
ここでは全く視野の外に置かれているのである。

細川護熙(編)『日本新党 責任ある変革』(東洋経済新報社、1993年)が
ほぼ同様の立場になっていることを考えあわせるならば、
細川連立内閣における政策転換は、
あくまで対外的な政治的必要性によって動機づけられたものだといえるだろう。

           〈中曽根内閣の重要な位置
 対外的な政治的必要性に基づく転換という角度からみた時、
見逃すことができないのは、細川内閣における政策転換
実は自民党政権時代との連続性の中でとらえることができるという問題である。
実際、細川内閣ほど明確な形ではなかったにせよ、
15年戦争の侵略性まがりなりにも認めた最初の内閣は、
1982年に11月に成立した中曽根康弘内閣だった。
もちろん、
この内閣当初からそうした政策をとったわけでは決してなかったが、
首相の「タカ派」的政策が内外からの厳しい批判にさらせれてからは、
同内閣明らかに現実主義的なスタンスをとった
戦争責任の問題にしても、中曽根首相は、
869月16・17日の衆参両院の代表質問に対する答弁の中で
日中戦争の「侵略的」側面強調して注目を浴び、
同内閣の後藤田正晴官房長官も、8月19日の衆議院内閣員会で、
日本政府がサンフランシスコ講和条約の第11条で
東京裁判の判決を受諾している事実をあらためて再確認し、
これを内閣の統一見解であるとした。”
(吉田裕『日本人の戦争観』 P.4-9)

自分の肝いりで靖国懇〉を設置し、
そして戦後の首相として初めて「靖国参拝」を行ない、
戦時中、内務官僚であった自分が、
荒っぽい部下の人心を掌握するのに、
慰安所を用意してやった、という自慢話を、
松浦敬紀(編)『終りなき海軍』(1978年)の中で
述べる、あの中曽根康弘が、1986年からは、
15年戦争での日本の侵略性認める方向
方向転換》したのには、
どのような内容の現実主義的な事情」があったのか?

高樹は、そこに、
経済のグローバル化戦略への財界の方向転換
を、当てはめたくなります。


さて、まとまりの悪い今回記事を、
まとめて行こうとおもいますが、
〈1980年代〉と〈1990年代以降から今日まで〉の、
経済のグローバル化》や《外資襲来》、
バブル経済以降の「失われた25年」》を
もたらす事になる〈萌芽/構成要素〉や
仕掛け/装置〉が、目についてしまいます
――すくなくとも、高樹は、その線で見てる――。


“       〈主権国家の対等な交渉ではなかった
・・・・・建前としては、日米構造協議は
日米双方が相手国の構造的な問題の改善について
お互いに意見を出し合うものだということにされていた。
日本政府は当時これを
「友好国同志のアイディアの交換」(平成2年版通商白書)と表現している。

 しかし現実には、
日本の制度アメリカにとって都合がいいものに変更するよう、
アメリカ側が一方的に日本に要求する、というのが実態だったようだ。
ほかならぬ当時の日米双方の交渉担当者自身が
そのことを述懐している。

 通産省で交渉を担当した畠山襄氏は
通商交渉 国益をめぐるドラマ』(日本経済新聞)のなかで
日米構造協議を振り返り、「それは『内政干渉制度化であった。”
(P.66-67)

日米円ドル委員会こそ、
アメリカ主導権を発揮して日本の内政に干渉し
日本の制度を

アメリカにとって都合のいいものに変えさせたメカニズムのまさに原型なのである。”
(同書 P.70)

今日では《財界からの与党への注文内容》も、
「ワシントン拡声器」を“経て仕上げられた”
米国からの要求》も、
財界に天下り擦り寄る御用官僚の方向性》も、
みな歩調や方向性が一致してしまっている」ので、
あまり気にならないかもしれませんが、
しかし、「この政財官米の同体化」は、
戦後から一貫して、そうであったのか?というと、
違うのではないか?”という問題提起をすべく、
日米貿易摩擦」や《ジャパンバッシング》を
提示したのが、今回記事の趣向でした。

