2006年07月07日(金) 06時19分12秒

老いの超え方

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吉本隆明氏の「老いの超え方」を読むと、お年寄りというものを、ひとくくりに考えるのがいかに間違っているかが良くわかる。ある人からこんな事を聞いた。

<私は、運動のために毎日、ゴミ出しをしているのに、持ちましょうと、それを運ばれるのが嫌で、若い人がいない時間をねらってゴミを出している>

「持ちましょう」
「いや、私は、運動のためにやっているので、ご心配なく」
と言えば、良いのだろうが、それが、なかなか言えないのではないだろうか。

私も、老人に近づいているのだが、みんな、色々なことを考えているのだ。

2006年06月16日(金) 01時18分13秒

隣から覗き込む人

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バスの中で、小さなポケットPCに文書を打ち込んでいたら、隣から覗き込む人がいた。しばらくすると、話しかけてきた。

「ちょっと、見せてもらって良いですか?」
「かまいませんが・・・」

「実は、女房がブログを始めたいと言うもので、簡単に使えるパソコンを探してるんです」
「そうですか」

「こんなに、小さなキーボードで打てますか?」
「はい、かろうじて・・・」

「どこで売っているんでしょうか?」
「もう、製造中止で手に入らないんです」

「残念ですね」

こんな会話をしているうちに降車駅に着いた。その初老の紳士は、工業団地の方に歩いて行ってしまった。バスの中で全く知らない人と話す機会は少ないので珍しいと思ってブログに書いてみた。
2006年01月31日(火) 01時39分59秒

60才のボーリングマニア

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先日、菩提寺の手伝いをやっている有志が企画したボーリング大会に参加した。大会と言っても、終わってからのビールが目的のお遊びだ。2ゲームだと思って軽く見ていたが、かなりこたえた。指には豆ができ、足はがたがた、腰は痛い、散々だった。日頃の運動不足がたたった。

去年の暮れに、11時間、48ゲーム投げ続けた60才の男の記事が新聞に載っていた。48ゲームというのは2ゲームで弱音を吐いているものにとっては想像もできない。しかも、年齢が60才。結末は、2万円なにがしかの料金未払いで警察のお世話になったということだが、これで良かったのかと思った。

どこかの雑誌で、堺屋太一氏が、会社をリタイヤした団塊の世代は好きなことを探して、それを次のステージのライフワークにすべきだ、ということを言っていた。好きかどうかを判定する基準は、そのことを長時間やっても人より疲れないこと、という点をあげていた。

この60才のボーリングマニアも団塊の世代だ。11時間、疲れることを知らずに投げ続けられたというのは、ボーリングが本当に好きだったからではないかと思った。こんなにも、ボーリングが好きな男なら、人の何倍も仕事をするだろう。ボーリング場は、この男を雇い入れるべきではなかったかと思った。

好きで仕事をしている人は、どのくらいいるのだろうか。ゴーリキがこんなことを言っている。「仕事が楽しみなら人生は楽園だ、仕事が義務なら人生は地獄だ」そろそろ、私も楽園を探す旅に出る準備をしたいと思う。
2006年01月07日(土) 11時30分52秒

三浦敬三さんのこと

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三浦敬三さんが亡くなった。享年101歳、大きな星が落ちたという感じだ。

ウィキペディアには、こんな紹介がされていた。

三浦敬三、プロスキーヤー。青森県青森市生まれ。北海道帝国大学農学部卒業。北大在学中に八甲田での山スキーに魅せられ、卒業後、青森営林局に勤務。55歳で青森営林局を退職し、晩年は青森を離れ東京で生活したが、故郷の八甲田山をこよなく愛していた。2004年2月には99歳で息子三浦雄一郎 と孫三浦豪太と三人でモンブランからのスキー滑降を成し遂げた。2006年1月5日、多臓器不全のため101歳で他界した。

三浦敬三さんのことは、NHKの特集番組で知ったのだが、黙々と自転車のゴムチューブを使って筋力トレーニングをしているのが印象的だった。常に、何かに挑戦するというスピリッツは、息子の雄一郎氏、孫の豪太氏にも受け継がれている。

昨年の始めに怪我をして「元気になったら、好きなアルプスで滑りたい」と言いながら、最後までリハビリをしていたという娘さんの談話が新聞に紹介されていた。毎年3万人も自殺する世の中で、希望を持ち続けて、こんなに命を大切にした三浦敬三さんのご冥福をお祈りしたい。

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