しかし、だとすれば、なぜ一体化したのか?
という疑問や問いが、すぐさま思いつくでしょう。

その疑問への、いま現在の自分なりの応答は、
字数の制限上、次回に持ち越しになりますが、
そのヒントは、この記事の前後にあります。

次回は、その散見されるそのヒントを
《概念化》したいと思います。


TPP 隠された真実
第1回「多国籍企業の企てを許さない」内田聖子

TPP 隠された真実
第2回「ISDS条項という毒薬」孫崎享


20151113 UPLAN
石川健治「一億総活躍」思想の深層を探る
ー佐々木惣一が憲法13条を「読む」

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TPP 隠された真実
(デモクラTV「タイムスデモクラ」)

第1回 内田聖子「多国籍企業の企てを許さない」

第2回 孫崎享「ISDS条項という毒薬」
第7回 鈴木宣弘 東京大学教授
「何を失い何を得たのか」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

前回記事からの続き】

前々回記事および前回記事では、
日本における医療介護の「大改悪」に、
アメリカ政府からの対日要求》が働いていた事、
それ》を特に小泉純一郎政権からは、
熱心に《現実化》してきていることを見ました。

しかし、現状を、なるべく健全に眺めようとして、
アメリカからの対日要求》だけに注目するのではなく、〈他の要素〉も、数えておきたいと思います。

―――――――――――――――――――

若い世代にも関係大アリ!日本の医療・介護を考える


この動画の8分30秒~10分で、
医療にカネをかけたら、経済発展の阻害要因になる
という《医療費亡国論》を、
多くの人びと〉も〈議員〉も
そのまま信じきってしまっている
しかし、じつは国際的に比較すると
日本の医療費にかけるおカネが
先進国の中で最低に抑制されている

医療への個人負担が、先進国イチ高い
日本の医師数の割合が先進国最小で、
医療費を抑制するために、
医師の育成機会が抑制されている


という現実のデータを、
2014年5月7日の衆議員厚生労働委員会に
出席している会場内の衆議院議員に、
参考人の本田宏氏が話したところ、
その〈多くの(与党)議員〉が
ビックリして聞いていた現実を知らなかった”、
(そして現状は深刻である)にもかかわらず
医療介護総合法案》に“賛成し、可決”したのを
目の当たりにしている本田宏医師からすれば、
この法律を作っているのは、
本田宏氏が目の当たりにした、
実情や内実を知らない”ような国会議員ではなく
どこか他にいる」事になる、という捉え方になるのに
何の不思議もありません
また、今井絵理子や朝日健太郎が当選する始末です。

じじつ、
官僚〉が法案ノウハウをもっているのですが、
しかし、
官僚主権国家”、
橋下徹らが有権者を釣るのに掲げる
官僚集権体制打破/官僚利権打破のための改革
といったようなスローガンに、
あながち(うなず)ききれない側面」が
見受けられます

日隅一雄弁護士による遺作でのメッセージも
おろそかにするつもりはないですが、
しかし、その一方で、
見逃す訳にはいかない側面の数々
見受けられます。


いまの自分に思いつく限りにおいては、
その側面として、

前回などで見た《対日要求の実現化

②《日本の財界から政治への要求》(財界からの提言)

1980年代の新聞の見出しで出ていたような
日米貿易摩擦〉と
1990年代以降、今日では常態化してしまっている
日本の財界と対日要求との一致〉とに見られる
日本の財界の“変質

④《ワシントン拡声器》(猿田佐世弁護士)
が思いつきます。


ただし、本田宏医師の動画を見て、
たしかに、そういえば、と考えさせられる点があります。


たとえば、先の安保法制の整備に関して、
その中心人物は、
総務省大臣官房参事官を最後に2006年に退官し、
自治省・総務省官僚から自民党の国会議員へと転身した礒崎 陽輔(いそざき ようすけ)でした。

また、水島朝穂 早稲田大学 法学学術院教授が、
参院選の何か月か前でドイツに渡ってしまう前に、
参院選に出馬する線がある、として読まれ、
防衛省を去年の7月に退官している、
番匠幸一郎(元)陸将は、
陸上自衛隊のエリート中のエリート”と言われていたようです。


また最近に限らず、
昔から、今はなき「族議員」は
特定分野を所管する官庁の官僚出身議員
多く見られたようです。

彼ら官僚出身議員〉は、
かかる法案の「内実」も「法案の要所の部分」も
知っているでしょう。

しかし、
この「族議員」の枠組みだけ
いまの政治に、
そっくり当てはめる訳にも行かないように思います。


中野晃一
戦後日本の国家保守主義――内務・自治官僚の軌跡』では、
旧‐内務官僚の末裔たち自治庁‐自治省‐総務省)〉
の軌跡が紹介されていますが、
個人的に特に興味ぶかいのは、
1990年代から日本でも、
新自由主義政策それを行なうための《カイカク》が
本格化して以降
は、〈官僚〉の中でも、
新自由主義化推進に《加担して、自らの権益確保や拡大に勤しむ、利に敏(さと)い人間》が現れてきた点です。



“本書では、
国家の権威のもとに保守的な価値秩序へと国民の統合を図る政治思想
その制度的な基盤
を「国家保守主義」と名づけ、
戦前から戦後につづく日本の統治のあり方を大きく規定してきた
内務・自治官僚の軌跡
を考察し、再構築され、やがて変貌していく保守国家のあいまいな輪郭をあぶり出した。

 戦後の焦土のなかから
旧内務官僚たちの目指した国家機構の権威の再建は、
1970年代後半までに一定の成果を挙げた
しかし、豊かさのなか社会の多様化が進展し、
保守的な価値秩序への国民統合かえって困難を極めた
政党政治においては保革伯仲時代に突入するともに、
保守支配はむしろ危機に瀕するところとなった
そこに、
保守統治エリート反転攻勢としての新自由主義転換
1970年代末より始まる
彼らが地方政治で革新自治体切り崩し
中央政界で臨調行革路線による革新陣営の社会的基盤への攻撃を推し進めたなか
やはりまた旧内務官僚たちの姿あったのである。

 国家保守主義には、
国家主義的な保守」として国家の権威の発揚を図る第1の位相と、
保守的な国家を掲げ
国家に過度な負担をかけることなく前近代的な規範のもとに
国民を統合する第2の位相
が内在する。
新自由主義転換は、
実はこの第2の位相新自由主義的言説すりかえ
市場における個々人の経済的自由(とりわけ消費者としての選択の自由拡大の名のもとに
国民統合にかかるコスト国家放棄し、
社会に押しつけることほかならなかった
こうして新自由主義転換進むにつれ
国民統合社会統合人民教化のための「国家の触手」として
存在していたはずの準国家機関は、
次第に内務官僚の末裔
国家の権威笠に着て自らの権威を確保するための道具へと
変質していった
のであった。
このことは、国家保守主義深刻な空洞化を意味していた。

 そもそも新自由主義とは、
国家の支配に対して市場の論理の優越性を説くものであり、
国家身軽にする(「小さな政府」)志向
国家保守主義の第2の位相一定の親和性を有するものの、
むろんその本質において
国家の権威に対する挑戦はらんでいるものであった。
さらには、新自由主義的な自己利益に基づいた行動
一般化どころか規範化さえされていくなかで
政治の中で国家の概念リアリティを失い
官僚たちまでも
国家の権威国家へのアクセス切り売りするような天下り行動を
とるようになっていった

かくして加速度的に官僚たち権威失うという悪循環
形づくられていった
のである。

 このように、
新自由主義転換によって国家官僚大きく変質してしまった結果
こんにち保守統治エリートが振りかざす国家保守主義の残骸のようなものは、極めて空疎で観念的な国家しか構想できなくなっている
国家の制度的基盤たる官僚制において、
新自由主義転換受け入れてしまったがため
足腰を欠いた幽霊のような観念的復古主義席巻するところとなり、
国家統合のために何のすべも持たないこと
むやみやたらと道徳や教育の問題にすりかえて
国家保守主義のそぶりをするごまかしに堕している

日本における新自由主義政策ひとつの大きな頂点をなした
小泉純一郎首相と、
 
そのあとを継いだ安倍晋三の第1次内閣
そして現在の第2次内閣において、
とりわけこの観念的な反動傾向顕著であると言えるだろう。
靖国参拝について、小泉が「心の問題」と開き直ったことや、
第2次安倍内閣が成立後まっさきに
道徳副教材「心のノート」を復活させる動きに出たことなどは、
こうした傾向象徴的に表している

 民主党は「政治主導」を掲げて2009年に政権交代を果たした。
しかし本書の調査の範囲で見るかぎり、
官僚の権益に対するインパクトは事業仕分にとどまり、
それさえ将来的に持続性があるものかは疑わしい。
逆に、官僚制などの抵抗にあえなく敗退した民主党のほうが、
今ではその存続さえ危ぶまれる事態となっている。
しかし中長期的に見たときに、それよりもはるかに重要な変化は、
自民党の世襲政治家たちが、
新自由主義化、また観念化した国家保守主義の担い手として、
政財官界の保守エリートのなか
指導的な地位を占めるに至ったことであろう。

 内務・自治官僚出身の政治家たち
戦後保守政治のなか重要な役割を果たしつつも、
やがて新自由主義転換の進展ともに表舞台から去っていったさま
第2章で明らかにした。
経済官庁を中心に、官僚出身の政治家は自民党政権下で、
岸信介、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳、中曽根康弘、
宮澤喜一と数多く首相を輩出したが、
世襲政治家でもあった宮澤喜一以降
逆に世襲政治家主たる首相供給源にとってかわったことが、
そのことを如実に表している

 国家が東京大学法学部を中心とする旧帝国大学で教育し、
国家公務員試験の合格者のなかから養成した官僚たち

新自由主義転換のなか権威失い
そしてまた国家の権威笠に着て
あるいは国家へのアクセス私企業切り売りするようにして
自らの権益の確保と拡大に汲々としさらに権威失っていく
――その傍らで、
保守統治エリート内相対的にのし上がってきた
のが、
学歴や能力ではなく、
国家権力の行使に携わる父や祖父を持ったという出生の偶然だけを
その階級基盤とし、
ありていに言えば
国家に寄生する特権階級(フランスでいうclasse politiqueすなわち政治階級)としての世襲政治家であった。
国家権力世襲財産であるかのようにみなす彼らは、
天下り官僚たちとはまた別の意味で
国家の権威と権力私物化し空洞化する者たちほかならないが、
この現実覆い隠すためこそ
観念と情緒に偏る復古的ナショナリズムもてあそぶのである。
(引用者中略)

 今や政財官界の保守統治エリートは、
戦後民主主義の最後の砦として残る日本国憲法
攻撃の照準を合わせている
憲法の改定要件を定めた第96条緩和を突破口に、
国家権力制限し人民の自由と基本的権利を守るという
立憲主義の根本原則すら廃止し、
国家に国民を強制的に服従させるための道具として
憲法書き換えようとしている
こうして、私物化された国家の権威のもと
保守的な価値秩序へ暴力的な国民統合を企て
現実のものとなる危険増している
。”
※下線・強調は引用者
(中野晃一『戦後日本の国家保守主義』 P.137-141)


次回では、
1990年代以降〉と〈それ以前〉とでの
日本の財界変質ぶり比較」をしたいと
思います。


【つづく】


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(「たんぽぽ通信」第2853号より。)

〈伊方原発3号機〉が
12日(金)にも再起動されるようです。
伊方原発には《免震筒がありません
――しかも、仮に免震筒があっても、
ここ何年起こっている地震の振動域に
間に合っていません”――。

現地実行委員会は
10日から12日の抗議行動を呼びかけています。
8月10日10時~12時 ゲート前集会

8月11日10時~12時 ゲート前座り込み抗議行動、午後より伊方町などで街宣 
8月12日早朝より行動 午前中ゲート前抗議集会
*前回と同様、交通規制が敷かれます。
駐車場は伊方町民グラウンド(前回と同様)
その他、高松四電前行動、湊浦パレード、三崎自動車パレード、九町パレード、大洲講演会などが
計画されています。

基金へのカンパは、下記まで振込でお願いします。
【ゆうちょ銀行 郵便振替 00190‐0‐361095
原発現地へ行く会】
【城南信用金庫九段支店(普通)334455
原発現地へ行く会】
TEL:070-5019-5907「原発現地へ行く会」
―――――――――――――――――――
(「たんぽぽ通信」2852号より)

「脱原発」を掲げて当選した桜井勝延市長は
2016年5月27日に、
南相馬市小高区を中心に出されていた
政府の福島第一原発事故による避難指示解除に同意し、避難指示が解除されてしまいました。
桜井市長の態度が、
つぎのようにまとめられています。

☆住民の叫びを真摯に受け止めず
事実上切り捨てた


☆住民の命と健康を放射線の危険にさらす選択をした

被害者切り捨ての政府政策を
加速させる役割を果たした
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テーマ:
サンダース候補
「大統領一人ではメディアや権力に勝てない
皆で立ち上がって下さい!」



 【前ページ】では、
企業社会的コストの負担分を「軽減」させて、
その軽減分を「株主外資配当回させる」》べく、
たとえば、「年金財源消費税賄わせる」ような
《日本の会制度システム改悪》などが、
アメリカ政府〉から〈日本政府〉に、
年次改革要望》を通じて突きつけられ
そして〈日本の政府〉が、
その要望実現させてきた事について、
とくに「その仕組みの概要
そしてまた、
対日要求》を早急に実現するための、
官邸独裁システム》の用意などを、
菊池英博氏の叙述を通じて、
鳥瞰していただきました。


今回も、菊池英博氏の文章から学びたいと思います。


今回は、
そうした《対日要求》が、「構造改革」という“装い”で
遂行されて来たのですが、
その《構造改革という文脈のなかでの
医療費削減」や「医療制度改悪の位置
把握できたら目的達成、というのが、
今回の記事の趣向です。

--------------------------------------



医療費圧縮はアメリカの要望と「構造改革」のツケ

   〈財政赤字の拡大は医療費の増加が原因ではない

 2001年4月からの「構造改革」によって、
日本の医療システムすでに崩壊している
最近の状況では、
公立病院深刻な医師不足経営難に追い込まれており、
妊婦のたらいまわしや、救急患者の診療拒否に見られる
救急医療システム崩壊は、
戦後の日本では見られなかった異常な現象である。

 日本の医療システム崩壊を招いた原因は、
対日年次要望書」によるアメリカの要求と、
それ便乗して「偽装財政危機」を煽って医療費の削減
強行してきた政府・財務省にある。

 政府は「医療費の伸びが財政赤字の原因である」と理由づけて
医療圧縮強行している
しかし、これ事実反する
OECDの統計によれば、
名目国内総生産(GDP)に対する医療費の比率」が
(「国内総生産に対する医療費支出の割合」)
日本よりも高い国(イギリス、ドイツ、フランスなどの主要国)のほうが
政府債務国民負担率」(政府の債務を名目GDPで控除した比率)が
低いのである。
政府債務の国民負担率」は、
政府の純債務名目GDPで割った数字」であって、
この比率高い国ほど国民の財政負担率重い
日本
名目GDPに対する
医療費支出の比率」が低いのに
政府債務の国民負担率」が
主要国よりも高い
のである。

 この事実は、
日本にとって医療費財政負担率
財政赤字の主因ではなく
税収を増加させる政策とられない
ために

本来、
経済動向関係なく必要とする医療費ウエート
相対的に上昇している
ことを表している。
したがって、財政上の理由から
医療費を削減する根拠

どこにもない
のだ。
この事実は、分母である名目GDPを増加させる政策をとれば、
税収が増加し、増税なしで医療費を賄えること
を示している。


     〈「構造改革」のツケが医療費に回っている
図表「乱暴な診療報酬の削減」を見ると、
2002年度には、
診療報酬本体部分を1.3%減額し(本体部分を初めて削減)、
薬価との合計で2.7%削減していることがわかる。
2006年度には、診療報酬と薬価の合計で3.16%減額
(患者負担1兆円、病院診療所収入が1兆円減額)した。
このとき、
小泉首相が「診療報酬過去最大削減せよ」と命じた結果
前年比で3.16%の削減という乱暴削減断行されたのである。

 次いで、2006年6月14日
与党による「医療制度改革関連法」(医療改革法)の強行採決では、
5年間社会保障1.6兆円削減し、
高齢者の病床を38万床から15万床にカットすることを決め、
2007年度から診療報酬との薬価の合計で3000億円
(国家予算で2200億円、地方予算で800億円)削減し始めた。
2008年度予算でも
前年と同じように診療報酬と薬価合計で3000億円削減した。
ただ、その内訳を変えて、診療報酬は600億円増額(0.38%)し、
その分、薬価をマイナス1.2%とし、全体では2006年6月の法案どおり
マイナス0.82%とした(この改定は国民新党・自見庄三郎氏の提案が
受理されたものである)。

 2009年度予算では、
医療費は予定どおり3000億円(国家予算としては2200億円)の圧縮を
行った。
ただ、選挙を意識した与党が、
特別会計の備蓄金(埋蔵金)から1980億円を補充することにしたので、
最終的には220億円の圧縮になった。
しかし、問題
2006年6月医療改革法中身
なにひとつ改正されていないこと
だ。

日本の医師不足顕著であり、これは
1997年から医師養成抑制策強化してきたからである
当時の厚生大臣小泉純一郎氏)。
OECD平均では人口1000人あたり医師は3人なのに、
日本は2人に過ぎない


     〈医療費が多くても、医療実績は低いアメリカ

 アメリカは「対日年次要望書」で1994年から継続して
混合診療自由化せよ」「政府の医療費支出を削減せよ」と要望している。
日本は小泉内閣になってから
この要望強く反映させる政策をとってきた
それではまず、医療システムの日米比較をしてみよう・・・・。

 日本では1961年国民皆保険制度が確立した。
しかし、アメリカには国民皆保険制度なく
すべてが個人ベースによる自己防衛である。
アメリカで医療保険に入っている人は53%、
政府のメディケア(高齢者)14%、
政府のメディケイド(低所得者)18%、
無保険者は15%であって、
マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」はこの現実を如実に表している。
アメリカの医療システム
管理医療体制」(マネージドケア)と呼ばれる方式で、
保険会社が医療機関と医師まで指定し、
患者自分では救急車も呼べない

採算の悪い医療分野は、病院が切り捨てる
薬価は自由化で、新薬は高くなり
結局「金持ちはよりよい保険へ
貧乏人は無保険で死ね
ということである。

 ・・・・・日本
最低の支出(政府と民間の合計)でありながら
世界一の診療評価を受けている
ことがわかる。
一方、
アメリカは、医療に使っている支出世界一である。
しかし医療の総合評価15位と低い
これは、アメリカの医療支出のうち、
患者に回る医療費支出少なく
保険会社や医療機関などの利益支出されている
からである。
つまり、
現在のアメリカで実施されている
市場原理主義型の医療システムでは

医療費かえって増加する。
しかも、それは
患者のための医療支出ではなく
保険会社医療会社利益部分増えるだけである。
患者に対する診療費減少
医療内容悪化していくことになる



        〈サッチャー改革で病院がなくなった

 イギリスはサッチャー時代(1979~88年、保守党)に
アメリカの市場原理主義型医療システム導入しようとして
国民皆保険崩壊させてしまった

 イギリスには
1975年にスタ-トした国民皆保険制度(ナショナル・ヘルス・サービス、NHS)がある。
医療費は全額無料
国民すべてに適切な医療を提供することを目的とした医療システムで、
世界でも優れた医療システムの一つとして評価が高かった。
しかしサッチャー首相は、
財政立て直しのためにNHSに対する国の負担額大幅に減らし
国民の負担額増やしたのである。
その結果、多くの病院経営難に陥り
医療部門縮小廃止廃業する医師と病院増大した。
そして、医師の多く海外に移住し、
医師不足医療の質的悪化顕著になったのである。
まるで、日本医療崩壊先取りしたかのようだ

イギリスの失敗は、まさに日本にとって反面教師であり、
市場原理主義型医療システム絶対に導入してはならない
という説得力のある実例がある。

 イギリスでは1997年の下院議員選挙で、
労働党
政府の医療支出1.5倍して国民皆保険再構築する」と約束して
政権をとり、公約どおり医療システムの立て直しに尽力した。
では、政府が医療支出1.5倍に増加して
国民皆保険制度再構築を図った結果
イギリスの財政悪化しただろうか


 実は、医療危機立て直した結果
国民安心して経済活動に精励できるようになり
景気は回復して安定した成長を示してきた

その結果、労働党の長期政権が継続しているのである。

 アメリカは日本に混合診療の自由化要求し、
政府に医療の削減要求している

しかし、これは、日本
市場原理主義型医療システム認めさせようとする」である。
市場原理主義医療システムイギリス大失敗し、
アメリカでも医療システム崩壊させていることを忘れてはならない。


   〈混合診療に隠された罠――国民皆保険の崩壊を狙う

 これほど失敗反省明らかになっている市場原理主義型
医療システム
を、なぜ強引に日本導入しようとするのか
アメリカの例で見たように、
市場原理主義型医療システム潤うのは民間の保険会社であり
自由価格になる製薬会社である。

 アメリカは「対日年次要望書」で、
1994年から混合診療全面自由化要望している。
日本の医療には、
健康保険が利く保険診療」と、
保険が利かない(厚生労働省が認めていない医療や医薬品を使う)
保険外診療」(自由診療)とがある。
現在、「保険外診療」を行なうと、
そのときの医療費全額が保険の対象外となる。
混合診療」とは、
「保険診療」と「保険外診療」の両方を同じ患者に行ったとき、
「保険診療」対象分は公的保険から支払うことを認めろ、ということである。
 
 「混合診療」の導入推進者は、
混合診療を認めれば、未承認の新薬や治療法を利用しやすくなる
有利な点を強調する
しかし、それとはまったく逆の結果が生まれるのだ。

 「保険診療」では
診療報酬や薬価が高騰しないように政府が統制を行なっている
しかし、「自由診療」分野で扱う医術や薬品は、
厚生労働省が認可していないものであり、
薬品会社や病院が自由に価格を決めることができる
当然、より利益の上がる商品をつくっていくことになり、
その結果、医療費高騰する
そして、保険会社は
自由診療向け保険といった新種の保険を開発するだろう。
このビジネス・チャンス拡大するために、
外資系保険会社薬品会社などが中心となって、
医療保険に対する公的支出削減しろ圧力をかけているのだ。

 つまり、「混合診療」は市場原理主義型医療への突破口となり、
健康と人名には貧富の差がない」という国民皆保険制度崩され
貧乏人は医者にかかれない」ことになる。
国民皆保険制度を崩壊させて
民間の新たなビジネス・チャンスにしようとしているのである。


   〈医療改革法で政府は国民皆保険制度を放棄した

 2006年6月の「医療改革法(健康保険法等の一部を改正する法律)は、
政府保険者としての地位を放棄した法律である。
これによって、日本は国民皆保険崩壊させる決定的な第一歩
踏み出したのである。
医療改革法」は極めて危険な法案であって、早急に廃案にすべきだ。
高齢者の医療の確保に関する法律」は2008年6月、
参院選で凍結・廃案にする法案が可決されている。
しかし、
衆院選では2009年3月現在、審議せずにたなざらしの状態である。

 後期高齢者医療保険を一般健康保険から分離し、
独自に自己完結させる方式であり、
保険料地域格差が拡大し、
今後、保険料がどんどん上がる仕組み内包している。
現在、医療費負担は
「国が50、若者が40、高齢者が10」の割合である。
しかし、
この法律では
2年ごとに収支を均衡させることになっており
そうなると当然収支は赤字になるであろう。
そうなれば
国は予算がないから個人負担を多くしろ
といってくるのは明白である。

 後期高齢者医療保険制度は、
こうした内包した悪法である。
しかも、この保険制度では、
保険料高齢者の年金から一方的に控除する方式を採用することになった
これによって
高齢者の所得前もって減額されるのと同じ事態となる
所得水準が相対的に低い高齢者にとっては
年金受領時点で利用できる金額が減ることになり
人権侵害といえる。
2008年10月からは、
政府管掌保険制度(主として中小企業の方々を対象とした健康保険制度)について、
社会保険庁から全国健康保険協会に運営が移され
都道府県ごとで財政運営が行なわれる(※)ことになった。
独立採算的に扱われるから
結局加入者の負担が大幅に増える
であろう。
こうして国が保険者としての地位放棄することになるのだ。

 この法案
国会を通過した翌年の2007年以降の「対日年次要望書」には、
長年継続した医療保険の「カイカク」の要求なくなっていた
アメリカ
これで「国民皆保険制度破壊しうる道が開かれた判断しているであろう。”
(菊池英博『消費税は0%にできる』P.78-88)



【つづく】


(※)従来の政府管掌の保険制度
国の責任だったもの

社会保険庁から全国健康保険協会という協会に運営が移され
都道府県ごとで財政運営が行なわれる」ことになり、
都道府県自治体による独立採算的運営」になる点は、
以下の《道州制》や《地域主権改革と言われたもの》にも
見受けられるので、以下に参考記事を並べます。

〈関連参考記事〉
二宮厚美氏「『憲法』体制を”掘り崩す”〈地域主権〉と〈新しい公共〉」
二宮 厚美氏「『憲法』体制を”掘り崩す”<地域主権〉と〈新しい公共〉」(2)
福祉国家路線の解体をもたらす仕組みの「地域主権改革/道州制」路線~二宮厚美 論考(3)~

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そうだったのか!TPP寺子屋


【プログラム&報告者】

第6回 7/26(火) 18:30~20:30
「地域経済・中小企業への影響」
◆岡田知弘(京都大学、地域経済学)

●参加費 1回 800円
●会場:連合会館 501会議室
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署名第5次集約〉 7月31日です

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